「ほぉ、ここが白薙なのらか」
まろが住んでいる街よりずっと小さく、自然がそのままに残された場所。白薙。
今朝早くから宿屋を後にして、やはり大人陣に抱えられての移動。
森に護られるようにして栄えた場所は、降りてみると全く人がいなかった。
夜の8時だとはいえ、こんなにも人はいないものなのだろうか。街灯さえついていない。
「遅かったじゃん」
広場のような所に降りてキョロキョロと見回していると、二人連れの男に声を掛けられた。
「一応急いで来たんですけどね。未明(みめい)ではもうお休みの時間でした?」
相手を知っているらしい鬱灯が、薄っすらと目を細めて笑う。
「なっ、失礼だな!!俺だってもう少し起きていられるよ!!」
「そんなコトを言って、目が赤くなってますよ。実は立っているのも辛いんじゃないですか?」
「なんっだと!!」
からかう鬱灯に、本気になって怒る未明。そこに、未明の後ろに立っていた背の高い男が口を挟んだ。
「鬱さん、未明で遊ぶのは止めて下さいな。これでも頑張って起きてるんですぇ」
不思議な口調に不思議な雰囲気。細い釣り目が印象的だ。
「……で、そちらの方々が海堵さん達ですかぃ?」
鬱灯達のやりとりをぼんやりと見ていたまろ達に、細目の男が微笑んだ。
「えぇ。この小さいのが海堵記憶保持者の蔓貴君で、その他は単なる同行人ですよ」
「ほぉ、この小さいのが海堵さんの……」
「へぇ〜。このちっちゃいのがねぇ〜」
鬱灯の失礼な紹介文を聞き、未明達がジロジロとまろを見る。
「……まろ、ちっちゃいってさ。良かったわねぇ〜」
気にしているコトを連呼され、少々悲しんでいたまろに栗杷が耳元で追い討ちを掛ける。
「……まろ、其の内大きくなるのらもん……」
シクシクと小声で反論するが、誰も同意はせず。
「今日は遅い時間ですし、細かな話は宿に行ってお話しましょぅねぇ」
未明も本気で眠そうなので、と細目の男……清瞑(せいめい)がそう切り出した。
「とは言っても、話してやれることなんて何もないんだけどね〜」
眠すぎでおかしくなったのか、未明がヘラヘラと笑う。羅庵と桂嗣だけが、少し不穏な表情を作り。
「ま、取り合えず着いて行くかぁ」
まろ達集団は案内されるまま、白薙で唯一の宿屋へと向かった。
***
「あ、お客さまぁ〜。どぅぞいらっしゃいませぇ」
小さな宿屋のロビーにて。甘えた、まるで辰巳女版かとも言いたくなる口調の少女がペコリとお辞儀した。
風呂上りなのか、濡れた髪。まろよりも背が低く、癖なのか上目遣いでニッコリと笑う。
この表情に。ヤられた奴が一人。
「か、わいいのら……」
思わずまろがボソリと呟いた。
「へぇ、まろ様って面食いだったんだな」
それを聞いてしまった羅庵が、意地悪そうな顔でまろに耳打する。
「なっ」
「梨亜ちゃんって言うんだ、名前も可愛いのね」
「そんなっ、栗杷ちゃんに比べたら……」
まろが羅庵に言い返えす前に耳に入って来た会話。まろが呆けている内に、栗杷が梨亜に話し掛けていたらしい。
「ま、まろも仲間に入れて欲しいのらっ」
慌てて仲間に入ろうとする。意味を判ってしまった大人陣がクスクスと笑った。
何時もならこんな大人陣の行動に文句を言うまろも、今日だけは聞き流したようで。
ニコニコと笑って話す梨亜と仲良くなろうと、無い頭を必死に使い会話を弾ませた。
***
頭が、イタイ。
宿での遅い夕飯とともに、未明達から聞いた話……が理解出来ずのイタさ。
風呂も済ませ、大人陣が大人陣だけで話を始めたので、まろは部屋を抜け出して一人廊下を歩いていた。
窓の外から差し込む月は満月。
未明達の話で行くと、『Angelus』は白薙全体を囲む森の中にあるらしい。
ただ判っていることはソレダケ。そこまでをどうやって調べたのかも不明。
取り敢えずは森の中を探索して、直感とかいわゆる第六感で見つけ出せ。トノコト。
まろ、無理。
そんな面倒くさいことは嫌いなのら。
だか此処まで来て引き返す訳にも行かず。それに、上手くすればこの宿に長く泊まっているチャンスでもあり。
面倒だ面倒だと思いながらも、ヤル気がある自分に驚く。
「あれ?まろ君、どうかしたのぉ?」
缶ジュースを買ったまろがロビーのソファに座っていると、甘えた口調で声をかけられた。
「り、あちゃんっ。まだ起きていたのら?」
「ぇへ、最近夜更かししてるの。まろ君も一緒?」
「うむ。月が綺麗だったからのぉ」
確実に年寄り臭い発言。だがまろ本人は気がついておらず、梨亜も気にはしていないようで。
「まろ君ってお月様が好きなの?梨亜と一緒だね」
ポフン、と可愛い音を立ててまろの横に座り、やはり可愛らしく微笑んだ。
子供二人での月見。
桂嗣にまろを探してくるように頼まれた羅庵が
「最近の子供ってませ過ぎじゃないか……」
とロビーの端で呟いたコトに気がつかないまま、30分程まろ達の会話は続いた。
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