「……こ、ここは……?」
ふと気がつくと、まろは真暗な場所に立っていた。
周りを見渡そうとしても、暗闇で何一つ見ることが出来ない。


『リグルっ!!!』


突然の大音響と共に、まろの四方全体にナニかの映像が映し出された。
前方後方、見渡す限りに広がる草原。
『リグル、今日は何をして遊ぼうか?』
一人の少女が大画面一杯に映し出さた。まるでこちらを覗き込むような上目使いは、誰かを思い出させる。
一瞬、まろの目の前の映像がブレた。すると直ぐに画面の中の少女が、可愛らしく笑った。
『そう、リグルはお花の冠が欲しいのね。じゃあ作ってあげる!!』



「これは……リグルとやらの記憶か……?」
映像が始まり、どの位立っただろうか。ようやく状況を理解したまろが、ポソリと呟いた。
まろの周囲で紡がれる映像は、どんどんと変化している。
花摘み、追いかけっこ、水浴び。
途切れ途切れに現れる映像の全てが、少女をメインに映し出しているような。

「リグルとは、何者じゃ?」
何故まろがソヤツの記憶を見なければならん?
己が此処に居る理由を探ろうと、まろは足りない頭でどうにか考え始めた。
すると丁度、氷柱に『リグル』の姿が映し出された。
冬。洞窟の大きな氷柱に感動する少女と……竜。

思わずまろは息を飲んだ。
氷柱に映し出された『リグル』は、先ほどまろが壊した『白薙の竜』に似ていた。
竜の見分け方も知らないが、それでも『白薙の竜』を幼くすればこんな感じになりそうな。
それに、これが白薙の竜の記憶だとすれば話は繋がる。
白薙の竜が壊れた時に出てきた意識の闇に、まろが飲み込まれてしまったのだと。


そういえばAngelusを探している最中に、羅庵に聞いたコトがあった。
『どうして竜には人を襲うものと襲わないものがおるのじゃ?』
ただ単純に出てきた疑問。
羅庵は少しだけ困った表情を見せて、それでも答えてくれた。

『闇の意識に、飲まれたんだよ』
『闇の意識?』
『術者にとっては力の源でもあるんだけどさ。何かを壊したいと願うほどにツライ記憶とか。
……なんて言うかなぁ〜。闇の意識に飲まれると、ナニカが足りなくて近くに居る全てを壊そうとしてしまうんだってさ』
ま、残念なことに俺は『飲まれた』コトがないから良くは判らねぇけどよ。
そう言った羅庵の笑みが、まるで自嘲するような笑みだったことが強く記憶に残っている。

何かを壊したいほどに辛い記憶?


ドォルゥゥンッ!!!!!!!!!!!!!!!!

「ぅにゃぁ!?」
この場所一杯に広がる映像が、一気に揺れた。
激しい爆音が続く。先ほどまで青かった空は、直ぐに朱に染まる。
逃げ惑う人々を、白い翼を持つ者達が笑っている。
火で焼かれた草原。水で流された家。雷に打たれて灰になったのは、少女と竜が遊んだ大木。
それでも悲しむ暇なんてなく、逃げて逃げて逃げて逃げて。


『リグル、心配しなくて良いんだよ? 私がちゃんと護ってあげるから』

薄暗い洞窟の中。優しい表情の少女が、画面一杯に映し出された。
竜の視界がぼやける。やっと見つけた静かな場所。恐ろしいアノ場所からどうにか抜け出せたのに。
少女の顔には、傷と痣と血と爛れとが広がって。それでも優しい少女があまりにも悲しくて。

「……梨亜、ちゃん」

嫌なことを、思い出した。
梨亜の夢のコト。仲の良い竜との戯れ。戦争の始まり。そして……。


『へぇ、こんな所に子供が居るとはなぁ』
ジャリッという音を立て、誰かが洞窟の中に入って来た。薄暗い中では声の主も上手く見えない。
それでもジッと目を凝らす竜の視界が、少女の背中だけに切り替わる。
両手を広げてダレか、から竜を庇おうとしている姿。背格好は幼いけれども、なんとも頼もしい姿。

『……おまえ、もう……』
ボソリとダレか、が呟いた。澄んだ低音。男のようだ。

「………え?」
それは一瞬だった。
一切の音もなく、少女が二つに割れた。割れた場所から、鮮やかな朱が噴出す映像。
画面が真赤に染まり、他には何も見えなくなる。

キィ ―――――――――――――――――――――――

強い耳鳴りがした。脳の端から響いている。耳を塞いでみても、その音は消えない。
多分ソレが、崩壊の音。


グルゥァァァァァァァァァァッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


耳鳴りをも打ち消すような、竜の悲鳴がこの場所全体を埋め尽くした。
竜の目が滲み始め、付いてしまった朱を洗い流す。
未だに映像は朱で覆われているが、それでも狙うべきところなんて判りきっている。
大切な少女を壊した、ダレかの首。
画面が、少しだけ動いた。つまりは、竜が動いたのだ。
グシャリッ。
何かを噛み切る音。だが直ぐにソレとは違う衝撃音が鳴る。竜の悲鳴が洞窟を震わせた。
溢れ出す雫が、視界に張り付いた少女の血を消していく。
少しずつ、周囲が映し出される。
薄暗い洞窟。魂の抜けた少女の体。喰らうだけでは許さない、相手。

アレは………。

ストン。
画面が、一気に暗くなった。
『闇に、落ちたのか……』
暗い画面の向こうから聞こえる声。

ソレハ、思えば聞き覚えのある声だった。
ぼやけた画面でもしっかりと映し出された朱に染まった翼と、透けるようなスカイブルーの髪。


「まろ様!!」
画面が消えたせいで真暗になった場所に、ほんの少しだけの灯りが燈った。
「桂嗣っ?」
振り向いたまろが、思わず驚きの声をあげる。そこには、何処からか現れた桂嗣が立っていた。
そしてどうしようもない位に強張った表情の桂嗣が、まろの右手をゆっくりと掴む。
「遅くなって申し訳ありません、まろ様。とても怖かったでしょうに……」
しゃがみ込み、まろの手を掴む桂嗣はまるで何かに懺悔でもしているかのようなカタチ。


「……のぅ、桂嗣。海堵はどんな奴だったのら?」

どの位かボンヤリとしていたまろだが、聞かなければいけないことを思い出しそっと口を開いた。
「海堵……。どうかしたのですか」
「いや……、今さっき、海堵の姿を見てしまってのぅ。竜の大切な少女を、殺していたのらよ」
「っ……」
桂嗣の息を飲む音が聞こえた。

「答え辛いコトなのらか?」
「そんなコトはありませんよ。海堵は……とても優しくて可哀想な子でした」
「優しいのに、初めて会った人を殺すのか?」
「きっと優しいから、殺したんでしょう」
「……まろには、判らないのらよ」
「えぇ、未だ判らなくて当然です。さぁ、まろ様は早く元の場所にお戻りください」
「ほぇ? 元の場所とは??」
「此処は白薙の竜の意識の中。此処には一人いれば十分ですから」
「ん? なら桂嗣は…っ」

桂嗣がまろの疑問に答える前に、目を開けた直ぐに太陽を直視したような眩しい光がまろを覆った。
掴まれていた筈の右手には、もう桂嗣の手の感触はない。

「私は後ほど、目覚めますから」
微かに、桂嗣の声が聞こえたような気がした。


イシキガ、トンダ。




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