〇えくすとららら
2011年03月27日(日)23:28
もしもの事を考える。
もしも、少女にどうしようもないことがあって。
少女が少数の犠牲の側に回ったのならば。
自分は少女を、己がマスターを殺せるかどうか。
考える。
時折こちらを気遣わしげに見て、回復をしてくる様子だとか。
折れそうになりながらも、決して膝をつかない姿を思い出して
考える。考える。
優先順位を下げなければならない。
SE・RA・PHに悟られないうちに(否、超規的手段を実行に移される前に)
どうしてこんなことになってしまったというのか。
昔なら、もっと上手くやれたのだ。
感情を殺して、己を無くし、無私を貫くことなど容易かった。
だが、今はどうだ。
少女一人、殺せるか殺せないかで、こんなにも時間をかけている。
あぁ、どうしてか。
例えばこれが、あの赤い少女だったのならば。
生前からの因縁だとか、そういう「しがらみ」のせいかと
納得も(いかないが)いくというのに。
この少女ときたら、召還に応じたときに初めて
顔を見たような人間なのだ。
いや、正確には人間ですらない。
SE・RA・PHの作り出したNPC。
それが意思を持った存在に過ぎない。
要するに、ただのデータだ。
データの海からは出られない、オフラインには
どこまでも存在しない少女。
最初は頼りなげで、何処までも薄い人間だった。
だがしかし。
あぁ、そう。
躊躇う原因はそこだ。
彼女は戦いを重ねるごとに、揺らぎを無くし
そして持たざる強者へと変貌を遂げた。
その成長は、少しだけ、弓兵のなりたかった
実に馬鹿らしい何かを叶えてくれた。
何もわからない、理不尽に耐え切れず死に逝こうとしていた少女を
ここまで、手を取って、一緒に来たのに。
それを壊す・殺す・消すことに、どうして躊躇いを感じないということがあるだろう。
〇緑弓るーとはどこかにおちていませんかー
2011年03月27日(日)22:59
やけにノリの軽い男だった。
緑色のマントをつけた優男は、しかしその軽さとは裏腹に
低い温度を感じさせる。
「あんたがオレのマスター?」
探るような目。
マスター?
何のことか。
分からない。
しかし、否定すれば、何か救いがなくなる気がして。
思わず反射でこくりと頷いてしまうと
緑色の男は、ふぅんと、気のない声で相槌を打った。
「なぁんか、気が抜けてんなぁ。
まぁ、そっちの方が好き勝手出来るっていうか?
楽そうではあるけど。
けど、頼りない」
水が流れるようにすらすらと喋る彼の言葉に、口を挟める余裕はない。
好き勝手やれそうというより、既に好き勝手言いた放題だとか
言ってやりたいけれども、人形に敗北した時の
ダメージが、未だ体を起き上がらせることもさせてくれない。
震える手を支えに、ようやく体を起き上がらせると
崩れこんでいた人形が音を立てる。
かたり、かたかた。かたかた。
まるで命を吹き込まれるように二、三揺れた後、
部屋に入ってきたときと同様に
糸で吊られるようにして、人形は揺れながら起き上がった。
思わず完膚無い敗北を思い出して、体を固くすると
「全く、とんでもないのに当たった気がするね。
オレの気のせいか?気のせいなら良いんだけどさ」
男は、物理法則を無視した光景に動転することもない。
ただ、気安く、軽い口調で独り言を言いながら
人形にあわせて手に持っていた弓を引き絞る。
「さて、いつまでも呆けてるなよ、マスター。
真正面からオレが戦うなんざ笑っちまうが、
それでもデクごとき、後れを取るはずもない」
空気が鋭く尖る。
あぁ、戦いが始まるのだ。
薄く引き延ばしたような意識の中で、はっきりとそれだけが分かる。
どうして、戦うのだろう。
間の抜けた問いが、頭の中を掠めて消える間に
右手が、強くぢかりと痛んだ。
〇ふぁてーえくすーとらー
2011年03月27日(日)22:59
「しろーさん」
驚くしかなかった。
世話焼きのきらいはあるとはいえ
弓兵といえば、皮肉屋とイコールだ。
ことりと首をかしげる動作をした少女は、
確かに可愛いけれども。
しかし目の覚めるような?と問われればそうでもない。
凄まじい魔術師と相対したときのような
威圧感など欠片も感じない。
彼女の伸びた背筋は、心なしか凛とした印象を
少女に与えていたが、ただそれだけで。
マスターだという少女は。
本当に、ごくごく普通の、可愛らしい少女に見えた。
「衛宮さん」
呟くようにして名前を呼んだ後、
マスターの少女はまっすぐにアーチャーを見上げる。
「君の考えていることはおそらく正しい」
「あぁ」
マスターを見ることも無く言うアーチャーと
気にした様子も無く、やっぱりと頷く少女。
そうしてほぼ同時に湯飲みを手にとって
ずずぅっとお茶をすすった後、少女は
「…そうか…最初からガングロじゃなかったのか」
「しつこいな君も!」
さらっと少女が言った言葉に、アーチャーが即座に突っ込む。
「いや、発電所日焼け説は否定されたけど、
それなら生まれたときからこうだった説が浮かんでたから。
否定されたけど。今」
「あぁ、今否定されたな。たった今。
大体、魔術の使いすぎだと話しただろう。
…いい加減思い出したように、間を空けて、ふっと話題を振ってくるのは
止めないかね、マスター」
「わざとやってるわけじゃない」
「余計性質が悪いというのだよ、そういうのは」
湯飲みを持ちながらマスターたる少女。
いささかげんなりした様子で、アーチャー。
頭痛がするといった仕草は、やはり常どおり皮肉気なものだが
少女は、気にした様子も無い。
思いっきり受け流している。
…ある意味、ガンドでの突っ込みよりも
凄いんじゃないだろうか、この対応。
「でも、凄い背丈伸びたんだね」
「マスター。実入りのないことを言うのも大概に」
「あと性格が凄くヒネたっぽい」
「君は、本当に悪態が上手いな」
「アーチャー程じゃないな」
感情を込めて言ったアーチャー相手に、
軽く肩をすくめる少女。
その一連の流れを見ていた一同は、ぽかんとするしかない。
なんだろう、このアーチャーあしらいの上手さ。
無駄に軽やかだった。色々。
そして、そのあしらいの上手さは、否が応にも実感を感じさせる。
即ち、彼女は本当にアーチャーのマスターなのだと。
マスターを、遠坂凛としないアーチャー。
それは、衛宮邸に暮らす者達に、奇妙な衝撃を与えた。
〇ふぁてえくすとらー
2011年03月27日(日)22:57
おねがいは、ないの?
吐息と間違えるような声は、静かに情報の海に消える。
けれども、サーヴァントの優れた聴覚は
その問いかけすらも拾って。
君の方こそ
微かに浮かび上がった願いを打ち消して
弓兵が返すと、彼の主はにこりと笑って
そして弓兵の手を取り、口元まで運ぶと
僅かに指先に口付けた。
その温かみが、もはや薄れようとしていることを
弓兵が知覚する頃には、彼女の輪郭は大分崩れかけていて。
―あぁ
あの日。
朝日の昇った光景を見たときと同じような
なんともいえない寂寥感に襲われる。
納得済みの別れでも、それでも別れはいつでも寂しい。
浮かび上がる飛沫の想いは蛇足に過ぎず。
ただ、主と従者は笑みを浮かべ。
―そして聖杯は、不正データを消去した。
………。
……。
…。
…。
……。
………。
さて、あなた。
あなた。
おかしいとは思わなかっただろうか。
何が?
彼女が幾度か見た夢が。
始まりを忘れないでくれと、願う夢。
幾度か見た欠けた夢は、此度の聖杯戦争の勝者の夢では
ありえないと。
銃を持った兵士が居る場所で誕生まれたのは
【トワイス・ピースマン】だ。
そして2戦目の、ありす。
彼女の事を覚えているだろうか。
死者であるのに、分からず聖杯戦争にエントリーした小さな少女。
彼女は、同じだと言っていなかったか?
誰しもがそれを「体が無い」事だと思ったが
しかし、別の事を指しているのだとしたら。
遠坂凛は、体が無いと言った。
過去も見えないと。
けれどもそれは、不正データ【トワイス・ピースマン】が
彼女の中に、混ざり込んでいたからだとしたら?
浮遊する泥に塗れた池を覗き込んでも、水中は見えまい。
ありすが同じだと言ったのは、【わけもわからず迷い込んだ迷子】
なのだとしたら?
さて、もしもの話。
もしもの話。
だけれど、いくつも重なり合う世界の中では
確率的に本当の話かもしれない話を始めよう。
………目覚めは、異様に緩やかだった。
瞼を開けるのすらも億劫で、いおは目を閉じたまま
前髪をかきあげる。
眠たいわけではない。
むしろ、寝すぎた後特有の鈍痛が頭を揺らしている。
何時から寝ていたのだろうか。
というよりも、むしろ。
むしろ………
「…あ、れ?」
目を閉じたまま疑問を感じ、それからいおは勢い良く
上半身を寝台から起こした。
その反動で、頭の中で響く鈍痛が増して
いおが顔をしかめたその隙に
「遅い目覚めだったな。
あまり寝坊をするのは感心しないが」
耳慣れた声が、鼓膜を震わせる。
「………アーチャー?」
名を呼ぶ声が、訝しげになるのも当然だろう。
なぜならば………自分と彼はとうに消滅したはずなのだから。
いおは、声のほうへと目を向ける。
そこには、やはり見慣れた弓兵の姿があった。
いかにも皮肉そうな印象を受ける、白髪の男。
いつもながらの赤い服装に、何時見ても紅白でおめでたいなぁと
どうでも良い事を思ったのは
彼女なりの現実逃避であったのかもしれない。
ほんの少し前に決めた終わりの決意が、こうして軽々と覆っている事実に、
少しだけ、いおは着いていけていない。
「あー………」
どこからなにをどう問えば良いのか。
そこからまず探っていると、ふと部屋の内装に気がつく。
部屋の中はまるで、あの保健室のようだった。
ベッドと、ベッドを覆うようにして掛かっているカーテンは白く。
違うのは、机がやや小ぶりなことと、薬品棚が無いことぐらいか。
………というか、ここ、病室ではないか?
そこまで考えて思い至ったいおは、もう一度室内を見渡す。
白を基調としたその空間は何処からどう見ても
病院の病室そのものだった。
「あれ?」
何故?こんなところに?
またしても浮かび上がってる疑問に、
頭の回路は吹き飛んでしまいそうだ。
ちょっと誰か、色々と説明をして欲しい。
その誰かが誰になるのかも分からず
ただいおが、呆然としていると
あからさまな溜息を弓兵が零す。
あぁ、そうだ。
彼が居たのだった。
半分存在を忘れていた彼に、顔を向けると
(失礼な態度は気にしない。いつものことだ)
アーチャーは、
「さて、このまま暫く呆けさせておくのも良いが。
先ほど私をアーチャーと呼んだな、マスター」
「え、だってアーチャーはアーチャー………あれ?」
そこではたと、いおも気がつく。
ここがSE・RA・PHでなく、現実世界であるというのなら。
目が覚めたいおが、この弓兵を覚えているはずは無いのだ。
SE・RA・PHで聖杯戦争を戦い抜いたいおは
あくまでもSE・RA・PHが作り出した
NPCであり、その経験が本体に
フィードバックされることなど。
だが、現実的にはいおはアーチャーの事を覚えているし
SE・RA・PHでの聖杯戦争を
仔細語ることが出来る。
これはいかなることか。
アーチャーに向かって目で問うと
彼は首を振る。
…分からない、ということか。
「…というか、アーチャー
ここは、本当に現実世界なの?」
そう、それならばそこから問題になってくるのではないか。
SE・RA・PHの作り出す虚構世界は
五感すら完璧に作られている。
これが虚構世界で無いという証拠は何処にあるのか。
指先足先から伝わる
シーツの固い感触もまた、現実では無い可能性を考えていると
しかし、アーチャーはそのいおの問いには
はっきりと首を振る。
「いいや、それは無いな、マスター。
なぜならば私がSE・RA・PHのバックアップを感じないからだ。
私は現在、君からの魔力でのみ、動いている」
〇剣の王様 賭け事5
2011年03月11日(金)18:31
レオンティウスが多忙、トスカが不在ということで、国王陛下の本日の授業は剣技と戦略である。
昼下がりの陽気な日差しの下、剣を振るチャイリーと、指導するダナトを見ながら
レヴァンは油断無く辺りの気配を探っていた。
国王陛下を王宮に連れてきて一月弱。
そろそろ『大宰相派』の手から、国王を奪い取ろうとする者達が現れても良い頃ではある。
不審者、もしくはそれなりの身分の者が来はしないか、景色を注視するレヴァンだが
生憎と、いや幸いにそのような人間の気配は周囲に微塵も感じられなかった。
目の前に意識を戻すと、チャイリーが突きの練習を終え、薙ぎ払いの型に入るところだった。
つい、この間まで突きだけで息を荒げていたというのに、今はもう普段と変わらない様子で
剣を振り始めた彼女を見て、レヴァンは子供の成長は早いものだと思った。
…昔、ダナトもああだったなと、レヴァンは感傷とも何ともつかない考えを抱いて
すぐさまそれを振り払う。
仕事中に考えるべきことではない。
これが机仕事であるのならば、息抜きともいえたかもしれないが、己の仕事は警護だ。
内宮の庭の造られた緑の中に身を置き、レヴァンはすぅと目を細める。
継承の儀が近い。
それに加えて、レオンティウスに昨夜呼び出された件を思い出すと、自然と眉間に皺が寄った。
…レオンティウスという幼馴染は、昔から予言に良く似た予想を立てた。
得意な人物観察眼と流れを読む力で、物事をぴたりと言い当て、
予想もつかないことすらも、予想してしまうから、だから予言。
その彼が言った言葉に、知らず知らず、レヴァンの口からため息が零れた。
「何を、考えている。レオンティウス」
呟きは誰にも聞こえない。
目の前には、指導を受ける子供と、教える義息子。
和やかな光景ではあるが、同じ内容を聞かされた筈の義息子の平然とした顔に
もう一度、レヴァンの口からため息が零されたのだった。
〇剣の王様 賭け事4
2011年03月11日(金)18:29
王宮に、夕闇が訪れ、やがて去る。
残されたのは、目も眩むような漆黒だった。
曇っているのか星が見えない暗夜には、ランプの灯りだけが頼りで
それを掲げながらダナトがふらふらと廊下を歩いていると、
ふと目立つ頭が前方に居るのを見つけた。
「おやおや」
呟いて注視していると、相手もまた視線に気がついたようでこちらを振り向く。
水色の髪がランプの炎に照らされ、緩く白じんだ。
「…ダナトか」
「はいはい、ダナトです。こんなところでどうしたんですか、トスカ様」
「いや、野暮用で出かけるから、ちょっと用事をすませてた」
面倒そうに言うその様子に、ダナトは苦笑する。
全くこの人ときたら。
その用事とやらも、おそらくは溜め込んだ書類を行く前に片付けて行けと
腐るほど言われて渋々出しただとかに違いない。
実戦以外は不真面目だよねぇと、自分のことを棚に上げてダナトは思う。
「それにしてもあれですか、野暮用って言うと、件のあれ」
「そう。様子を見に行ってくる」
「はぁ、まめですね。いくら自分が養子縁組を取り持ったからって、
そんなにこまめに様子を見に行かなくても良いでしょう」
トスカは時折子供に関することで、慈善を施すことがあった。
ついこの間、子供の居ない老齢の夫婦に、孫ほどの年齢の子供をトスカが紹介したのもそうだ。
まあ、それはいい。
情けは人のためならず。
回りまわって、どこかでそれが役に立つ日が来るかもしれないし、
悪行を行っているわけでもないから、それを非難する気はないがそれにしても
子供を世話したのは、本当にこの間のことなのだ。
しかしこの男と来たら短い期間の中で、既に二度ほど顔を出して、今度で三度目なのである。
短い期間で鬱陶しすぎるのではと正直ダナトは思ったが、
気にした様子も無くトスカは肩をすくめた。
「いいだろ、別に。上手くいってるか気になるし。子供は可愛いだろ」
「そうですねぇ」
こういうときには、適当に相槌を打って、話を合わせるに限る。
あなたは子供以外可愛くないんでしょうに、と後に続けなかったのは、お偉いさんへの遠慮ではなく
ただ単に大きく頷かれるだろうと思ったからだった。
いやはやなんとも。
もうトスカとは十年以上の付き合いになるが、昔から変わらず子供の好きな男だ。
あくまで、仕事に影響のない範囲内で、だが。
出会った当初はそこの辺りを勘違いしていて、この男に子供は殺せないだろうと思っていたから、
襲ってきた子供の暗殺者を、四散させた時には、目を剥いて驚いたものだ。
若かったなと、一昔前を振り返り、目の前の男へと意識を戻す。
「ん?」
「いえ、トスカ様も老けませんよね」
若々しく、自分と同い年だといっても通用するような顔の男に
しみじみと言ってやる。
ダナトは二十四歳、トスカは三十五歳。
十以上離れているくせに、その若々しさはどうなんだという思いを込めてやると
トスカは自分の頬に手をやって、苦々しい表情を浮かべた。
「…羨ましいか、これ」
「いいえ、全く。傍にいて、童顔の苦労は身に染みてよく分かっております。
俺は父さんの様に人並みに老けていくつもりですから」
「人並みかあれが!俺を羨ましいとは思わんのか!」
「人並みでしょう、レヴァン様はトスカ様よりかは。羨ましいかどうかで言えば、ですから、いいえ全く」
例えば新兵と間違われたりだとか、例えば見た目が若造過ぎて中々信頼がもらえないだとか。
先達が辿った苦労を知っていながら、それでも手を伸ばすほど魅力的な物件でもない。
ダナトが緩く微笑みながら断ると、トスカはがっくりと肩を落とした。
「まぁ、いい…。で、そういやお前なんでここに居るんだ、陛下は」
「ああ、陛下はちっちゃい子らしくもうご就寝だそうで、俺は寝ず番の奴らに任せてお休みタイムです」
「もうか」
「もうですね」
ダナトが話を逸らしたかったらしいトスカに付き合ってやると、
彼はぱちくりと目を二三度瞬いた。
夜だとはいえ、まだまだ夜も更けとはいかない時間帯である。
「ちょっと早いんじゃないのか」
「疲れてるんじゃないですかねぇ」
「疲れてるんだろうな」
「そうですね、授業いっぱいですしね」
ほぅと、どこかで梟が鳴く。
その声を契機にして、会話が途切れた。
ほの暗い視界の中、トスカが額に手を当てたのが見えた。
「適当な、お前」
「俺別に子供好きでもないですし」
真実そう思っていることを、じつに正直にダナトが申告すると
トスカがぷいっと横を向いた。
「………目の下にそういや隈あったなぁ」
「ありましたっけ」
「ちょっとよろけてたかも?」
「ありましたっけ、そんなの」
よく見てるなぁと感心半分呆れ半分で言葉を聞く。
するとトスカの方は、思い切り呆れた顔をした。
「………お前な」
「だから、別に俺は子供好きな訳でもないですし、
最悪あのちっこいのは生きてれば何とかなるじゃないですか」
言いたいことは分かるが、最終的にはそういうことだ。
ダナトがそこまで見ている必要は無い。
ダナトの、ダナト達の目的に国王は必要だが
チャイリーという孤児は必要ではない。
誰でもいい。生きていさえすれば。
ただ、動けて礼儀正しく、ちょっとの知識があるのに越したことはないから
そのためだけの教育をして生かしているにすぎない。
ほぅと、梟が鳴く。
「あんまり可愛がったら駄目ですよ?」
にこりと、わざわざランプを目の前に掲げて笑ってやると
トスカは無言でダナトをどついた。
これは果たして分かっているということなのか、うるさいということなのか。
…どちらでも良いか。
結局のところ、トスカもチャイリーという元浮浪児の少女を可愛がっているわけではない。
ただ、連れてこられた子供に優しくしてやっているだけだ。
誰も、名前のついた彼女のことは見ていない。
名前のつかないところだけを見て、行動をしている。
それについてだけは、可哀想と思ってやってもいいなと
傲慢な考えでダナトは思って、夜を見上げた。
「とりあえず、あれです。継承の儀までには帰ってきてくださいね。
護衛の面子の中にトスカ様も含まれてるんですから」
「分かってる。帰るよ。面倒だけど」
面倒だという気持ちは本当で、だけれども彼は必ず帰る。
仕事の、特にレオンティウスから下される命令について、彼は犬のように忠実だ。
それは俺もかと、ダナトが一人突っ込みを入れていると、向こうからぱたぱたと
誰かが駆けて来る音がする。
ランプの灯りを向けると、駆けてきているのはカイアだった。
彼はトスカとダナトの目の前まで走り寄ると、息を乱しながら告げる。
「トスカ様、ダナト様、レオンティウスさまがお呼びです」
それに同時にトスカとダナトは顔を見合わせた。
〇剣の王様 賭け事3
2011年03月11日(金)18:24
…そんなことを、思っていたのが悪かったのか…。
耐え切れぬ眠気から目を覚まそうと、きつく目を瞑り、そうして次に目を開けると
目の笑っていないトスカの顔が目の前にあった。
「………えぇと」
その顔に、ぴんと閃き目を逸らすと、音を立てて逸らした先に教科書が叩きつけられる。
「…………さて、陛下。今日の授業の復習だ。
タタドリーチェとエスカロンドにあって、我がギルアルに無いものは、さて何だ」
「え?」
「はい、3、2、1」
まだ上手く働かない頭を回転させる前に、無情なカウントが始まった。
それにますます回転が鈍って、私は視線を彷徨わせることしか出来ない。
「え、え、え」
「ぶー時間切れ。答えは鉄資源。
正確にはうちでもほんのちょっぴりは採れるが、それでもその殆どを輸入に頼っていることには変わりがない。
しかもその四割がタタドリーチェとエスカロンドだって言うんだから驚きだな。…な!」
「そ、そうかも、お、驚きだなぁ」
「そうだな」
にこにこと笑っているトスカの目は、しかしやはり笑っていない。
とっさにぐるっと後ろを向くと、肩を引っつかまれて元に戻される。
「………えっと…」
「な、陛下………寝てただろ」
「わ、悪気は無かった…目を閉じたら気がついたらトスカの顔が目の前に…」
「そもそも問題が世界史じゃないことには気がつけよ。あるなしクイズなんぞ、全然世界史じゃない」
「えっと、………ごめん」
まさか世界史かそうじゃないかの区分けがつきません、すいませんとは言えなかった。
言えるような空気じゃなかった。
醸し出す雰囲気が凶悪なトスカと目を合わせずに謝ると、
かんかんと二度、教科書で机を鳴らして彼は身を引く。
「…全く。ほんと良く寝てたな。もう昼だぞ。今日はレオンと昼食会なんじゃなかったか?」
「あ、そうだった」
言われてカイアから言われた予定を思い出して、私は急いで席を立ち、そこで動きを止めた。
「…あれ、授業終わった?」
「あのな…終わったから起こしたんだ。さっさと行けよ、怒られるぞ」
「はぁい」
返事だけは良く持ってきた教科書たちを纏めて、扉に向かって踵を返す。
部屋から出て数歩してからふと思いついて、私はくるりと部屋に戻ってトスカに向かって手を振った。
「おでかけなんだよね、じゃ、いってらっしゃいトスカ」
「ん、行って来る」
にっかりと笑った顔に目を細めてから、私は護衛を引き連れて
改めて部屋を飛び出したのだった。
「……今なんて?」
「耳が遠くなったのかい、陛下」
ケバブを切り分けながらレオンティウスが言う。
それに、「そういうわけじゃないけど」と返して、私もまた、ケバブをナイフで真っ二つにする。
…そういうわけではないけれども、簡単には信じられないような事柄だった。
『三日後に、継承の儀を執り行うために、馬車でケフの村に行って貰うよ』
言われた言葉を反芻して、ほっぺたをつねりたいような気持ちになる。
だって、逃げられるかどうか、賭けを始めたときに、丁度外に出る機会が訪れるだなんて。
平静を装おうと、口の中に無機的に肉を入れる。
二度三度咀嚼しても、驚きすぎているせいなのかろくに味がしない。
「えぇと…けいしょうのぎって、なにする儀式?」
「頭の悪そうな発音で言わないでくれるかな、陛下。
国王が代替わりしたことを神に知らせる儀式だよ。
祭壇に祈りを捧げるだけの簡単なものだ」
「ケフの村ってところに、わざわざ行かないといけないの?」
行きたくないわけではない。
そんなわけは無いが、話を聞いていると、ぶっちゃけどこでやっても同じなように思える。
城下町にも神殿はあるのだし、そこでも良いのではと首を傾げていると
さも面倒そうな顔をして、レオンティウスはフォークを置いた。
「ケフの村は、祖たるエトドが、エルシュトーインから神剣を授かった場所だと言われている。
故に、国王が変わったことを神に知らせるのは、ケフの村の祭壇からというしきたりになっているんだ。
こればっかりは、面倒だけど仕方ないね」
隠し切れない疲れを滲ませてレオンティウスはため息をついた。
「本当は、戴冠式のほうこそ先にやりたいんだけどね…
代替わりしてから一月以内に継承の儀を執り行うのが…これもまたしきたりだ」
下らないと、言いたいのに言えないのは彼よりも偉い人が乗り気なのか。
ただ、それに織り交ぜて、戴冠式が出来るぐらい礼儀作法を身に付けなさいと
言われた気がして、私は黙ってケバブを口に含んで目線を下向けた。
沈黙は金、雄弁は銀。
口を動かしながら、決して視線を合わさないようにしながら
皿に乗った葉っぱをフォークでぶっさして、次の用意をする。
「チャイリー陛下、食べてからにしなさい、食べてからに」
「ん」
言われたとおり、飲み込んでから、口の中にぽいっとすると
レオンティウスが、まだ外に出したくないなぁと呟いているのが聞こえた。
えぇと、ごめん、レオンティウス。
でもまだ三週間だよ。
何もかも完璧にこなすのは無理だよ。そしてご飯は早く食べないと誰かに取られちゃうんだよ。
からすとか。
「…まぁ、いいよ。その辺りはおいおい躾ければいいとして…。
とりあえず、五日後に出発してもらって、ニ日かけてケフの村までいってもらう
村まで行ったら、北西に祠があるから、その前の湖で身を清めてもらって
祠で祈る。その後祠で剣を台座に突き立て、抜く。
これが、継承の儀のやりかた。分かった?」
「……んぐ………あぁ、エトドがエルシュトーインから剣を授かったときの
シチュエーションを真似てるの」
「そうだよ、良く分かったね」
「今日、授業でやったから」
偉大なる世界産みの神エルシュトーインに、祈りを捧げる祭壇を荒らしていた怪物を倒した祖たるエトド。
彼は怪物を倒した後、目の前の泉の清らかな水で怪物の血を洗い流し
美しき皆の母エルシュトーインへと祈りを捧げた。
なるほどね。
場所だけじゃなくて、最初のそれを全て踏襲するのか。
納得しながら、ケバブをまた食べようと思うと、ぎりっとフォークにナイフが擦れて音を立てた。
「………陛下」
「すいません」
昔は手づかみで食べていたのだが、諸外国との外交に配慮して
これらを使うようになったのだという説明を聞いたときには、外国!と思ったものだ。
……使いにくい。やりにくい。面倒くさい。
それでも、鬼教官の前でそんなことを零すわけにもいかず
音を立てないように、注意を払いながら肉を切り分ける。
………それにしても、継承の儀、か。
丁度良いタイミングなのか、どうなのか。
罠かという考えも芽生えたが、私が逃げたいことは、まだ…知らないはず。
とりあえず、逃げ時はそのときだと、私は心の中で考える。
「移動のスケジュールとかは、また教えてもらえるの?」
「明日辺り、カイアに説明をさせよう」
「ふぅん、分かった。馬車で行くんだっけ?」
「馬車だよ。徒歩では行かせられない」
何食わぬ顔で、探りを入れる。
折角のチャンスを逃がしてはならない。おそらく最初で最後のチャンスだ。
一月もすれば、台風の季節が来る。
そうなったならば、剣は確実に奇跡を起こすだろう。
手遅れにならないうちに、逃げて、彼らの手が届かないところまで行かなくては。
表情を変えないように注意しつつ、考え事をめぐらす。
どこまで行くのか、どれぐらい逃げるのか、国外に出るのかどうなのか。
食料はどうするのか、服は、この目立つ白髪は。
………考えなければならないことは、山のようにあった。
これなら、今日の夜は潰せるだろうか。
近頃憂鬱な夜を思って、私は手に力を込める。
ただ、………与えられた希望は、本当に希望といえるのだろうか。
ふと、頭の中を過ぎった考えに、私は目を伏せた。
…………………賭けを、しよう。
「…陛下?」
「え、な、何?」
「いや、随分と真剣に皿を見ているから」
指を指されてはっとする。
長い間、考え事をしすぎていた。
「いや、今のは…身を清めるって聞いたから、ここに来るまでのことを思い出してて」
「うん?何かあったのかい?」
すぐに出てきた言い訳を聞いて、レオンティウスが首を傾げる後ろで、
ダナトがそっと顔をそむけるのを見えた。
………うん、これも、言っておかなければならないことではある。
「えぇと、来る前に泉で身体を洗ったんだけど」
「うん」
「………すぐまん前に、ダナトとトスカが…居たかな」
「まん前」
「目の前、半径一メートル以内」
うわごとのように繰り返したレオンティウスに答えると、
レオンティウスは十秒ほど固まった後、勢い良く後ろを振り返る。
「ダナト!!」
「わぁ!!だって年齢一桁なら良いかなって!」
飛び上がったダナトが言い訳した内容に、私が目を剥く。
え、ひ、一桁?!
