「まろ、凄く運が良いのかもしれないのぅ……」

あれからきっかり3時間。相模に到着したまろ達は、案内人である女性2名を待っていた。
さすがに武人が育つ街と言われるだけあって、周囲を歩く人々は素晴らしい体躯をしている。
簡単に言えば、マッチョ、微マッチョばかりだということ。
……案内人の2人もあんなマッチョだったら、嫌なのらね……。
口に出さずに考え、ふと並ぶ店々の壁に貼られた張り紙を見つめる。
そこでまろは、最近見慣れたモノを見つけてしまった。

「なんかあったか?」
張り紙を見て思わず呟いたまろに気がついた羅庵が、同じように張り紙を見つめる。
「へぇ、武道会のポスターか。運が良いってまろ様、相模の長にでもなろうってのか?」
けど大人の部は20歳以上だから、10歳から出られる子供の部にしておけよ。
口元だけ上げて兄貴面を作った羅庵が、少し下の方に貼ってある張り紙を指さす。
こちらには『子供武道会開催』 と書かれており、優勝者には後の武道会でシード権が与えられるとなっている。
なるほど。子供武道会で優勝しておけば、20歳になり武道会に出たときに有利になるらしい。

「違うのらよ。まろは人の上に立つことは苦手じゃ。そうではなく、コレを見よ」
将来は由緒正しき鶴亀家の主人となる者とは思えない言葉を吐き、まろは武道会の方の張り紙を指差した。
そこには武道会の優勝者……つまりは相模の長に受け継がれる剣の写真が載っていた。
鞘の部分には様々な宝石が飾られているのだが、何故かその中心部に石ころが嵌め込まれている。
何も知らない人が見れば、それは単なる黒の石。だが記憶保持者であるまろからすると、その漆黒のイシは……。
「Angelusってコトか?」
いっそ閉じているのではないかと疑いたくなるほどに目を細めた羅庵が、それでもジッと張り紙を見つめた。
「うむ、恐らくは地補のイシ」
意味もなく声色を落とし、内緒話でもするかのようにまろが呟く。
まるで尾行途中の探偵ごっこ。10歳児のまろは、実はごっこ遊びが好きだったりする。


「何か面白いものでもあった〜?」
羅庵も付き合わせてゴッコ遊びをしていたまろに、近くの店でアイスを買って来た架愁が声を掛けた。
いつものように栗杷に腕を組まれ、ポケポケとした表情で空いた片手に持っていたアイスをまろにと差し出す。
「早々にイシを見つけたのらよ」
ありがとうと言ってアイスを受け取り、目線だけで張り紙を示して剣の鞘部分についていることを教える。
「へぇ、結構早かったわね」
ストロベリーアイスを口の端につけた栗杷が、少し微笑んで張り紙を覗き込み、急に嫌そうな顔になった。
「何よコレ、優勝しなきゃ剣が貰えないじゃない。しかも剣術武道会なんて、ダレが出場するのよ」
架愁に出場させたらコロスわよ。少女とは思えない程の低音で言い放ち、まろを睨みつける。
「で、でも、まろは20歳前だから、誰かが代わりに出るしか……」
以前架愁の頬に掠り傷を付けてしまい、その後一週間ほど栗杷に虐められた経験のあるまろが、反射的に怯えた声を出す。

「なら羅庵が出ればいいじゃない」
賑わう街の一角で張り紙を見つめ神妙そうな顔をしていた四人に、突然ダレかが声を掛けた。
「子供武道会のシード権に、有効期限はないんだから」
気の強そうな、けれども優しさを纏った声で当たり前のように話を続けるのは、黒髪ショートの細身で長身な女性であった。
「……え、んっ……」
「あら、昔みたいに鴛姉ちゃんとは呼んでくれないのかしら?」
両目を大きく開き無礼にも黒髪ショートの女性に指を指した羅庵に、全く気にした様子のない鴛が片目だけを瞑る。
鴛といえば相模の案内人の一人で、しかも羅庵の幼馴染の女性だったはず。

「貴方が記憶保持者の蔓貴君ね。私は相模の護者で、如月鴛と言うの。宜しくね」
口を開き間抜けな顔で見上げていたまろに、鴛がニッコリと微笑み右手を差し出した。
まろも持っていたアイスを慌てて左手に持ち替え、右手を差し出し握手する。
護者(ごしゃ)とは、白薙の案内人である未明や清瞑と同じで、術者版の街の警察だ。
「案内人はもう一人おると聞いておったが……?」
鴛と握手をすませたまろが、軽く周囲を見回し、いないコトを確認してから尋ねた。
「今は巡回中だから、後で紹介するわ。取り合えず此処は暑いから、私の家に移動しましょう」
歩いて数分の所だからと、勝手に歩き出す鴛。

「あ、でも辰巳がっ」
「清瞑達にならもう会ったわ。先に私の家に行ってるはずよ」
約束の場所が暑い真昼間の往来だったため、眠っている辰巳の身体を心配して清瞑には喫茶店で待って貰っていたのだが。
「さすがは鴛姉ちゃんってトコだな」
驚くことを止めたらしい羅庵が、今度は呆れたように呟いた。


***


<俺の声が、聞こえるな?>

鴛の家に向かう途中。まろの頭の中に、聞き覚えのある声が響いた。
―― うむ。
音にはせずに、その声に答える。
竜の記憶を見た後から、まろには当たり前のように海堵の声が聞こえるようになっていた。
ただ竜の記憶で見た海堵があまりに嫌で、呼びかけを無視していたのだが。
先ほど張り紙を見たときに聴こえた声には、思わず反応してしまった。

―― アレがなぜ地補のイシだと判るのら?
<写真のナカからも、地補の気を感じた>
―― 地補の、気?
<あぁ、イシに込められた祈りってヤツだな>
―― ほぅ……。
理解は出来ないが、何となく、頷いておく。

まろには、海堵に聞きいてみたいことが沢山あった。
近い話では竜をコロシタ理由。あの時はイシを取られても平気だったのに、今更集める訳は……等。
多分質問を始めれば尽きることはないだろう。
だが、まろはそれ以上海堵に話し掛けようとはしなかった。
まろの頭の中に響く声も、それ以上は何も言っては来なかった。


答えを聞いてしまえば早いのだけど、どうせなら自分で見つけたい。
例えその先にあるものが、絶望であったとしても。

頭の中で、前に読んだ詩の一文を繰り返す。
そして何時の間にか少し離れてしまった鴛達に追いつこうと、まろは小さく駆け足を始めた。




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