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木漏れ日が瞼の奥にまで差込み、目を閉じても寝付けそうに無い。
だが家に帰って昼寝をしようにも、煩い奴にグチグチと文句を言われそうで。
「……暇」
葉を沢山繁らせた樹の枝に寝そべり、落ちないようにバランスを取りながらも背伸びをする。
巡回の時間も未だ先だ。
行き先を決めずに飛行しても構わないが、今日は太陽の光が強すぎる。
それにこういう日は人間や天使も外に出ているから、あまり出かけたくは無い。
「海堵ってば本当に僕等以外は嫌いだよね〜」
ぼんやりと葉を数えていると、下の方から祈朴の声がした。
「……あぁ?」
何故に俺の考えていることが判ったのか。ちらりとだけ視線を下にやり、直ぐに理解した。
「お前、なんて髪型してんだよ」
呆れた声を出し、取り合えず軽く飛んで芝生に足を降ろす。身体に引っ掛った葉が、共に舞い落ちた。
そのまま祈朴の前にまで行き、色とりどりのヘアピンで飾られた祈朴の前髪を睨む。
「可愛いでしょ? 秋花がくれたんだ」
「頭悪そうだぞ」
「海堵に言われたくないなぁ。天眠や地補は褒めてくれたけど」
人差し指を顎に持っていき、軽く首を傾げる祈朴。確実に可愛い振りをしている事がわかる。
確かに前髪が邪魔だとか言い、掃除や飯を作る際には必ず前髪をピンでとめている天眠には違和感はないだろう。
地補にしても、時折どうやって作ったんだと訊ねたくなる程に不思議な髪型をするので、コレくらいでは驚かないかもしれない。
だがこの四人の中では一番まともだと自負している俺からは、敢えて言わせて貰おう。
「馬鹿っぽい」
「酷いなぁ」
吐き捨てるように出した台詞に、全く答えた様子のない祈朴が笑う。
いつもならばキラキラと輝く前髪から透けて見える瞳が、今は障害なく見える。
そういえば祈朴の目を直視したのは、一体どの位振りだろうか。
頭の端で考えて、口には出さずに訊ねた。
前髪で隠されていない祈朴の目は、ごく当然のように相手の思考や感情を見てしまうから声にせずとも問題はない。
先程俺の考えていたことが判ったのも、その所為だ。
「どうだろうねぇ。あまりにも古い記憶で、ちょっと思い出せないよ」
今度は、少し困ったような笑みを浮かべる。
俺の疑問と一緒に、同時に考えていたことも見えてしまったのだろう。
精神の力を持つものは、大概は相手の思考の端くらいを掠め見ることが出来る。無論、集中した時のみだが。
しかし祈朴の強すぎる力は、持主がコントロールすることも許さずに、相手の思考・感情の全てを祈朴に見せつけるから。
それが嫌で、相手の思考を遮断してくれる前髪を伸ばし始めたのに。
「……大丈夫なのか」
無意識の内に、口から出ていた。何が、なんて言わなくとも祈朴には見えたのだろう。
「うん、思った以上に大丈夫みたい。やっぱり秋花の念が篭っているからかな」
色とりどりに飾られたピンを愛しそうに指でなぞり、目を細めて笑う。金色の睫毛が、軽く揺れた。
***
「何で天眠が呼んでる事を早く言わねぇんだよ!!」
「だって海堵が昼寝を始めたからさぁ」
久しぶりにこんなにスピードを出している気がする。
本来ならば呼吸をすることも難しいほどの速さで飛行しながらも、俺は並んでいる祈朴を睨みつけた。
「寝る前に止めれば良かったじゃねぇか!」
「いやぁ、丁度いい感じに僕も眠たくて」
両手で頭を抑えてヘアピンを死守している祈朴が、悪びれた様子もなく笑う。
そう、祈朴と前髪の話を終えた後。雲が流れたお陰で、樹の周囲は上手く影に包まれ。
瞼を指す邪魔な光が無くなったからと、俺は枝に登り昼寝を再開した。
そしてどの位か後に目を覚ますと、芝生に寝転がっていた祈朴が思い出したように言ったのだ。
「あ、そういえば海堵。天眠が呼んでいたよ〜」
と。それはもう、何も問題の無いような顔をして。
***
「ただいま。それと、ごめん天眠。海堵が昼寝していたから、遅くなっちゃった」
「あ! 祈朴っ。てめぇも寝ていたくせに何いってやがるんだよ!」
大きな音を立てて家に入る。
このさい謝った方の勝ちだ。天眠といえど、素直に謝ればそれ以上怒ることも無いだろう。
取り合えず早々に俺を裏切った祈朴は後で絞めるとして、今は取り合えず天眠に……。
「あ、天眠なら出かけてるけど?」
居間についた所で、俺は一気に顔を顰めた。
「……ダレだ、てめぇ」
シーツを巻いて作ったような簡素な服装と、白い翼。言わずとも知れた天使が、其処にはいやがった。
「天眠のダチで翡翠。ちょっと出かけてくるから、待ってろって言われたんだけど」
俺の嫌悪を直ぐに悟ったのか。翡翠、と名乗った奴が一言目よりは数段低い声で答えた。
てか、天使のくせに名前? 創造主の言葉が実体化しただけの下級天使には、名前何て付かないのに。
まぁソンナコトはどうでも良い。それよりも、天使がこの家にいることが何よりもムカツク。
天眠が許そうとも、この家は俺の家でもある。
出て行け、といおうと思ったところで、ふと背後の気配が可笑しいことに気がついた。
「……祈朴?」
「ごめっ……。ちょっと、不味いかも……」
振り合えれば、真っ青な顔をした祈朴がカタカタと振るえている。
倒れそうな、というよりも今にも理性が切れそうな。
……天使の所為だ。
言葉そのものである天使には、本人の自覚なく大量の感情が詰め込まれている。
それは『見えてしまう』祈朴には、あまりにもイタイものであり。
いつもならば前髪で遮断しているが、今は。
「お前、さっき大丈夫だって言ってたじゃねぇかよ!」
「うん……。そういえば天使には会っていなかったなぁ……」
いやぁ、ドジった。などと軽い口調で答える祈朴。その額には、冷や汗。
俺の肩に置かれた手は、意識を手放さないためにか、強く握られてイロをなくし始めている。
ちらりと諸悪の根源を見れば、状況を掴めず困惑している模様。翡翠色の瞳が、居心地悪そうに揺れていた。
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