だが、それには構わずダナトは怒髪天をついているレオンティウスに、
無意味に掌を突き出し横に振りながら言い訳をする。
「いや、でも、でもですね?そしたらこう、喋りかた的には二桁いってるから、
あれ俺まずい事しちゃったみたいには思ってたんですよ、一応!ちゃんと!本人には何も言ってませんが!!」
沈黙が、落ちた。
……言いたいことはいろいろあったが、ありすぎてどれからいえばよいのか分からない私を差し置き、
レオンティウスが重々しく口を開く。
「そりゃあ最初は………僕も一桁だと思っていたが、十から十三の間ぐらいだろう。
それを、目の前に立って警護をするなんて………
もうすこし年頃の女性に対する気遣いを君達は身に付けるべきだ。
それも職務を円滑に進めるための事柄だぞ」
「それはそうなんですけど…」
ちらり、と視線がこちらに寄越される。
「まぁ………」
もう一つ分、視線がちらり。
「…ところで、陛下。年齢はおいくつですか?」
ごほんと咳払いをしてから、レオンティウスが尋ねてくるのに、
私は筆舌に尽くしがたい気持ちになった。
まず、この場にいる全員から一桁だと思われていたのに、非常にショックを受けている。
(レヴァンは何も言っていなかったが、え、この子一桁じゃないの?九歳位だろ?と顔が如実に語っていた)
…………その上ちらりちらりと上から下まで観察される視線、
あまつさえ寄越されたこの直球の質問。
堪忍袋の緒が切れて、エファイトスを抜いたところで誰も私を責められまいとは思ったが、
そんな気力さえ、無い。
私はぐったりと机に肘をついてうなだれながら、自分の歳を考える。
ムアから、私の歳を聞かされたことはなかったが、ヨハンと会ってからは
九年ほどたっている。
そうして、ヨハンとあったころには既に、物心がついていたから、四つよりかは上だと考えて
「十三から十六の間だと思うよ」
正確な歳ではないが、一生懸命考えて答えてやったというのに、
部屋の中は、しんっと、静まり返った。
え、な、なんで?
順繰りにその場にいる人間の顔を見ていくと、一様に口をあけ顔をゆがめた、何ともいえない表情をしている。
「………詐称は、しなくていいんですよ?」
静かに、言葉が発せられた。
発言者ダナトは優しげな表情をしてこちらを見ている。
いや、優しげというか、生ぬるいというか。
レオンティウスとレヴァンも同じくで、私は音を立てて机を叩いて立ち上がる。
「し・て・な・い!!計算したらそうなるの!十三は絶対超えてるの!!」
「……え…?」
「嘘だろう?」
「えぇ?!」
「あ、あんたらな…確かに、ちょっと発育不良かも知れないけど!」
「ちょっと…ちょっとですか?」
心底そう思っている声で言われて、自分の身体を見る。
すとんと平らな胸、低い身長、幼い顔。
うすべったい身体を撫でて、私は呟く。
「……………ちょっと、だよ」
「大分躊躇ったね。…まあいい。君がそういうのならば、そういう歳なんだろう」
…それなら、それなりの準備をしないといけないかなと、小さな声が後ろに続いた。
聞かせる気もなかったただの独り言だろうが、それなりの中身に薄っすらと気がついて、私は何食わぬ顔をして席に着く。
食事中には憚られるような話題だ。
ましてや、男から女へ振るような話題でもない。
二次成長や月のものの話など。
それを口に出さない辺りがダナトやトスカでなく
レオンティウスだと思うと、私は自分の下腹部に目をやった。
月のものは、幸いなのかどうなのか、私にはまだ来ていないが
そうなったときには、今のままだとヨイケだけが頼りだ。
まさかその他のに言うわけにもいかない。
今居並ぶ顔を見渡しながら、心の底からヨイケが居てよかったと、私は思って
それから溜息を殺す。
月のものの話をするような事になるのなら、確実に私は賭けに負けている。
できるだけ、したくはないな、と思いながらナイフを握って食事を再開すると
ぎっと皿がナイフと接触して悲鳴を上げた。
チャンスに二度目はない。
〇剣の王様 賭け事2
2011年03月11日(金)18:22
「世界産みの神、エルシュトーインは言った」
世界史の授業は、世界産みの神エルシュトーインが世界を作った後
怪物による混乱期や、人々が国というコミュニティを作り始めた時代を終え
おおよそ八百年前、乱世の時代にエトドがギルアルを作った所まで進んでいた。
正直なところ、その辺りのことは十分すぎるほどに知っていたし
今の状況で聞きたいようなことでもなかったが、まさか飛ばしてくれとも言えず私はただ
黙ってトスカが教科書を読み上げるのを聞いていた。
やばい、欠伸が漏れそうだ。
「『エトドよ、お前は何を望むのだ。
私へ祈りを届ける一番力を持った祭壇を汚していた魔物を殺したお前に、
私は何を授けてやったらよいのだろうか。』
エトドは言った。
『エルシュトーイン、世界産みの神よ。
私は元々はこの辺りを治めていた領主の息子であった。
父は領民の声を良く聞き、騒ぎが起こらないよう監督し、また騒ぎが起こればこれを平等に裁いていた。
しかし、突如として攻め込んできたダナティアの者達によって、
この土地は奪われ、民達は圧政のもと苦しんでいる。
エルシュトーインよ、世界産みの女神よ!!
私は奪われた地を取り戻したい。幼い頃を過ごした土地を奪いつくしたダナティアの者達の手から
かの地を奪い返し、そしてかの地を緑で覆いたい。それが私の望みだ!』」
「………そして、エトドの願いにエルシュトーインは答えた?」
「そう。エトドの願いに答え、エルシュトーインは彼に剣を授けた。
『この剣を使うと良い。お前の願いに答え、その剣はお前が純粋にかの地を思う限り
お前に勝利をもたらすだろう。
そしてその剣は、飢饉を、台風を、津波を、地震を退けかの地に緑と繁栄をもたらすだろう』
そうして、エトドの手には、神剣エファイトスが残され、彼は戦乱を戦い抜き
見事ギルアルという国を作り上げたのだった」
ぱたんと、教科書を閉じて、トスカはふぁあと欠伸をする。
その態度に私は苦笑した。
私だって我慢したのに、この人ッたら。
「…そんなに退屈ならやらなきゃいいのに」
「まあなぁ。こんなのこの国の人間なら誰だって知ってるこったろ。
お前だって知ってたろ?」
教科書を向けられて、私がこくんと頷くと、そうだろそうだろとトスカはいやに嬉しそうに言った。
後ろに控えているレヴァンの視線がきつかったのかもしれない。ダナトはともかくとして。
そういうところ真面目だからなぁと、良くも悪くも集団の良心であるレヴァンの真面目さについて考えていると
トスカが閉じていた教科書を再び開く。
「……そうして、ギルアルは世界に誇る無災害国家の地位を手にいれ、
安定した収穫量と、安定した気候で、先進大国の名を手にしたのでした。
………タタドリーチェとエスカロンドが居るから、一人勝ちにはならねぇんだけどな!」
けけけと、いやぁな顔をして笑うトスカは、本当に国に仕えているのだろうか。
「それ、言ってもいいの?」
「あんまり良くない」
にひひと笑い方を変えて、それでもトスカは笑う。
エスカロンドとタタドリーチェは、隣国の名だ。
それもあんまり仲の良くない。
いや、それを言うと、この国には仲の良い国など存在しないので
あんまりそこの辺りは追求したくないのだが…まぁ、仲のあまり良くない諸外国の中で
一際仲の良くない仲である。と言っておこう。
この国は大陸の南端に位置しており、北に向かって他の国々が存在している。
そこで、北西に向かってタタドリーチェ、北東に向かってエスカロンドという国と我が国は隣接しているのだが
この二つの国は、それぞれに特徴を持った大国なのだった。
エスカロンドは軍事大国、タタドリーチェは技術大国。
エスカロンドは豊かな鉱山と軍備を持ち、
タタドリーチェはエスカロンドには劣るものの鉱山を持ち、そしてそれを加工する優れた技術を持つ。
ここらと隣接しているおかげで、我がギルアルは他二国と、
他国に侵攻も出来ず、版図も広げられずぐずぐずとお隣と肩を並べながら隙をうかがう、
三すくみ状態にされているのだった。
おかげで他諸国から、もっとも仲の良い三国と皮肉られることもある。
そこを弄くってくるなんて、他のところでやったら、睨まれるどころじゃすまないんじゃないかなぁ。
なんせ昔からの、目の上のたんこぶ・頭の痛い問題だ。
いや、難しいことは私には良く分からないんだけど。
咎める視線を送ると、トスカは肩をすくめて手を伸ばしてこようとして、
…手を握って引っ込めた。
…………トスカは、叩いたあの日から、こちらに触ってくることが無くなった。
「……………」
引っ込められる手を見ていると、無性に自分が悪い事をしている気分になる。
それでも触ってもいいよと許可を出すのもおかしな話で、
落としどころを私は完全に見失っていた。
思わずつきそうになるため息を押し殺し、視線を下にやると
無駄に広げた教科書が目に入った。
ここに来て早三週間が経とうとしているが、字は全く読めないままだ。
私は文字を読めるように、書けるようにという識字の訓練を全く受けていない。
私が文盲のままで居る利点はなんだろう。
指先で文字をなぞって考える。
生活に慣れてきて余裕が出てきたのか、こうしてみると、いくつもおかしい点が彼らには見えた。
まず一つ、私に文字の教育を受けさせない。
これはどう考えてもおかしい。
王の役割は恵みと勝利をもたらすことだが、それは『仕事』ではない。
王の仕事は、年に幾度か行われる神への豊穣の祭りの祭祀や
他国との外交、そしていくらかの事柄への権力の行使だ。
………祭祀の役目はともかくとして、他の役割に文字が必要ないとは到底思えない。
確かに、礼儀作法と、他国の歴史を知っていれば、外交は紙一重でこなせるかもしれない。
だが、文字が読めない状態にしておくのとそれとは、また別の問題である。
他にも与えられる情報が少なすぎる点、接する人間が少なすぎる点などが上げられるが
それにしても、おかしいにも程がある。
彼らは私に何かをさせたい。
王が与える豊穣と勝利以外の何かを望んでいる。
冷静に周りを見回した結果は、明確にそれを確信させる。
権力闘争か、それとも他に何かあるのか。
考えてみようとはするものの、持ち情報が少なくて推理するにも到らない。
……多分殺されはしないから、まあいいか。
この状態で考えても頭が焼け付くのが予想できたので、
思考を打ち切り、私はとんっと教科書で机を叩いた。
「…授業まだするの、トスカ」
「するとも。仕事したくないんだよな、俺。
明日っから出かける用事あるし」
「どこか行くの」
「ちょっとな。野暮用。明々後日には帰ってくるけど」
水時計を見ながら、教科書をめくりだすトスカを眺める。
…私、この人の正確な職業と地位も知らないんだよね。
「じゃあここからは、建国史に入るぞ」
「はぁい」
返事だけは良く、私は椅子に座りなおす。
それにしても歴史の授業というのは、どうにも興味が湧かない。
再び口から出そうになった欠伸を噛み殺しきれず
顔を手で押さえ、私はふぁあと間抜けな声を漏らした。
あーあ、目、開けたまんま寝られる様になんないかなぁ。
〇剣の王様 賭け事1
2011年03月11日(金)18:22
私は生まれたときに両親に捨てられた。
道端に、無造作に、馬車も通るようなところに捨てられていたらしい。
ようは、愛されていなかった子供だってことだ。
私を拾ったのは、ムアという女だった。
ムアは浮浪者で、拾われた私も必然的に浮浪児になった。
女は私を、チャイが飲みたかったというふざけた理由で、チャイリーと名付けた。
私の名前は、チャイリー。苗字は無いただのチャイリー。
「ここに孤児院がありゃあ、あんたはそこに預けたんだけどねぇ」
物心がつくと、時々ムアはそう言っていた。
だけど仕方が無い。
この町は小さすぎて孤児院など無かったし、誰かに今更拾ってもらうには、私は既に育ちすぎていた。
「ごめんね」
「まったくだよ」
そう言いながらも、ムアはそういう時決まってわたしの頬を撫でた。
優しいそれに、私は身体をびくつかせながらも、黙ってされるがままになる。
ムアは優しかった。
時折彼女は子供が欲しかったのだと私に零した。
だから、私を拾ったのだと。
そういうときにはムアは、私を決して見ず、ただ空を眺めていた。
私が物心ついて一年ほどたつまでは、ムアと一緒に居た。
だけどある日、ムアは帰ってこなくなった。
…窃盗で捕まったのだと、知ったのは彼女が捕まってから三ヵ月後の事だった。
二ヵ月後、彼女が獄中で肺炎を患ったのだと聞いた。
その一ヵ月後、彼女は肺炎をこじらせて死んだと、聞いた。
………それでも私は食べ物を食べたし、寝たし、その一年後ぐらいには
親に置き去りにされていたヨハンを拾った。
世は全て並べて事もなし。
誰が死んでも世界は回る。
回るとも。
だから死が訪れるそのときまで、自分の荷物を抱えてゆけば良い。
そして、私の荷を解くと、自分の意思と命しか入っていないことを
私は十分に自覚していた。
暖かい家も、食事も、なにも持っていないことをきちんと私は自覚していた。
それなのにどうして、それすらも奪おうというのか。
黙っていることは出来ないと思った。
『恥知らず』
耳元で、夢の中の声がしても、それでも塞ぎたいぐらいには
黙って耐えていられないと思ったのだ、私は。
目が覚めると、白いベッドが目の前にあった。
私は床から身を起こして、白いベッドによじ登る。
…ベッドで寝ていないと、ヨイケが微妙な顔をする。
町に出たときにベッドの感触になれていると、よく眠れなくなりそうだったから
夜は床で寝て、朝はヨイケが来る前に、ベッドで寝ていたふりをするのが
私のここ最近の生活だった。
ベッドに登ると、枕元においてあるエファイトスが必然的に目に入る。
私は剣を敵意を持って睨みつけると、決して手を伸ばすこともなく
布団にもぐりこんで目を閉じた。
幽霊事件が解決した後も、生活は変わっていない。
授業を受けて食事をして、寝るだけの毎日だ。
夜の寒さに凍え死ぬことに怯えなくてすむ毎日、食事の心配をしなくてすむ毎日。
なんと素晴らしい。
皮肉めいた言い方で私は思う。
それでも、自分の意思を捻じ曲げられることと比べれば、そんなものは屁でもなかった。
素晴らしくも馬鹿馬鹿しい。
私の価値観の中で、私の命意思というのは最上位に位置する。
安定したご飯と寝床がなくても、生きていけるし好きにやれるというのは
今までの人生で実証済みだった。
だから逃げたい。
剣に押さえつけられた自己防衛という本能は、しかし哀れな女の残滓からもたらされた情報によって
今、その役割を果たそうとしている。
だが。
年端も行かない子供が、汚泥を啜りながらそれでも死ぬこと無く生き抜けたのは
全てこの国に王が居たからだというのも、同時に私には分かっていた。
町に溢れ、惜しげもなく捨てられる残飯。
ギルアルの民がこう思っている。
どうせ王が居る限り、実りは確実にもたらされる。
ならば、大丈夫だと。
だから捨てる。
他の国ではありえないほどに、あっさりと簡単に大地からの恵みを手放して
次の巡りの実りを疑わない。
この国の人間は甘えている。
王に、王のもたらす恵みに。
………事実、飢えたのは、この半年が初めてだった。
食べたくても、食べられなかったのは、初めてだった。
それまでは、ごみ箱を漁れば必ず山のように残飯があった。
しかし、国王の長い不在で、人々は怯え、恐怖に震えてそこで初めて
食べ物を気軽に捨てるのを止めたのだ。
寒さに震える夜はあった。
凍えながら、死ぬんじゃないか、朝にはもう起きられないんじゃないかと思って
まんじりと朝日を待ったことはあった。
だが、食べられなかったのは初めてだった。
……で?………それで、お前、逃げ出すって?
ひっそりと心の底から声がする。
誰か他人の声ではない、他ならぬ自分の声だ。
逃げ出そう、逃げ出してしまおうと、削られてゆく自分を思って本能は囁く。
だが、人は、人間は本能だけで生きているわけではない。
甘受してきた実りを振り返り、理性はもう一つの声を囁く。
お前は、ここで屈して逃げ出すのか、与えられてきた実りを受けておいて
それで生かされておきながら、いざその実りを生み出す鉢が回ってきたならば、
たちまち逃げ出すというのか。
この恥知らず!!
