「…………さん。まろさん。まろさんっ」
「ふみゃぁ……?」
ガシガシと揺すられている感覚に、まろはぼんやりと目を覚ました。
「う〜……。せっかくお昼寝してるのらから、邪魔しないで欲しいのらよぉ〜……」
寝ぼけた状態で自分を起こそうとする手を、ペチリと叩く。
「未だ昼にもなってへんのに、何でお昼寝やねん。そないゴロゴロしてたら、牛になってしまうで」
まろを起こそうとしていた男が、変な関西弁を使い呆れたように言う。
そして又も夢世界の住人になろうとしていたまろの頭を、ガコンと力一杯殴りつけた。

「ったぁ〜っ。突然なにするのらよっ!!」
今の衝撃でしっかりと目が覚めたらしい。殴られたところを両手で抑え、まろはムクリと起き上がった。
「いや、すんまへんなぁ。悪気はあったんやけど、なにせ仕事なもんで……」
「今サラっと悪気はあったって……」
「気のせいでおまへんか?もしくは幻聴でっせ。一度病院で診て貰った方がいいんとちゃうか?」
「そ、そうなのらかなぁ…」
ポケポケとエセ関西弁男に流されるまろ。未だ寝ぼけているようだ。と。
「水剣っ!!!!!!!!!!」
庭から、栗杷の怒鳴り声が聞えた。まろのすぐ横にいたエセ関西弁男がジャンプする。シュッという音が、まろの耳元をかすめた。
「…………ほぇ?」
頬に微かな痛みを感じながらも、状況を掴めていないまろが間の抜けた声を出す。

「なんや、此処の御宅では客に向かって攻撃するよう躾られとるんかいな。避けんかったら、心臓直撃やったで」
まろとは異なり即座に理解したらしいエセ関西弁男が、こちら側に歩いてくる栗杷達の方を向いた。
「あら、だって架愁がアンタを的にして打つようにって」
「そうだよ〜。当たりはしなかったけど、結構上達したね。エライエライ」
まるで悪びれない栗杷を、勿論悪いことをしたなんて思っていないらしい架愁が誉める。
「てか何でわいを的にするんやっていう話やねん」
「だって遊汰(ゆうた)は組織の人間だもん。この家からすると、敵扱いだよ〜」
人好きのする笑顔の架愁が、エセ関西弁男…遊汰を指差す。
「な!!失礼やなっ。今日はちゃんと仕事できたんやで!!」
「うん、だから客じゃなくて敵扱いになるんでしょう?遊汰って、本当にバカだよね〜」
ニッコリと毒舌を吐く架愁。その隣にいる栗杷も同調し、ね〜。と言っている。
「だからちゃうねんてっ!!今日は巽様に、まろさん宛てのお届け物を頼まれて来たんや!!」
とうとう切れた遊汰が、コレぞ証拠なり!とでも言うかのように、胸元から小さな箱を取り出し天に掲げた。

「にぃ…ちゃんから…?」

そこで突然、架愁の笑顔に影が掛かった。即効で遊汰からその箱を奪い取る。
横にいた栗杷は勿論のこと、蚊帳の外状態で見ていたまろでさえ、久々に俊敏な動きを見せた架愁に驚いてしまった。
架愁が『巽からまろへのお届け物』を勝手に開ける。まろの位置からは、その中身は見えない。架愁の、一瞬の戸惑いの顔。
気になった栗杷も、どうにかジャンプを繰り返し中身を覗こうとする。そして同じく、戸惑いの顔。
「な、何が入っているのら……?」
二人の表情を不審に感じたまろが、恐る恐る尋ねた。
そんな変なものが入っているのらか……?物騒なものなら、謹んでお返ししたいのらね……。
などと思っている内に、架愁が箱をまろに手渡してきた。薄目でゆっくりと中身を見る。

「……石?」
思わず三度ほど見直したまろは、小さく首を捻った。
石。そう、箱の中に入っていたのは単なる石。
「Angelusって名前で、遥か昔に天子が神さんに貰ろたモンらしいで」
何気なく遊汰に石を返そうとしていたまろの手を、遊汰が逆に押し返した。
「天子が貰ったもの……?でも何でまろにそんな物をくれるのら?」
「だって海堵さんが約束しはったんやろ、Angelusを集めるって。だから巽様の分のAngelusをまろさんに持ってきたんや」
「そう……なのらか……?」
遊汰のセリフを全く理解していないが、何となく返答するまろ。
「まぁAngelus自体が一体何なのかとかは、わいも判らへんのやけどな。巽様曰く、まろさんが集めるべきモンらしいで」
「まろが……集めるのら……?」
「そうや。数はソレを合わせて5個。大まかな在処は一応調べてある。集める気があるんなら、組織側が手伝ったる」
サラサラと言ってのけて、遊汰は『んで、どないする?』とまろに聞いた。

