外から聞こえる鳥の声に、ゆっくりと目を覚ました。まだ眠っていたいと訴える眼を擦り、布団から這い出る。
廊下側からパタパタと走って来る音が聞こえ、そしてすぐに襖が開けられた。
「おはようございます、まろ様」
少し呼吸が乱れた様子の桂嗣が、まろに向かって挨拶をする。
うわっちゃぁ……。早々に昨日のコトがバレたのかもしれない。
そう思い、桂嗣からの怒鳴り声を覚悟する。だがどうもそういうわけでもなさそうだ。
「今日のお勉強は取りやめにします。着替えて食事を取ったら、大人しく家の中で過ごしていて下さい」
慌てた様子で言い捨て、さっさと部屋から出て行ってしまった。
一体なんだったんだろうか。栗杷のことで怒られると思っていたのに、そのことについてはなにもなし。
しかもあの桂嗣の慌てた様子。
考えてもわからない。
とりあえずまろは着替えを済ませ、朝食を取りに食堂へと向かった。

この鶴亀家はもう数百年も続く由緒正しきお家だとかで、屋敷の中は相当広い。
しかも『教育係』『医者』『科学者』を住み込みで雇っているくらいだ。
まろはその家の一人息子で、そのために色々な勉強をさせられている。
昨晩の破天荒少女、栗杷はまろの従兄弟なのだが、両親が家に帰らないことが多いため此処で暮らしている。

「ねぇ」
「うにゃぁっ」
急に後ろから声を掛けらた。
「なんて声だしてんのよ」
振り返ってみれば、不信そうな顔をした栗杷が立っていた。
「お、驚かさないでほしいのらよっ」
未だにビクビクと反応している心臓音に、思わず胸を抑える。
ったく、臆病なんだから……と栗杷は呆れたように言った。

「架愁達、何か変じゃない?」
肩までの髪をかきあげ、嫌そうな顔で尋ねてきた。
「昨日架愁の部屋行ったら爆弾渡されて追い出されてさ。慌てて庭に投げたら池ぶっ壊れて、怒られるかな〜って思ってたんだけど」
そこで栗杷が首をクッと横に曲げた。
やっぱりというか、追い出されたあげくに池を壊したらしい。あそこには大切な鯉が泳いでいたのに。
「さようなら、まろのお友達……」
小さく呟いた声が栗杷にも聞こえたのか。微妙に気まずそうな顔をし、だがすぐに何もなかったかのように話し始めた。

「架愁達に何かあったのかしら?」
栗杷がチラリとまろの方を見る。
だがそんなことを聞かれたとしても。
「まろも判らないのらよ。架愁達に直接聞いてみた方がいいんじゃないかな?」
やっぱり本人たちに聞くのが一番。
「ま、それもそうよね」
ポンっと栗杷がまろの頭を叩き、食堂のほうへと行ってしまった。


***


「ふぅ。おなか一杯なのらぁ」
満腹になったお腹を擦りながら、廊下を歩く。
いつもなら朝食は皆で取るのだが、今日は栗杷とまろと母親だけだった。
父親は朝早くから仕事に出かけたと聞いたのだが。
やはり気になったまろは、桂嗣の部屋の方へと向かった。栗杷にも言ったとおり、本人に直接聞くほうが確実だ。

桂嗣の部屋の前まで来ると、中からごにょごにょと話し声が聞こえた。
特に意味はなかったが、何となく神妙そうな雰囲気に、まろは音を立てないように襖に耳を当てた。

『夏月(かげつ)様が?』
ボソリと、けれどはっきりと中の声が聞こえた。
夏月?父様のお兄様もそんな名前だったはずだけれど。
『いや。夏月様はもう……』
そう。夏月叔父は何年か前に亡くなっている。
しかも若いときに誰かと駆け落ちしたとかで、まろもお葬式のときに始めて見たのだ。
『夏月様に子がいたらしい』
『子供!?……葬式の時に居なかったじゃん』
『なんか組織の方に売られたとか』
ボソボソと、中の会話が続いていく。
『組織って……夏月様の力は微弱で、目覚めは期待できなかったはずでは?』
『それが、生まれた子供には強い力があったらしく』
『てことは、その子が海堵(かいと)の力を?』
『それはまだ判っていないんだが……』
深刻そうな中の会話。
ってか、組織って? 目覚めって? 海堵ってなんなのら??


盗み聞きしても、全く持って理解不能。訳判りません。
もう聞いてても意味ない。そう思ってその場から離れようとすると。


「まろ様。何処に行かれるのですか?」
カラリと襖が開いて、桂嗣が顔を出してきた。
あう、やっぱりバレていたのらね。
「あれ? まろ様いたんだぁ?」
架愁は気がついていなかったらしく、惚けた声を出した。
「まろ様。盗み聞きなんて行儀が悪いなぁ」
さも嬉しそうな声を出して、羅庵(らあん)が近寄ってきた。
あ、あの顔はまろで遊ぼうと企んでいる顔なのらっ。
「ち、違うのらっ。まろは盗み聞きなんてしてないのらぁ」
ズリズリと後方にバックする。そしてある程度離れてから一気に逃げ出した。
「あ〜。まろ様逃げちまった」
残念。と後ろの方から羅庵の声。
ホッ。追いかけて来る気はなさそうなのら。

そしてまろはそのまま、自分の部屋の方へと戻って行った。




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