………………あぁ、全くその通りだとも。
「賭けをしよう」
ひっそりと私は呟いて、枕元に置いてある神剣を見つめた。
逃げたいのも本当、逃げてはいけないと思っているのも本当。
どちらともが、私の声だ。
だから私には決められない。
だから…だから剣よ。賭けをしよう。
確実にこの国に向かっていた台風の進路を逸らすだとか、
その類の奇跡を、一つでも私が起こしたならば、私はここに残る。
それまでに逃げ出せたら私の勝ち。逃げ出せなかったらお前の勝ちだ。
両の掌を握り合わせて、こつりと額につける。
運を天には任せない。
神の御心は伺わない。
大丈夫、どちらにしろ後悔は必ずする。
「さぁ、勝負だ剣よ」
言っておくが私は、賭け事に負けたことが無い。
まず一番初めに顔を合わせるのはヨイケ。
ふかふかしたベッドの中でまどろんでいると、
彼女はノックをしてから、返事がないことを確認すると、静かに音を立てずに入ってくる。
そうして枕元にたってから、静かに落ち着いた声で
「陛下」
と私を呼ぶ。
私はその声を聞いてからぱっちりと目を開けると、ヨイケに向かって挨拶をした。
「おはよう、ヨイケ」
「おはようございます、陛下。ベッドの寝心地はようございますか」
「ふかふかしてる」
「左様でございますか」
……ふかふかしていて、寝にくいとは言えなかった。
どうも寝た気がしないというか。
私は口を噤んだまま顔を洗いに行き、自主的に鏡台の前に座る。
するとヨイケは黙ったまま櫛でわたしの髪を梳き始めた。
「大分」
「ん?」
「いえ、大分、櫛の通りが良くなったと」
ふぅんと相槌を打って、それから思う。
それは私の髪の毛が梳かした事もなくて絡まりまくってたからか。
ヨイケって割と失礼に正直なんだよなぁ。
そういうとこ、面白いけど。
美人で完璧だと面白みがない。うっかり口を滑らせているぐらいで
ヨイケの場合にはバランスが取れているように思えた。
ヨイケは、そんなことを考えている間にさくさくと私の髪を整えて
前後左右を確認してから、よしと頷く。
「出来た?」
「はい、カイアを呼んで参ります」
そう言って出てゆくヨイケを見送って、私は鏡の中の自分を眺めた。
髪は確かにヨイケの言う通り、さらさらと絡まらずに綺麗に流れているし
血色だって大分良くなった。
これなら…うん、ちょっとの間食べなくても死ななさそう。
何日ぐらい持つかなと、試算していると部屋の扉が開いてカイアが入ってくる。
「おはようございます、陛下」
「おはよう、カイア」
挨拶もそこそこに、カイアは懐に入ったスケジュールの書かれた紙を広げた。
「えぇと、本日はトスカ様の世界史の後、レオンティウス様と昼食、
その後ダナト様との剣技のご予定になっております。
特にお伝えするような用件はございません」
「ん、そっか」
侍従というのも、王にさして用事がないと仕事がなさそうで
カイアは少し残念そうに伝える用件が無いことをこちらに言うと、広げていた紙を懐へとしまった。
私は一瞬だけ躊躇うと、エファイトスを腰から下げて、二人に向かって手を振る。
「じゃ、行って来る」
…大丈夫、神剣が意識を侵食しても、思い続けていれば侵されきることは無い。
思い続けていればいい、逃げるのだと。ここには居たくないと。
とりあえず、賭けに負けるとしても逃げ出そうとして捕まるのが良い。
最悪は期限切れで、奇跡を先に起こす。
まかり間違っても、剣の意思に侵食されて、気がついたら逃げる意思を無くしてましたなんて
そんなことには絶対させない。
―お前には負けないよ、エファイトス。
〇剣の王様 幽霊騒ぎ9
2011年03月11日(金)10:05
ぶつり、と夢はそこで終わった。
「後味わりぃ」
どうせ見せるのならば、最後まで見せろ最後まで。
起き上がって、がりがりと頭をかくとそこは自分の寝室ではなかった。
石造りの床と壁に、鉄の格子。
薄暗いじめっとした空気のそこは、紛う事のない牢獄だった。
ただ、その格子の扉は開いていたし、私が寝ていたのは牢屋の中ではなく、
その前の廊下だったが。
まぁ、寝室に居ないのは、目覚める前に半分予想できていたことなので、驚きはない。
今のは四代前の記憶か?と、自分に疑問を投げかけながら立ち上がると
ぽんっと後ろから肩を叩かれる。
「ぎ?!」
「し、お静かに」
口を塞がれ、真剣な声で窘められる。
いや、あのね。今のはあんたのせいだよ。
この状況で後ろからそんなことされたら、トスカやレオンティウスだって悲鳴を上げるだろうよ。
なぁ、レヴァン。
上を向いて、ごつんと腹に頭突きをかますと、痛そうな顔をしてレヴァンが口から手を離した。
「ぷはぁ。吃驚した」
「申し訳ございません、陛下」
「いや、いいけど」
謝罪するぐらいなら普通に声をかけて欲しい。
しかし私は胸のうちの願いを口に出すことなく、レヴァンの顔を見上げる。
薄っすらと疲れは見せているものの、レヴァンはいたって健康な様子で
どこか怪我をしている風でもない。
良かったと、内心胸を撫で下ろしながら、それにしてもと問いかける。
「レヴァン、今までひょっとしてここに居たの?ここどこだか分かる?」
「はい、東屋を捜索しているうちに、眩い光に包まれたと思ったらここに。
それからずっとここで出口を探しておりました。
そして、ここがどこかというのは、地下牢であるとお答えできます」
「地下牢」
繰り返した私に、レヴァンははいと頷いた。
「三年前に流行り病が地下牢であり、封鎖されたはずなのですが…おそらくは」
…流行り病で封鎖、ね。
なんとなくきょろきょろと辺りを見回していた私は、聞き捨てならない単語の存在に
ん?とレヴァンに急いで視線を戻す。
「封鎖って、えぇと…」
「…石で出口は塞がれております」
言いにくくて口を濁していると、先回りしてレヴァンが答えてくれる。
…わぁ、有能…。
その答えの与えてくれた絶望感に、うわぁと顔を歪めていると
かつんと、後ろ側から靴音がした。
「……あの、レヴァン様…」
か細い声に後ろを向くと、そこには一人の女が居た。
たっぷりと布地を使った裾の広がった白いワンピースを着た、黒い髪をした女だ。
上品そうな顔立ちに心細そうな表情を浮かべ、胸の前で手を組んでいるその様は、
まさに深窓の令嬢といった風情だった。
「…ヴィント嬢…」
レヴァンが彼女の名を呼ぶと、彼女を手を上向けて指す。
「陛下、彼女は私よりも先にここに居たヴィント嬢です。
ヴィント嬢、こちらは我が国の新しい国王陛下であらせられるチャイリー陛下です」
そのレヴァンの紹介に、ヴィント嬢ははっとした表情を浮かべてその場で優雅に礼儀正しく礼をした。私に。
「お初に御目文字いたします、わたくしヴィント家のレイレと申します。
挨拶が遅れました無礼をお許しください、陛下」
「…初めまして、ヴィントのレイレ。無礼だとは思いません。どうぞ顔を上げて」
にこりと笑いながら言ってやると、ヴィント嬢は顔を上げて私を見下ろした。
……挨拶だけはできるんだよ、挨拶だけは。レオンティウスに仕込まれたから。
この後は全く知らんが。
「あー所でヴィント嬢」
なんと呼びかけたものか迷ったが、レヴァンの真似をすると
ばっとヴィント嬢が頭を下げる。
「そんな恐れ多い!どうぞレイレとお呼び捨て下さいまし」
「…あ、そう?」
やりにくい。
浮浪児姿だと、こんな言葉はかけて貰ったことが無いからどうも勝手が違うが、
慣れなければいけないだろう。
なんせこの先も国王陛下だし。
「じゃあ、レイレ。あなたはひょっとして四日ほど前からあの東屋のほうに通っていなかったかな?」
「ど、どうしてそれを!?」
驚いた顔をしたレイレの裾を私は指差す。
「それ、昨日も一昨日も、その前の日も見たのだけど…白が好きなの」
「あ、はい…昔から白色が好きで………」
「そう。その好きな色のワンピースを着て、恋人と会っていたの」
断ずると、目の前の女の目が限界まで見開かれた。
その様を見ていると、可哀想なことをしているような気分になるが
こんなことになった以上、放っておいてやるわけにもいくまい。
四日間、私が見ていた外の女は彼女だ。
四代前の幽霊ではない。
「ど、う…して…」
掠れた声を上げて、レイレが一歩下がる。
本当に、可哀想なことをしている。
連日の闇の中での逢瀬など、彼女とその彼女の恋人が真っ当に陽の下で
会えないことを意味しているに違いなかった。
そう、四代前の国王と、その恋人のように。
そんなところを突っついてゆくのは気が重い。ただでさえ、恋愛ごととかそういう類のものは苦手なんだけど。
重苦しい気分になりながら、更に問いを重ねようとすると、
レヴァンが私の肩をまた叩いた。
「…レヴァン?」
「陛下、その辺りの事情は私が既に聞いております。
差し支えなければ、私から説明させていただいてもよろしいでしょうか」
「うん、そうなら、それがいい」
お願いすると、レヴァンは速やかにレイレから聞き出した情報を語りだした。
レイレは、ヴィント家という中堅貴族の家に生まれた娘であった。
彼女は時折宮廷に出仕している父に差し入れを持ち、王宮を訪れることがあった。
そこで出会ったのが、とある青年である。
名は明かせぬと彼女が頑なに拒んだため、彼の名前は知れないが
ただ彼は、彼女の父と同じように王宮で働く文官だと言う。
たびたび訪れる彼女とその文官の青年は顔見知りになり、時折言葉を交わすようになった。
青年は、実に気持ちの良い若者らしい青年で、優しく、誠実であったと言う。
そんな青年にレイレは心惹かれ、青年もまた、レイレに恋をした。
恋仲になった二人であったが、問題が一つ。
青年は、身分の低い貴族が金に物を言わせて宮廷にねじ込んだ、その貴族の次男坊であり
レイレとは身分の釣り合いが取れなかったのである。
これが女の方が身分が低かったのならば、まだ良かった。
男が女を庇えばよいだけの話だからである。
しかし、男のほうが身分が低いならば、そうはいかない。
女は男を守れない。
男は一生社交界で笑いものにされ、陰口を叩かれ
身の程知らずと罵られるだろう。
それどころか、周囲にそうであると知れた瞬間、二人の仲は引き裂かれるかもしれない。
身分を重んじる父の性格を考えると、後者の可能性は非常に高かった。
それだから、レイレとその青年は、誰も来ない夜、東屋でひっそりと逢瀬を重ねていたのだという。
…それを聞いたのは、確かにレヴァンの口からだったのだが
話が身分違いで引き裂かれるの件になると、レイレはさめざめと泣き出してしまっていた。
…………。
思ってはいけないことを思って、私はそっと彼女から目を逸らす。
「………申し訳ありません陛下…お見苦しいところを」
「いや、うん…仕方ないよ、多分」
「……お優しいのですね……でも、わたくしこれ以上みっともないところは見せられません…
少しの間、御前を失礼いたしますわ」
「え?」
さっと、引き止める間もなくレイレは廊下の向こうに去り
その内に階段を駆け下りる音が辺りに反響する。
後には中途半端に手を伸ばした私と、呆然としているレヴァンが取り残された。
「………い、いっちゃった…」
「…………………………申し訳ありません、陛下…引き止める間もなく…」
「いや、うん…仕方ないよ…」
引き止められなかったのは私も同じだ。
力なく首を振ると、もう一度レヴァンは申し訳ありませんと謝罪した。
「それにしても陛下…もしや最初からお気づきでしたか?」
「え?」
「昨日、外で走る女をダナトが取り逃がしたとき、陛下は確かに大丈夫だと思うと仰られました」
「あぁ…」
よく覚えている。
今の今まで零したことを忘れていた言葉に、私は軽く頷いた。
「本当はね、四日前…五日前か、五日前からレイレが
東屋に向かおうと走っているのには気がついてたのよ」
「………はい」
「で、その走り方っていうのが、町で恋人だと知られちゃいけない恋人同士が
逢瀬のために走る走り方とそっくりだったから、まぁ大丈夫かなって」
「……………走り方などあるのですか、それに」
「気ばっかり急いて、それでも足音を殺したがってる走り方をするよ。
誰かに見られないかって、警戒しながら相手の気配を探ってる。
誰かの足音でもすると、死にそうにびくつくの」
答えてやると、はぁとレヴァンは気のない相槌を打った。
「やけに詳しいですが、陛下」
「…ん、いや、だって、なぁ」
回答を曖昧に濁そうとする。
それを許してくれるほど、レヴァンの視線は甘くないが。
「………えぇと、そういう人たちって、黙ってるからお金頂戴。
その代わり、いいところ教えてあげる。誰にも見つからずに通れるルートと
誰も来ないとっておきの場所。って誘いをかけると、必ずお金、くれるから
自然と注視して分かるようになってたって言うか」
いい金づるでした。
言葉に出さずに、もちろんレヴァンとは視線を合わさない。
昔のぼろい商売について、レヴァンは言葉を紡がなかった。
ただその代わり、レイレを見逃していた私に対して苦言を呈する。
「…警備上の問題がありますので、次からはそう思っても必ず声をおかけください」
「はい、わかりました」
でも、レヴァンたちに言って捕まっちゃうと、ばれて引き裂かれちゃうんじゃないかなぁと思ったが、
口に出すほど愚かではない。
ただ、それはあまりにも可哀想な気がした。
恋愛をしている女も男も正直鬱陶しいが、できれば幸せになる方がいい。
町で幸せそうに手を繋いで歩く男女を思い出して、私はレイレもと心の中で付け加える。
真実、そう思っている。
暫くの間、沈黙が落ちていたがレヴァンがいきなり急に剣の柄に手をかけた。
「レヴァン」
「陛下、お下がりください」
ひた、ひたと、階段を上ってくる音がする。
靴音ではない。
裸足で階段を上る音だ。
「………レヴァン、逃げ場は?」
「地下牢は、地下五階まであります。ここは三階です。
一階までならば」
「………出口はないのな?」
「ありますが、塞がれております」
ひた、ひた。
「…………レイレは」
「…………………見捨てるより他ありません。階下よりのぼって来る音がします」
ひた、ひた。
段々と音が近づいてくる。
裸足でひたひたと石の階段を上る音。
レイレは靴を履いていた。
ならばこれはレイレではない。
そう考えると、可能性として高いものは、一つだ。
「そういえばレヴァン、四代前の国王の話は本当で、国王は封印されたんだって。
封印が敗れた可能性があるよ」
「…その話ならば、丁度良い情報として、レイレからここに最初に来たときに
この地下牢の最奥に有った綺麗な石を触って壊したと聞いております」
………わあ。
言葉にならない感情が湧き上がってきて、私は思わず目を逸らした。
なんつー真似をしやがるあのアマ。
ひた、ひた。
どうしようもないぐらいに近くなってきた音に、
私もレヴァンもじりじりと後退する。
「上に行く階段は背後にあります、逃げるのに支障はありません、陛下。
どうぞ、お先にお逃げください」
「……待ってレヴァン、一緒に行こう」
剣をすらりと抜いて構えたレヴァンの服の裾を引っ張って、私は首を振った。
「…陛下。どうぞ私に構わず」
「あのね、相手は幽霊だよ。天井すり抜けたら足止め意味ない」
眉間に皺を寄せたレヴァンは、私の意見に初めてそれに気がついたような顔をする。
あぁ、気がついてなかったのね。
ひた、ひた。
ゆっくりゆっくり、音が近づく。
その音の主が階段を上りきる前に、私とレヴァンはそれに背を向け
上の階へ向かう階段へ一心不乱に向かい始めた。
全力で走っていると、息が切れてはあはぁと呼吸が乱れ始める。
でも止まれない。
後ろからはひた、ひたと相変わらず音が響いてくる。
決して早くもない歩調だと言うのに、足音は離れる事がない。
それが私の恐怖心を煽り、足を震えさせた。
「………はぁ、はぁ…結構、早い速度で走ってるのに…!」
地下牢が、広いのだけが救いだ。
これで行き止まりにぶち当たったら…。
考えるだけでぞっとした。
背後の存在には、本能的な恐怖が湧き上がってくる。
間違いなく、やばい。
誰にも庇護されることなく、自分の力だけで大体やってきたから分かる。
あれに捕まったらどうしようもない。
怖い、逃げたい。
あれは間違いなくダナト好みの、『怨念が行き過ぎて、周囲の人間を殺した挙句に取り込む様なの』だ。
気配だけでも分かる。
間違えようのない殺気と、人間全てに向ける憎悪。
夢の中の彼女を思い出す。
絶望感に浸っていた彼女。
大臣を憎憎しく思っていた彼女の生々しい感情と同調しそうになって
私は慌てて夢を思い出すのをやめた。
駄目だ。
自分が自分でなくなるようなのは、嫌だ。
私は私しか持っていないのに、私まで取りあげられてしまったら、本当に何もなくなってしまう。
じりじりと焼け付くような焦燥感があった。
逃げても逃げても、最後には追いつかれることが確定しているなど、
性質の悪い冗談過ぎる。
「は…石の…壁って、壊せ、ないの」
「ここに居たのがトスカならば」
さすがに息も荒げてないレヴァンの滑らかな答えに、少しだけ殺意が湧いた。
ここに居ない人間の名前を挙げられても!
走るうちに、次の上の階へと続く階段が見えてくる。
………今は二階。
次の階段まで到達すれば、ジ・エンドだ。
唇をかみ締めて、私は階段を駆け上る。
死にたくない、死にたくない。
絶対、死にたくない。
走って走って、走り続けて、私たちは長い廊下を走る。
…いつの間にか、ひたひたという音が背後から消えているのにも、
走るのに懸命過ぎた私たちは、気がついていなかった。
「あ、れ?」
……………間の抜けた声が出た。
見えてきた階段のところに、白いものが見える。
見間違いかとも思ったが確かに、見える。
私がぎくりと身体を強張らせると、レヴァンが走るのを止めて、私を腕で制した。
「………お下がりください、陛下」
「分かった」
エファイトスの柄に手をかける。
下がれとは言われたが、いつの間にか前にいるような相手だ。
また後ろに現れないとも限らない。
ひたっと、女が階段を下りて廊下まで降りた。
あいかわらず、俯いていて顔は見えない。
ただ、女の身体は今度は透けていなかった。
無言で、レヴァンが腰の剣を引き抜く。
私も、腰に下げた神剣を鞘から抜き放った。
それに、女がぴくりと反応する。
『エファイ・トス?』
ゆっくりと、女が、面を上げる。
どろりと濁った目が、まず露になった。
次に、すっきりと通った鼻。
薄い唇。
女は、美人ではなかったが清純そうな顔をしていて、男好きのする容姿をしていた。
薄気味が悪いほどに濁った沼のような瞳が、それを台無しにしていたが。
『エファイトスを、持っている…国王?』
ゆっくりと、女が首を傾げる。
ぐちゅっと、奇妙な音がした。
それが女が立てる、腐敗した肉のちぎれる音だと気がついたのは数瞬たってからだった。
女は、よく見ると所々が腐っていた。
それどころか、首はありえないほどに伸び、だらりと垂らされた手足は
枯れ木のように細く気味が悪い。
そのなかで顔だけが生前のまま健やかそうだと言うのが、
女の薄気味悪さと恐怖をますます煽った。
『ねぇ、国王なの?』
女の手が伸ばされる。
その対象は、私だ。
ひっと声を上げると、レヴァンが女と私との間に立ちふさがり女からの視線を遮る。
「陛下に手出しはさせん」
その言葉の頼もしさは、私の胸にすとんと落ちた。
あ、本当に守ってくれるんだ。
今更びっくりしていると、レヴァンが私を安心させようとしたのか
「大丈夫です」
と声をかけてくれる。
その言葉に、私はふっと息を吐いた。
………夢の中の彼女を思い出す。
恋人が自分のせいで死んだことに嘆き悲しむ彼女は、ただの女だった。
そうして、油断したのが悪いのか。
「陛下!」
「え?」
私の後ろには、いつの間にかひんやりと冷たい気配があった。
喉元に、手が当てられる。
すぅっと滑って、手は私の頤を撫で、ゆっくりとなぞった。
「あ………」
『そう、あなたが、選ばれたの。こんなに、小さいのにね?』
くすくすと、後ろで声がする。
後ろに、幽霊が居る。
危機的状況だというのに、いやに現実味が無くて、私は呆然と後ろを振り返った。
黒い髪が、私の顔に落ちてくる。
女は、私の顔を覗き込んで、柔らかく笑った。
『かわいそうにねぇ…エファイトスに、こんなに小さいのに良い様にされてしまうのね』
「良い様に?」
女の夢を思い出す。
神の力を下ろし、豊穣を与えること?
しかし、女はくすくすと笑い声を立てて否定する。
『違うわぁ。ねぇ、私の、夢を見たでしょう?』
くすくすと、笑う。女が、笑う。
『あなたも、そういうこと、あるでしょう?』
聞いてはいけない。
今の生活が穏やかだと思うならば。
『大事な人は、居なかった?残してきた人は?』
それは、毒だ。
聞いては元に戻れなくなる。
だが、私の耳は塞がれない。
塞ぐべき人物は、その場にはり付けられている様に
身じろぎ一つ出来ないで、もどかしそうな顔をしている。
「よ、はん?」
『そう、居たのね?ここに来てからその人のこと、思い出したことある?
会いたくなった事は?私は無かったわ。あなたは?』
問われて、考える。
あれ、あ、無いなぁ。
なんでだろう、私、ヨハンの事、弟みたいに思ってたのに。
あれ、なんでだろう。
ぼんやりと、視線を上向けると、うふふと笑い方を女は変えた。
『無いのね、可哀想な子』
「無い、よ。なんで、かなぁ」
『だって、あなた…』
「陛下!」
鋭い声が、私と彼女の会話に割って入った。
でも、私はその声には構わなかった。
構えなかった。
ヨハンとの付き合いは、物心ついてから少したった後だったから
大体八年か、九年ほどになる。
その間、ずぅっと私はあの子のことを可愛がってきたのだ。
それなのに、ここに来てから私が彼のことを思い出したのは
片手で数えられるほどで、それだって話のついでに風化した思い出のように思い出したに過ぎない。
それだけじゃない、私、ここに来る前まで馬車の中では、逃げたいって思ってた。
思ってたのに、なんで、国王になる気になってるのか、よく、分からない。
「あ、れ?」
音を立てて世界がひび割れてゆく。
何かがおかしい。
何がおかしい?
というか、そもそも女の夢を見て、どうして私は
与えられた情報について考えなかったのか。
夢の中の大宰相の言葉を思い出す。呪いって、何?
