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頭が痛てぇ。目の前にチラつく炎が邪魔だ。
天使と人間が対立を始めたのはいつのコトだっただろう。
互いを羨み憎しみあい、そして正義と愛の名のもとに殺しあう。
天眠達は何処にいる?もうどの位会っていない?それすら覚えちゃいない。
もう死んだのか。まさか……な。
「っつ……」
ザク……と言う音が、耳元に響いた。流れ矢が、左肩に刺さったらしい。
抉るような痛み。右手で持って一気に抜く。血が、溢れ出た。
こんなコトで怪我をするなんて、俺もそろそろ終わりかもしれねぇな。
「こっちよ!!」
ボンヤリと突っ立っていた俺の腕を、誰かが引き寄せた。
「っにしやがる」
振り払おうとするが、怪我した方の腕をしっかりと捕まれて逃げることが出来ない。
……って、アレ。こいつは……。
「あ、良かった。私のこと少しは覚えてくれているみたいね」
俺の腕を掴んだ、勝気そうな顔の女がニコっと笑った。前に会ったことがある。祈朴の恋人。
「こっちにね、祈朴達が隠れている洞窟があるの。貴方も其処にっ」
***
引き寄せられるままに付いて行くと、洞窟……というか大きな岩に穴があいた感じの場所があった。
確かに此処なら隠れ場としては最高か。……いや?アノ天使たちから隠れることが出来るのか。
「祈朴っ。海堵君を連れてきたよっ」
俺の腕を力一杯引きながら、女が奥へと進んでいく。
進むに連れて、光が見えてきた。ソレと共に、沢山の人間が隅で寝転んでいることに気がつく。
祈朴は此処で人間達を天使からかくまってきたようだ。
「っ海堵!!!」
光の一番強い所から、一人の男が走ってきた。そして勢い良く俺に抱きつく。
「っつぁっ」
怪我をした肩に激痛が走った。けれど祈朴はそんな俺を無視し、力強く俺を抱きしめる。
「良かったっ。天眠や地補とも逸れちゃって、もう二度と会えないかと思ったよっ」
涙声の祈朴。……凍りかけていた想いが、少しだけ溶けた。
「妬けるなぁ〜。私という彼女がありながら、他の人と抱き合うなんて」
ずっと抱きついて離れない祈朴を、女が茶化した。
「だってさぁ、海堵とは生まれた時からの付き合いなんだよ?こんなに離れてる事も初めてだし。秋花とは別」
「ふ〜んだ。いいもんね〜」
ベーと、秋花(しゅうか)と呼ばれた女が、祈朴に向かって舌を出す。和やかな雰囲気。
さっきまで見ていた、血の惨劇の中にはない空気に。思わず安堵する自分に驚く。
「そういえば海堵君が怪我してるのよ。祈朴、治せるでしょう?」
「あ、本当だぁ。今治してあげるからね」
そう言って祈朴は俺の後ろに回りこみ、力を込めた。傷ついた場所が暖かな光を受けて……
「っやめろっ」
祈朴が俺の傷を一気に治そうとした瞬間、俺は祈朴を振り払った。
「……お前、何してんだよ」
人の怪我を治せるのは、地補の得意分野であって。精神を司る祈朴には、出来ないハズ。
もしそれでも治すとしたら、ソレは。
「……やっぱり」
祈朴の襟元を引っ張ると、俺が怪我したのと同じ場所に微かな傷が出来ていた。
しかもソレだけじゃなく。気朴の背中には、至る所に傷が出来ていた。
「お前、此処に居る人間の怪我を全部治したんじゃねぇだろうな?」
唸るような声で聞く。祈朴はすぐに秋花にあっちに行くようにと言い。
「ダメだよ、海堵。そんなに怖い声をだしたら、皆にバレちゃうでしょう?」
一息ついた後、悪戯っ子のような顔で笑った。
バカじゃねぇかよ、コイツは。人間なんてすぐに死んじまうのに。
人の怪我を自分に転移させて、相手の怪我を治すだなんて。
「まぁいいじゃん。僕がやりたくてしてるコトだしさ」
気の抜けた顔の祈朴が、何事もないかのようにニッコリと笑う。
「好きに……しろ」
突然、洞窟の入り口の方から爆音が聞こえた。
「っ祈朴」
思っていた通り、天使達の襲撃だ。闇の中ずっと向こうから、白い集団が向かってくるのが見える。
「あぁ、思いのほか早かったな。まだ人数集めに時間を掛けてくると思ってたんだけど」
「……判ってたのか?天使たちが此処に来ること」
「それ位はね。でも、僕を倒すために必死で計画練ってるみたいだったからさ、もう少し大丈夫だと思ったんだけど」
もしかしたら、海堵が此処に来たのを見られたのかもしれないね。それでもう自棄になって来たのかな?
