また、青年が何かを呟いた。
ズシャァッ……という爆音がなり、さっきと同じように栗杷のすぐ横を氷の刃が走り抜ける。
……殺す気はないのらか?
二回術を繰り出しているが、両方とも外れている。

「この身体は、まだ馴れていない」
青年が自分の手をマジマジと見た。
この身体はまだ慣れてない?
どういう意味かまろには理解が出来なかったが、取り敢えずはこの青年が万全の状態で此処に来たわけではないと安堵する。
……いや。慣れていない、ということは当てる気だったということ。栗杷を、殺す気だったということ。
安堵なんて、している暇はない。急いで桂嗣達を呼んでこよう。桂嗣達ならどうにかしてくれる……。
そうは思うものの、足が竦んで一歩も歩き出せない。
青年の狙いは、今のところ栗杷一人。 今走って桂嗣達の所に行けば、理由も判らずに殺されるなんてコトにならないかもしれない。
栗杷は元々から自己治癒能力が高い。多少の怪我ならすぐに治る。攻撃を受けてすぐに死ぬコトはないはず。
今行けば、二人とも助かるかもしれない。
……判っているのに、足が動かない。
栗杷の方を見れば、青ざめた顔で。それでも青年をキッと睨みつけている。

ズシャァッ……
また、爆音が鳴った。
「……つぅ」
掠れたような栗杷の声。見れば、栗杷の顔に小さなかすり傷が出来ていた。
少しづつ、栗杷に当たる確立が高くなっているコトが判る。
早く助けを呼ばなければいけないのに、膝がガクガクと震えて全く動こうとはしない。
ど、どうしたらいいのら……っ。

≪てめぇ、こんなヤツも殺せねぇのかよ≫

何処からか、声が響いた。
「ほぇ?」
思わず周りを見渡すが、此処にいるのはまろと栗杷と青年のみ。
声の主は見当たらない。

≪戦いの最中に、よそ見してんじゃねぇよ≫

また、声が聞こえた。それは、まろの頭にのみ響いた声。
だ、誰なのらっ?
さっきからの恐怖も合わせて、体が勝手に震えを増進させている。

≪ったく、仕方ねぇな……≫

その声が聞こえた瞬間、まろの頭の中で何かの構造式が浮かんできた。
それは今まで習ったコトもないもの。
そしてまろではまだ読めない、多分漢字だと思われる文字が頭に浮んだ。

まろの口が、微かに動いた。
ソレハ、近くにいた栗杷にすら聞こえないような声。
そして。

地を揺るがすほどの爆音と共に、青年と全く同じ術がまろから繰り出された。
けれどソレは、青年のとは全く比べられないほどの規模の大きさで。
もしコレが地面に向っていたら、この庭など半壊してしまっただろう。
そう。もし当たっていたら。

大技なんて初めて使ったまろに、コントロールが上手くいくはずはない。
せっかく出た術は、全て空へと向って打ち上げられ、そのまま消えていった。

「まろ……?」
栗杷が、驚いた顔でまろを見ている。
青年も、訝しげな顔をしている。

まろは……ただ、呆然としていた。
力を使いすぎたのか。
この小さな身体では、あれほど大きな規模の術を使うのは無謀だったのか。
それとも。自分の意識ではない状態で、術を放っていた自分にか。
多分ソノ全てで。まろはただ、呆然と自分の手を見つめ……。

自分の体が、ゆっくりと地面に向かって倒れているコトに気が付いた。




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