『可哀想に、ねぇ。ようやく気がついたのね?』
唇が指でなぞられる。
心の底からの同情と、僅かな愉悦を滲ませ女は私に語りかける。
『おかしいと思うでしょう?嫌だった筈なのに、どうしてか受け入れてしまう。
国王という責務を』
「あ、んぅ?!」
女の指が唇を割って、私の口内に侵入する。
毒が染み渡るように、思考能力がどんどん落ちてゆく。
レヴァンが、真っ青な顔でこちらを見ている。
あぁ、レヴァン…。
うん、でも、だけど、だって。
『…その剣はねぇ、可哀想なお嬢さん』
声は、ねっとりとした悪意を含んで、私の耳に囁かれる。
「剣、は」
『剣は、人の心を操ることが出来るのよ。
国王と言う椅子に縛り付けておくための、鎖を生み出すことが出来るの。
残してきただぁいじな人のこと、逃げたいなっていう意思。
侵食して、飲み込んで、喰らい尽くして無くすのよ。
自分の意思が、剣に侵されるの。どこからどこまでが自分の意思で、
どこからどこまでが剣の意思なのか、そんなの全然わかんないのよ。
ただ、国王になるのは当たり前で、残してきた人のことは元から居なかったみたいに
綺麗さっぱり思い出さなくなるの』
うふふと笑い声を立てて女は後ろで笑ったようだった。
顔は、見えない。
だから女がどんなに悪意を含んだ顔で笑っているのか、私には見えない。
だけど、その悪意は今の私にとっては、蜜の様なものだった。
与えられる真実は、いちいち胸を刺して記憶を辿らせる。
逃げたいと、私は馬車の中で確かに思っていた。
レオンティウスの授業中に雲を見て、私はあのとき確かに逃げたいと思った。
でも私はここから逃げる算段もしなかった。
私は、置いてきたヨハンの事を心配もしなかった。
震えた唇は、掠れた声を上げることすら出来ない。
「陛下、それの言葉を聞いてはなりません!」
「レヴァン、ね、それ、真実、だか、ら?」
問いかけると、レヴァンは言葉にならないようで首を横に振る。
いいや、そうだろう、レヴァン。
思えば、違和感は確かにあったんだよ。
…私は私しかもっていないのに、剣は私まで取り上げようと、そういうのか。
昔から、私は暖かな家も、両親も、家族も、寝床も、食料も持ってはいなかった。
だから、別にいい。
何になろうとも私は私の意思があるのなら。
だけど、それすら侵食するのだと、操るのだというのならば。
ダナトの言葉を思い出す。
(陛下、それ、あんまり触らないほうがいいですよ)
……なぁ、お前ら。
知っていたのだろう。
うっそりと、女が満足げな表情を浮かべたのがわかった。
口の中から指が引き抜かれる。
『ね、可哀想なお嬢さん。あなたも、あなたの大事な人が処刑されても
すぐに分からなくなるわ。もっとも…私の場合は生きていたのだけど』
「え?」
言われた言葉が分からなかった。
あの夢の中で大宰相は処刑させたと。
顔を上げると女は機嫌が良さそうに笑っていた表情を
一変させて、般若のような表情を浮かべていた。
思わず女の手から逃れ、距離をとると、女は長い髪を垂れさせ
その隙間からこちらを覗く。
「……!」
その瞳に宿った狂気と憎悪に、私は渋々エファイトスに手をかけた。
死にたくない。
『………いやだ、そんなに警戒しないで…大した話じゃないのよ』
女が石畳の上を歩く。
ひたりと、冷たい音がした。
『ただ、本当は大宰相は金を握らせて私の恋人を遠くにやって
私の恋人はそのお金で別の土地で、奥さんと子供を作って楽しくやってたって。
ただ、それだけの話なのよ?』
ひた、ひたと。音は近づく。
その様に、私は剣を構える。
女は表情一つ変えない。
『………死んだといったのは、大宰相の気遣いね……………
私のために死ぬならば、私は壊れないと、そう思ったのだと後から聞かされたもの。
事実、私は彼と町にいたときよく過ごした東屋を建て、それだけで満足したわ。
泣き濡れただけで死のうとしなかった。
でも、ね?』
女は両手を大きく広げた。
そうして芝居がかった動作で首を傾げてみせる。
女は、狂気に塗れた笑みで哂っていた。
壊れた人間の表情は、腹の底から冷えるような感覚を与える。
ぞわりと、全身が総毛だった。
『ある日、ある村に視察に行ったの。
そうしたら、通りがかった町の一つに彼が居たわ。信じられなかった。びっくりしたの。
だけど、でも、彼ったら知らない女と子供と手を繋いでいたの、幸せそうに
私、毎日泣いていたのよ。びっくりしてしまったわ。
びっくりしてびっくりして、絶望してしまうぐらい、びっくりした』
「それ、は…」
『すぐに大宰相を問い詰めたわ。そうしたら彼ってば、首を絞めてやっと本当のことを教えてくれたのよ。
彼は、お金に負けて私への愛を手放したのだと。
そのとき初めて私は、絶望という言葉を知ったのよ。
彼が死んだときには、私の中に彼は私の為に殉じてくれたのだという
甘いものが残っていた。でも、そのときにはそれは無かった。
ただ虚無感と馬鹿みたいな悲しみが、胸に残っただけだった』
………何とも酷い言い草だ。
ただの恋人という天秤の上に乗せれば、死よりは金のほうの秤が大抵重みを持つだろう。
それを責めたてることは、私には出来ない。
だが女は違うようで、彼女は虚ろな表情をして、天井を見上げ手を伸ばした。
『だからね、私、思ったのよ。
王宮に纏わる全て、王に関わる者、全て殺してやろうって。
だってそんなものが無ければ、私あの人と一緒にいられたでしょう?
だから、みんな殺すの。みんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんな!』
そうして、女は私を見た。
ひたと視線を合わせて、その憎悪を隠しもせずに、私を指差す。
『…ね、可哀想な子』
「……………」
『剣に操られるのは、嫌でしょう。生きているのが、嫌になったりはしない?
こっちにおいでなさい。私が逃がしてあげましょう』
まずい。
迫る死を予感して、逃げようと踵を返そうとするが
……私の身体は私の自由には動かなかった。
足が地面に固定されたように動かない。
「――!?」
『どこに、逃げようっていうの?』
女が音も無く私に近づき、すぅっと頬を撫でた。
声すらも出せない。
『ねぇ、可哀想な子。剣の意思に侵されたくは無いでしょう。
私も、あなたが可哀想だと思うわ。
だから、ね?』
赤い赤い唇が、弧の形に歪む。
「陛下!」
白い手が下に下りてきて、首をつかまれた。
ぐっと、手に力が篭もるのに、私はただ固まっているしかない。
「しにた、くない」
『そう、それももうすぐ終わるのよ』
声だけ聞けば、いっそ女の声は優しかった。
「かみ、さま…」
『そんなの、いないわ』
首が絞められて、喉が狭まる間隔に私は咳き込もうとする。
だが、それも女は許さない。
その分の空気が渡らないぐらいに喉を押さえつけて締め上げる。
苦しさに、ひゅうと私の喉が鳴った。
「陛下!!」
叫ぶだけのレヴァン。
お前も、動けないのか。
涙でぼやけているその表情は随分と必死なように見えて、少し滑稽だった。
『うふ、うふふふふ』
女もそう思ったのか、レヴァンのほうを見て笑い声を立てて、彼のその様を嘲笑う。
そこに隙が生まれたのか。
私はふとその瞬間、指先が動くようになったのに勘付いた。
レヴァンも同様だった様子で、彼は手に持っていた抜き身の剣を、
女に向かって鋭く投げつける。
『きゃあ?!』
女は悲鳴を上げて後ずさったが、剣は女の顔をすり抜け、向かいの壁に当たって跳ね落ちた。
しかし、そのおかげで全身に感覚が戻る。
私は反射的に、構えていた神剣を女に向かって突き刺した。
行動した後で、私はしまったと思った。
神剣もレヴァンの剣と同様に、彼女をすり抜けるに違いない。
だが、私の予想とは裏腹に、バターにナイフを入れた時の様な
ぐずぐずとした感覚が手に伝わった。
「え?」
『ぎ、あああああああああああああ!!』
女が苦悶の声を上げた。
剣は、女が生身であるかのように、はっきりと彼女に突き刺さっている。
何が起きているのか、自分が行ったことでありながら
未だ認識できずに居た私の耳に、レヴァンの叫び声が届く。
「陛下、神剣で奴をお斬り下さい!」
その声にはっとする。
この剣ならば、女を斬り殺せるのか。
私は急いで剣を引き抜き、女に向かって振りかぶった。
女の憎悪の瞳が私を焼き、彼女が再度首を絞めようと手を伸ばすが、それは間に合わない。
ダナトに教えられた通りの型で、私は彼女の心臓の位置を綺麗に神剣で突き刺した。
ナイフをバターに突き入れたときの感覚とともに、びしゃびしゃと、幻覚の血が降り注ぐ。
それに怯みそうになったが、構わず剣を根元まで差し入れると、
女がひぃっと苦しげな呼吸音を上げた。
「………私、死ぬのは嫌」
ぼそりと呟くと、私もなのよという応えが返ってくる。
『死ぬのは嫌なの、かわいそうな…子』
その言葉を最後に、女はぼろぼろと形を崩して崩れ落ちてゆく。
『忘れないで、その剣は、呪われているのよ』
大きな塊から小さく崩れてゆき、砂のようになって
その砂さえも、霞んで消えて、最後には女の痕跡はどこにも見当たらなくなった
無言でそれを見ていると、レヴァンが駆け寄ってきて、私の顔を覗き込む。
「陛下、申し訳ありません。お守りすることも出来ず、陛下に助けられる始末とは」
「ううん。いい。大丈夫。幽霊相手だから」
何が大丈夫なのかは、分からないまま私は慰めの言葉をレヴァンに与えた。
その瞬間、階段の辺りで激しい爆発音が響く。
続いて、どやどやと人が複数人階段を駆け下りてくる音。
「無事か、陛下、レヴァン!!」
「トスカ、ダナト」
レヴァンと二人で目をまぁるくしていると、ダナトとトスカを筆頭に
武装した兵士達が駆け下りてきた。
その後ろには、二人ほど神官がいるのが見える。
「さっきの爆発音は」
「封鎖していた石を、まどろっこしいからふっ飛ばしてみた。
無事か、無事だな、陛下、レヴァン」
「あぁもう心配したんですよ、二人とも…」
「あ、いや、そういえば幽霊はどうした!」
「そうですよ、二人がここにいて、幽霊もここにいるって!」
掴みかからんばかりの勢いで迫ったかと思えば
次には警戒して剣に手をやりきょろきょろと辺りを見回す二人に、
私とレヴァンは顔を見合わせてぷっと吹き出したのだった。
…来るのが遅いよ。
これで王宮を騒がせた幽霊騒ぎは幕を下ろした。
四代前の国王の幽霊は神剣の錆となり、せっかく呼んだ神殿の神官は全くの無駄と終わったのだった。
さて、その他の事の顛末を…レイレなんかのことを語ろうか。
レイレは、地下牢の五階で発見された。
全くの無事な姿でね。
神殿の神官曰く、封印を解き放った謝礼も含め
境遇が似ていたものだから殺さずにおいたのだろうとの事だった。
また、彼女が最初に地下牢に呼ばれた原因も、境遇が似ていた点だろうとのこと。
陽の下で会えない恋人同士という共通点を持った、同じ年頃の女性ということでシンクロが起こり、
またその逢瀬の場所があの東屋だったということで
結果的に封印されていた四代前の国王の封印を緩ませ、
そしてレイレを呼びつけ封印を解かせるまでの力を与えたのだろうと。
…そう原因究明がなされたところで、神官たちが何もしていないことには変わりなく
レオンティウスは折角呼びつけたというのにと、苦々しい顔をしていた。
御愁傷さまである。
やっぱりどうにも苦労人なんだよなぁと思うが、レイレのことを黙っていたことで
しこたま説教をされたので、同情はしてやらない。
そういえば、私が部屋から居なくなったのは、大体午前二時ごろの事だったらしい。
寝ずの番の兵士がどうにも胸騒ぎをして扉を叩いたところ、反応が無かったため
扉を開けると、私の姿は部屋から忽然と消えていたとのことだった。
そこから先は、そりゃあもう大騒ぎだったらしいが、大変すぎて語りたくないというのは
トスカの言だ。
なんでもいきなり叩き起こされて、あちこち魔法で調べさせられたらしい。
お疲れ様と声をかけると、死にそうな顔で笑っていたのが印象的だった。
………まぁ、たまには疲れるのも良い薬なんじゃないかなと
一瞬思ったのは、彼の日頃の行いのせいだろう。
「そういえば、ヴィント嬢のお家は降格ですか」
もしゃもしゃと茶菓子を食べながら、軽い口調でダナトが言った台詞に
私はぽかんと口を開けた。
今日は良い茶が手に入ったとかで、レオンティウスの部屋で和やかに茶会なんぞしていて、
その中でこの間の事件の話しになったかと思えばの
いきなりの話だった。
「…降格」
繰り返すと、レオンティウスが向かいの席で、難しそうな顔をして茶を啜った。
「当たり前の話だね。
夜半過ぎまで王宮に居るには、職務についていないものについては
特別な許可が必要だよ。
ヴィント嬢はそれをとっていなかった。
それが一点。
あとは、四代前の国王を、無意識下で操られていたとはいえ、解き放った罪がある。
これでも甘い話だよ」
領地と財産の没収が、近々執り行われる予定だという話に
私はちょっとだけ会話をしたヴィント嬢の顔を思い出す。
可愛い顔をしていたお嬢さんだった。
「………そっかぁ」
「まぁでも、本人喜んでたぞ」
「は?」
「よろ…?」
トスカの言葉にぽろっと固焼きのクッキーを取り落としそうになって
慌てて空中で掴み拾う。
あ、危ない危ない。
床に落ちると食べさせてくれないんだもんなぁ、この人たち。
「………ヴィント嬢が喜んでいたのか」
頭が痛そうにレヴァンが問うと、うんとトスカは迷い無く頷く。
「降格だぜって話をしたら、まぁ!ではこれであの人と釣り合いのとれる身分になるんですのね!
わたくし、昨日話をしましたら、君が罪人になったとしても僕は君を愛している!
と言われましたのよぉ。っつってた」
物まねをして、身体をくねらせながらトスカが報告した事柄に
その場に居た誰もが明後日の方向を見ながらため息をつく。
恋する女は逞しい。
財産がなくなるということは、今までの生活が出来なくなるということだ。
生活水準は落ち、今まであったものが無くなる。
それは耐え難いもので、その苦痛に耐えても彼女は幸せそうに笑うだろうか。
…おそらく、笑うのだろうと思った。
それも至極幸せそうに。
あんな状況下に居ても、彼女の頭には恋しかなかった。
巻き込まれた家の人たちはかわいそうだけれども、私が会った事があるのは
レイレだけだから、その幸せを良かったねと素直に思ってやりたい。
私は過去に出会った陽の下で会えない恋人達を思い出す。
そう、誰も彼も、恋に身を焦がして殉じるような顔つきをしていた。
彼らと同じだけの情熱が、あの女の恋人にもあれば良かったのに。
どうにも無いことを思って、クッキーを齧る。
意味の無いこと。六十年も前の話だ。
咀嚼して、飲み込んで、手についた粉を舐め取ろうとすると上に影が差した。
反射的に払いのけると、激しい音がして、トスカの手が向こうに弾き飛ばされた。
「あ、ごめん。びっくりしたから」
「あ、あぁ。すまん」
目を丸くしているトスカに謝ると、やっぱりびっくりした顔のままトスカが謝る。
周りのダナトも、レオンティウスも、レヴァンも
音の激しさにびっくりしたようだったが、すぐに元の和やかな空気を取り戻して
ダナトがちょっかいばっかりかけているからですよ、とトスカをからかっている。
…………。
私は腰に下げた神剣を見た。
神剣は、人と人との影に隠れ、鈍い光沢を放っている。
………触らないで欲しい。
触られたくない。
ここに居るのは、嫌だ。
上手く、笑えてるんならいいんだけど。
騙しておきたい。警備の目を欺くために。
エファイトスに意識の欠片を吸い取られて、国王になると思っているように
ここの人たち全てを。
私が、ここから逃げるまで。
死にたくは無かった。
だから女の手を振り払った。
だけど、ねぇ?
女の撒いた毒は、きちんと私の中に芽吹いている。
幽霊騒ぎ(完)
〇剣の王様 幽霊騒ぎ8
2011年03月11日(金)10:05
部屋に入ると、ヨイケが白いふかふかした…えぇとベッドを整えているところだった。
「陛下、おかえりなさいませ」
「不審者騒ぎに動きがあった。解決するまでは陛下には、部屋にお篭もりいただくことになるだろう。
こちらでも更に警備は強めるが、あなたも十二分に注意するように」
それにヨイケが無表情を崩して、険しい顔をする。
それを見届けてから、ダナトは去った。
急いた足音に耳を傾けて、私は嘆息する。
「生者に死者が干渉するなんて、生意気だ」
私は吐き捨てて、それから鏡台の前の椅子に腰掛けた。
今のところ、私がこの部屋の中で使っているのは、床とここだけで
ヨイケが居る状態で床に座るわけにもいかないから、必然的にここに座ることになる。
しかしヨイケは微妙に顔を歪ませて、部屋の奥側にある、立派な安楽椅子に目をやった。
うん、そうだね。そこに座ればいいのにとは思うだろう。
だが、私からしてみれば、そんな椅子に自分が座るのは恐れ多く、また忍びないことだった。
本当は、未だにこの生活には慣れていない。
楽だ、とは思うが。
私は鏡台にもたれかかって、頭をごつんと鏡にぶつけた。
胸の中の空気を吐き出して目を閉じると、少しは気持ちが落ち着く。
死んだ者は死んだ者らしく、大人しく墓の中で膝を抱えていれば良い。
「全く」
呟くと、ヨイケがベッドを整えるのを終えて、立ち上がった気配がする。
それに薄目を開けると、彼女は気遣わしげな顔をしてこちらを見ていた。
「ヨイケ?」
「…陛下、お茶は飲まれますか」
「お茶?」
「暖かいものを飲んで、落ち着かれるのが宜しいでしょう」
「落ち着く」
言葉を繰り返すと、間を置いた後、ヨイケは口を開いた。
「失礼ながら申し上げますと、陛下は動揺しているように見えます」
思わず頬に手を当て鏡台を振り返る。
鏡の中の私は、確かに青ざめた顔をしていた。
「………あぁ、うん、申し訳ないけど…」
「はい」
好意に甘えることにして素直に口を出すと、ヨイケは部屋を出てゆく。
私は扉の閉まる音を聞きながら、鏡の中の自分をまじまじと見つめた。
「そうかぁ」
思ったよりも、私は動揺していたらしい。
他の人間が見て分かるほどだとは思わなかった。
「うーん」
ほっぺたをうにゅーんと伸ばしてみる。
鏡の中の私の頬もにょんと伸びた。
「まぁ、二週間もべったり傍にいられればねぇ」
トイレと寝所以外、べったりとくっついてくる二人には
閉口することもあったが、それでも毎日顔をつき合わせていれば情も湧く。
教師役の二人にしてもそうだ。
毎日顔をあわせて授業を受けて、口を聞く。
ただそれだけで、人は人と繋がったと勘違いが出来る。
例え相手のことを何一つ知らなくても、だ。
「……………」
と、そこまで考えたところで、私はんーと思って身体を無意味にゆらゆらと揺らした。
…レオンティウスとか、ダナトとか、トスカとかレヴァンとか。
あの辺りの人たちって、私について馬鹿の子一点張りの評価つけてそう。
私、別に、頭が飛びきり悪いってわけでもないんだけど。
ただ、物の名前と使い方が分かんなくて、一般常識が欠けてて文盲なだけで。
…十分か。
それでも空気読めないわけじゃないんだぜと、思ったところで私は
少しばかり違和感を覚える。
あれ、なんかおかしかったような。
原因を探ろうと考えてみるも、答えは出ない。
ヨイケが帰って来てお茶を出してくれた時も、夕食を食べている時も
初めてベッドで横になってみた後もずっと考えていたのだけれども
答えは出ないまま、私はゆっくりと夢の中に落ちた。
目の前に、男が居た。
私はその男を知っていた。
誰よりも愛しい筈だった。
「綺麗だな」
綺麗な服を着せられ、上から下まで侍女の手によって整えられた私を見た彼は
言葉とは裏腹に、悲しそうな顔をした。
その顔に、私はぎゅうっと胸を締め付けられるような痛みを覚える。
待って、そんな顔しないで愛しいあなた。
私は何も変わっていないの、いないのよ!
叫びだしそうな切なさが胸を焼き尽くす。
どうして一介の靴職人にしか過ぎない彼が、どうやってここまで来たのだとか
そんなことはどうでも良かった。
ただその胸の中に飛び込んで、私は顔を埋める。
言葉は何も出ない。
だから代わりに、ぎゅうっと身体を抱きしめると、彼は肩口に顔を埋めて、くぐもった声を漏らした。
「会いたかった、会いたかったよ」
「私も、私も会いたかった」
愛しいあなた、大好きなあなた。
「良かった、一度も連絡が来ないから、華やかな生活に僕のことなどどうでも良くなってしまったのだと!」
「そんなこと無いわ!!」
反射的に否定して、…それから私は愕然とする。
あ、れ?
待って頂戴。
私、ここに来てから一度でも、彼のことを考えたこと、あったかしら?
馬車の中では、泣き濡れていた。
彼のことばかり考えていた。
だけど、この王宮に来て、国王としての勉強が始まって、それからは?
それからは、考えたかしら。
愛しいこの人のこと、考えたかしら。
いくら記憶をたどっても、思い出したことは、一度も無かった。
その答えに私は混乱する。
あれ、どうして、どうしてなの?
目の前の彼を見る。
だってこんなにも愛しているのに、求めているのに、それなのにどうして思い出さずにいられたというの。
寂しさから、無意識に思い出さないようにしていた?
いいえいいえ、そんな訳はない。
寂しくたって、きっと思い出した。
どんなに切なさと寂しさで胸を焦がそうと、彼の面影を思い出さないなど、不可能だ。
「お、お願い、ねぇ、キスして」
口付けをねだった声は恐怖で震えていたが、彼は会えた感動に打ち震えているのだと勘違いして
喜色満面に私に口付ける。
唇をはまれ、舌先でなぞられ、やがて舌が歯列を割って入り込んでくる。
「あ、んぅ…」
「好きだ、好きだよ」
勘違いだと思った。
だってこんなにも、彼の言葉に心が震える。
だから、私はきっと慣れない場所に必死過ぎて、心にそんな余裕が無かったのだと結論付けた。
でも、違った。
一回目の逢瀬の後、二回目の逢瀬で会うまで私は彼を忘れていた。
馬鹿な。
そのことに気がついたとき、私は稲妻に打たれたような心持ちになった。
そんな馬鹿なことがあるものか。
私は、彼が愛しい、好きだ、愛している。
「好きだよ」
「私もよ」
返した声が、果たして真実の気持ちだったか。
私には全く分からなくなっていた。
しかし、三度目の逢瀬の後、私の煩悶は終わった。
「近頃、不審者が中庭に入り込んでいるそうですな」
ぎくりと身を強張らせながらも、私は目の前の大宰相にそうなのですか、怖いですねと
何食わぬ顔で返す。
気取られてはならない。
その不審者が私の恋人だと。
しかし大宰相は、にこりと笑うと、意味ありげに下に顔を向けた。
つられて私も下を見る。
「なぁに、陛下が心配なさることはございません。
不届き者は、今頃処断されている頃でしょう」
「………え?」
何を言われたのか分からなかった。
処断って、なぁに?
