「………側に寄らないで下さい」
「いやですねぇ、桂嗣ってば。自意識過剰ですよ?」


まるで嵐のように訪れては過ぎ去った栗杷の両親に呆然としていると、組織からの案内役である鬱灯がやってきた。
『Angelus』があると思われる場所は『白薙』という街で、急いでも2日掛かる所。
と、いうことで大人三人が力の弱い子供を抱えて飛んでいくことに決まり。
栗杷たっての希望で、栗杷は架愁。辰巳は桂嗣。まろは羅庵というペア組みをされ出発後、早10時間。

「ぬぅ……。煩いのぅ」
人に抱っこされているくせに早々に寝付いてしまったまろが、ボンヤリと目を覚ました。
「あれ、まろ様ってばやっとお目覚め?てかそんなに寝てると、夜寝れなくなっても知らねぇぞ?」
まろの頭の上に顎を乗せて飛んでいる羅庵が、からかうように言った。
「心配無用。まろは羅庵と違って若いからのぉ。何時間でも寝れるのら」
負け時と言い返す。隣を見れば、桂嗣に抱えられた辰巳も、架愁に抱えられた栗杷も眠ってしまっている。
それでは、まろももう一寝入りするか……と瞼を閉じようとすると、まろの頭を羅庵の顎が攻撃を始めた。

「にょぉっ、痛いのらぁっっ」
脳天をグリグリと突かれる痛みから逃げようと、ブンブンと首を振る。
「人って寝ると急に重くなるって知ってるかい?」
だが暴れるまろをしっかりと抱っこしている羅庵は、そ知らぬ振りで更に刺激を強くした。
「まろは何時も抱っこされる側だから、そんなコトは知らぬ!!」
「あっそぅ、じゃぁ一つお勉強。人は力を抜いてると重くなるんだよ。だから寝ないように」
優しいお医者様口調でそういい、仕上げとばかりにまろの頭を噛んだ。
「みょぉぉぉっ、喰われるっ!まろ、羅庵に頭からバリバリ食われるのらぁっ!!」
「たぁべちゃぅぞぉ〜」
ガシガシとまろの頭……髪の毛を噛み、オドロおどろしい声で脅かそうとする羅庵。確実に遊んでいる。

「そろそろ下に降りて、宿でもとりましょうか」
羅庵とまろが戯れていると、少し前で辰巳を抱きかかえて飛んでいた桂嗣がそう提案した。
気がつけば日はとっくに沈み、月の光はあるものの辺りは暗くなっている。
「そぅだねぇ。僕も疲れちゃったし休みたいよぉ」
少し遅れて飛んでいた架愁が、本気で疲れたと情けない声を出した。
何時も子供達と遊んでいるといっても、ずっと抱かかえて飛ぶのはキツイものがあるのだろう。
口に出しては言わないが、羅庵も先ほどから軽く腕が震えていたりする。
「俺も結構キテルかも。てか夕飯も食べてねぇし」
「えぇ、食事も取れる宿屋がいいですねぇ」
そう呟きながら、辰巳を抱えた桂嗣がゆっくりと下降を始めた。架愁、羅庵も同じように下降していく。


***


「あれ? 鬱灯は何処に行ったのら?」
羅庵の所為で目が覚めてしまったまろが、街に降りて宿屋に入った時に気がついた。
そういえば、街に降りたときにはいなかったような。
「さぁ? あの人のことですから、一人でどこかに行かれたんでしょう。気にしなくて良いですよ」
羅庵から降りてきょろきょろとしていると、スッキリ爽快な表情の桂嗣がそう言った。
まるで、鬱灯がいなくなったのが嬉しいかのような。
いや、実際嬉しいのだろう。子供の頃から桂嗣を見ているまろは、何故かそう確信した。


