「……で、どうしてこうなったのらよ……?」
丁度学校が長期の休みである訳だから、直に行こうということに決まり。
桂嗣に旅用の荷物を詰めて貰い、両親にも承諾を得ての旅立ち当日の朝。
小さく纏められたリュックを背負い玄関に行くと、何故か旅行鞄を持った栗杷、架愁、羅庵がいた。
桂嗣と辰巳は一緒に行くと言っていた訳だから、まぁそれは判るとしても。
何故に栗杷や架愁達まで旅支度してあるのら??
顔面一杯に疑問を貼り付けたまろが、まるで当然ような表情の全員を見回す。
「どうも長い旅になりそうなので、集団行動をするコトになりました」
「………はぁ?」
意味不明を顔面に貼り付けていたまろにも判るように、優しい桂嗣が説明をした。
だがやはり理解などできず、顔面に『いみふめぃなり』の言葉を貼り付けるまろ。
「っていうか、僕は自分から付いて行きたいって言ったんだけどね」
そこに、ポケポケとした表情の架愁が口を挟んできた。いつも通りラフな服装で、旅行鞄を持っている。
「お兄ちゃんに関係あることみたいだしね。気になるから」
「私は架愁の付き添いよ」
架愁の隣にいた栗杷が、荷物を持たないほうの手を架愁の腕に絡ませる。
「お兄ちゃんとな?」
さり気ない栗杷の行動を見て見ない振りをしたまろが、今出てきた疑問を架愁に尋ねた。
そういえば、遊汰が『Angelus』を持ってきたときにも、架愁は『お兄ちゃん』という単語を出していたような。
「あれ?まろ様ってば知らなかった??遊汰の上司、巽は僕の実兄なんだよ〜」
ヘロン…とした声で答える架愁。
「……知らなかったのら」
てか、聞いたことない。というか、何で架愁の兄が組織側の人間ってか、架愁に兄弟がいたなんて……。
留まる事なのい疑問が、まろの頭の中を駆け巡る。
だが架愁はそんなことはお構いなし、とでも言うかのように話の内容を変えてしまった。
「そういえば組織側から案内役を一人よこすって言っていた割には遅いねぇ」
「朝一番に来るって言ってたのにな。先に行っちまうか?」
「駄目ですよ。何処の街に行くかも聞いていないんですから」
大人3人で勝手に話を進めてしまう、いつもの光景に。
何か文句とか言っても無視されそうなのらね……と、まろが諦めのため息をついた。
突然。
バタバタバンッ!!という豪快な音を立てて玄関の扉が開けられた。
「栗杷ぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁあああああっっっ」
そして一人の男が栗杷に突撃するかのように入って来た。
警戒した桂嗣が、すぐに栗杷を自分の方に引き寄せ背後に隠す。と。
「お、とうさま…」
驚いた表情の栗杷。
そう、今泣きながら突入してきた男は変質者でもストーカーでもなく、栗杷の父親で。
「ぁあ、良かった。まだ出発してなくて……」
ボロボロと流した泪を袖で拭き、桂嗣の背後に隠れた栗杷にそっと両腕を伸ばした。
二ヶ月ぶりの帰宅であろうか。オールバックの髪型に紺のスーツを着た一見デキル男……涙腺は弱いが。
「もぅ、鐘伊(カネイ)ってば何時まで経っても子離れできないんだから」
何時の間にか開けっ放しの玄関から、一人の女が入り込んでいた。長い黒髪の女性、栗杷の母親である。
「暫く見ないうちに大きくなったわね、栗杷。娘の初めての旅だから、仕事の隙間を見て帰ってきちゃったわ」
とは言っても、すぐに戻らなくちゃいけないんだけど。と栗杷の母親、石楠(シャクナ)が栗杷に向かって微笑んだ。
「先に連絡して下されば良かったのに。もしもう出発していたらどうするんです」
昔から変わらない石楠の様子に、呆れたような声の桂嗣。横にいる羅庵もオーバーリアクシャンで呆れた表情を作っている。
「帰れる保証がなかったのよ。変に期待させるのは好きじゃないの」
判るでしょう?と石楠が口の端だけを上げて笑ってみせる。ちなみに栗杷に抱きついた鐘伊は未だ泣き続けているが。
「さて、娘の可愛い顔も見たことだし、そろそろ仕事に戻るわ」
「え、もう戻らなきゃいけないの!??」
「当たり前でしょう、鐘伊。貴方の仕事が特に溜まっているんだから」
「………うぅ。久しぶりに栗杷に会えたのに……」
グシュグシュと鼻を啜る鐘伊。確実に石楠に権威を握られていることが伺える。
「少しの間でも、会いに来てくれて嬉しかったわ。だからお父様もお母様も、気にせずお仕事に戻って」
まろと遊んでいるときには全く見せないような綺麗な笑顔の栗杷が、そう言った。
どうしても離れがたい様子の鐘伊が、下唇を突き出した表情でゆっくりと離れる。
「栗杷、危ないことはするんじゃないぞ?生水には気を付けて。変な人に声かけられても着いていくなよ?それから、えーっと」
離れている割には心配性な鐘伊が、アレヤコレやと注意すべきことを並べるが。
「……鐘伊。時間がないのよ」
威圧的な石楠の声に一瞬だけ停止し、そっと栗杷の頭を撫でてから『楽しんでおいで』と〆の台詞を言った。
「あぁ、忘れるところだったわ。コレを栗杷に持ってきたの」
名残惜しそうな鐘伊と出て行こうとした石楠が、思い出したように持っていた鞄からナニかを取り出した。
「お婆ちゃんに貰ったものなんだけどね、自分を守ってくれるお守りだって。栗杷にあげる」
そしてソレを栗杷の首に掛ける。丸い石に何か紋章の書かれたネックレス。
「可愛い栗杷。離れていても、貴女のことを思っているわ」
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