「しかし太い男です。恋人に会うために、食料の搬入をしている商人の娘をたぶらかし
馬車の中にもぐりこんで城に入り込むなど。
いやはや、私にはそんなあくどい真似は出来ませんなぁ。
ねぇ、陛下」
「え、え、え?」
顔が引きつる。
なに、この人、何言ってるの?
ばれてるみたいな言い方。
あの人はどこ。町よね。靴を作ってるんでしょう?
私、あの人が木型を叩いて皮から靴を作るのを見るのが大好きだったわ。
かんかんって、木槌が音を立てるの。
ねぇ、あの音を立てているのでしょう。
そうして、恋しそうに時々王宮の方を見ているのだと。
言って、誰か。
お願い、お願い、誰か。
ねぇ。
あなた町に居るのでしょう?
「あ…」
しかし、私の心の叫びは届かない。
大宰相が、蓄えた髭を撫でさする。
無駄ですよと冷徹な声がした。
「無駄って、何が」
「あなたの恋人は、昨夜捕まりました。
今朝方処刑の命令を出しましたので、もう今頃は生きてはおりません」
「……生きて?」
「おりません」
「嘘」
「嘘なものですか。そんな悪趣味な冗談をつく舌は持ち合わせておりませぬ」
「嘘、嘘、嘘、うそ!!!」
叫ぶと、目から勝手に涙が溢れる。
信じない、信じないわそんなこと。
しかし大宰相は愚かな小娘を見る目で私を見て、手を差し出す。
「なに」
「信じられないならば、地下牢までご案内しましょう。
まだ埋めては無いはずです。胴体から切り離された首を見れば、さすがに納得いたしますかな?」
「あ、なた…あなた…!」
その言い様に目が眩んだ。
あんまりに怒ると、立ち眩むのだとそのとき初めて知る。
私は感情の向くままに腰に下げた剣を掴み、大宰相に向かって踊りかかる。
だが、大宰相は私が剣を抜く前に、私の手から剣を弾き飛ばした。
「抜く前ならば、あなたはただの女性です。残念なことにね。実に残念だ」
それが彼との事を揶揄されているのだと気がついて、私は顔を真っ赤にして大宰相を睨みつける。
そんなことをしても、意味は無いと知っていたけれども。
「……あの人が、なにをしたっていうの」
「国王陛下に近づきましたな」
「私、ねぇ…あの人は、恋人だったの」
「そうですね、あなたが町娘であったならば、それも良かったでしょう。
だがあなたは国王陛下だ」
「それがなんなの。なんだっていうの。理解できない」
「理解できないのはあなたのほうだ」
その声の冷たさに、私は伏せていた顔を上げる。
「あなたは国王になったのです。それを、理解していただきたいものですな。
その頭が飾り物でないならば」
「わ、わたし、わたし、国王になんか」
舌がもつれる。
私は悪くないはずだ。
悪くない、悪くない。絶対に悪くない。
だって、恋人と会っていた、ただ、それだけ。それだけなの。
なのにどうしてこの目の前の人は、私が悪いような顔をしてこっちを見るの。
「国王になんか、なんなのです。まさか、国王になりたくないなどと言う戯言を言うつもりで?
あなたは剣に選ばれた後だというのに?」
「わ、私選んでくれなんていってないわ!」
「それでもあなたは選ばれたのですよ、陛下。
あなたの意思など関係ない。あなたは、この国に豊かな実りを与えるために、
国のために神剣を持つべき存在です」
「持つべきって何!?だから殺したって言うの?彼が何をしたって?
私は国王に選んでくれなんて一言も言ってないわ!
こ、こんなことになるなら国王になんてなりたくない!ううん、国王になんて、最初からなりたくなかった!」
激しく首を振って、私は一歩下がる。
その私の様に、大宰相はひんやりとした空気を纏って、私が下がった分だけ歩を進める。
「………国王になりたくない。そうですか。この、恥知らず」
「はじ…しら…ず」
言われた言葉に呆然とする。
なに、なんで私が責められないといけないの。
私、何か悪いことしたの。
「あなたが今まで育ってきたその背景には、いつでもこの国の国王が居た。
あなたが食べた食物。その実りは全て国王が下ろした神の恩恵による物です。
農家が育てなければ、無論実りはない。だが、この国に飢饉が無いのは!
台風が無いのは!日照りが無いのは!全て国王の、神剣の力によるものだ。
それをなりたくないという我侭が許されるとでも思っているのか。
いままでその恩恵を受けてきておいて!」
「そ、それは…」
そんなこと、私だって知っている。
だって、でも。だからって。
「恋人と会っていた?それの何が悪い?
自覚をしていただかなければ困りますな。
あなたは恋人と会っていた。だがその恋人がもしも他国に買収されたなら?
他国にあなたの弱みとして誘拐されたならば?
そうでなくとも、あなたが恋人と会っている最中に襲撃されて
あなたは恋人を見捨てることが出来るのですか。
国王が居なくなれば、この国は他国と平等に災害が起こる
それと秤にかけて、そうなったときあなたはこの国を選べると?
迷惑なのですよ!あなたの感情一つで、この国の民全てが迷惑をこうむるような事態など」
「わ、たし…」
言われたことに、私は黙り込むしか出来ない。
だって、そんなの考えたこと無かった。
でも、だって、私、そんなのなりたくなかった。
だって、だって、私、普通に町に生まれて、国王なんて。
そりゃあ、前の国王が私と同じように、ただの町に生まれた人だって知ってる。
だけど、でも、だって、私、そんなの出来ない。
私、その人じゃない。
普通がいい。
だって、あの人が好きなの。
あの人と一緒に、穏やかに暮らせればそれでよかったの。
剣に選ばれたから、それも出来ないの?
無理なの。
だって…。
纏らない考えは、大宰相が漏らしたため息によって途切れされられた。
いつのまにかしゃがみこんでいた私に、大宰相は剣を投げ渡す。
「これは返しておきましょう。あなたの傷が癒えるのに、その剣は必要だ」
言われたことの意味が分からず、私は顔を上げた。
すると大宰相は片眉を跳ね上げ、彼と逢瀬を重ねていた方へ視線を向けた。
「あなたは、恋人と会っていない間、恋人のことを思い出したことがありましたかな?」
「え?」
言われて、心臓が跳ね上がった。
どうして、そんなこと。
唇をただ震わせていると、大宰相は唇をくっと上げる。
「普通のものは知りませぬが、その剣には少々呪いがかかっていましてな」
〇剣の王様 幽霊騒ぎ7
2011年03月11日(金)10:04
ノックもそこそこに、私達が相手の返答を待たずレオンティウスの執務室に飛び込むと、
大宰相とレオンティウスが並び立っていた。
「あ、ご、ごめんなさい」
突いて出た謝りの言葉に、大宰相は丸くしていた目を細めてゆったりと笑って首を振る。
「よいのですよ、陛下。お元気そうで何よりです。子供ならばそれぐらいでななければ。
レオンティウスに用がおありだったのでしょう。
私はこれで失礼いたしますが、あれに何でも申し付けてやってください」
優雅に礼をして立ち去ってゆく姿を見送る。
会うのは二度目だが、相変わらず、作り笑顔の上手な男だ。
「えぇと、それで?陛下。何をしにおいでになったのかな」
「あ、そうだったそうだった」
うっかり用件を忘れるところだった。
顔をレオンティウスに戻すと、彼はなにやら少し青ざめていて、
私は首を傾げる。
「どうしたの、レオンティウス。大宰相にいじめられでもした?」
「い、いじめ…………………………………………………………………………まぁ、そうかな」
絶句した様子を見せたレオンティウスだが、最終的にはわたしの言葉に同意して、疲れた顔を見せた。
なんて珍しい!
どんなに机の上に書類が乗っていようとも見せなかった顔に、
今度はこちらが言葉を失っていると、後ろに控えていたダナトが
「レオンティウス様は、割と結構大宰相様と会うと疲れてますよねぇ」
と言う。
「…大宰相の部下なのに」
「まぁ、部下には元から厳しい方だけれども、僕は甥の分だけ殊更容赦ないから、ちょっとね」
多少疲れる時もあるんだよ。
と、言ったレオンティウスの言葉に、そういえば同じカルエンという苗字だったなと
今更私は二人の血縁関係に気がついた。
だって、興味なかったし。
へぇぇ、そうなのかあと思ってから、はっと肝心の本題を忘れていたことに気がつく。
「ああああ、そんなこと言ってる場合じゃなかった。
レオンティウス、レオンティウス」
「…前々から思っていたけれども、結構騒々しいね、君」
「じゃなくて、出た、女が、東屋!」
「なんだと?」
緩んでいた空気が張り詰める。
決して広くも無いレオンティウスの執務室の中が、緊張で高まった。
「剣の稽古をしている最中に、レヴァンがまず、女を見たの。
東屋の前の木が周りよりも生い茂っているところの前に居た。
次に、私がそっちを見て、最後にダナトが女の方を見たんだけど
ダナトが見た瞬間、ふって掻き消えた」
「足が動いた様子も無かったから、走ってどっか行ったってことじゃないと思います」
「馬鹿な、本当に幽霊とでも言うのか?」
口々に言った私たちの言葉に、レオンティウスが嫌そうな顔をする。
そんなところにこれを言うのは気が引けたが、事実は全て伝えなければならない。
「…で、女なんだけど、陽の下で見たら透けてた」
理解したくなさそうに、レオンティウスがこちらから目を逸らす。
…私だって、言うのは心苦しいんだって。
だけど、事実は事実なのだ。
「確かに透けてた。向こうの緑が見えた。半透明だった。人間だとは思えない」
「ダナト」
「…えぇ、確かに透けていました。向こう側の景色がきちんと見えていましたから…」
レオンティウスが重々しいため息をついた。
ダナトも申し訳なさそうに頭をかいている。
超常の者が相手では、警備も役には立つまい。
そりゃあ、頭が痛いだろうなぁと他人事のように考えて
先ほど見た女の姿を思い返す。
鬱蒼とした緑の中にたたずんだ女は透けていた。
黒い長い髪。
東屋を背景に、俯き加減で地面を眺めていた女の服は白。
連日見ていた女の服の色と合致するが、言いようの無い違和感を感じて
私は唇に手をやった。
先ほど見た幽霊の女の姿を、もう一度頭の中で思い浮かべる。
長い黒髪に、白いワンピース。
だが、ワンピースは身体にフィットした形をしていて、すとんとしたシルエットだった。
「ん?」
違和感はそこにある。
昨日まで窓の外を走っているのを見ていた女のスカートは、
夜の闇の中をひらひらと確かに翻っていた。
すとんとしたシルエットのワンピースは、翻らない。
そこまでの余分な布が無い。
大体、そんなシルエットの洋服ならば、歩幅の高も知れてくる。
それでダナトに捕まらず、あの窓から東屋まで逃げ切れるものか。
「ね、昨日追いかけて行ったときって、女は浮いてた?」
「いえ、普通に地面を走っていましたが?」
ダナトがきょんとした顔で答えた。
いいやその前に幽霊って、服変わるものだったっけ。
ねぇと問いかけようとすると、その前にレオンティウスがふと気がついたように辺りを見回した。
「そういえば、レヴァンはどこに行ったのかね」
「あぁ、レヴァン様なら、東屋を調べてみるということであちらに。
俺は取り急ぎ報告をしに来ました」
ちなみに私も一緒にこっちに来てるのはただのノリだ。
本当は東屋に一緒に行きたかったんだけど、まず許してくれはすまい。
「……あそこは、既に昨日の夜と今朝調べつくしたはずだろう」
「でも、一応もう一回出たっていうことで、調べてみるそうです」
「彼は真面目だね。しかも糞がつくほどだ」
レオンティウスが肩をすくめる。
どうもそのお綺麗な顔で糞とか言われると、果てしなく微妙な気持ちになるが
顔で言葉遣いに制限はかけられない。
人の事言えるような言葉遣いでもないしね。
むしろ、積極的に言われるべきはこちらのほうかと、とりとめのないことを考えながら
私は東屋の方角を向いた。
レヴァン、今必至に手がかりを探しているのかなぁ。
そう思うと、なにやらここでのんびりとしているのが申し訳なくなるが
私が動くのが多分一番迷惑なので、大人しくしているしかない。
王様って不便。
そんなことにも気がつけないほど馬鹿でなくて良かったけどと、ため息をつくと
部屋の扉がノックもされずに音を立てて開けられた。
「あれ、お前ら何で揃ってるんだ?」
挨拶もなしに入ってきたトスカが言う。
そのあんまりな無礼さに、思わず半眼になってしまうとくしゃりと髪の毛がかき混ぜられて、途端に私は硬直する。
「だ、から」
「ところで、噂の確認をしてきてやったけど、あれ本物だわ」
さっくりと私の抗議を無視して、トスカがレオンティウスに話しかけた。
「本物?なにそれどういうこと、旦那」
その内容が気になって、くいくいと服の裾を引っ張る。
するとトスカはレオンティウスを一度見て、彼が頷いたのを確認してから話し始めた。
「まぁ、幼馴染のよしみって奴で、俺は時々レオンからの頼まれごとを聞いてやるんだが
今日はあれだ。近頃流行の幽霊話について調べてたんだな」
「あの、東屋に幽霊が出るぞってやつ」
「そうそう。幽霊がって言うか、あれの四代前の国王が云々の部分が本当かどうかな」
言われて、私はダナトから聞いた怪談話を頭の中から引っ張り出す。
「四代前の国王が、恋人を置いて王宮に上がり、あの東屋を建ててあそこで自殺したって」
「聞いてたのか」
「あ、俺が教えました。本当なんですかあのチープなあれ」
手を上げたダナトに、レオンティウスがチープってと言葉を濁している。
でもチープだと思うよ実際。
「調べたところだと、本当らしいな。最近は長く即位してた奴があんまり居なかったからなぁ。
四代前が即位したのが六十年前で、ぎりぎり当時生きてた奴が居た。
大分もうろくしてたけど、それを話しているときには随分しゃっきりしてたよ」
「で、どうなんだ」
「…黒か白かで言ったら灰色だけど、大分黒寄りだなぁ。
話を聞いた爺さん曰く、四代前のは、連れてこられた最初は大人しかったけど
段々段々心を病んで、最後には壊れちまってたらしいから。
恋人のことを思い出して、あいつと離れたのは王宮のせいだ。もしも死んだら祟ってやる。
お前ら全て呪い殺してやるつってたらしい。
だから、悪霊なんかになって祟ってる可能性はありありだな。
ただし、四代前のがこの一件で現れてる女だとすると、問題は発生してくるが」
「…六十年前のものが、何故今になって現れたか」
レオンティウスが、口元に手をやって、考え込む。
「ねぇ、死んだ直後とかは、現れてたの、幽霊」
「何かを見たって目撃証言はあったらしい。
あと、不審死も多発してたんだと。ただ、それが四代前のが原因かどうかは
爺さんは知らないだとよ。悪霊払いに、神殿の奴は呼んだらしいが」
「それからあとは、東屋には何にもなし?」
答えの代わりにトスカが首を横に振った。
ということは、だ。
仮に四代前の国王陛下が死亡して、幽霊になったとしよう。
その当時不審死が相次いだのは、その彼女が原因だとして
彼女は悪霊払いに来た神殿の神官に祓われた。
ただ、彼女が出没していたと思しき東屋で、六十年後の今日
四代前の彼女らしき幽霊を、我々は目撃している。
「………封印」
「うん?」
「えぇと、そういえば神殿の人って、悪霊払いでその悪霊に対して力が及ばないと
祓って成仏させるんじゃなくて、一時的に動きを封じて封印するんだっけ」
考えを巡らせながら確認すると、その場に居た三人が目をぱちくりとさせた。
「そうですけど、良く知ってますねぇ陛下。
普通の人はそんなの知りませんけど…もしや悪霊とかお好きですか」
…何ちゅう言い草だ、ダナト。
「私が危ない人みたいな言い方しないでくれないかな。
私はただ、昔神殿に居たんだっていう、浮浪者仲間のおっちゃんから聞いた話を思い出しただけだから」
「あぁ、そういう」
「面白くなさそうな顔をするんじゃないよ、ダナト」
的確なレオンティウスの突っ込みが入る。
ことダナトとトスカが絡むと、誰も彼もが突っ込みに回ってしまうのはどうしてなのだろう。
しかし、封印か。
「もしも、もしもの話だけど」
「もし、四代前の国王の恨みが深く、当時呼ばれた神官達が彼女を祓えず
封印という手段をとったとして、今日彼女が現れたのはその封印がとかれたからではないかと。
陛下はそう考えているんだね」
言葉を攫っていったレオンティウスに、私は頷くことで同意を示した。
与えられた情報から推理すると、この形が一番綺麗に収まると思う。
「そう考えると、確かに納得できる形にはなる…。
あとで神殿には人をやって、六十年前に王宮でとった悪霊払いで対象を祓ったのか封印したのか
その事実関係は確認させるが…。
それにしても何故封印が今更解けたのかという疑問は残るね」
「何かの切欠があったか。それとも時間が過ぎて緩んだのか…
とりあえず、不審者の線は捨てて、幽霊という形で対応を行うぞ、いいか」
「それで頼むよ。あぁ、結局叔父上殿が嫌がったことが現実になるのか…」
レオンティウスは頭が痛そうだった。
揉め事が起これば、上から命令が下る。
それを他のところの意見と折衷させるのは、その間の役目だ。
上も下も嫌がる事実を、彼らに認めさせるのも。
意外と苦労性と、頭の中のメモに付け加えておく。
まったく、侵入者であった方が、いくらもましであったろうに。
他人事だからこそ思える無責任な同情を口に出すことは無く、
私は部屋の隅にある機械時計の時刻を読んだ。
現在時刻は、午前十時半。
おやもうこんな時間。
大体最初の授業を開始するのが、午前八時頃だから
結構な時間が経ったものだ。
思って、それから私は扉の方へと視線を向けた。
「どうした?」
「ううん、レヴァン、遅いね」
「………何か見つけたのかもしれないな。神殿に人を差し向けるついでに、少し見させよう。ダナト」
「はい。なるたけ神殿に縁のある者を向かわせます。その帰りに、東屋のほうへ」
「よろしく頼んだよ」
机にもたれて、レオンティウスは腹の前で手を組んだ。
命令にダナトは私に一度頭を下げてから退室してゆく。
人に頭を下げられるのも、まだ慣れない。
剣を握ると、心が静まる。
柄を撫でていると、ふと影が差した。
トスカが、私の頭の上に手を置こうとしているのだと察知して
素早く頭上辺りを手で振り払うと、ぺちんと軽い音がする。
「勘がいいなぁ、陛下」
案の定、顔を上向けると、いつの間に背後に立ったのか、トスカが後ろで手を痛そうに振っていた。
大げさな、そんなに痛くしてない。
というか、止めろと何度も言ってるのに、全くこいつだけは。
「だから、トスカ。触られるのは苦手だって、気がついてるんでしょ」
「分かってる分かってるよ。でも子供を見るとついな」
悪びれずに笑う男の姿に力が抜けて、私は口元を引きつらせただけで、ただ俯いた。
本当に嬉しそうに言うものだから、文句を言う気が失せる。
いやいやこれが、トスカを付け上がらせているのか。
考えながら距離を置いて、私は壁に持たれてダナトとレヴァンの帰りを待つ。
しかし、一時間経った頃、ようやっと帰ってきたダナトは青白い顔をしていた。
レヴァンの姿は、無い。
動揺を隠せない様子で部屋の中に入ってきた彼に、空気が緊張するのが分かった。
「ダナト」
「まず結果を報告させてください。
神殿に人をやった結果、六十年前にされた悪霊払いは、封印の形をとったそうです」
「………そうか。仮説はこれでより黒に近づいたわけだが………レヴァンは?」
ダナトは、一瞬躊躇う様子を見せ口ごもった。
しかしそれもほんの僅かな間だけで、職務を果たすため、彼は唇を割る。
「…分かりません」
「分からない?」
「分からないんです。東屋には誰も居ませんでした。手掛かりらしい手掛かりも無く。
通りかかったものに、レヴァン様の姿を見ていないか確認しましたが、
ある時間を境に、ぷっつりと証言がなくなってしまって…」
「他のどこかに居るという事は無いのか」
「…それも、人を使って探してみましたが、良い情報は…」
首を振るダナトは、言葉を途切れさせた。
部屋の中に沈黙が落ちる。
レヴァンが失踪。
それに東屋の幽霊が関わっているのは、まず間違いない。
事態が悪い方へ転がっているのは明確だった。
明確な被害の形に、レオンティウスは苛立たしげに顔を歪め、
トスカは前髪をかき上げて何事かを思案している。
ダナトも、青ざめた顔のまま剣の柄に手をやり、いつでも何が入ってきても良いよう身構えていた。
私もそれに習って、剣の柄に手をかける。
もし、万が一に幽霊が入ってきたならば、エファイトスを抜けば
あの食事会のときと同じように、エファイトスが私を動かすはずだ。
部屋の中は静かだった。
だが、機械時計がぽーんと軽やかな音を立てたことで静寂は破られる。
その音に、レオンティウスが顔を上げ、はっと私を見て目を開いた。
「……いけないな…僕としたことが…。
ダナト、陛下を部屋までお送りしろ。トスカ、君のところの部隊に命令を下して
東屋の捜索を行ってくれ。僕は、神殿に人をやってくる」
「…俺はお前の部下じゃないんだけどなぁ」
先までの様子からは一転したレオンティウスのきびきびとした命令に、
ぼやきながら、トスカが出てゆく。
それに倣って、私もダナトを連れて部屋を出る。
この一件で、これ以上私にできることは何も無い。
行動の最善は、部屋で大人しく朗報を待つことだ。
私はちらりとレオンティウスの様子を伺う。
机に向かい、なにやら書状を書き始めた彼はこちらを省みることは無かった。
部屋の外に出ると、既にトスカの姿は無く、私達は黙って内宮までの道のりを歩く。
「…陛下、今日はこちらからの道を通りましょう」
東屋を通る道を避け、遠回りをして帰る間、ダナトはいつもよりも警戒している様子だった。
剣の柄に手をかけ、油断無く辺りを探る動作には、一つも迷いはない。
それでも、いつもよりも僅かに青ざめた顔が、彼の動揺を物語っていた。
