「のぅ羅庵、Angelusは何処にあるのじゃ」
「んなコト俺に聞かれても困るよ。俺には前世の記憶なんてねぇんだから」
鬱蒼とした森の中。何処にあるかも判らないAngelusを探し、早4時間。
もう歩けんぞぅ!!と駄々を捏ねるまろをおぶっている羅庵が、あぁあぁと嫌そうな溜息を付いた。
昨晩宿屋で決まった話はこうである。
白薙の森にAngelusがあることは判っていても、此処まで広い森ではまろだけで探すのは困難。
遊汰は前世の記憶を持つものなら見つけられると言った。現在記憶を持っているのはまろと桂嗣の二人。
ならばまろ組と桂嗣組の二手に分かれて探そう。
という事で、まろ組がには羅庵、架愁、栗杷、未明。桂嗣組には辰巳、鬱灯、清瞑という風に分かれたのだが。
元々それぞれの街に配属されている組織の人間は、その街の警官と同じ扱いとなる。
普通の警官と異なるのは、取り締まる相手が一般人ではなく術者であるということ。
お陰で、探し始めて直に『暴走術者が現れた』との連絡を受けた未明が何処かに行ってしまった。
架愁も一時間ほど歩いた所で『体力的に無理』だとか言い、宿屋に戻っていった。勿論、栗杷も一緒に。
そしてまろ組で残ったのはまろと羅庵のみ。桂嗣組がどうなっているかは判らないが。
喉が渇いただの、菓子が喰いたいだの、挙句に疲れたからおぶれだのと我侭三昧のまろの面倒を一人で見ることになった羅庵。
「……なぁまろ様、そろそろ一人で歩けねぇか?」
マジで肩凝ってきたぜ、と小さく溜息を付きながらもう一度溜息を付いた。
「………」
だがまろからの返事がない。
「……まろ様?」
ふと嫌な予感のした羅庵が、首だけを捻りまろの顔を覗き込む。
「ぬぴぴぴ……」
「……てめぇ」
気持ち良さそうに眠るまろに、羅庵の殺意が芽生えたのは言うまでもないコトだったりする。
***
「梨亜ちゃんは今日もお月見なのらか?」
未だにAngelusを見つけられないまろ達が、白薙に滞在し始めて4日目の夜。
風呂上りのまろがジュースを買いにロビーに行くと、今日は先に来ていたらしい梨亜がソファに座っていた。
「あ、まろ君。ぅん、今日もお月様見てるの」
ましゅまろを連想させるホワホワとした口調の梨亜に、つられて笑みを作ったまろが、その隣に座った。
二人での月見ももう四回目。つまりはまろ達が白薙に着いた日から毎日だということだが。
ただ、ボンヤリと窓の外を見つめる二人。
「まろ君。白薙の竜の話、聞いたコトある?」
月を見つめたままの梨亜が、フトそんなことを言った。
……白薙の竜?
「ぅむ。白薙に着く前の街で、、宿屋のおばさんに聞いたのらよ」
ほんの数日前のことなのに、すっかり忘れていたコトをどうにかこうにか思い出す。
「以前はこの街を護る竜だと信じられていたが、本当は人喰いの竜だった。というのらろ?」
違ったかのぉ?と惚けた声を出し、梨亜を覗き込んだ。
欠けた月。
少しずつなくなるヒカリ。
見えないだけで確かにアルのだけど。
「竜を起こしたのは私なの」
耳を澄まさないと聴こえないほどに小さな声で、梨亜が言った。
「……ほぅ」
突然過ぎる梨亜の告白に、答えに迷ったまろが取りあえず頷いてみせる。
それを梨亜はどう受け取ったのか。少し間を置いてから、ポツリポツリと言葉を紡ぎ出した。
「私ね。もう覚えてもない位に昔から、竜の夢を見てたの。仲が良くて何時も一緒に遊んでいる夢」
ポワポワとした口調なのに、何故か物悲しい。
「でも、少し前に戦争が始まる夢を見て、その中で私が誰かに殺されたの。仲が良かった竜の目の前で」
月を見ているようで見ていない梨亜の目。
「その夢を見た夜に、竜が目覚めたの。それから、竜の夢は見ないの。だから、だからきっと……」
「きっと、その夢の竜が白薙の竜だと思うのらか?」
そこまで無言だったまろが、そっと口を開いた。梨亜が、小さく頷く。
「私の所為で……皆が食べられちゃったのかなぁ……」
泪を溜める梨亜。それでも泣かないようにと、唇をぐっと噛んでいる。
こんなコト、きっと街の大人には言えなかったのだろう。もちろん、白薙の子供達にだって。
何時もどおりの生活をしながらも、誰にも言えなくて苦しんでいたのかもしれない。
「梨亜ちゃんの、所為ではないのらよ」
どうしたものかと少し考えた後、まろは俯いたままの梨亜の頭を優しく撫でた。
「そぅ、かなぁ」
大きな目に一杯の泪を溜めた梨亜が、そっと下からまろの顔を見る。
「うむ、まろが保証するのら」
全く根拠などない保証。無責任な慰め。
「ありがとぅ……」
それでもその言葉を聞いた梨亜は、堰を切ったように泪を零し始めた。
月見の時間。
梨亜は自分自身を責めていたのかもしれない。
子供を喰らう竜を、起こしてしまったのかもしれない、と。
そんなことをボンヤリと考えながら、まろは梨亜が泣き止むまで頭を撫でていた。
自分が桂嗣や羅庵にしてもらう時のことを思い出しながら。
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