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生き物用に作られた空を徘徊して、もうどの位の時間が過ぎただろう。
眼下に広がる青々とした森の光景も、時々民家があるくらいで特に変わった様子もない。
気流に乗っているから、疲れることもない。面倒なのは、擦れ違う鳥に求愛されることくらいだ。
「……つまらねぇ」
「俺も」
ボソリと呟くと、斜め後ろを飛行していた地補が即座に同意の声を上げた。
欠伸交じりの声と寝癖の残った髪が、本気で飽きていることを伝えている。まぁ俺も同じような顔してるんだろうケド。
「そろそろ家に戻るか? この時間なら未だ天眠たちも帰ってきてないだろうし」
頭をボリボリ掻いている地補が、少しだけ速度を上げて俺を追い越した。そして俺の返事も待たずに家の方にと向かう。
確かに今日は天界に報告書を提出してくるって言っていたから、未だ家にはいねぇだろうけど。
「……見回りサボったのがバレたら、また天眠にグチグチいわれるぞ」
「だろうなぁ」
先週だって報告書出しに行く振りをして寝ていたら、バレて正座させられた挙句に説教を受けたのだ。
軽く受け流す振りをしつつも、地補の飛行速度が緩くなったことが判る。
「なぁんで天眠はあんなに仕事熱心なのかねぇ」
もう少し気を抜いて遊べばいいのによぉ。文句を垂れつつも、此処からでは見えもしない天界を仰ぎ見ようとしているみたいだ。
『此処』は俺たちが生まれた頃に創造主が作ったらしい。つまりは『試練の闇』とか言われる天界崩壊の危機の後だ。
天使のように精神や言葉だけで創られているのではなく、俺たちのように魂という球体を持った生物が生活するための場所。
精神や言葉だけの天使は、時期が来ると崩壊し消滅するが、魂を持つ生物は身体が崩壊しても球体だけが近くの身体に入り込み、
新たなる身体を手に入れる日までその仮宿で眠る。生物同士によって新たなる身体が生まれ続ける限り、本当の消滅はやってこない。
何故にこんな生物を創り、ソレ用の世界まで創ったのか。
しかも創造主の力そのものともいえる俺たちに管理を任せるほど、愛情を注いでいるかはわからないが。
否。判りたくもねぇんだけど。
「やっぱ帰ろうぜ」
「どうしたのさ海堵ちゃん。怖いお兄さんに説教されたくないのだろ?」
飛行速度を緩めるどころか上空で停止した俺に、地補が振り返った。軽い口調で、含み笑いを作っていやがる。
「……俺をちゃん付けして呼ぶんじゃねぇよ」
聞き逃せねぇ発言に、ぎろりと睨みつけてやった。地補が喉を鳴らして笑う。
「そんな怖い顔するなって。可愛い顔が台無しよ、海堵ちゃん」
「ぁんだと!?」
ムカツク台詞を言い、挙句に『海堵ちゃん』を連呼する地補。
「てめぇ……。覚悟は出来てるんだろうなぁ!!!」
怒り任せに叫んで、返事も待たずに掌に生まれた氷の刃を放てば、重そうなガタイしている地補が軽やかに避けやがった。
「避けるんじゃねぇよ!!」
「ごめんごめん。俺ってば身軽すぎて風に押されちゃってさ」
「嘘を付くな!!!」
「うん、判った。本当は俺、痛いの嫌いなのよ。だから避けた。海堵ちゃんってば攻撃が遅いわよ?」
真顔になっているくせに、女口調で腰を気持ち悪く捻る地穂。しかも少し下降して、上目使いで瞬きを繰り返している。
「キモっ……」
「あ、酷ぇ」
本音で言った言葉の方が、良い攻撃になったみたいだ。
折角だから、顔を隠して泣き真似を始めた地補より上空に昇って頭を踏みつけてやろう。
「……海堵、大変申し訳ないんだが、俺はSMの趣味を持っていないんだよ」
企みが全て筒抜けだったらしく、少し昇った瞬間に地補が泣き真似を止めて俺を見た。
「俺にもそんな趣味ねぇよ」
予定外の反応に、即効で言い返す。
それなら良かった。などと言い、地補が声を上げて笑った。
***
俺たちの家は、民家より遠く離れた場所に建っている。
『此処』を管理するようにと命じられたときに、祈朴が樹木の成長の向きを力で変え、生活の場所を作ったのだ。
内部には地補が地形を少々変えて作った、食料を置く為の地下室もある。
俺の力で近くに川も引き、天眠の力で夜中でも室内を照らせるようにした。
住み心地は、そんなに悪くはない。