ただ、二週間弱しか傍にいなかったものの、顔見知りの生死が不明というのは
気持ちいいものではなく、私も動揺しているが、彼ほどではない。
大丈夫かと問いかけたかったが、相手が私では彼はきっと大丈夫だとしか言えない。
もどかしい気持ちになっていると、ダナトはそれを察知したのか、顔を下向けてこちらを見た。
「………大丈夫ですよ、陛下。俺も、そうですね、トスカ様もレオンティウス様も
少し動揺していますが、大丈夫です」
「ダナト」
名前を呼ぶと、ダナトはほんのりとぎこちなく笑った。
「まぁ、何分俺はレヴァン様に拾われましたので、少し動揺が激しいかもしれませんが
陛下をお守りするのに影響は出しません。本当ですよ」
そう言ったダナトの表情には、既に動揺の色は無かった。
どんな精神力だと内心舌を巻いたが、本当に動揺していない訳じゃないの位、私にだって分かる。
ただ、何を言っても言葉が上滑りするだけのような気がしたので
私はただ黙ってダナトの背中を撫でた。
「陛下?」
ダナトの声は聞かない。
…だって仕方ないじゃない。頭には手が届かないんだから。
訝しそうな顔をしたダナトの顔を見ないまま、私がつかつかと歩を進めていると、頭上でふっと笑う気配がした。
〇剣の王様 幽霊騒ぎ6
2011年03月11日(金)10:03
「今度の会議では、この議題を取り上げようと思う」
「では、それに関する資料作成はこちらで行っておきます」
「頼んだ。必要なことは書面に纏めてある。分からなかったら聞きに来るように」
手渡された書類をめくって、レオンティウスはおそらくこれならば、
出来た資料の草案を持っていくときに、いくらか確認すれば良いだろうと思った。
大宰相バロイ・カルエンが、わざわざ補佐の部屋に足を運んで来たにしては、大した議題でもない。
所詮議題など、ただの口実でしかないということだ。
これで、本当の用が可愛い甥の顔を見に来ただったならば、
どんなにか楽なのだろう。
思って、レオンティウスは心の中だけで苦笑した。
この目の前の叔父に限って、そんな面白い用件はあるまい。
「今度の会議は簡単に終わると良いのですけれども」
「そうはいくまい。儂の出す案ならば、エディバラが反対してくるに決まっておる」
目の前の人が訪ねて来た本当の用件に見当はついているが、面白くもない事柄なので
いっそ話を逸らしてしまおうと、内容の無い話を振ると、
先までの穏やかな表情を崩し、バロイは忌々しいという顔をする。
エディバラとは、政を執り行う大宰相の下に位置する宰相の地位にいる男の名だった。
そして、政を取り仕切る大宰相に匹敵するほどの、権力を持った男の名でもある。
生まれは国有数の大貴族。
同じく大貴族の一人娘であった女を妻に娶り、貴族層からの支持を集めるバロイの唯一対等に近い政敵だ。
そのうえ、根本から気が合わないのか、名を聞いただけで不機嫌になるほど不仲な仲でもある。
嫌いならば、会議と聞いただけで思い出さねば良いものを。
別の地雷を踏んだことを察知して、やれやれとおくびにも出さずに思っていたレオンティウスだったが
予想に反して、バロイはその後を続けることも無く、ごほんと咳払いをした。
それにまた、やれやれと思う。
地雷を踏むのは避けられたが、結局元の地雷を踏んだのでは意味が無い。
「ところで、レオン、陛下と儂は久しく会っていないが、ご壮健かね?」
「えぇ、来た頃よりも、大分血色が良くなってきましたよ」
「そうかね、それならば何よりだ。来たときには、食生活が酷かったのだろう。
青白い顔をしておいでだったからな」
「えぇ、そうですね」
表面上だけにこやかに、レオンティウスはバロイに向かって頷いてみせる。
一週間やそこらで久しくも何もないだろうに。
するとバロイは意味ありげに目配せをした後、それにしてもと空々しく続けた。
「聞いた話だが、内宮の前の東屋に不審者が出たそうだな」
「はい」
「しかも、まだ捕まっていないと聞くが?」
「現在、捜索中です」
出来うる限り真剣な声で言うと、バロイは苦々しげな表情を浮かべる。
「捜索中ではいかんな、レオンティウス。確実に捕まえなければならない。
陛下の身に何かあってからでは困るのだ。これから畑を耕す季節になるのだ。
分かっているのだろう?」
「承知しております」
「…まぁ、それだけならまだ儂もお前を信じて口は出さずにおれたが、
それに加えて、だ。レオンティウス」
顎に手をやって、バロイは詰め所のある方角を見た。
同様にレオンティウスもそちらを見ると、
バロイはレオンティウスの方を見ないまま口を開く。
「…それだけならまだしも、詰め所では、下らぬ噂がはやっていると聞く」
「………………えぇ、なんでも幽霊の話しで持ちきりだとか」
レオンティウスはため息をついてしまいたい気分になった。
それは、僕に言われても困る。
ダナトから報告を受けたときには、思わず口をぽかんと開けたものだ。
なんと下らない。
言い出した奴を思う限り、罵り倒して叱責してやりたい衝動に駆られる。
別に幽霊が居ないと思って馬鹿にしているわけではない。
ただ、今まで幽霊が出るなどという話しを聞いたこともない場所で
やれ消えただのなんだのという事象があった途端に、
そういう事を持ち出してくるその根性が気に食わないだけだ。
それを察知したのだろうか、幾分かバロイの視線が和らいだが
それでも苦言を呈せねばならぬと思っているようで、彼はこつりと机を叩いた。
「なんでも四代前の幽霊が陛下を祟り殺そうと、姿を現しているという噂になっているが」
「…それは…僕の聞いた話とは違いますね。陛下を殺すまでは行っていませんでしたが」
「噂は生き物だ。そういうこともあるだろう。だが問題なのはそこではない。
分かっているだろう、レオンティウス」
「分かっております。迅速に対応を進めたいと思います。
犯人が捕まれば、そのような噂は、すぐに掻き消されるでしょう」
問題は、昨夜現れた犯人が、懸命の捜査にも関わらず
一欠けらすらその痕跡を掴み取らせないことだ。
今日は、犯人が見つかるといかずとも、その手がかりぐらいは見つかると良いのだが。
どうにも期待を抱けない気持ちで考えると、バロイが鬱々とした顔で首を横に振る。
「まったく、早く捕まえて貰いたいものだ…。
このまま迷宮入りなどという事になってもらって、そのくせ噂が静まらなければ
神殿の者を呼ばねばならない」
吐き捨てるように言ったバロイの気持ちは、レオンティウスにも分かる。
この国は、というか、王宮は世界産みの女神エルシュトーインを崇め奉る神殿とあまり仲がよろしくない。
それはエルシュトーインより、この国の祖たるエトドに与えられた神剣エファイトスに起因していて
エルシュトーイン神殿側としては、かの女神から賜った剣を神殿が所有しておらず
しかもそれが国のためなどという名目で、王宮などという
俗極まりないところが使用しているのが、堪らなく嫌なのだった。
そこの辺りからして、もう相容れないことは決定的で、
ともかくギルアル王宮と、エルシュトーイン神殿が仲が悪いと言うのは
他国にまで知れ渡っている周知の事実なのであった。
そんな仲の相手に頼みごとをしなければいけなくなるような状況など、
考えただけで気分が悪い。
しかし、形だけだとしても悪霊払いなど、神殿の神官にしか頼めない。
考えただけで気を悪くしているバロイは、がっちりとレオンティウスの肩を掴んだ。
「…くれぐれも、分かっているな」
「はい、バロイ大宰相。お任せください、必ずや」
「うむ、まかせたぞ。…いずれにせよ、陛下も微妙な時期だ。
混乱に乗じて変な虫をつかせんようにな」
いっそ、穏やかな表情だった。
しかし、それと真逆に空気が底冷えする。
目の奥に宿った鋭い光に貫かれながら、レオンティウスはぞくりと身を震わせた。
いい加減いい年だと言うのに、この威圧感ときたら。
結局のところこれが本題でこれを言いに来たのだろうに、随分と遠回りをしたな。
だとか、頭の中では色々と駆け巡っているのに、目の前の男の眼光に飲まれてしまう。
経験の差と言う埋めがたいものが目の前に横たわり、
それは威圧感となって、気圧されたレオンティウスから
バロイと駆け引きをするだけの気概を奪ってゆく。
窓の外の穏やかな様子とのギャップに、空々しさすら感じつつも
レオンティウスは口を開こうとして
―その瞬間、ノックの音が激しく室内に響き渡った。
〇剣の王様 幽霊騒ぎ5
2011年03月11日(金)10:02
明くる翌日。
絶好の運動日に相応しく、今日の授業は剣技から始まった。
さんさんと降り注ぐ太陽光の下、内宮にある庭園の広まったスペースで
授業は行われる。
向こうで控えているレヴァンを視界に入れながら、ダナトと向かい合い、礼をする。
「じゃあ、突きの型を二百回から行って見ましょうか」
さっそく、授業開始である。
しかし、ダナトは軽く言ってくれているが、二百回は結構きつい。
私はうんざりとしながら、それでも黙って神剣に手を伸ばした。
何故無理無茶といわないのかって、トスカとレオンティウスも鬼教師だが、
ダナトも十二分に結構な鬼だからだ。
…鬼というか、スパルタというのか。
なにせ彼の主張は『運動は頭で理解するものじゃありません。身体で覚えるものです』
ときたものだ。
先生曰く、無意識でも行動できるように、動きを身体に覚えこまさなければ
格闘技など意味が無いらしいが、実践に立った事もない身では今一理解できない。
ただ、そう主張している以上、生半私が嫌がったところでただ体力を浪費するだけだと
それだけは分かる。
「じゃあ、始めるよ」
腰に下げた剣を鞘から抜き放ち、露になった刀身を見つめ構える。
ダナトが頷いたのを視認して、私は練習を開始した。
「………そういえば、昨日の不審者なんですけど」
そうして八十回ほど黙々と突きの型の練習をしていると、
不意にダナトが口を開く。
「あぁ…見つかったの?」
「いえ、全く。全然です。捜索隊も出してみたんですけど…
あ、ずれてきてますよ、陛下」
言いながらダナトが自分の剣で、私の剣の軌道を修正する。
…器用な…。
「でも、昨日は詰め所にいっぱい人数が控えてて
そこで面白い話を聞いてきたんですよ」
顔は向けずに、目だけでちらりとダナトの顔を伺うと
言ってることの割りに、面白くなさそうな顔をしている。
「…いや、あんまり面白くなさそうな顔してるけど」
「………えぇと、詰め所で聞いた話なんですけどぉ」
「聞けよ」
突っ込んだのに話し出したよこの人。
というか、語尾を延ばすないい大人。
しかし私の言葉など聞くような玉ではない彼は、やっぱりどこかしらだるそうに口を動かす。
「あっこの女が消えた東屋あるじゃないですか。
あそこね、四代ぐらい前の国王が建てたらしいんですけど
その人ね、町に結婚間際の恋人がいたらしいんですけど。
剣に選ばれて国王になって引き裂かれちゃって。
で、暫くは大人しく国王してたらしいんですけど、
ある日突然建てた東屋で首吊って自殺したらしいんですよね。
その東屋っつーのが、恋人とデートしてたところのものと似せて作ったらしくって。
まぁ、恋人の影を感じながら逝きたいわってことだと思うんですけど」
「…うん」
「で、暫く経ったあと、その東屋の辺りを通ると、どこからとも泣く女の啜り泣きが
しくしくしくしく響いてくるとか、そういった感じのありきたりな何かが
昨日話題になっててですね」
「はぁ」
「で、その東屋に纏わる話しの一つに、白い服を着た女の幽霊が出るってのがあって。
窓の外に女が居る。白い服を着た女だ。
ひらひらひらひら、女は白い服を靡かせながら夜闇を走ってゆく。
不審者だと思い捕まえようとすると、丁度東屋の辺りで」
「ふっと消えると」
「そう」
………………。
「いや、それは全然面白くない。全くもって面白くない」
私は剣を下ろして、手を振った。
もう、予想の範疇って言うか、ありきたりっていうか。
捻りもないし怖くもない。
あんまりな話しの内容に、つまらなそうな表情を隠しもせずに言ってみると、
話した当の本人は何故かぱっと顔を輝かせた。
「あぁー!ですよね!面白くないですよね」
「…話した本人が力の限り同意してどうするの。
面白い話があるんですけどって、話し始めたくせに」
「だって、詰めてた時この話で持ちきりで、面白みもない話なのに
他の奴らってば、すげぇがたがた震えてるんですよ。
あほらしーと思って」
「誰かに同意してもらいたかったわけだ」
唇を尖らせたダナトは、私の言葉に大きく頷いた。
その様に苦笑していると、でもとダナトが続ける。
「こういう話が出てるのは、不審者が影も形も見つからないせいです。
こちらでも十二分に注意はしますが、陛下もどうぞお気をつけて」
先までの怪談とは、随分と落差のある内容に、私は一瞬間を空けて、それから大きく頷いた。
実は、こっちが本命だったんじゃなかろうか、この人。
呑気そうな顔を見つめる。
この人も、実は良く分からないんだよね、分かりやすそうなんだけど。
レオンティウスも読めないし、トスカは分かんない。
レヴァンは、考えていることを読むには無口すぎて
ダナトもこれか。
なんだよ、今の周りは本当わかりにくいなぁ。
しかめっ面をすると、ふと関係ないことが思い出された。
「あれ、でもあほらしーって言ってるけど、昨日お化け?!って叫びながら飛び出さなかったっけ」
「あぁ、言いましたねぇ」
「さっきの話し聞いて、怪談嫌いとか幽霊否定派とかなのかと思ったんだけど」
違うの?と問いかけると、あぁいえいえと、きょんと子リスのような目をしてダナトが顔を傾ける。
「いや俺、こう…怨念が行き過ぎて、周囲の人間を殺した挙句に
取り込む様なのは好きなんですけど、さっきみたいな軽いジャブ的なのはちょっと」
「………ジャブって言うか。お前の好みのそれは、ボディーブローかアッパーなのか」
ローテンションで突っ込むと、あぁと向かいの馬鹿は手を打った。
打つな。
…本当読めないな、こいつ。
理解するには、まだまだ接触が足りないなと剣にもたれかかると
レヴァンがぎょっとしたような顔をしているのに気がついた。
はてと思って、それからその方向にあるものを思い出して
私も心臓をつかまれたような感覚を覚える。
レヴァンが、顔を傾けている方、そこにあるものは。
薄ら寒い気持ちでそちらに向くと、予想通り内宮の向こうにある東屋の前
そこには白い服を着た女がいた。
「い、た………!!」
東屋の前、緑が多い茂った場所よりも、少し手前に女が佇んでいる。
日の光の元で見ても、女の顔は長い黒髪に隠れて良く見えなかった。
ただ、日の元で見て気がついたことが一つある。
………女は向こう側が、うっすらと透けて見えていた。
すとんとしたワンピースの向こう側には、そのまま鬱蒼とした緑が見える。
「………ゆう、れい…?」
呟きに、ダナトが女を捉える。
そうしてその場の三人が女を視界に収めたその瞬間、女はふっと掻き消え、後には風に揺れる緑だけが残された。
「…………今、居た、よね?」
「居ました」
「消えた、ね?」
「…えぇ…消えました…」
問いかけに答えているのが、呆然としたレヴァンだというのが
余計にこの事態の深刻性を深めているように思える。
女が確かに居て、複数人で見て、そして消えたのを複数人で確認した。
それはすなわち、それが、夢幻でない現実ということになる。
一気に腕の先から背中まで鳥肌が立った。
幽霊。
冗談半分だったはずの事柄が、真実味を帯びてきたことに私は動揺を隠せず立ちすくんだのだった。
〇剣の王様 幽霊騒ぎ4
2011年03月11日(金)10:02
それが、初日で。
二日目はまた居るな、と思った。
三日目は、いい加減にしないとばれちゃうぞ、心配した。
そして四日目。
廊下を通り、内宮に帰ろうとしていると、やはり出た。
「うわぁ、お化け?!」
ダナトが馬鹿なことを言いながら、無邪気に窓に駆け寄る。
外には、やはり白い布がひらひらと踊っている。
白は星の光に照らされ、暗がりの中に溶け込んだ足はまるで初めから無いようにも見えた。
なるほど、ダナトが幽霊と言うのも頷ける。
頷ける、が。
目の前の様を見ながら、私は舌打ちをしたい気分を堪えて腕を組んだ。
ほら見たことかと思ったが、忠告したわけではないので
相手は知る由もない。
そのまま眺めていると、ダナトは―窓を蹴破り飛び出した。
「…へ?」
何もそこまでしなくても。
ぽかんと馬鹿面を下げていると、目の前にレヴァンが立ち塞がる。
「どうぞお下がりください、陛下」
その言葉でようやく、私は自分が守られているのだと気がついた。
あぁ、そうか。
二人はあれを不法侵入者だと判断したのか。
「でも、大丈夫だと思うな」
呟くと、訝しげな顔をレヴァンがする。
私が思っている通りの代物で、あんたらの思っている不届き者じゃないならねと
口に出さずに考えていると、ちょっとの時間が経った頃
外に飛び出していったダナトが、無表情で帰ってきた。
「ダナト」
「駄目、無理。スカートの裾が見えてたんですけど、一瞬で消えて取り逃がしました」
「……消えただと?」
首を振ったダナトの言に、レヴァンが眉間に皺を寄せた。
私も同様の行動をして、首を捻る。
消えた?
促すように視線を向けると、ダナトは本当の話なんですけどと、前置きして口を開く。
「走っていってたら、すぐに追いつけたんです。
黒い髪の女でした。後姿で顔は見えなかったけど。
ただ、もうすぐ手がかかるって時になって。丁度あの辺なんですけど」
指差した辺りを覗き込むと、そこには東屋が見えた。
覆い隠すかのように生い茂った緑の中、緑にうずもれながら見える姿は
暗い闇の中、不気味に浮き上がっている。
「あそこに差し掛かったときに、丁度木が生い茂っているせいで
女が視界から消えて。
ほんの一瞬だったんですけど、そこでふっと消えてしまいました」
ふっとの所で掌を広げてたたんだダナトは、自分でも訝しそうな顔をしながら
東屋の方角を眺めた。
「でも、不思議なんですよね。俺が女を見失ったところ以外、
視界を遮るほど高い緑はありませんでした。
東屋にも、隠れるところは見当たりません。
…レヴァン様、東屋から向こう、女を見ました?」
「いいや、見ていないが…」
そこで言葉を途切れさせた、レヴァンの言いたいことは分かった。
ダナトが走っていった方向から東屋の辺りには、確かに背の高い木がある。
視界は遮られる。
しかし、東屋から向こうは背丈の低い植物しか見当たらず、しかもまばらで
女が見えなければ、それはまさに消えたとしか言いようが無かった。
「……東屋からあっちは、池があったな確か」
「見てきましたけど、波紋一つ立ってませんでしたよ」
手詰まりと言った様子で、ダナトが手を上げる。
レヴァンも難しい顔をして唸った。
手詰まりの様子だ。
私も目を凝らして外の様子を見てみるが、白い影一つ外には無く
ただしんしんとした星明りと黒い影が、広がっているだけだった。
「………ともかく、不審者を取り逃がしたのならば、警備体制の強化を」
「はい」
「詰め所の人数は倍に。寝ずの番も同じに増やすよう通達を急げ」
「了解です。ま、とりあえず陛下を送っていってからですね」
言って、こちらに向かってダナトは、とんとんと剣の柄を軽く叩いてみせる。
「そういうわけで、警備体制の強化をしますからどうぞご安心を、陛下。
今度は逃がしませんから」
「うん、ありがとう」
「礼など不要です、陛下。そもそも取り逃がさねば良い話だったのですから」
ダナトが痛いところをつかれた顔をした。
うん、そりゃあ、そうなんだけどね。
レヴァンって、意外と容赦ないなぁと思っていると、
ダナトが話を逸らしたげにしているので歩き出してやる。
それにほっとした顔をして続くダナトとレヴァンの
両方を従えながら廊下を歩み、ふと、後ろを振り返った。
突き破られた窓の向こうに消えた女。
「…勘が鈍ったかな」
呟く声は、誰にも聞かれず静かに溶けて消えた。
〇剣の王様 幽霊騒ぎ3
2011年03月11日(金)10:01
ダナトが同意するものだから、私も調子に乗ってさらにきらきらしてみる。
すごいなぁすごいなぁ、レヴァンってすごいなぁ。
しかしそれで面白くないのは、叱られ飛ばされた挙句放置されている二人だ。
レオンティウスはむっつりと不機嫌そうに黙り込み、
トスカはぶすったくれた顔で人に絡んでくる。
「………陛下ってば、レヴァンにはそういう顔すんのか。
へーほーふーん」
「…何を子供みたいな」
「餓鬼のように絡むのは止めないか、トスカ」
「絡んでない、スキンシップ」
レヴァンが顔をしかめながら注意する。
…割と今気がついたけど、この人この面子の中では救いの天使なんじゃなかろうか。
しかし、天使の諌めも聞かない馬鹿は、目の笑ってない笑顔を作ってこっちを向いた。
…え、何。
「よっし陛下!気が向いたから、スキンシップついでに世界史の授業でもやるか!!」
「はぁ?!ちょっと、世界史!?」
「暇だろ、陛下。ぼーっと突っ立って」
「ひ、暇じゃない!!」
このまんまじゃ、本当に世界史の授業を受けさせられると顔を引きつらせていると
神も仏も無いもので、レオンティウスがあぁ、と手を打つ。
「それはいいな。何かをしながら姿勢を保つ練習だよ陛下。
是非、トスカに授業をしてもらうといい」
綺羅綺羅しい笑顔だった。
実に爽やかでなんら裏表のない笑顔だった。
畜生、こんなときばっかりそんな顔しやがって。
呪われればいいのに。
怨嗟の言葉を胸のうちで吐いてみるが、それで現実が変わる事はない。
トスカが近寄ってきて、ぽんとわたしの手の上に何かを置いた。
視線を落とすと、楽しい世界史と書いてあるテキストがあった。
一週間のうちで覚えた文字は、これぐらいのものだが、全然全く嬉しくない。
ちょっと待って、本気でやるの?!
