「事情は聞いてるぜ」
開口一番そういった政宗に、は頷いた。
前日組が事情を説明していたのは、きちんと聞こえていたのだ。
ありがとうございますと、幸村と佐助に頭を下げると
「いやいや、当たり前のことでござる」
「気にしない気にしない」
と、実に和やかな返答が返って来る。
「Ah−…ずいぶんと和やかに対応するもんだな」
「いや、だって独眼竜の旦那も見たでしょ。あの恐怖に怯えた逃走ッぷり。
あんなことする人が、間者もしく首謀者なわけないでしょ」
ぱたぱたと手をふりながら佐助が言うと、小十郎が政宗の横で確かにと深く頷く。
その様に、当てこすりは止めてくれないかなとは思った。
一見して庇いだっている様な佐助の台詞だが、
意味としてはあんな見事に『俺たちを見捨てて』逃走するような子が。であり
よくも置いて逃げたなこの野郎という意図が隠れているのを、
は感じ取って無言で佐助たちの方から目をそらす。
だって命をかける義理もないし。
心の中で言い訳をしながら、それでもごめんなさいと口先だけの謝罪はする。
すると政宗はにっこりと笑いながら
「そうだな、俺の兜も見事にあの化けもんに盗られちまったが…
ま、Don't be so fussy about trivial things(瑣末なことにとらわれんな)
被害はそれだけですんだんだ。気にしなくていいぜ」
どっしりとソファーの背もたれに腕を乗せて笑う彼だが、
どう見ても兜を取られたことを、瑣末なこととは捉えてないように見える。
漫画だとおそらく怒りの四つ角が額についているのだろうと思いながらも、
は異様に居間に馴染んだ政宗の姿を見た。
呼びに着た佐助に連れてこられたときには、既に幸村も政宗も小十郎も
思い思いに居間にいて、お前ら誰の家だと思ってるんだと突っ込みかけたものだ。
しかも馴染むの早いですねと言ってやれば、Thanksと返って来る始末。
いつまでもここはどこだ!とやられているのも鬱陶しいが、
これはこれでどうなのと、心の中では嘆息した。
しかもまぁ、政宗の態度がでかいのは置いておいて。
はこっそりと顔をしかめる。
そう、政宗の態度がでかいのは良い。
お付っぽい小十郎が窘めないのだから、これがいつもの態度のようであるし
偉げな態度で振舞われれば、そういう態度でこちらも振舞えばよいのだから
それはそれで楽だ、別に良い。
だけれども、うん。
先と同じことを思って、は政宗と小十郎の方を見る。
現れたときも思ったけれども、この主従、現代人のから見るととんでもなく臭かった。
合戦がどうのこうの言っていたから、戦中もしく、戦帰りだったのだろうから
仕方が無いのかもしれないけれども。
何日も風呂に入っていない人間の匂いに加えて、
土と、それから血液の匂いがする。
うぅと唸りながらも、話をする前に風呂に入らせてしまおうと思っただったが
しかしどう切り出せばいいのか分からない。
まさか臭いから風呂に入れとは、あまりにも無礼だし。
の言動に切れかけていた小十郎を見ると、目が合って彼は眉間に思い切り皺を寄せた。
「小十郎」
「政宗様。この小十郎、全て信用したわけではありませぬ」
「信用するしないは別にしても、家主ぐらい敬いなさいよ」
態度を政宗に窘められた小十郎が、鹿爪らしく答えると
タイミングを見計らったように、スパーンとの部屋の扉が開いて
ジャージに着替えたが姿を現した。
「っていうか、あたしはまだ全然事情も何も聞いてないんだけど、
お姉ちゃんお茶ぐらい出したの?」
「あ、まだ」
忘れてたとが立ち上がろうとすると、はそれを手で制す。
「立ってるんだからあたしやる」
「あ、そう?ありがと」
頷いて任せると、すぐにはお盆にコップを載せて運んできた。
「はいどうぞー」
言いながら、と幸村と佐助の分を食卓に置き
それから政宗と小十郎のところへ歩みを進める。
その途中で、ぐらりとの身体が傾いだ。
「あ」
という短い声の後、コップが宙を舞い、ばしゃんっと威勢の良い水音とともに
政宗と小十郎の身体がぐっちょりと濡れる。
「…」
「手前……」
「……………」
「あ、ごめん」
怒りに震える小十郎と政宗の視線もなんのその。
は軽い調子で謝ると、考える素振りをして宙を仰いだ。
「まあ、服出してあげるし。お風呂入ってくれば。
あんたらなんか汚いし、丁度いいんじゃない?
