「やだぁっ、着いて来るなー! 私は架愁(かしゅう)の部屋でお泊りするのぉっ」
「何を言っているんですかっ。貴女には貴女のお部屋があるでしょう!!」
「やだやだっ。私は架愁と添い寝がしたいのぉ!」

ズダダダダ……バタン……ガタガタ……。
長い廊下を誰かと誰かが走り回る音が聞こえた。
誰か、なんて考えなくても判る。まろの従兄弟である栗杷(くりは)と、二人の教育者である桂嗣(けいし)だ。
自室で大人しく眠ろうとしていたまろは、げんなりと溜息を付いた。
ったく、毎晩毎晩良く飽きずに追いかけっこが出来るのらね。近所迷惑ってことくらい考えて欲しいのら。
布団に入りながら、小さく悪態をつく。とさっきまでドタバタと響いていた足音が急に消えた。

「あ〜っ。何するのよ桂嗣! 離しなさいよ!!」
どうやら決着が付いたようだ。これで静かに眠れる……と安心していると。
「失礼しますね」
襖の向こうから、桂嗣の声がした。返事をする間もなくカラリと襖が開く。
「申し訳ありませんが、本日は栗杷さまとご一緒に寝て頂けませんか」
まろの目に映ったのは、にっこり笑った桂嗣に首根っこを捕まれ唸る栗杷。
「良いけど……どうしたのら?」
本当は良くないのだけれど、断ったらなんて言われるか判ったもんじゃない。嫌だな……とか思いつつ、まろは承諾した。
だが栗杷が架愁の寝込みを襲おうとするのはいつものことであり、それを見張るのは桂嗣の仕事のはず。
それなのにどうして今日に限ってまろの部屋に置いていくのか。
「今日は町の役員会議がありまして、今から出なきゃいけないんですよ」
短い言葉で現された疑問を理解したらしい桂嗣が、判り易い答えをまろにとくれた。
なるほど。だから栗杷を見張れなくなるってことで、まろの部屋に連れてきたのか。
栗杷はバカなのら。架愁の部屋には桂嗣が出てってから行けば良かったのに。
「まろっ。あんた今私のことバカにしたでしょう!?」
何時の間にか桂嗣の腕から放されていた栗杷が、バコッと良い音を立ててまろの頭を殴った。
うぅぅ、こういうのだけは勘が良いんだから……。
と頭を自分で撫でていると、微笑ましい光景と勘違いしたのか。桂嗣がクスクスと笑い、
「それではお願いしますね」
部屋を出て行った。


「くっそぉ!! 桂嗣なんて嫌いだぁぁぁ!!」
桂嗣が出て行ったすぐ、栗杷が大声をあげて暴れ出した。
「く、栗杷。落ち着いて欲しいのらっ」
まろの部屋で暴れられるのは困る。
慌てて宥めようとするが、栗杷は暴走を止める気はないらしく枕を壁にぶつけている。
「なによっ。まろになんて判らないでしょっ。私が架愁を思う気持ち!!」
判りたくない、なんて言ったらまた殴られるから言わないけれど。


***


「さて。じゃあもう一回挑戦してくるわ」
どれくらいか暴れ続けて。やっと気がすんだのか栗杷がそう言った。
「え? ちょ、ちょっと待つのらっ」
「何よ?」
「まろは桂嗣に栗杷と居るよう頼まれたのらっ。栗杷が勝手な行動をすれば、まろも怒られるのらよっ」
「うん。だから?」
「いや、うん。だから? て何の問題もないように言わないで欲しいのら……」
「何よ。何か問題あるっていうの?」
大あり。しかし栗杷にとっては、まろが怒られることなんて、どうでも良いのだ。
自分の言うことを全く理解してくれない従兄弟に、まろは溜息を付いた。
「まろ、栗杷のトバッチリで怒られるのは嫌なのらよ」
どうにか栗杷が理解しやすい言葉を考え、はっきりと言った……が。


「い、いない」


さっきまで居たはずの栗杷がいない。まろが考えている内に、さっさと出て行ってしまったのだ。
「どうしよう……」
一瞬パニックになったまろ頭の中に、こんな方程式が出てきた。

1.栗杷が架愁の寝込みを襲う→ 架愁に爆弾を持たされて追い出される→ 廊下が壊れる→ まろも怒られる。
2.栗杷が架愁の寝込みを襲う→ 成功して朝までそのまま→ ありえない。
3.栗杷が架愁の寝こみを襲っているのを止める→ 栗杷にボコられる。
4.栗杷が架愁の寝込みを襲っているのを止める→ 栗杷が大人しくついて来る→ ありえない。

ぜ。全部だめなのらっ。
どの状態になったとしても、結局はまろに取ってよい状況になることはない。

「……よし。寝よう」
どうせ怒られるなら、今より後での方が良い。
あまり前向きではないこと結論を出し、まろはそそくさと布団の中に潜った。




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