「よーし、始めるぞー。テキスト二十ページからだったか、続きは?」
「え、ま、待って、本気でやるの?本気?!」
「本気も糞もないだろ。テキスト開いてんだから。よし行くぞー」
「ま、待って待って待って」
「あはははは!陛下可哀想!!」
「ダナト、笑うな!なんであんただけ安全地帯で傍観者気取りなの!」
腹を抱えて笑うダナトを怒鳴りつけると、奴はひぃひぃ言いながら蹲る。
だが、そこでへこたれないのがこいつの悪いところで
ダナトは震える手をまっすぐに伸ばして、あろうことか私に向かってサムズアップしやがったのだった。
「頑張って陛下」
「頑張れって言うぐらいなら助けろー!!」
…とまぁ、こんな感じで一週間を過ごしていたわけだが。
予想していたよりも、生活はずっと平坦で平和。
お皿から食べる食事はまだ慣れなくて、時々零してひっくり返す。
勉強は分からないことが多すぎて、分かることを探す方がずっとずっと容易い。
周囲の大人気ない大人は流しつつも、若干苛っとする。
でも、とにかく穏やかな日々だった。
這いずり回って腐ってない食べ物を集めて、かじかむ手で口に運んだあの頃を思い出すと
今のなんと恵まれていることか。
空を見上げると、星が満天に輝いていた。
「…陛下、何か見えますか?」
「ん、星」
「あぁ、本当ですねぇ」
指差すと、顔を上向けたダナトが顔を綻ばせる。
反対側にいるレヴァンも、一瞬だけ目をやって細める。
たまに鬱陶しいこともあるが、常に護衛が横にいるというのは、
こういう時にはとても良いと思う。
「星かぁ。あんなにくっきり見えて。
もう、夜も遅いですからね。身体は平気ですか、陛下」
「大丈夫」
結局あの後、二時間ほど正しい姿勢とやらを保ったまま世界史の授業を受け、
そのまま剣技の授業に移った。
世界史の授業中は、ちょっとでも姿勢が崩れるとレオンティウスの攻撃ならぬ口撃を受け、強制的に姿勢を正され、
剣技になったらなったで、素振り千回だの腹筋百回だの地味に身体に来るメニューばかりさせられ
ちょっと疲れていはいるが、倒れそうというほどでもない。
元々飯の種を探して町中をうろついていたのだ。
侮ってもらっては困る。
「陛下は意外と頑健でいらっしゃる」
なんとなくふふんっ!という気分で居ると、レヴァンが感心したような顔で一つ頷いた。
頑健って何だ。
多分意味合い的には頑丈とかそこら辺りなんだろうけどと、
見当をつけながら尋ねかけようとすると、ふと、外で白いものが横切る。
「………?」
なんとなく窓を覗き込むと、ひらりひらりと蝶が舞うように、
軽い調子で白が翻り、緑の中を通ってゆく。
ひらりひらりひらり。
おそらく、スカートの裾だろうと検討をつける頃には、
白色は、緑の中に埋め尽くされて見えなくなっていた。
「…陛下?」
「ううん。なんでもない」
不可思議そうに声を掛けられて、私は窓から顔を正面に戻す。
ひらひらひらひら白い布。
懐かしい気分になって、私は一つ瞬きをした。
〇剣の王様 幽霊騒ぎ2
2011年03月11日(金)10:01
………。
…………。
……………。
「あの、まだ?」
窓の外ではぴちゅぴちゅと小鳥が鳴き、お日様がさんさんと照っている。
いかにもというのどかなお外を前に、立たされっぱの私。
なんとなく目頭が熱くなってくるのは何故だろう。
偉い人か、偉い人なはずだ、私。なのになんでこんなことしてるんだろう。
自分で偉いとか言うともうお終いな気もするが、そうでも思わないと
色々と負けそうだった。
体感的には二時間なんてとうに過ぎているが、レオンティウスが
言わない以上は、多分まだだということだ。
それでもまだかと口にしたのは、身体的にもう限界だったからだった。
足は痛くないが、背中が引き攣れそうに痛い。
息をするたびに、使っていない筋肉が悲鳴を上げた。
痛いよぅと思いながらレオンティウスを縋るように見ると、
彼は部屋の隅に置かれた機械時計を見て、
「あと半分弱はあるな」
それ以上は何も言う言葉がないと言う代わりに、レオンティウスは
書類にまた視線を落とす。
…もっとこう、頑張れとか。
思ったものの、頑張れ!というレオンティウスを想像して気分が悪くなったので止める。
外見とは裏腹に、そういう陽めいたことの似合わない男だと、
ここ一週間で思い知らされていた。
仕方無しに姿勢を崩さないようにしながら、窓の外へ目をやる。
流れていく雲が速い。
白い雲は時々千切れながら、狭い窓枠の範囲をさっさと飛び越えていってしまう。
あぁ、いいなぁと思った。
だがそれも一瞬で掻き消えて、何を思っていたのか分からなくなる。
「あ」
僅かな喪失感があった。
紙に突然開いた穴のように、そこだけ自分の心なのに、消えうせる。
何か言葉を発しようと、僅かに唇を開くと同時に、部屋の扉も音を立ててけたたましく開いた。
「よう、暇!」
賑々しくトスカが部屋の中に踏み入ってくる。
この人は。
何ともいえない気分で居ると、レオンティウスがばりばりと頭をかいて大きくため息をつく。
「トスカ、君、全然暇じゃないだろう」
「いや、暇」
「暇じゃなくて、暇にしてきたんだろう?放り出してきたのか、部下に押し付けてきたのか知らないが
君ももう少し法術部隊隊長としての任を果たしたまえよ」
「果たしてんぜ、色々。でも暇、飽きた」
「飽きたじゃないよ、全く」
頭を振って痛そうに抱えるレオンティウスが、今ばかりは可哀想に思える。
トスカときたら、本当に自由。
それでもレオンティウスはすぐに復活して、トスカに説教をかまし始める。
あの人にそんなことしても、結構無駄だと思うんだけど
レオンティウスは根が真面目なんだろう。
「でもあの二人仲がいいなぁ」
「幼馴染らしいですよ」
「へぇ」
丁度あの二人の真ん中に挟まれる位置となった場所に控えていた
ダナトが私の傍まで避難してくるついでに教えてくれる。
「それであんなにぽんぽん言い合ってるんだ」
「えぇ、そうみたいですよ。レヴァン様も幼馴染らしいですけど」
「レヴァンも」
「そう、なんでもレオンティウス様の乳母の息子で、彼らと一緒に遊んでたって」
「乳母!」
もう遠いとしか言いようのない単語の登場に、私は思わず笑ってしまった。
なんてお約束な。
「面白いですよね、お約束で!」
「面白いね、お約束で」
トスカがどういう具合に彼らと絡んだのかが気になるが、まぁそのあたりは
そういう話題になったときに本人達から聞けば良い。
なんとなく手持ち無沙汰になって、腰に下げた神剣を触る。
「あれ、陛下最近それ触るの好きですねぇ」
「え?そんなに触ってる?」
言われて私はぱっとエファイトスから手を離した。
そんなに改めて言われるほど触っていただろうか。
触っていたかもしれない。
「ていうか、会った時から大事そうに抱えてましたけど。
なんですか、触ってると落ち着くんですか?」
「ん、うん、まぁ」
言われるとおりだった。
触っていると、なんとはなしに落ち着く。
それでも、指摘されても触っているのは恥ずかしくて
手を後ろにやって組むと、ダナトはまぁでもと前置いて
「あんまり、触らないほうがいいですよ、それ」
「え?」
「ほら、あんまり触って宝石取れちゃうと、ね」
「あぁ…」
直すのにかかる補修費のこととかを考えて、
私はダナトの指摘をもっともなことだと受け止めた。
「そうだね、あんまり触らないようにする」
「そうしてください。万が一、エファイトスを陛下が
離さなきゃいけないような事態になると、危険度もぐんと跳ね上がりますしねぇ」
「気をつける」
深く頷いて、視線を前に戻すと大人たち二人は、まだきゃんきゃんとやりあっていた。
その大人気ない様子に、失笑が漏れる。
と、同時に赤毛の誰かを思い出しかけて、また、消える。
しかし今度は私がそれに気がつく間もなく、「二人とも!」と、
えらく低くて渋い声が部屋の中に響き渡った。
思わず顔を上げると、レヴァンが怒った顔をしてトスカとレオンティウスを交互に見ている。
「二人とも、陛下の御前だ」
決して、大声ではなかった。
それなのに、トスカとレオンティウスはばつの悪そうな顔をしてそっぽを向く。
そうしてそれっきり、喧嘩を再開するでもなく押し黙った。
レオンティウスも、トスカも、だ。
その光景に、私は感動にも近いものを覚えた。
あの自由っぷりの激しい奴らが、こんなにも簡単に言うことを聞くなんて!
「すごいね、レヴァン」
「いえ、陛下のお褒めに預かるようなことでは」
謙遜して微笑んだレヴァンの表情は、もう心底大人って感じで
私はキラキラしながらそれを見つめた。
「レヴァンすごいねぇ」
「そうですよね、レヴァン様凄いですよね!
ちなみにレヴァン様は俺の義父なんですよ。存分に羨ましがってくださいね、陛下!」
「まじでか、羨ましいなんだそれ!」
「ふはははは、羨ましいでしょう。あげませんよー」
「…い、いらっとする…でも羨ましい、レヴァン凄い」
「ねー」
〇剣の王様 幽霊騒ぎ1
2011年03月11日(金)01:36
そうして私が王様になってから、少しの時間がたった。
「前々から思っていましたが」
「うん」
「床で寝られていると、驚きます。
陛下はベッドでは寝られないのですか」
髪を櫛で梳かしながら言うヨイケに、私は鏡の中の彼女を見つめた。
「ベッド?」
首を傾げると、さりげなく姿勢を直される。
「そこの白いふわふわしたそれです。
ご存知ありませんでしたか」
「うん」
「なら、今夜からあそこで寝られると良いでしょう。
床よりかは疲れが取れるかと」
「じゃあ、そうする」
「そうなさってください。私も朝来たときに、踏みそうにならなくて助かります」
さらりと平坦な声で言われたそれを流しそうになって、
それから私は目をむいた。
そんなことになってたのか。
いや、浮浪児時代には、そんなことはざらにあったけど。
路地裏で寝ていて、他の浮浪者やら、旅人やらに足や手を踏まれるなんてしょっちゅうだった。
それをいってフォローになるだろうかと考えて、まぁ、ならないなと思う。
それどころかヨイケが眉間に皺を寄せるだろうことが
たやすく予測できたので、私は口をつぐんだ。
美人が顔を歪めると、ちょっと怖い。
黙ったまま身を任せていると、髪を梳かれるのはすぐに終わった。
ここに来てから一週間と少し立つけれども、まだ触られるのは慣れない。
私はヨイケに気がつかれないようため息をつくと、エファイトスを手に取り腰に下げた。
「陛下、カイアを通してもよろしゅうございますか」
「うん」
頷くと、ヨイケが部屋の外で待つカイアを呼びにいく。
カイアが部屋の中に入ってきたら、まず挨拶をして彼が今日の予定を述べる。
私は彼の言う通りに予定をこなして、またこの部屋に帰って来て寝る。
予定は、いくらか変動することがあったが、概ねトスカによる歴史学
レオンティウスによる礼儀作法、ダナトによる剣術、レヴァンによる戦略学が
ランダムに入ってくるだけのルーティンワークだ。
これだけで平時はご飯が食べられるのだから、国王陛下はぼろい商売だなとぼんやり思う。
決して口には出せないが。
ここに来てから、言葉を飲み込むことが多くなったように思う。
前はもっと酷いことも平気で口に出せていたように思うんだけどと
考えていると、部屋の扉が音を立てて開いた。
「陛下、おはようございます。清清しい朝ですね!」
「…おはよう」
挨拶を返すと、カイアは満面の笑みになる。
安い人だ。
彼のこの『国王陛下』に対する忠節は、見ていていっそ面白い。
字が書けるようになったら、密かに観察日記でもつけてやろう。
「それでは陛下。本日の予定を述べさせていただきたいのですが、
宜しいでしょうか」
「はい、どうぞ」
さて、本日の授業であるが、まず始めはレオンティウスによる礼儀作法の授業だった。
ダナトとレヴァンという護衛を連れてレオンティウスの部屋に向かうが
これが気が重い。
なぜかというと。
「…おはようございます」
レオンティウスの執務室の扉を開けて、軽く会釈をすると、
目が合った瞬間、レオンティウスは眉を跳ね上げてにこりと笑った。
…今日も駄目だった。
「おはよう、陛下。でも駄目だよ」
「だ、駄目…」
「駄目だね。朝の挨拶はゆったりと優雅に笑みを浮かべて、君は頭を下げない。
微笑むだけで良いと、何度言えば分かってもらえるのかな」
にこにこ笑っているのに目が笑っていないレオンティウスは、外見が整っている分非常に怖い。
………レオンティウスは、馬鹿みたいに鬼教師だった。
礼儀のれの字も知らない小娘相手に、完璧を求めてびしばしびしばししごいてくれる。
授業開始から三日目ぐらいで、面倒になったのか敬語が取れたのが
いやに懐かしい思い出のように思えた。
とまぁ、そういう具合に現実逃避をしかける私を連れ戻すのも、原因となったレオンティウスだ。
「ほら、何をぼうっとしているのかな。挨拶を繰り返して」
「お、おはようございます?」
「顔が引きつってるよ。口角はこのぐらい上げる」
言ってうにっと遠慮なく頬が引っ張られる。
「お、おひゃよふございはふ」
「今のこの状態で挨拶してどうするんだい、陛下。
ほら、放すから自然にね」
「おはようございます、レオンティウス」
「はい、おはよう」
挨拶を仕返してもらえたら、合格の合図だ。
今日は早々にこれを終えられたことにほっとする。
初日など、挨拶だけで授業が潰れたのだ。
それはとりもなおさず私の礼儀作法が壊滅的だということと
イコールだが、そこは最初から分かっていた事である。
とりあえず、挨拶でリテイクを食らわないようにしようと
低いのか高いのか良く分からない目標を立ててみる。
多分低い。
「それで、レオンティウス、今日は何の授業をするの?」
「何のねぇ。何をしようかと思っているよ。
君は教え甲斐のありすぎる子だから、僕も色々考えなくてはいけない」
「…………で、何の授業をするの」
きらきらしい外見の癖して、レオンティウスは嫌味を言うのが好きだ。
…嫌味と言うか、事実なのだが。
事実なので流して先を促すと、レオンティウスはふむと顎に手をやった。
「昨日までは、基本的に挨拶の練習をしていたね」
「目上への挨拶から目下への挨拶、同格の相手への挨拶とかやったよ」
「じゃあ、今日は歩き方の練習でもしてみようか」
言って、レオンティウスはがっと私の肩を掴む。
「う…!」
「………触るたびに悲鳴をこらえるのも、そのうち矯正してあげよう」
「い、いらな」
「まず、君は猫背気味なのがいけない。国王陛下たるもの、国の象徴として
凛と胸を張っていただかなければ。背筋伸ばして」
否定の言葉を全く聞いていないレオンティウスに、泣きそうな気分になりながら
背筋を伸ばすと、今度は頭を掴んで後ろにやられる。
「顎は引いて、正面を見る」
「うぅ…はい」
「耳、肩、腰、膝、足首は一直線になっているのが、正しい立ち方。
なってるのが分かる?」
「………なんとなく」
「じゃあそれを忘れないようにして。今後はそうやって立って」
難しい。厳しい。
しかしレオンティウスの顔は真剣で、無理だって言ってもきっと許してくれない。
「………分かった」
「じゃ、今日の授業は、その姿勢のままでいること」
「………………え、ずっと?」
「ずっと」
さらっと言って、レオンティウスは自分の机の方へと帰っていく。
「え、え、ちょ?レオンティウス?」
「歪み始めたらまた直してあげるから。より早く姿勢を矯正するコツは
その姿勢をとる癖をつけることだよ」
…授業って、何時間だっけ。
二時間だな。
考えてすぐに出てきた答えに、死にたくなる。
この姿勢のまま硬直しているだけの状態で、二時間。
部屋の隅に居るレヴァンとダナトに視線を送るも、二人とも速攻で目を逸らした。
レオンティウスを見る。
既に書類を広げていて、こちらのことなど何一つ気にしていない。
「…………えぇと」
とりあえず、試しに姿勢をほんの少し崩してみると、速攻でレオンティウスが立ち上がった。
慌てて姿勢を元に戻すと、レオンティウスも椅子に腰掛ける。
「陛下」
「はい」
「わざとやらないようにね」
「…………あんたの目はどこについているんだ、レオンティウス」
「返事は?」
「はい!」
書面に落としていた顔をレオンティウスが上げかけたので、私は大声で返事をした。
…実際のところ、私はこの授業が一番怖い。
〇剣の王様 王様始め7
2011年03月11日(金)01:35
翌朝、目が覚めると知らない女が目の前に居た。
「…………」
「起きて頂けましたか」
目が覚めるような美貌の女だった。
少なくとも、私の眠気は女を見た瞬間に吹っ飛んだ。
厚ぼったい唇に、何ともいえない色気を感じる。
私は女を見ながら起き上がると、ばりばりと頭をかいた。
そのまま辺りを見回して、少し考えてから、そういえば王宮に来たのだったと思い出す。
もう一度女を見上げると、女は無表情のまま厚い唇を割った。
「恐れ多いことですが、自己紹介をさせていただいても?」
「はぁ」
「本日よりチャイリー陛下に仕えることになりました、ヨイケでございます。
以後は私が侍女として、陛下の身の回りのお世話をさせていただくことになりました」
「それは…どうもよろしく」
こういうときに、何を言えばいいものやら分からず
曖昧に言葉を濁しながら、剣にごく自然に手を伸ばす。
剣を掴んで立ち上がったところで、私は手にしたものを見た。
「……………」
「なにか?」
「いや…」
緩く首を振って、誤魔化す。
どうしようもない違和感を感じた気がするが、沈める。
魔法使いじゃないが、面倒だ。
慣れない所に来て、神経が過敏になっている。ただそれだけの話にしておく。
私の侍女だというヨイケは、そんな私の様子に、少し表情を動かしたが
結局何も言うことはなく、鏡のついた机の前に立った。
「それでは陛下、まずは身支度を整えなければなりません。
まずは御髪を梳かせていただきたく思いますので、どうかこちらへ」
「……え」
御髪?梳かす?
何をどうやって何するの?
