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「お〜い、こんな所で寝てたら風邪引くぞ〜。」
上から軽めの声が振ってきた。誰かが俺を揺り起こそうとしてやがるみてぇだ。
……うゼェ。頭痛ぇんだから、このまま寝かせろよ。
「お。何だ、起きてるのか」
俺の肩に置かれた手をパシリと振り払うと、誰かの喉だけで笑う音が聞こえた。
しかも懲りずに俺の肩に手を乗せ、揺り起こそうとしやがる。
あぁ、こういう奴は無視だ。無視に限る。無視だ蒸しだ無私だ無死だ蟲だ…………。
「うぜぇんだよ、テメェ! 俺に何か用でもあんのか!??」
やっぱ無理だった。こういう奴は一発殴んねぇと気がすまねぇ。
ガバリと立ち上がり、俺を起こそうとしていた奴に掴みかかる。
「お前は……」
相手の顔に、思わず動きが止まった。……顔? 違う、見覚えのある痣にだ。
左頬にある、刺青にさえ見える蒼の痣。コイツは……。
「俺の顔になんかついてるか?」
首元を掴まれた男は気にした様子もなく、子供でも相手にしているかのように手をヒラヒラと振った。
「……判んねぇのか?」
それとも、惚けているだけなのか。掴んでいた襟を放してやり、ヤツの今の行動への怒りも込めてギロリと睨む。
頭一つ分高いヤツは膝を少し曲げ、俺の顔を真っ向から見た。
「……新手のナンパ」
「んな訳ねぇだろ!!」
勢い余って俺は拳をヤツに突き出す。しかしその拳は軽い音を立てた後、空中で止まった。
「初対面で殴りかかるのはど〜かと思うぜ」
俺の拳を顔面ではなく掌で受けたヤツが、おどけたように笑う。
「てめぇがアホなこと言いやがるからだろうが!!」
その余裕がムカツイて、もう一方の拳もヤツの顔面に向かって突き出す。
けどそっちも同じくヤツの掌で軽い音を鳴らして止められちまった。
「ブッ殺す……!」
「おや危険。警察呼ばなきゃな」
殺気立った俺に、それでも余裕の表情は変わらない。
凄ぇムカツク。この俺様の拳を止めるヤツなんて有り得ねぇ。絶対殴る。
威嚇の意味も込めて奥歯をギリリと鳴らし、ヤツを睨みつける。
けどヤツの表情は変わらない。そこがまたムカツク。
ヤツの掌から引き抜いた拳を、また顔面に向かって突き出した。
止められればもう一方の拳を突き出し、それも止められれば今度は蹴りを入れようとする。
防戦一本のヤツに攻撃をし続けていると、8時を告げる音楽が公園内に響いた。
「っと、悪いんだけど俺そろそろ帰るから」
俺の蹴りを避けながら、息を軽く弾ませたヤツが『もう止めない?』と言った。
「あぁ!?? ふざけんな、決着が着いてねぇだろ!」
避けられた足を軽く曲げて、弾みをつけてから又ヤツの腹部へと突き出した。
「決着って、別に喧嘩してる訳でもあるまいし」
俺の中段蹴りを肘で外側に払い、空いた空間に一歩下がる。
「喧嘩してるに決まってんだろ〜!!!!」
払われた足を地面に着け、その勢いを乗せて軸としていた方の足でヤツの太腿辺りを狙う。
「そうなのか!??」
その足を今度は手首で受け、おまけとばかりに繰り出してやった俺の拳も逆の手首で払う。
「当たり前だろぉぉぉ!!!」
あまりにすっ呆けた声を出され、俺は叫びつつもソコで止まった。
動いているときは気がつかなかったけど、結構体力は消耗されたらしい。
前髪は汗でびっとりと額に張付き、呼吸も情けない位に荒い。
袖で汗を拭いながらヤツを盗み見れば、ヤツも同じく汗を拭いている。
てか。あぁ、そうだ。俺はこんなコトがしたかったんじゃなくて。
「お前、地補だよな」
少し間を置き呼吸を整えてから、俺はヤツに向かってそう言った。
そう、あの痣の形地補と全く同じだ。
今までの会話も、防御の仕方も地補と同じ。
この俺が間違えるはずなんてないと、じっとヤツの顔を見つめる。だが。
「……いや、俺は羅庵って名前だけど?」
手を顎に持っていき、少しだけ考える素振りを見せたヤツが、そのくせアッサリとそう言った。
「ダレも今の名前なんて聞いてねぇよ! 俺が聞いてるのは前の名前だっ」
「生まれてからズットこの名前を使ってるけど?」
「だから生まれる前の名前だって!」
その位判りやがれ、このバカヤロウ! 必要もなく大声で罵り、
ふとヤツ……羅庵の表情が固まったことに気がついた。
「新興宗教のお誘いですか?」
至極真面目そうな顔で俺に問う。けどその目が笑っていることが、俺には判った。
「勧誘で客殴りつけるバカが何処にいるってんだよ!」
違う方向に突っ込みを入れてみる。
羅庵は、思ったとおりに声を出して笑いやがった。
「つかマジごめん。俺さ、前世の記憶とか持ってないから。お前が誰かとか判らねぇんだけど」
一通り笑った後で、少し真顔を作った羅庵がすまなそうに謝ってきた。
成る程。今度は本当らしい。
「ま、お前ならそうだろうとも思ったけどよ」
昔から過去に執着しない質だったからな。声には出さずに呟く。
「けど知り合いだったってのは信じられる。お前と話してるの、しっくりくるからさ」
別に凹んでた訳でもねぇけど、言い詰まっていた俺の肩を軽く叩いた。
「うわ、凄ぇ寒ぃ台詞聞いちまった」
まるで夕日が似合う行動に対して、思わず本音が出た。自覚症状があるようで、羅庵も噴出して笑う。
豪快な笑い方は以前と変わってない。喉で笑うときや、口の端だけで笑うのもそうだけど。
こんなのが嬉しいなんて、あまりにも寒くて絶対口になんて出せねぇな。思いながら、俺も笑う。
「で、もう帰るんじゃなかったのか?」
また一通り笑った後で、俺は公園の時計を指差した。現在夜の8時15分。
俺もそろそろ帰らねぇと。桂嗣に文句言われるだけならまだしも、架愁に夕飯食われかねない。
「そうそう。早く帰らないと嫁さんが心配しちまう」
「愛妻家ってヤツか」
「おう、嫁さん命だからさ」
俺と遣り合ったせいで地面に叩きつけられた鞄の泥を叩く羅庵の顔は、相当弛んでいる。
こういう所さえ、以前のままということらしい。
「そういやお前の名前聞いてなかったよな」
それじゃぁな、と俺に軽く手を振り少し歩き出してから、思い出したようにコチラ側を振り返った。
「俺は稜だ。良くこの公園で寝てるけど、起こしたら容赦しねぇぞ」
「……帰るところがないのか?」
一瞬だけ眉を寄せ、心配するような表情を作る。
「いや、寝心地が良くって」
「素敵な回答をありがとう。なら次も叩き起こすから楽しみに待ってろよ」
「ウゼェ。絶対起きねぇからな!」
少しずつ遠くなる羅庵の背中に向かって吼える。
そうだ、桂嗣達にも言ってやらねぇと。
地補を見つけたって。記憶ねぇけど、変わってなかったって。
…………アイツはドッチにつくのか……な。
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