特に慌てた様子のない祈朴はそう言って、また少しだけ笑い、すぐに洞窟内にいた人間に避難するように指示した。
天使達が入って来たのとは別に隠された逃げ道があるようで、人間達は素早く其処から逃げていく。
「お前は逃げないのか?」
天使達が来る方を向いて動こうとしない祈朴。つってももう身体は攻撃態勢に入っている。聞くだけ無駄みたいだな。
「仕方ねぇ。俺も手伝う……」
ドス……という音と共に、俺の腹部に鈍い痛みが走った。
「グ……。祈朴、何しやがる……」
「手荒なことしてゴメンね。でもこうしないと海堵ってば駄々捏ねるでしょ?……君も逃げるんだよ」
腹を抑えてしゃがみ込んだ俺を、眉尻の下げた顔で祈朴が見てくる。
「この戦いは負ける。けど大切な人には一秒だって長く生きて欲しいんだ。だから……」
祈朴が、秋花を呼んだ。秋花が俺を俵抱きする。
「な、なんだよ、お前っ……」
「祈朴が貴方を安全な場所まで送り届けてくれって。ソレくらい、私にだってできるのよ?」
そう言って、一気に走り出す。祈朴が俺に向かって手を振っている。その奥からどんどんと近づいて来る天使達。
………………………………………………祈朴っ!!!!!!!!!!!!!!!
***
どの位経ったのだろうか。多分数分もしない。洞窟を抜けてすぐに、俺は秋花の上から落とされた。
「悪いんだけど、此処からは自分で走ってね。あ、でも戻ってきちゃダメよ?」
と言った秋花は、さっさとUターンして洞窟の方へと戻ろうとする。
「って、お前何処に行く気だよ」
「決まってるでしょ。私は祈朴の恋人よ?……助けに行くのよ」
「は?なにいってんだよ。人間のお前が助けられるハズがないだろ」
「アラ、馬鹿にしないで。武道の心得くらいあるんだから」
「人と天使じゃ初めから力が違うっ」
思わず叫んだ俺の口元に、秋花が人差し指を立ててあてた。
「死に場所くらい、自分で選ぶわ」
まるで花が咲いたかのような微笑み。
そして人の忠告を全く無視して、洞窟へと戻って行きやがった。
「死に場所くらい、自分で選ぶ……か」
秋花の言葉を反芻する。
と。地面に俺以外の影が出来ていた。見上げれば、丁度天使が俺に向かって攻撃をしかける所で。相手の数は5。
考える間もなく、俺は術を繰り出していた。空気中から吸い出された水素が固まり、刃となって天使達に刺さる。
まさしく、血の雨が降った。飛んでいた天使達が、力を失って地面へと叩き付けられる。
俺の死に場所は、此処じゃない。
***
目に映る全ての天使を殺そう。俺はまだ死ねない。
氷の刃で突き刺して、落ちてくる血でシャワーする。
嗚呼、あんなに目に煩かったシロの翼が、今ではこびり付いた血で赤黒く染まって綺麗。
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