「場所まで判ってるのなら、何でまろが集める必要があるのよ」
まろと遊汰の会話を聞いていた栗杷が、架愁に腕を絡ませながら口を挟んだ。

「と、いうと?」
「在処が判っているなら、組織側で勝手に集めたら良いでしょう。まろでなければいけない理由は?」
「Angelusを集める約束をしたんは海堵さんやからな。それに場所は判っても、普通の人間にはAngelusと石の区別がつかん。
これを見分けられるんは、天子の生まれ変わり……しかも記憶を持つものだけやってさ」
「ふぅん。なら集めたら一体どうなるの?何か良いことでもあるのかしら?そもそも集める理由は?」
当事者のまろを置いて、大人顔負けの口調で遊汰に疑問をぶつける栗杷。
栗杷。ちょっとだけ格好良いのらね……と、まろは心の中で小さく拍手した。
「集めた結果は誕生、集める理由は約束。この意味はわいは知らん」
「何よ、ソレ。判りもしないのに集めろっていうの?」
「いや?わいやあんさんは判らんでも、まろさんなら判るはずやって、巽様が仰ってた」
サラサラと進んでいく会話。そしてこのセリフと共に、三人の目線が一気にまろへと集まった。

「まろなら判るっていったらしいけど?」
「いや、全く判っていないのらよ」

栗杷の言葉に、即効で首を振るまろ。
今度はまろ、栗杷、架愁の3人で、チロリと冷たい視線を遊汰に向けた。
「いや、それはわいに聞かれても……っ。多分まだちゃんと海堵さんの記憶が見れてないからやと思うでっ」
思わぬ反撃に慌てた遊汰が、言い訳じみた声で『だから記憶を見れば、判るはずや!!』と言い返す。
まるで子供のように、真赤な顔の遊汰。
そこでフと、まろは遊汰に起こされる前に見ていた夢を思い出した。

まるで本当に自分が体験したかのようにリアルだった夢。
いや、一応は遠い昔に体験した訳だが。それはあくまで、まろが体験した訳ではなくて。

肩の裂けるような痛み。目の前にある信じられないような現実。安堵、驚愕、血の雨。
さっきまでは全く気にしていなかったのだが。一度思い出してしまえばお仕舞いということで。
生きているモノを殺した感覚が、急に掌に蘇る。


「っまろ!!」
意識の淵に囚われていたまろの頭が、バキィっと良い音を立てた。
「ほ、ほぇ…っ?」
突然襲ってきた痛みに頭を抱え、この痛みをくれた相手…栗杷を見た。
「別に」
恨みがましい目で見るまろに、そっぽを向く栗杷。それでもまろの掌に蘇ったおぞましい感覚は消えていた。

「まろ、Angelusを探しに行くのらよ」
栗杷に殴られ、少し口を尖らせた後で、まろがそう言った。

急の決意に、架愁と栗杷が『はぁ?』という顔をする。この話を持ってきた遊汰でさえ、一瞬だけ不思議そうな顔になった。
だがまろの表情に、それが単なる冗談ではないと言うことが見えると、
「そら嬉しい話や、きっと巽さまも喜んでくれはるやろ。早速ご報告せねば!!」
嬉しそうに笑い、『詳しい話は後でまた来るさかい、昼寝の続きでも楽しんで〜』と尋常ではないスピードで走って行ってしまった。
その、人としてはありえない足の速さに呆然としつつ、まろは小さく溜息を付く。

「まろ様、どうしたの?」
ボンヤリと遊汰が去った方向を見つめていたまろに、複雑な表情の架愁が尋ねた。
「何がなのら?」
聞かれていることの意味なんて判りきってはいるのだが、あえて聞いてみる。
「物臭なまろ様が石なんかを探しに行くなんて、変だよ」
当たり前のようにサラリと失礼なセリフを吐く。それにムっとしながらも、まろは説明することにした。

「さっき海堵の夢を見たのらよ。良くは覚えていないのらけど、海堵は何かの約束を果たそうとしているみたいだったのら」
もしかすると、ソレがAngelusを探す約束だったのかもしれない。そういって、まろはポケポケと笑う。

「ふぅん…。まぁ、まろ様が行くって決めたなら僕は何も言わないけど」
少しだけ考える仕草をした架愁は、そろそろ稽古に戻ろうか。と栗杷に言った。
栗杷も一瞬だけまろに何かを言おうとして、けれどもそのまま架愁の後を着いて行く。
庭の中央部まで行き、稽古を始める二人。朝よりもずっと上達している様子に少々驚きながらも、まろは思考の淵に入った。


『死に場所くらい、自分で選ぶわ』
気朴の恋人である秋花が言った言葉。モノクロの世界に色が戻り、海堵は何かを思い出した。
『俺の死に場所は此処じゃない』
それは、未だ果たしていない約束があるから。行かなくては行けない場所があるから。
それがAngelusを探す約束である確信はないが、それでも頭の隅に引っかかるナニか。

「……あんまり寝てばかりいると、脳みそが溶けてしまうのらね」
さっきの夢のことを考えたところで、あの情報の少ない夢ではなにも答えなんて出やしない。
そう結論付けたまろはスクリと立ち上がり、取り合えずこの家で誰よりも口うるさい桂嗣を説得すべく、居間へと向かった。




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