「……堕ちたか」

両手にべっとりと張り付いた朱を、服の袖で拭う。
目の前には、横たわる少女。今時分、自分がコロシタ子供。
闇に堕ちた竜は、もうこの地上に原型を留めては居ない。崩れ落ちて、土となった。

「こんな所にいたんですか」
洞窟の入口から入る光を遮り、誰かが近づいて来た。
目に痛いほどのシロと、闇に消えるクロの翼を持つ男。天眠。
俺の側まで来て、急に眉間に皺を寄せる。

「また、コロシタんですか」
溜息混じりの声。そしてゆっくりと膝を曲げ、朱に染まった子供の頭を撫でる。

「闇に堕ちる寸前だった」
「でしょうね」

言い訳じみた俺の声を、サラリと流す。聞かずとも、天眠には判っているんだろう。
俺達は、特に敏感だから。神から流れ落ちる感情に。



闇は、神から溢れ出した憎悪。生き物が触れれば、ソレは毒に変わり。
大切なモノを無くす度に、悲しい思いをする度に、ゆっくりと体内を侵しつづける。

やがて毒が容量を越えると、身体は土へと還る。意識だけを、この場に残して。
闇に飲まれた意識は、闇の中で記憶を繰り返し映す。絶望の瞬間を。憎悪の誕生を。



「……きっとこの子供はまたコロサレル」
思わず呟いた言葉に、天眠が振り返った。
「この子供を切ったあとで、後ろに隠れていた竜が堕ちた」
喉の震えを誤魔化すように、吐き捨てる。

大切なモノを失って闇に堕ちた者は、どの位かの時を経て、ソレを壊すために蘇るから。

「堕ちる前に、コロシテあげたかったと?」
天眠が立ち上がる。俺は頷くこともしない。
「それならば、竜が少女をコロス前に貴方が竜をコロセバ良い。その位、貴方なら簡単でしょう」
にっこりと微笑む天眠。
それはつまり、俺に竜の記憶を喰えと言うことか。憎むべき相手が俺である記憶を。

「怪我、してますよ?」
ぼんやりとしている俺の頬を、天眠が触れた。微かに溢れている血を感じる。
あぁ、そういえば。
「竜に、イシを持っていかれた」
耳の端が食いちぎられた時に、嵌め込んでいたAngelusも共に。

「神様が、悲しみますよ?」
「竜が蘇った時にでも取り返す」

つまりは、竜をコロス覚悟があるというコト。
己を憎悪の対象にしている映像を、己の脳裏に刻み付ける覚悟があるということ。


闇に堕ちた者をコロせば、ソイツの記憶は無理にでもコロシタ者の中に侵入し、生き残ろうとする。
途切れることなく延々と続く映像。絶望。憎悪。
飲まれれば、己も闇に堕ちる。
打ち勝てば、ソレは己の力へと変わる。



悲しみの記憶なんて、なくなれば良い。





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