自分の部屋に戻る途中で、庭で何かをしているらしい栗杷の姿がまろの目に映った。
「く〜りはぁ、何してるのらぁ!?」
廊下から大声で叫ぶ。声が聞こえたらしく、栗杷がまろの方を向いた。けれどすぐに元の方を向き、又何かを始めてしまった。
何してるのら?疑問に思って、庭に出る。
まだ小さなまろには、この家の庭は広すぎて、いくらか歩いてやっと栗杷の所にまで辿りついた。
「栗杷、何をしているのら?」
さっきは言ったことがきちんと聞こえなかったのだろうと、同じ台詞を言う。
けれど栗杷は答えずに、黙々となにか作業を続けているまま。
はて?
全く無視されているらしいこの状況に、まろはどうしたものかと考え。ふと、栗杷の手元を覗き見た。
「栗杷、お墓作ってるのらね?」
栗杷の地面に大きな穴を開けている作業に、まろがポツリと漏らした。
少し離れた所にある池を見れば、それは池とは呼べない状態で。中にいた鯉たちも生きてはいないだろう。
「……別に、あんたの為じゃないからね」
黙ったままでいたまろに、栗杷が嫌そうな声を出した。
「鯉には悪いとは思ってるけど、あんたには謝らないから」
多分両頬を膨らませているのであろう、その言い方に。
栗杷って本当に素直じゃないのらねぇ。
などと思いつつ、まろも栗杷の横にしゃがみ込み穴掘りを手伝い始めた。
***
「さて、後は木の苗を此処に植えて……」
以外に丈夫に育っていた鯉達の中で、それでも昨晩に絶えてしまった数匹を二人で掘った穴に埋め終わり栗杷がそう言った。
この家で動物を埋葬するときは、最後に必ずその動物を埋めた所に木を植える。
別に決まり事というわけではないが、何時の頃からかそうなっていたのだ。
「桂嗣に言えば、苗木が貰えるかしら?」
手についた泥を落としながら、家の方へと歩く。
そこで。突然一人の男がまろたちの前に現れた。
「ほぇ!?」
凄いスピードで上から降りてきたらしいその男に、思わず間の抜けた声を出す。
栗杷の方を見れば、まろと同様に驚いた顔。
まじまじと見てみれば、男というよりは青年で、しかも美人。
だがその顔には表情がなく、まるで人形のよう。足首辺りまである髪も、作り物のような光彩を放っている。
空を飛んできたってコトは、この人も術者なのらよね?
桂嗣達の知り合い? でもそれなら玄関から入ってくるはず。
ぼんやりと考えていると、その青年が小さな声で尋ねてきた。
「……お前が、海堵の記憶保持者か?」
抑揚のない、機械音に似ているソノ声。
「記憶……保持者?」
何よソレ、と勇敢にも栗杷が言う。
「記憶保持者は、記憶保持者だ。それ以外の何者でもない」
「は?だからソレが何だって聞いてるんでしょう。ちゃんと答えなさいよ」
まろより30センチ以上は高そうな青年に、まろより4cmしか高くはない身体をそれでもピンっと張っている栗杷。
はっきり言って、まろには恐ろしくてそんな態度はとれないのら。
栗杷、まろの為に頑張れ。
***
「……子供と話していても埒があかない」
栗杷と進まない会話を続けた後、青年がボソリと呟いた。
「なっ、この私を子供ですって!?何処に目をつけてるのよっ」
子供扱いされたことに腹を立てたらしい栗杷が食いつくが。
栗杷、12歳は立派な子供なのらよ。青年が子供扱いしてくるのも仕方がないことなのら。
声に出して言うと殴られる危険があるので、頭の中だけで突っ込みをいれる。
だが青年はガルルルル〜と唸っている栗葉を無視し
「…………」
音にしては聞こえないくらいの声で、微かに何かを言った。
ズシャァッ……ッ!!!!
大きな爆音とともに、栗杷のすぐ横を細かな氷の刃が走り抜けた。
「……っ」
栗杷と同時に、息を飲む。
「な、にすんのよ」
急な攻撃を受けた恐怖のせいか、声が震えている栗杷。もちろんまろもビビッている。
一体、どうしたって言うのら? 何で急に攻撃なんてされなきゃいけない?
理由なんて判らない。この青年からは、殺意の一欠けらも感じなかったのに。
まろも栗杷も、術者の血を受け継いではいる。物心がついた頃には、桂嗣から術の使い方も習った。
しかし、それでも出来ることといえば。まろなら相手にかすり傷をつける位で。
栗杷でも、ソレ以外では自分の自然治癒能力を一時的に極限まで引き上げることくらいで。
この青年に、敵うはずはない。
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