そこまで一気に話し、羅庵はまろの頭を軽く撫でた。
「取り敢えずはこんな説明で我慢してくれよ」
そう言っていつものように、ニッと笑う。
あまり理解できなかったものの、まろはコクリと頷いて見せた。
「んじゃま、俺もそろそろ仕事に行くかな〜」
ここに居ると眠くなっちまう、と羅庵が大きな伸びをした。
確かに穏やかに差し込む日差しは、昼寝には最適で。
ボンヤリと空を見上げたまろは、ふと出てきた疑問を羅庵に投げかけた。
「そういえば、羅庵は何故に稜という輩の仲間になったのら?」
「ん?」
本当に仕事へ向かおうとしていたのか。立ち上がり、もう鞄すら持っていた羅庵がまろの方を向いた。
「さっき羅庵には前世とやらの記憶はないと言っておったよな?なら何で稜達の仲間になったのら?」
記憶もないのに『自分は前世の仲間です』みたいなヤツが現れたら、まろなら絶対に信用しない。
というか病院に連れて行く。
なのに羅庵は稜達の仲間になったと言っていた。何か理由があるのか?
疑問マークを顔全体に貼り付けて、羅庵を見た。
「まろ様がそんなコト聞くとはねぇ……」
おどけたように小さく呟いた羅庵が、まろの顔を見つめる。
そして。
「記憶はなくても、力は使える。俺にはその、地補の力が必要だったんだ」
自虐的な声で、薄く笑った。
***
結局羅庵はソレ以上は話さずに仕事に向かってしまった。
……どういう意味だったのだろう??
クっと首を傾げてみても、全く判らない。
それに、羅庵のあの笑い方は……。
あんな顔の羅庵を、まろは知らない。
まろが知っているのは、いつもまろをからかって遊ぶ羅庵か。兄貴面している顔か。エセ医者的な笑顔か。
「……まろ」
日向ぼっこをしながらそんなコトを考えていると。何時の間にか栗杷がまろの前にまで来ていた。
その姿は上から下まで、もう砂や泥に塗れてボロボロだ。
まぁあの架愁のスパルタに付いていっているわけだから、仕方が無いといえばそんなものなのだが。
「何か用なのらか?」
もう稽古は終わったのかのだろうかと、呆けた声で尋ねる。……と。
ボカッ。
突然栗杷に殴られた。
「いったぁ〜っ。何するのらよ、栗杷!!」
今は栗杷に殴られる理由なんてないのらよ!とジンジンと痛む頭を抱え込みながら、抗議する。
確かに、今のまろは栗杷に殴られる理由はない。……理由は、ないが。
「八つ当たりしに来ただけ」
悪気なんて全く無い、堂々とした態度の栗杷が言い切った。
そう、栗杷にとっては、まろを殴るのに大した理由などいらないのだ。
「……何かあったのらか?」
その栗杷に文句をいう気力も失せたまろは、今殴られた所が瘤になっていないかを確かめ、自分でヨシヨシと撫でた。
その際には『痛いの痛いの、栗杷の所に飛んでいけ〜』という御呪いもかけて置く。
口に出しては言わないが。
「栗杷様はね、まろ様に負けて怒っているんだよ」
栗杷のすぐ後ろにいたらしい架愁が、ポンッとまろの頭を撫でた。
気の抜けたその笑顔と太陽を受けてキラキラと輝く架愁の髪に、まろは眩しそうに目を細める。
「ほら。昨日まろ様ってば凄い大技出したじゃん?だから栗杷様も負け時と稽古してるんだけど、さっきから上手くいかないんだよね」
お陰で『教育用爆弾』のストックが切れちゃってさ〜。と、何とも恐ろしいコトを笑顔で言ってのける架愁。
架愁の部屋にあった、あの大量の爆弾を使いきったのらか?という疑問も出てきたが、ソコはあえて避けておく。
「ま、良いわ。八つ当たりも済んだことだし、もう一度稽古つけてね」
まろを殴ったコトで、一応の気は修まったのか。
「もう疲れたから休もうよぉ〜」
と情けない声を出している架愁の手を引いて、栗杷が庭の中心側へと戻って行った。
……結局ナニをしたかったのか?
なんて言うのは愚問である。
単に、八つ当たりをしたかったダケなのだから。
それでも何か思うところがあるのか。まろのポケットには、幾つかのキャンディが押し込まれていた。
犯人は、勿論栗杷。まろが架愁と話している内に、勝手に突っ込んだのだ。
「う〜ん。早業なのらねぇ……」
と変に感心しつつ、その中から一つだけを取り出して口にポコンと放る。
梅キャンディ特有の香りと甘酸っぱさが、口の中で一気に広がった。
「いい天気なのらぁ……」
ポカポカと包むその暖かさに、瞼がゆったりと重くなる。
そのウトウトとした感覚を楽しんだ後、まろはパタリと寝転がった。
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