細川藤孝


 

そういうわけで藤孝です、元・内閣総理大臣、細川護煕さんの御先祖。
細川傍流ですが、一説には義晴の落胤だとも。
基本的に私がそういうねた好きなので(おいおい)うちの中ではそうなってます(爆)。
まぁ最も行動的には相当世渡り上手いんですが(足利らしくない/爆)、かといって細川みたいな
奇天烈資質でもないので判断ぶっちゃけ微妙ですよね(意味不明)。
この人がまともに仕えたのっててるてると信長くらいしかいないんですが、義昭の不幸って
藤孝に見切りつけられたところが最大かなと思うことがありますね…
いわゆる文武両道のずるい人です、義輝に従ってあちこち移動していた際に、時間も灯りもないほど貧乏なことがあって(笑)
寺に忍び込んで読書用の灯油を盗もうとしたことは有名。
てるてると一緒に(きゃー)塚原卜伝に学び、弓馬も天才的、歌も古今相伝されるほどなんだからずるいよな。

こういう人ほど負の一面をもってるのがれうか個人的に萌えであります(爆)。
弟(限・てるてる)バカとかだったらサイコー(はいはい

信長に恭順した後は長岡の名を信長から与えられ、以後長岡に。
忠興の代で再び細川に戻るけどね。