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頭の中がグラグラする。
炎天下の中でずっと立って居た時のように、目の前に変な光が差し込み。

「死ぬなら墓場に行け。通行の邪魔だぞ」
「……ぁあ?」

あまりの気持ち悪さに耐えられず座り込んだ俺に、誰かが声を掛けてきやがった。
確かに往来の真中にいる俺は邪魔だろうが、具合の悪い人間に向かって言う言葉か!?
「……ザケンナ。俺は今にも吐く勢いなんだよ。文句言うならテメェの頭にブチかますぞ」
いつもなら立ち上がって怒鳴ってやる俺だが、今日は立ち上がることさえもが辛く、唸ることしか出来ねぇ。
頭上からチッ……と舌打ちの音が聞えて、そのままソイツは俺の横を通り抜けて何処かに行った。

どうせ酔っ払いのガキかなんかだと思って声を掛けたんだろう。
そんで本気で具合悪そうだったから、今度は知らねぇ振りして行ったってか。
……まぁどうでも良いけど。

周囲には幾つも足音。今日は休日だから、この商店街を歩く人間の数も半端じゃねぇ。
そんでも俺を気に掛けるような奴なんていねぇから、座り込んだままで目を閉じた。
瞼に映るのは、真赤な映像。思い出すのも億劫なほど昔から、何度も見た夢。
今では日常の中ですら、チラリチラリと流れては俺の頭を痛くする。
こんな夢なんて、見たくねぇのに。


「子供は麦わら帽でも被って遊んでろ」
目を閉じて、そのまま眠ってしまいそうだった俺の頭に何かが乗せられた。
ガサリという音。薄く目を開ければ、台詞通りに麦わら帽を被せられたことが判った。
「……お前、さっきの……」
「曇りの日に日射病なんて、なさけねぇぞ」
最初に声を掛けて来たときと同じような、人を馬鹿に仕切ったような声。
「日射病じゃねぇよ。俺はっ……」
わざわざ戻ってきた奴の顔を拝んでやろうと視線だけを上げて、俺はそのまま口を閉ざした。

「……天眠」
「ぁ?」

奴の顔が、一気に嫌そうに歪む。俺と同じ年くらいのくせして、眉間に皺を寄せるという表情。
……間違えた。
思わず頭の中で否定文が作られる。天眠は腹黒かったが、こんな露骨に悪役な顔をしていなかった筈だ。
コイツの顔は10代後半に見えるが、その雰囲気は年の数以上の人間を殺しているだろうと疑いたくなるほどに悪い。
斜め上から俺を見下げる目は、不機嫌そうなのに感情を読み取ることが出来ねぇ。
うん、そうだ。まさかコイツが天眠のはずが……。

「てめぇ、海堵か」

ナイ。と結論付ける寸前で、奴の口が動いた。
海堵。その名前を知っているということは……やはり、そう言うことなのか。
生まれ変われば別の人生を歩むのは自然なことだが、まさか此処まで変わるとは……。
さり気なくヤツから視線を反らせてしまう。俺の目は、事実を受け入れたくはないらしい。
「まさか……地補、じゃぁねぇよな?」
返答をしない俺に、ヤツが不穏そうな声で尋ねてきた。
「……ちげぇよ。海堵様だ」
小さく溜息を付き、答える。驚きのあまりに中途半端に映され始めていた朱色の映像も消えて、気持ち悪さも無くなっていた。
仕方がなく現実逃避を止め、ヤツ……天眠と視線を合わせるために立ち上がる。
そんなには変わらない身長。天眠の方が、数センチ高いくらいだ。

不意に、天眠が笑った。

「久し、振りだな」
眉間に皺を寄せたままの、妙に苦しげな笑い方。嬉しいというよりも、今にも泣き出しそうな。
「……おぉ」
どう答えて良いか判らなくて、とりあえず頷いておく。
それでも何となく、記憶の中に居る天眠の顔に被って見えた。


***


「生まれた直ぐに両親が死んだから、今は姉貴と暮してる。桂嗣は?」
「俺の両親は健在。けど2人で旅に出ちまったから、今は行方不明中だな」

商店街から少し離れた場所。
5段しかない階段の一番上に座り、俺達はごく自然に会話をしていた。
「じゃあ家にはお前だけなのか」
「いや、俺にも一人旅に出ろって。だから今は空家になってる」
「ン? てことはお前、今は放浪中ってことか?」
「ご名答。頬に花丸書いてやろうか」
「いらねぇよ!」

軽いテンポの会話は、天眠と話しているというよりは地補を思い出させる。
多分これが、生まれ変わったってことなんだろうけど。

「……どうした?」
ふと無言になった俺の顔を、桂嗣が覗き込んできた。
「別に。……祈朴とかは、どうしてんだろうなぁって思ってよ」
「あぁ。他の2人か……」
夢でなら何度も会ったメンバーだけど、まさか現世でこうして話すことはないだろうと思っていたから。
こうして天眠と話していると、嫌でも他の二人のことも考えちまう。
「祈朴なら、護殊庁(ごしゅちょう)にいるぜ」
ぽつりと、桂嗣が呟いた。護殊庁とはつまり……。
「護者になってるのか?」
「いや、エリート幹部だから塔に勤めてるみてぇだ」
つまらなそうに答える桂嗣。現世で祈朴と喧嘩でもしたのか?
思ったが、さすがに直球で聞くわけにもいかねぇ。どうせなら、一度会ってみたいけど。
まぁ天眠と会えただけでも、結構凄ぇことだし。
……多分。

話しているうちに、辺りが少しずつ暗くなってきやがった。
そろそろ帰らねぇと、姉貴が心配して探しに来ちまう。

「桂嗣、今から行く宛てあるのか?」
「いや、特にはねぇけど」
「なら俺ン家に来いよ。狭い家だけど、部屋数は多いからさ」
せっかくだし、もう少し遊ぼうぜ。言った俺に、一拍置いた後に桂嗣が頷き笑った。
笑ったときの顔は、やっぱり天眠と被って見える。桂嗣にも、俺が海堵に見えるのだろうか。


それは少し、ムカツク気がした。


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