「……たまには運動でもするかのぉ」
「やめてくれ」
昨晩に桂嗣と話していた通り、まろ達は朝食を済ませると直ぐに相模を後にした。
祝勝会ではやはり痣持ちが嫌悪の対象にされていたが、今考えればそれも仕方がないのかもしれない。
きっと相模の人々は皆、心の何処かで知っているのだろう。
痣持ちには、あの街に眠る大量の闇を起こす力があるということを。そして大切な人が奪われるかもしれない恐怖を。
だからといって痣持ちを非難していいというわけではないが。それでも……。
エッフォ。エッホ。エッフォ。
右足を前に出したら左足を後ろに下げて〜〜〜〜……、左足を前に出したら右足を後ろに下げる〜〜〜
「……まろ様。さっき俺が言ったこと、聞いてなかったのか?」
「いッヤぁ……、聞えてはおったぞッフォ……。了承をしなかっただけじゃッファぃ……」
いつものように大人3人が子供3人を抱えて飛行をして、早2時間は過ぎたであろうか。
案内人である遊汰の話によると、次の街『琉架』(ルカ)までは約一日で到着できるらしい。
昼寝好きなまろとしては、その移動時間の全てを寝て過ごそうと思っていたのだが、珍しく身体を動かしたくなってしまい。
子供らしくその衝動に任せて、現在は羅庵に抱っこされた状態のままで脚だけを使ってマラソンの真似事をしているわけだが。
「一応、運んで貰っているっていう意識はあるよな?」
「うぅむ。感謝してもしきれんのッフォィ。……ぉぉ羅庵よ。まろは今から屈伸を始めるから、主の足を少し退かして貰えんか」
マラソンをしている時から何度となく羅庵の脚にぶつかってしまったので、出来れば少し横とかにずらして欲しい。
羅庵の言いたいことを全く無視したまろが、挙句にそんなお願い事をした。
そして返答も待たずに、次なる運動を始める。まろの頭の上に、羅庵のわざとらしい溜息が乗せられた。
「……まろ様の、バカ」
聞いた人間の全身に鳥肌が立つほどに可愛らしい羅庵の作り声が耳に届く。
そして次の瞬間。
「言うこと聞けない子へのお仕置きタイム! 題して空中散歩は危険がイッパイ!!」
意味の判らぬ羅庵の台詞を聞くと同時に、己の身体に変な浮遊感が生まれたことに気がついた。
考える間もなく、一気に落下が始まる。
先程までまろを抱かかえていた羅庵の腕が外されたことに気がついたのは、先程まで己が居た場所……
つまり空高くに浮遊している羅庵の姿を、驚きのあまり大きく開いた目に直に見てしまったからである。
「お〜ちぃるぅぅぅっ!!! まろは未だ自力じゃ浮くことが出来んのじゃぁああああ!!!」
どんどんと近くなる地上は出来るだけ目に映さないようにして、大声で叫ぶ。
重力に少しでも逆らえるように、鳥を真似て両手を上下に動かしてみたり。
もちろんそんな程度で、落下速度が変わるはずもないが。
「はぁやぁくぅ助けンかぁいっ!!」
「……まろ様。あまり怒鳴らないで下さい。もう大丈夫ですから」
ラスト一発。気合を込めた罵声を空に向けると同時に、すぽりと誰かの腕に抱かかえられた。
いわゆる王子抱っこ状態なので、苦笑している桂嗣の顔がまともに見える。
もう大丈夫という言葉に安心し、まろは小さく溜息を付いた。
「羅庵も。暇だからってまろ様で遊ぼうとするのはやめて下さい」
一定の速度で上昇する桂嗣の腕の中は、振動があまりなくて心地よい。
……今の発言は心地よくはなかったけれども。
「だってよぉ、まろ様がカヨワイ俺を虐めるから」
ゆったりとした上昇のお陰で、まだ上にいる羅庵の表情がはっきりと見え始めた。
成る程。先程の気持ち悪い声が『か弱さ』を強調していたらしい。
「まぁ悪気はなかったから許せ」
とてつもなく横柄な態度を取っている羅庵の謝罪。
悪気しかなかった。の間違いであろうが。口には出さずに突っ込んでおく。
「……ィ」
桂嗣に抱えられながらも、ようやく皆に追いついたまろは不穏な視線を感じて一瞬だけ息を飲んだ。
冷たく突き刺さる視線。それの正体は。
「あ、辰巳様。急に手を離してしまい、すいませんでした」
まろよりも幼いのに、もう1人で浮いていられる辰巳が其処にはいた。
実は桂嗣に抱っこして貰いたいが為に、辰巳は『幼いので自力で飛べない』と偽っていたのだ。
まろも栗杷も、初めて会ったときに浮遊している姿を見ていたので飛べることは知っていたが。
そこは可愛い子には甘い栗杷が、口裏を合わせるようにとまろにも強要してきたわけであり。
「でもやはり自力で大丈夫だったんですね」
急に手を離した、というとてつもなく危険行為をしたとは思えない程に悪びれた様子のない桂嗣。
やはり、ということは桂嗣も薄々は気がついていたということか。
もしくは騙された振りをしていただけなのかもしれない。
「……桂嗣。僕がもしコレで飛べなかったらどうするつもりだったの……?」
此処が上空にも関わらず、地の底を這うようなオドロおどろしい声の辰巳が尋ねた。
ついでに未だに桂嗣の腕の中にいるまろにも、ギロリと嫉妬に燃えた睨みをくれた。
お兄ちゃんは、悲しいぞぃ。
心の中で呟いて、しかし目を合わせるのは怖いために視線は宙を泳がせておく。
「その時には遊汰にでもあずけます」
しかし辰巳の意味深過ぎる視線をあっさりと無視したように、至極当然そうに桂嗣が答えた。
あぁ、なんてドンカン! これでは辰巳の機嫌を損ねるばかりではないか!
何時もならばいらない程に鋭い人間だというのに、どうしてこういう時は鈍いのか。
それとも判っていて知らない振りをしているだけなのだろうか。ちらりと疑ってしまう。
「……と、とりあえず羅庵よ。早くまろを受け取りに来い」
桂嗣と辰巳の間にいることを恐ろしく感じたまろが、小声で羅庵を呼んだ。
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