ていうか、その間にお姉ちゃんがご飯作るし。ね、お姉ちゃん」
「………うん、いいけど」
こちらを向いてにこっと笑ったに、は胃がきゅっと締まった気がした。
わざとだこいつ。
臭かったんだろうなと思いながら、潔癖気味の彼女が
有無を言わさず政宗小十郎主従を追い立てていくのを眺めつつ
立ち上がってタオルを探す。
「ていうか、あんたらなんか汚いしって…凄いね、あの子」
「……後でちょっと言っておきます」
「いや、某達が、元のところではどうであれ
ここではどうこう言える立場ではござらんから…」
そう言うのであれば、きちんとこちらの目を見ていって欲しい。
あらぬ方向を見ながら言う幸村に、八つ当たり気味にそう思う。
泣いたカラスがもう笑ったを体現するような妹の態度は、
見ていて心強くもあるが心配でもあるのだ。
決して武器を手放さずに移動している、過去の人間達を見ながら
あの考え無しの発言で、妹が斬られたらどうしようと
胃の辺りを押さえながらついつい考えてしまう。
台所の手拭を持ってきて、がぶちまけた麦茶をソファーから拭き取って
それから転がっているコップを食卓の上において、はもはや隠しもせずに嘆息した。
昨日からいくつ幸せが逃げていったことやら。
手に持ったタオルの、洗濯可のタグをぺろんぺろんと暗い気持ちで弄んでいると
音を立てながら件のが二階へと上がってくる。
「ただいまー」
「早かったね」
「うん。適当に説明して、シャワー出して、石鹸とタオルあげて
シャンプーとリンスの説明は面倒だったから省いた。
で、服は後からもってくるって言ったんだけど」
「うん。父さんの服でも出したら?」
「うん、それはいいんだけど」
区切って、は困った笑みを浮かべてを見る。
「そういえば下着どうすればいいんだろうって
階段上ってくる途中で気がついた」
「どうって………どう…すれば…」
沈黙が居間に落ちた。
残念な話ではあるが、家の住人は女二人。
つまり未使用の男物の下着など、ない。
一瞬の頭を、父親の下着(使用済み)を何食わぬ顔で出してしまえば
という考えが掠めたが、それはあまりにもあの二人が哀れである。
しかし、あの二人のあの様子からして、二人の下着というのは
相当な勢いで汚れているのであって、それを風呂上りの人間にもう一度つけろと強いるのも………。
「えぇと、ノーパンとか、どう?」
「のーぱん?」
「ノーパンツ。下着なし」
の提案に幸村が疑問の声をあげ、がすかさずそれに答える。
見事な連係プレーであったが、幸村は回答を得た瞬間頭を抱えて倒れこんだ。
彼の常識上、そういった言動が女から飛び出すのは考えられないことだったらしい。
しかし現実、時間制限つきで問題が横たわっているのには変わりなく
姉妹は、倒れた幸村を無視して会話を進める。
佐助が何か言いたそうな顔をしているが気にしない。
「…ノーパン、ノーパンかぁ……」
「だってさ、買ってくるのも無理くない?こんな時間だし」
「まだ八時前か、そっかー。そうだよね。スーパーも開いてないしねぇ」
「使用済みかノーパンかって言われたら、ノーパンのほうが良くない?
あたしはそっちの方がいい。
だって見知らぬ人間の使用済み下着だよ」
「まあ、それもそう…かなぁ。大体多分下着褌だよね。
褌なんてうちにないよ」
「あ、褌なんだ。そっかーそうだよね。鎧に着物だもん」
「そうなんだよね、絶対褌だよ。褌だったらブリーフとかトランクスとか
そういうの穿かせるのも、うん。しかも使用済みのそれとか凄く可哀想だし
ノーパンで」
「破 廉 恥 でござるぅうううう!!」
ノーパンの流れを打ち切ったのは、倒れこんでいた幸村だった。
通常の声が10ptであるならば、今の幸村の声は72pt。
通常の声が通常倍角であるならば、幸村の声は四倍角。
つまり滅茶苦茶でかい声で叫んだ幸村は、熟れたトマトのような顔をしての腕を掴むと
もう一度破廉恥でござると繰り返し叫んだ。
「さ、真田さん、うるさ」
「うるさいとかどうこう言う問題ではござらん!
女子がそのようにし、下着なし下着無しと連呼するものでは……!
もっと慎みを持って喋ってくだされ!!!」
「あぁ、うん、ごめん」
謝罪の言葉が口から零れ落ちる。
幸村の勢いに押されてのことではない。
幸村の表情が、泣く一歩手前ぐらいだったからだ。
真っ赤な顔で目を潤ませている年下相手に譲れないほど、は大人気なくない。
しかしはて、戦国の世というのはこれぐらいで結婚じゃなかったかと思いながら
初心な少年にごめんなさいと、もう一度頭を下げてやると
彼は「分かって下されたのなら」と、の腕を掴んでいた手をゆっくりと離した。
「いや、まあね。旦那の反応もあれだけど…
出来れば男側の意見としては、使用済みものーぱんも避けてやって欲しいんだけど」
そこですかさず佐助が意見を述べ。
とは顔を見合わせて、…結局が離れたコンビニまで
パンツを買いにいくことになったのであった。
(………ちょっと、なんか、うん。おかしい気がするんだけど)
一番貧乏くじを引いている気がするのは気のせいだろうかと
車中では思ったが、口に出しても改善されそうにないので。
結局、一人きりの車の中で、目頭を押さえつつ嘆息するだけのだった。
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