「へぇ、子供の旅に付き合ってやっているのかぃ」
宿屋の食堂。机を2個くっつけた席に、桂嗣とまろ。架愁と羅庵が向かい合わせで並んで座っている。
そしてまろ達の座る席に注文を取りに来たおばさんと、世間話をしていた。
「はい。可愛い子には旅をさせろ、とは言っても流石に子供たちだけで行かせるには危ないですからね」
鶴亀家の近所付き合いを大半を任されているため、おばさんと話すのには慣れている桂嗣が笑顔で答えている。
と。
「で、何処に向かうんだい?」
「此処から4つ隣の白雉に行く予定です」
「は、白雉!???お前さん達、白雉に行くのかい!??」
『白雉』の名前を聞いた途端に、おばさんが大声をあげた。
「ふぇっ、な、ナニよっ」
未だ架愁の腕の中で寝ていたらしい栗杷が目を覚ます。
同時に桂嗣に抱っこされたままだった辰巳もハっとしたような顔をして起きた。
だが二人とも状況が掴めない様で、取りあえず今自分を抱かかえている相手の顔を見つめる。

「白雉って、何か問題でもあるのか?」
おばさんのあまりの驚きように、不信感を抱いたらしい羅庵が尋ねた。
「……つい数日前の話だから、まだ遠くの街には伝わっていなかったのかねぇ。白雉の街に竜が出たんだよ」
「白雉の街に、竜とな?」
あの、御伽話に出てくるような?
「なんでも昔から奉ってきた竜が、突然目覚めたらしくてねぇ。しかも護り神だと思っていたのに、子供を喰う竜だったとか」
そっと小声になって話すおばさん。ちらりと視線だけを食堂の奥の席へと向ける。
その視線の先にいたのは、一人の男性。机に突っ伏している様子を見ると、酔いつぶれて寝ているみたいだ。
「もう白雉の子供が何人も襲われたらしいわ。あそこの客も娘さんが襲われたらしくてね……」
そのショックに女房が倒れて、この街の病院に入院しているとか。昨日からあぁやってお酒飲んでは泣いているんだよ。
小さな声で言い、目を細めて哀れみの表情を作った。

お前さん達も小さい子を連れて白雉に行くのはおやめよ。
少し無言の後でそう締めくくったおばさんは、世間話も止めて仕事へと戻った。
『白雉の竜』がどんなモノなのかが全く判らない子供3人組みは、ただ首を傾げて大人たちの顔を見ていた。

「ヤメル?」
運ばれてきた料理を胃に収めつつ、架愁が何気なく切り出した。
「まぁ、まろ様達を危ない目に遭わせるわけにはいかねぇし、それもありだとは思う」
どんぶり飯をかっ込んでいた羅庵が、今度は味噌汁のお椀の蓋を開けながら答える。
「私も賛成です。これでまろ様達に何かあったら困りますからね」
まろが嫌いな胡麻を必死で除けている側から、まろの料理の上に胡麻を振りかけた桂嗣が同意した。
「僕は桂嗣に付いていくから、どっちでも良いよ〜」
「私も架愁と一緒に行きたいだけだから、どっちでも良いわ」
早々とデザートに入っている辰巳と栗杷の発言。つまりは判断は任せるとのコト。

「で、まろ様は?」
味噌汁を一気に飲み干した羅庵が、口元だけに笑みを浮かべてまろの方を見た。
まるで、まろがどう答えるのか試しているかのような。

「行くのら」

結局除けきれなかった振り掛けの胡麻が乗ったご飯を、一気に羅庵の茶碗の中に移し、まろが言った。
ふぅん?と、羅庵がさも面白いという表情を作る。桂嗣は苦虫を噛んだような顔。架愁は笑顔のまま。
「羅庵達は強いのであろう?なら人喰い竜からまろ達を守るくらい、訳もないはず」
偉そうな口調。流石は鶴亀家次期当主とでもいうのか。
「だから、まろ達がこのまま白雉に向かっても問題はないのら」
言い切られては、頷かないわけにもいかず。
ニヤニヤとした羅庵と眉間に皺を寄せた桂嗣とやはり笑顔の架愁が、同時に了承の徴として頷いた。

どうして危ないと忠告された場所に向かうのか。止めたって誰も文句は言わない筈なのに。
けれども、何かが引っかかる。

食後のデザートが胡麻プリンであったコトに衝撃を受けつつも、まろはそんなコトを考えていた。




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