2回分の食事を抜いたせいで胃が拒否反応を起こしたのか、思ったより朝食を食べられなかったまろは、
屋敷の縁側で日向ぼっこをしながら、架愁に稽古をつけて貰っている栗杷を見ていた。
栗杷の術が失敗するたびに、架愁から『お仕置き』と称された爆弾がプレゼントされている。
その威力は、屋敷を震わせるほど。どう考えたって、子供相手に使っていいものではない。
一歩間違えたら虐待と呼ばれそうな行為だが、それでも栗杷の目はやる気に満ちていて。
まろだったら3秒で逃げるのら。
などと思いながら、まろは横に用意しておいた緑茶をすすった。
「まろ様。その年で緑茶が似合うのはヤバイと思うんだけど?」
今から病院に向かうのか、紺色の大きなバックを持った羅庵が話し掛けてきた。
「何を言う。緑茶には生きるのに必要なビタミンCが、沢山入っているのだぞ」
「そういう所が子供らしくないって言ってんだって」
呆れた口調で、まろの横に座る。
「おんや、今から仕事ではないのらか?」
「ん〜、急ぎって訳じゃないから。ちと休憩していくよ」
……休憩って、さっきまろ達と一緒に朝食を食べていたではないか。食後の休憩ってことなのらか?
そんなことを思っていると、羅庵がまろの湯飲みを取り、グビっと飲んだ。
「うっわ、にっがぁ〜。てか渋い」
「にょ? 渋いのらか??」
「渋い。コレ、もしかしなくても茶葉を粉にして、そのまま湯を入れてるだろ」
「当たり前なのら。緑茶は茶葉に一番栄養がある・・・」
「年寄りが……」
まろが蘊蓄を語る前に、羅庵がボソリと呟いた。
「と、年寄りとは失礼であるぞっ。まろはまだ10歳なのら」
ぷくう……と頬を膨らませる。それを見て、羅庵が喉だけで笑った。
「そういえば、不思議な声が聞こえたって言ってたよな?」
二人でボンヤリと栗杷たちを見ていると、羅庵がやはりボンヤリとした口調で聞いてきた。
「不思議な声とな?」
「ほら、昨日言ってただろ? 術を使う前に、誰かの声が聞こえたって」
あぁ、そういえば。
寝すぎたせいか、昨日のことなのにもっと昔のことのように感じてしまう。
「うむ。突然何処かから、男の人の声が聞こえたのら」
そして今のまろでは、絶対に出せない大技が出た。あれは一体何だったのだろうか。
「どんな、声だった?」
「よく覚えていないのら。何かその後に見た夢の方が、印象に強くて」
そう、声のコトはあんなにも虚ろなのに、夢で見た映像はハッキリと覚えている。
「夢? 何か変な夢でも見たのか?」
話の内容を勝手に変えてしまったのだが、羅庵は気にしていないようだ。
そのまま、まろの新たな話に付いて来てくれた。
「変と言うか、何故か口の悪い桂嗣が出てきたのら」
「桂嗣が毒舌なのは、いつものコトだろ?」
「いや、そういう意味ではなくて、口調が違ったのら」
桂嗣はいつも敬語口調で話をする。けれど夢の中……稜と話していた桂嗣の口調は、考えられないほどに砕けたものだった。
「その夢に、稜ってヤツも出なかったか?」
ん〜……と考えた後、もしかしてと呟いた羅庵が、まろの前でピっと指を立てた。
「おんや、何で知ってるのらか?」
羅庵には、まだ稜の話はしていなかったのに。惚けた声で聞くと、羅庵がやっぱりと呟いた。
「稜っていうのは、昔の知り合いなんだよ」
……昔の知り合い?
「この鶴亀家が術者の家系ってことは知っているよな?」
「勿論なのら。ソレ位は、知っておるぞ」
「じゃあ、いつこの家に術者の血が混ざり始めたかは知ってるか?」
「ほぇ?」
「本々の鶴亀家は術者家系ではないんだよ。そこに稜の血が入ったコトで、術者の家系になったんだ」
「ほほう。ん、いやでも、家系図には稜なんて人の名前は載っていなかったぞ」
昔父上に見せてもらったコトがあるが、そんな名前は何処にも載っていなかったハズ。
「まぁ、結婚したわけじゃないし」
「のっ、結婚してないのに血は混じらせたのらか?どうやって??」
意味が判らず、不思議そうな顔をしたまろに、羅庵が一瞬止まった。
「……まろ様。子供ってどうやって作るか知ってる?」
少々困惑した表情でまろを見てくる羅庵。その視線をしっかりと返しながら、まろは答えた。
「若い男女が婚姻届を役所に出すと、その数ヵ月後に宅配便で届くのじゃ」
間違っておらぬだろうと、堂々と言い切る。
「なぁ〜んでビタミンだとかいらないことは知ってるくせに、こういう基本的なことを知らないかなぁ」
てか宅配で届くってあたり夢がないよな。普通はコウノトリじゃないのか? とボソボソと独り言をいう羅庵。
まろ、何か間違えたのらか???
「まぁいいや。ここで性教育の授業を始める気はないし、話を進めよう」
まろが答えを聞く前に、羅庵が勝手に話を進め始めた。
「取り合えず、まろ様が疑問に思っているであろうコトを一気に答えるから、ちゃんと聞いているんだぞ?」
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