「あれ、もう帰ってきたんですか」
「……あ」
地補と話し合った結果、やっぱり今日の巡回はサボろうと決めて帰宅をすると、
まだまだ帰ってこない筈の天眠と祈朴が、家でまったり茶を飲んでいた。
「祈朴達こそ早いんじゃないか? 今日は天界だったんだろ?」
思わず顔をしかめた俺とは違い、さも当然のような顔をした地補が空いている席に座った。
「あぁ。でも上の方々が忙しそうだったからさ、報告書だけ提出してさっさと帰ってきたんだよ」
銀髪の髪を輝かせながら、祈朴がにっこりと笑う。長く伸ばされた前髪から、それでも見える目は優しい。
これなら俺たちがサボって帰ってきたことはバレないだろうと、俺も空いた席に座わり。
「それで、貴方達はどうしてこんなに早かったんです?」
祈朴と同じようににっこりと微笑んだ天眠が、俺の肩に手を乗せた。
……隣に座るんじゃなかった。
天眠の目は、笑っているけど微笑んではいない。
少しずつ掴まれた肩が痛みを訴え始めていることを感じ、チラリと斜め前に座る地補を見れば。
「あぁっとぉ、今日は俺が夕飯の当番だったよな。さぁてナニ作ろうかなぁ」
大きな独り言を言ってさっさと逃げていきやがった。
目の前に座る祈朴に助けを求めようと思ったが、速攻で視線を外された。
此処は、腹を括るしかねぇのか。
「雨が降っていたから早めに帰ってきたんだよ」
腹を括るつもりが、結局出てきたのは言い訳だった。
天眠の目が薄く細められた。遠目から見れば、優しく微笑んでいる姿に見えるだろう。
俺からすれば、獲物を見つけた獣がその獲物を捕らえようと焦点を定めただけに見えてしまうが。
「へぇ。遊びにいかれるときは雷雨であろうが出かける貴方が、雨が降っていた程度で巡回を放棄されたのですか」
整った口元から吐きだされる言葉は、穏やかなのに毒気を含んでいる。
何処まで言い訳が続くのか試している、とでも言うかのような。
「さ、サボった訳じゃねぇぞ! ただ、地補が具合が悪くなったって言い出したてよぉ……」
「おやおや、ソノ割には台所から元気そうな鼻歌が聞えて来ますが?」
「と、途中で治ったんだろ!!」
「へぇ、そうですか。で、お優しい海堵が付き添いで帰ってこられたと」
「……あ、あぁ」
肩を掴んでいた天眠の手が、ゆっくりと離れた。
コイツを敬愛する間抜けな天使達が見たら、ぶっ倒れそうな極上の微笑み。
俺からすると、最終宣告。
「ならば地補の具合も良くなったんですから、さっさと巡回の続きに戻りなさい」
微笑みつつも怒りの口調を混ぜた天眠が、すっと扉の方を指さした。
つまることろ、さっさと出て行け、と言う事らしい。
「海堵、言う事聞いて早く仕事を終わらせて来た方がいいよ? 今日の夕飯は焼肉だから」
素知らぬ振りをして茶を啜っていた祈朴が、天眠と睨みあっている俺に声をかけた。
「何言ってるんだよ、今日は地補が料理当番だろ」
「うん。でも今日は2人だけに巡回を任せたからって、地補と海堵の好きな高いお肉を天眠が買っていたからさ」
多分保存庫に良いお肉があるから、地補なら言わずとも焼肉にすると思うよ。
人差し指で前髪をくるくると遊びながら、祈朴が軽く首を傾げた。
基本的に巡回はこの家を境に東西南北で別けて、2人一組で行っている。
けど週一で天界に報告書を提出しに行く日だけは、残った2人で全てを見回らなければならないのだ。
「えぇ。2人でしっかり仕事をこなしてくれていると信じていましたからね」
本当に穏やかな目をしている祈朴とは逆に、口元だけでしか笑っていない天眠が、薄っすらと目を細める。
「……判ったよ。さっさと行って来るから、先に喰ってんじゃねぇぞ!」
チッ……と舌打をし、俺は渋々と立ち上がった。
家を出る少し前で、台所の方から『今日は焼肉だから急いで終わらせてくるんだぞ〜』 という声が聞えた。
てかお前も一緒に来いよ。
思いながらも『判ったよ!! 』 と怒鳴り返して、折りたたんでおいた背の翼を広げて空へと向かう。
雲ひとつない昼間の空は、まるで俺の髪と同じ色をしている。
アイツがこの鮮やかなソライロが好きだとか言って、笑っていたことを思い出した。
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