はてなマークを浮かべた私を、ヨイケは辛抱強く呼んだ。
「さぁ、どうぞこちらへ」
机の下にあった、背もたれのない椅子を引き出したヨイケに手招きされる。
招かれるままにそこに腰を下ろすと、優しげな手つきで私の髪をヨイケが触った。
「っ」
何とか声はこらえたが、肩が跳ねるのまでは止められない。
一瞬ヨイケの手が止まったが、私が固く唇を引き絞っているのを見ると
黙って髪に櫛を入れ、梳かし始める。
その態度は、私にとって酷く有難いものだった。
彼女は雄弁な性質ではないのか、それとも一々触るたびに身を固くする私を気遣ってなのか
黙ったまま髪を梳かし、着替えをさせ(茶っぽい木板で出来た箱っぽいのは衣装棚らしい)
私の身支度を整えさせた。
ひょっとして、毎日これからこれをされるのかと思うと憂鬱な気分になったが、
部屋の扉がノックされたことで、私はそれに対する考えを停止させる。
私が立ち上がり扉を開けようとする前に、ヨイケがすっと動き
扉の前に立ち、はいと返事をした。
「カイアですが、入っても宜しいですか?」
穏やかな男の声に、ヨイケが振り向く。
「陛下、よろしいですか」
意見を求める声に頷いて答える。
「どうぞ」
「すいません、失礼いたします、陛下」
入室してきたのは、茶色い髪の男だった。
穏やかで、上品そうな顔をしている。
彼は音も無く歩き、私の前まで来ると一礼してこちらを見た。
「私はカイアと申します陛下。陛下の侍従を勤めさせていただきます。
以後、宜しくお願いいたします」
「えぇと、…はい」
自己紹介をしたほうがいいのか迷ったが、そうしている内に
カイアと名乗った男は、懐から一枚封筒を出した。
「どうぞ」
「………」
差し出されたそれを受け取って、封を切ってみる。
が、見てもどうしようもない。
私は眉をしかめて、カイアに向かってそれをつき返した。
「あの、陛下?」
「ごめん、読めない」
「…………すいません、色々と失念しておりました」
謝るカイアに首を振ってやる。
いやでも、言い訳をさせてもらえるならば、うちの国の識字率はそんなに良くない。
なぜかって言うと、商家はともかくとして、農家の人間に、全く字が読めないって人間が多いからだ。
だから、ほら、うん。………読めなくても不思議じゃないじゃない。
そんなことを思っていても、気まずいことには変わりなく目を逸らすと
ヨイケが強くカイアを睨んだ。
そこでようやくカイアは自己を取り戻したようで、慌てて口を開く。
「あ、えぇと、それでは私が書状を読ませていただいても宜しいですか?」
「うん、お願い」
「では…」
「昼飯食いにきませんかってこった」
………可哀想に、カイアが書面を読み上げる前に、後ろから声が響く。
身体を傾けて扉のほうを見ると、魔法使いが片手を上げて立っていた。
「旦那」
「迎えに来た。しかし小奇麗にして貰ったもんだなぁ」
そのまま遠慮無しに、魔法使いはずかずかと部屋の中に踏み入ってきて
私の頭をくちゃくちゃにする。
「可愛い可愛い」
「ぎっ」
叫んで反射的に手を払いのけようとすると、魔法使いはその前にぱっと手を離した。
歯を食いしばって見ると、魔法使いはにやにやと笑っている。
「旦那!」
「うん?」
人に気構え無く触られるのが得意じゃないのを、あからさまに分かっているであろう表情に
私が何か怒鳴り散らすその前に、すっと髪の毛に櫛が通された。
ヨイケが、櫛を片手に私の髪を再度梳かしている。
「………ヨイケ」
「酷いことを」
整えたばかりの髪を速攻で台無しにされたのが嫌だったのか、
ヨイケは僅かに眉間に皺を寄せていた。
「悪いな、あんまりにも可愛かったから」
悪びれずに言う魔法使いに、頭上で微かなため息が聞こえる。
それでもヨイケは、緩やかに首を横に振った。
「………まぁ、いいや。昼食会?昨日言ってた奴?」
「そうそう。レオンと、俺と、あとお前の護衛に当たる奴何名かで」
「護衛」
思いも寄らなかった単語に眉根を寄せると、さっきまで部屋の隅で沈んでいた
カイアがこちらになおる。
「陛下の尊き御身を守るために、護衛がつくのは至極当然の事柄です」
「………ふぅん、そうなんだ」
「そうなのです」
今一反応しづらいカイアの言動を適当に流して、私はヨイケが髪を整え終わったのを
確認してから立ち上がった。
「じゃ、行こうか旦那」
「おう」
案内されたのは、大きなテーブルのあるだだっ広い部屋だった。
レオンティウスと、御者の人と、後は知らない男の人一人が
既にテーブルについている。
魔法使いに一番奥の席に案内されて座ると、彼は一つ向こうの席に座った。
「さて、ようこそおいでくださいました陛下」
持ってきていた剣を、どこに置けばいいのか分からなくて
とりあえず床に転がした所で声を掛けられて、
私はレオンティウスを見た。
だが、何を返せばいいのか分からなくて、とりあえず、曖昧に頷く。
それにレオンティウスは唇を弧の形にして、
「どうぞ気楽に」とのたまった。
無理だ。
そんなことが出来るのならば、最初からしている。
私は表情をなくした顔のまま、また頷いた。
「そんなに緊張すること無いぞ。別に、これからお前の世話する奴らとの顔合わせってだけなんだから」
「旦那」
優しく肩を叩かれて、私は隣の席を見る。
魔法使いは、酷く優しい顔をして私を見ていた。
…この人、ほんとに子供好きなんだな。
甘ったるい顔に面映い気持ちになっていると、からかう様な顔をして
魔法使いがそれにしてもと、レオンティウスの方を向いた。
「レオンお前は本当に子供の扱いがドへたくそだな」
「ド…!」
「あぁ、それは俺も思います。レオンティウス様は死ぬほどへたくそですね」
その発言に目をむくレオンティウスに、御者が更に追い討ちをかける。
そのあんまりにも素直な発言に、レオンティウスは半眼で御者を睨みつけた。
「ダナト…君は僕に喧嘩でも売ってるのか」
「いえまさか!」
大声で笑いながら否定する御者に、隣の男がため息をついた。
「……ダナト、陛下の御前だ」
「すいません、レヴァン様」
「………」
窘められてしゅんとする御者を見ながら、首を傾げる。
今一この人たちの力関係が良く分からない。
とりあえず、御者は魔法使いと並んで自由な人なんだなと言うのはよく分かったが。
私が目の前の景色を傍観者気取りで観察していると、
平静を見た目上取り戻したレオンティウスが、ため息をついた。
「全く、申し訳ありません陛下。トスカが既に申しましたが、
本日はこれから暫く、陛下のお世話をさせていただく者を
私も含め紹介させていただきたいと思い、このような場を作らせていただきました」
「……お世話」
「えぇ、あちらの二人が、陛下の護衛を勤めるレヴァンとダナトです」
「行きはどうも、陛下。ダナトです」
「………レヴァンです。ご信頼をいただけるよう、誠心誠意勤めさせていただく所存です」
「…よろしく、お願いします」
誠心誠意と所存の意味が分からないが、とりあえず頷いておく。
「そして、私とトスカが恐れ多くも陛下の教育をさせて頂くことになっております」
「教育?」
「はい。この国の歴史、礼儀作法、陛下には覚えることは沢山おありかと」
「それは、まぁ」
その通りなので素直に頷くと、レオンティウスは深く頷き返した。
「心配なさらずとも、一から分かるまできちんと教えさせていただきますので」
「はい」
「良いお返事です」
言われて、私が微笑むと、魔法使いが、トスカがでもさぁとダナト達を指を刺した。
「でもそれを言うんなら、あいつらも先生なんだぜ」
「え?」
「陛下は剣も覚えなくっちゃいけないからな」
「剣も?」
「あぁ」
問いかけると肯定が返ってきてちょっと困った。
そりゃあ、神剣がもたらす恩恵の中には戦場での勝利があるのだから
当たり前と言えば当たり前だけれど、剣など持ったことがない。
ちらりと床に転がしたエファイトスに視線を落とすと、
レオンティウスがゆったりと声をかけてくる。
「なに、心配なさらなくても宜しい」
「…でも」
何を根拠にそういえるのか。
言う代わりに、渋ってみせる。
すると、予想外なことに、レオンティウスは席から立ち上がり、
私の目の前まで歩み寄った。
「では、試しにエファイトスを持っていただけますか、陛下」
「え、こう?」
同じく立ち上がり、拾った剣を鞘から抜いて問いかけると、レオンティウスははいと頷く。
「えぇ、大変に結構ですよ、陛下」
そしてそのまま腰に手をやると、目にも留まらぬ速度で
剣を抜き、私に向かって薙ぎ払う。
「っ!?」
一方私は、剣は構えただけで、力も入れてない。
弾き飛ばされ、首がもがれる予想をした私だったが
レオンティウスがそれをした瞬間、身体が勝手に動いた。
筋肉が動き、腕が剣を下から上へと払う。
その動きは、レオンティウスが持つ剣を的確に弾き飛ばした。
しかしエファイトスはなおも止まらない。
足が勝手に前に踏み出し、目がレオンティウスの首筋に定まる。
「だ、駄目!」
悲鳴のような制止の声を上げて、レオンティウスの首を薙ごうとする神剣を
必至に押し止める。
だけれども剣は勝手に動いて、首を薙ごうと横に
「馬鹿が」
しかし低い声とともに、鋭い斬撃がエファイトスに降り、剣は私の手から離れた。
そのままエファイトスは、床とこすれあいながら滑り飛んでゆく。
「何をやっている、レオン」
低く怒りを押しつぶした声に振り返ると、レヴァンが目を細めてレオンティウスを見ていた。
だが、当のレオンティウスはと言えば、涼しげな顔をして
弾き飛ばされた自分の剣を拾っている。
「一度実地で教えた方が早いのかなと思ってね。ねぇ、大丈夫でしょう?陛下。
今のはエファイトスの動きです。
エファイトスを貴女が持っている限り、神剣が貴女を守ります」
「だ、大丈夫とか、大丈夫じゃないとか…そういう問題でもない」
微笑んだまま首を傾げられて、搾り出すように声を出す。
レヴァンがエファイトスを弾き飛ばしてくれていなければ。という想像をするとぞっとした心地になった。
今更ながらに指先が震える。
「もっと優しく、命大事に…!」
「でもほら、大丈夫だったでしょう?」
「首が飛ぶ一歩手前だったけど?」
「飛んでないなら大した問題でもありませんよ」
にこりと言われて、頭がくらくらした。
どうしよう、この人頭おかしいよ。
目を覆っていると、あははとそぐわない笑い声が響く。
「そんなに悩んじゃ駄目ですよ、陛下。
レオンティウス様ってば、こんな夢見がちな乙女向け容姿してながら
割と頭おかしいんですから」
「頭おかしい」
「慣れたら面白いですよ」
ぽんっと、ダナトに肩を叩かれて、それに慣れられるお前も十分おかしいとは思ったが突っ込まない。
突っ込んだら負けな気がした。
その代わりに大分飛んでいってしまったエファイトスを、躊躇いながらも拾い上げ
席に戻ると、ごほんとレオンティウスが咳払いをする。
「では、大分前置きが長くなりましたが、食事を始めましょう。
陛下の今後のご予定については、食事をしながらということで」
それを合図にして、ヨイケと同じ格好をした侍女達が楚々と進み出てきて
食器を次々と並べていった。
〇剣の王様 王様始め7
2011年03月11日(金)01:35
それから、馬車は魔法使いの言葉通り走り続けた。
馬車を扉のついたものに替え、日毎に馬も替え
食事のときにも止まらず走り続け、三日目には本当に王都へとたどり着いたのだ。
「信じられない、本当に休まずに走らせるとか」
疲弊した声で御者が言う。
私もその意見には同意だった。
馬車というものは、乗る前はもう少し乗り心地がいいものだと思っていたのだが…。
激しく揺れるし馬の気分で左右にはぶれるし、お尻がいたくて気持ち悪い。
「貴族って、よく好んでこんなもん乗るね」
「そうですよねぇ。お尻痛いですよね。
直に馬に乗るか、それか歩きの行軍の方が何ぼもましですよ」
「やっぱり馬の方がいいんだ?」
「まぁ、馬車に乗ってるよりかは、疾走感とかありますしねぇ」
「ふぅん」
「だから、普通に会話するなと」
会話をする私と御者に、魔法使いがぼやく。
何でも、こういう箱馬車では、御者は中の会話を何も聞かないことになっていて
ましてや、話しかけられもしてないのに、中側に話しかけるなど、
よほどの緊急事態でもないといけないらしい。
私には、その辺のことは良く分からないのだけど
そうやって会話するたびに、面倒そうに魔法使いは注意した。
「そうは言ってもですね、陛下ってば退屈そうじゃありませんか、トスカ様。
やっぱり退屈を紛らわすには、まず一番に会話ですよ」
「分かった分かった。お前それ、他の真面目な奴と組んだときにやるなよ」
見えもしないのに手を振って、御者の主張を聞き流した魔法使いは
窓の方へ目をやって、それから私のほうを見た。
「後十分も走れば、王城に入れるが……まぁ、その格好だったら大丈夫だよな」
首を傾げながら言われて、私も自分の格好を見下ろす。
ずた袋に穴を開けたような服から、小奇麗なワンピースにリボンのついた上着へと
着替えさせられ身体も洗ったから、とりあえず、浮浪児には見えないだろう。
「それにしてもあれだなー。お前がこのまんまで王城とか大丈夫なのって言ってくれて助かったな」
「はははは」
言われた言葉には、笑うしかなかった。
あろうことか、私が気がついて言うまで、着替えさせるのも身体を綺麗にさせるのも
意識の外に吹っ飛んでいたというのだから、この二人は本当にお笑いだった。
もうちょっと、いろんなことに気を配るといいと思うが、
最たるものはそれに気がついて、服とか身体とかどうにかした方がいいんじゃないのと
進言したあとの事で、泉のまん前に見張りを立てられ、かつその泉で水浴びさせられて、服を着替えさせられたことだ。
お前ら、本当デリカシーとか覚えろ。
私だからまだ良かったようなものの、これを妙齢の普通のお嬢さんにやったら
性的嫌がらせで、お嫁に貰うの貰わないので、ブロークンハートだ。
だが、普通に着替えた私には何も言う資格はあるまいと、窓の外へと意識を戻すと
馬車は王城へと差し掛かったようだった。
と入っても、そびえ立つ宮殿の全景が見えるようなところなど当に過ぎて、
一面壁しか見えない。
ただ、窓の切れ端からは立派な門が僅かに見えた。
立っている門番のほかにも、詰め所からわらわらと番兵が出てきて馬車の前へと立ちふさがる。
しかしそれもほんの少しのことで、御者が席から身をかがめて
立つ彼らへと紙切れを見せると、番兵達は下がり門が開いた。
蹄の音が響き、馬車が門内へと侵入する。
慣れない衣服には違和感ばかりがあって、それが知らない・立派なところへ来たことで増幅される。
入りたくないな、とは思ったが今更どうすることも出来ない。
抜いてしまった後悔は、ずぶずぶと心の底に眠り続けているが
腹の足しにもならないものは見ないことにして、また沈める。
その代わりに、とりあえずおなか減ったなと、直接的な欲求を表に引き上げていると
魔法使いと目が合った。
「なに?旦那」
「いいや。別に」
「ふぅん?」
首を傾げて、剣を抱えなおす。
なんとなく、近くに抱え込んで持っていると安心できるような気がした。
馬車は入場しても暫くの間進んでいたが、やがて建物から女が出てきて
進路へと立ちふさがる。
それを合図にして、ゆるゆると馬車が止まると、すぐさま閂が抜かれる音がした。
魔法使いが、まず立ち上がり扉を開け外に出る。
その後振り返り、手がこちらに向かって突き出された。
一瞬だけ迷った後、剣を持たないほうでその手を取って外に出ると、
建物から出てきた女が驚いた顔でこちらを見る。
「トスカ様…!」
「大宰相と、レオンが呼んでいるのか?」
「あ、えぇ、はい…」
女が頷くと、物言いたげな視線を無視して、魔法使いは私の手を取ったまま歩き始めた。
仕方なくつられて歩きながら後方を振り返ると、御者は馬車の片づけをしていて
着いて来ない様子だった。
そうこうしている間にも、魔法使いは進み、私は連れられ、角を曲がる。
並んだやたら豪奢な扉を通り過ぎ、くねくねと曲がりながら進んでゆくと
やがて魔法使いは一つの扉の前で立ち止まった。
「トスカです」
こんこんと、繋いでないほうの手で魔法使いがノックをすると
「入りたまえ」
と中から声がした。
それに応じて、魔法使いが扉を開けると、中には
机の上で手をみ椅子に腰掛けた、髭を蓄えた中年の男と
その横に控えている壮年の男がいた。
まず目を引くのは中年の男で、彼には目を離せないような威圧感があった。
着ている物の上等さと、今までの周りの会話からすると、彼がこの国を治めている大宰相なのだと予測はついた。
大宰相らしき男は、優しげな面立ちをしていたが、なんとなく何を言われるのかと身構えてしまう。
浮浪児としての経験から言わせてもらえれば、身分が高い人間なんて、ろくな奴が揃ってない。
そうしてもう一人、壮年の男だが、彼は確かに中年の男に比べれば目がいかないが
目立たない容姿をしているのではなく、むしろ逆だった。
物語に出てくるような甘い顔に金髪碧眼。
絵に描いた王子様のような見掛けと穏やかな表情を男はしていたが
しかしそこに、なんとなくうさんくささを感じて
私は非常に理不尽に彼に反感を抱いた。
扉が閉められ、手が解かれると、私は手の中の剣を両手で握り締め
油断無く二人に視線を走らせる。
「トスカ、その子、いやその方が?」
「あぁ、剣を抜いた」
言って魔法使いは、一歩下がる。
並び立っていた彼が下がると、視線が私に集まった。
壮年の男のものはまだ良い。
だが、大宰相の視線は、強烈に私を焼いた。
殺されるような強い視線は、思わず怯みたくなるようなものだったが
下がるのは負けな気がして剣を握って耐えていると、大宰相が立ち上がる。
何をするのかと構えていると、彼は私の傍までやってきて
あろうことか目の前で跪いた。
「っ」
「ようこそおいでくださりました。陛下。
私の名はバロイ・カルエン。この国で大宰相を勤めさせていただいております」
「………チャイリー、です」
名乗られたので名乗り返すと、大宰相様はふふっとお笑いになった。
いやに癇に障る笑みだった。
「ではチャイリー陛下。貴女は剣を抜かれました。
で、あるからには、この国の王となっていただかなくてはなりません。
私どもの国は、王に豊穣と勝利を約束していただいてこその、繁栄を保持しております故」
そこで彼は言葉を切ると、笑みを消し真剣な表情になる。
その目は憂いを映すように、物悲しい。
「貴女からしてみれば唐突に環境が変わり、そのような役目を押し付けられると
お感じになっているやも知れませぬが、前王は私の兄でございました。
私は兄に誠心誠意を込めて仕え、国のために働きました。
それと同じ気持ちでもって、貴女に仕えると、そうお約束いたしましょう。
貴女へかかる負担が少しでも減らせるように」
心の底から貴女のことを考えています。という表情をした大宰相を見下ろし
嘘だな、と直感する。
会ったその日その瞬間の仲の相手に、こんなことを言うだけでも嘘臭いが
真摯な顔をした大宰相の目には、よく見れば無機物を見るような色が見えた。
欠けた盤上の駒を取り戻したいだけだ、この人は。
確かに大宰相は国の政を執り行う。
そこに、国王の付け入る余地はない。
無いが、国王はそれとは別の所で必要な駒だった。
彼は切実にその駒を求めている。その駒は、私である必要性は無いが。
私は傷つくようなことは無かった。
むしろ、本心からそういわれていたほうが、逃げ出したいような気分になっただろう。
なにしろ生まれてこの方、そんな幸福な目にあった事がない。
私は未だに跪く大宰相に、何を言おうか迷ったが結局ご飯が食べたいなと呟いた。
部屋に、微妙な沈黙が落ちる。
「ご飯が食べたいな」
もう一度、繰り返すと大宰相が忙しなく瞬いた。
「は、ご飯、ですか」
「そう、ご飯が食べられるんなら、別にいいかなって」
より強い欲求を言うのならば、逃げたいが挙がるだろうが
言った言葉も、本心の一つであることに違いは無かった。
腐ったごみ屑を腹の中に収めることを、しないでいいならそれはそれで良い。
大宰相を見下ろしていると、彼はやがてにこりと微笑んだ。
「そうですか、それはようございました。
決して飢える事が無いことを、お約束いたしましょう」
言って大宰相は立ち上がり、部屋の奥に控えていた王子めいた男を振り返る。
「レオン、陛下を内宮までお送りするように。
私は知らせを出さねばならん」
冷え冷えとした表情で大宰相が命令すると、王子はゆっくりと頭を下げ受け
ゆっくりと私の前へと進み出て、膝をつく。
「陛下、私の名はレオンティウス・カルエン。
大宰相補佐を勤めております。以後、お見知りおきを」
「チャイリーです」
名乗りは不要な気がしたが、一応名乗るとレオンティウスは優美にその唇を綻ばせた。
「それでは陛下、行きましょうか。これよりあなたの住まいとなる内宮へご案内します」
レオンティウスが扉に目をやると、魔法使いがそれを開く。
先に出たレオンティウスの後に続くと、扉は音を立てて閉められた。
「疲れているでしょうから、食事は部屋に運ばせます。
色々とお話はありますので、明日辺りに、気取らず食事をしながらでも」
ここが内宮で、ここが今日から貴女の部屋だと案内された部屋で
レオンティウスが説明をする。
それにこくりと頷いて、説明を聞いたことを示すと
レオンティウスはそれでは御前を失礼しますといって立ち去っていった。
立ち去るときに、かちりと小さな音がしたのは聞き逃さなかったが
わざわざ部屋が施錠されたことを調べるほど、気力は残っていなかった。
剣を投げ捨て、床に寝転ぶ。
「あれもあれもあれも、さっぱり使い方が分からん」
物心ついてからこっち、建物の中になんか入れてもらったことが無かったから
白いふかふかしたでっかい人が乗れるぐらいの大きさの何かとか
茶っぽい木板で出来た箱っぽいのとか、良く分からない。
場違いすぎる。
「なんで、お前は私を選んだのかな」
投げ捨てた剣を見て、呟いてみる。
剣を抜いたときのことはよく思い出せない。
ただひたすらに求める欲求と、長い白銀の髪だけが記憶にこびりついている。
近寄って、剣をなぞってみると、冷たい金属の感触が指先に伝わった。
ひんやりとしたそれは気持ちが良かったが、私はきゅっと唇を噛む。
町が遠い。
ヨハン、どうしてるのかな。
私は、これからなにをするんだろう。
なにを、させられるんだろう。
「どうして、私だったの…?」
もっと、多くの物を持つ人を、選べばよかったのだろうに。
私の問いかけに、剣は当たり前だが答えなかった。
〇剣の王様 王様始め6
2011年03月11日(金)01:35
さっと車中の空気が切り替わる。
緊張感を孕んだ空気の中、窓にへばりつくと確かに、
十数人ほどの騎馬集団が後方にちらほらと見えた。
手に円月刀を持ち、ぼろきれのような服を纏った姿は、いかにもらしい。
だが、そんなに冷静に観察できていたのもそこまでだった。
騎乗しながら、盗賊の一人が弓を番える。
思わず窓から身を引くと、次の瞬間にはどっと重たい音が馬車の外から響く。
馬車が上下に揺れて、車体がたわんだ。
「トスカ様、馬が怯えだしました」
「持たせろ」
冷静に切り返す魔法使いの声を聞きながら、窓の外をそうっと見て、ふと気がつく。
この街道、この馬車のほかには盗賊しか見当たらないが…。
「ていうか、あんだけいっぱいいた人たちは?!」
広場にはぞろぞろといたくせに、ここにはこの馬車だけで
何処に行ったのと聞くと、魔法使いはこんなときに、暢気にぽんっと手を打つ。
「あぁ、置いてきた」
「お…!」
「だから、助けには来ないだろうなぁ。今撤収作業の真っ最中だろ」
「そ!の!な!」
「なんでって、もしも見つかったら、早々に連れて来いって命令だったから」
「早々過ぎる!もうちょっと待てば良いと思うよ!」
「俺もそう思いますけど」
悲鳴めいた私の声に、御者の男が同意する。
しかしそれに対する魔法使いの態度ときたら
「だってめんどい」
「め…!」
「またそれですか」
「またも何もめんどいだろ。なんで俺だけで賄える事なのに
人を待ってレオンをイラっとさせないといけないんだ。
アイツイライラさせてっと、めんどいんだよ」
言いながら、魔法使いは馬車の扉をいきなり蹴り飛ばした。
さして力を込めたようには見えなかったのに、蝶番ごと扉は吹き飛んで
私は言葉を失った。
どんな脚力してんのこの人。
「あぁ!?なんか扉が吹っ飛んで行った気がするんですけど?!」
「気のせい」
「気のせいとか!せめて魔法使いましょうよ。
蹴っ飛ばさないでくださいよ。
大体扉破っちゃったら国王陛下逃げたい放題じゃないですか。
逃げられないように、外から閂かけられるタイプの馬車
わざわざ探してきたってのに」
「あれ、あぁ」
「ほんとだ」
御者の人は、要らない事言いだと思う。
今の今までそんな可能性には全く気がついてなかったというのに。
思いもよらなかったことを提示されて、私は流れてゆく景色を見る。
ひゅうひゅうと流れてゆく速さは、無理をすれば飛び降りられないことも
なさそうだったけれども、逃げて、何処へ行くと言うのか。
あの町には帰れないし(帰ってもすぐにつかまるだろう)
他の町に行くには通行証も持ってないし、
旅装でもない、剣しか持ってないこの状態で飛び降りても、
事態がどうにかなるようには思えなかった。
大方、狼やらの野生動物に食われるか、賊に襲われるか
軍に捕まえられるかでジエンドだ。
「逃げる?」
「やめとく」
見誤ってはいけない。
死にたくないのならば、逃げるにしても、きっとそれは今じゃない。
肩をすくめて首を振ると、ふぅんと相槌を打って魔法使いは
馬車の外へと身を乗り出した。
「お前みたいなの、俺は楽でいいけどねぇ」
魔法使いが目を眇めると、魔法使いが乗り出した姿を見た盗賊たちが
一斉に手に持った武器を構え、弓を持ったものは弓を引く。
矢は地面に刺さるものが大半だったが、たまに馬車に当たると、馬車は揺れ暴れた。
「追いつかせるなよ、今から殺すから」
御者は返事をする代わりに、鞭で答え、にやりと魔法使いが口を歪める。
途端、また馬車の中の空気が変わった。
一気に空気が冷える。
冷えた空気は、息をすることすらも躊躇わせ、
そのくせ、ぞろりと背を撫で上げ、寒気を走らせた。
剣の柄の固い感触を握り縋っていると、魔法使いは舌先で上唇を舐めた。
ただ、余裕ぶった魔法使いの行動とは裏腹に、
山賊たちの手によって、雨のように降り注がれる矢は
馬たちを怯えさせ、馬車は左右に激しくぶれる。
「っぁ!!」
そのうちの一つが窓のすぐ脇に辺り、動揺した私はバランスを崩して
激しく壁に叩きつけられた。
悲鳴を飲み込み、痛みをこらえていると、
ひゅっとへその下が縮こまるような感触がする。
「ダナト、速度を落とせ」
矢の雨の中、それでも命令は確実に実行され、馬車の速度が下がってゆく。
剣を抱きかかえるように持ち直すと、私は固唾を飲んで魔法使いの方を見る。
とてもじゃないけど、大丈夫と言えるような状況じゃない。
なくなってしまった扉から、山賊たちの声が入る。
「殺せ、奪え!良い馬車だ!」
「馬車にはあんまりぶち当てるなよ!車輪を狙え!
乗ってる奴らも売れるんだ、傷物にすんなよ、出来ればな!」
「売れるんだとよ、痺れるねぇ」
奥底に熱の篭もった声で呟いて、魔法使いは盗賊たちを見据えた。
わざと速度を落としているとも知らない彼らは、
警戒することも無く、馬車との距離を詰める。
あちらとこちらの距離が詰まって、等身大の形で姿を捉えられるような距離になって
魔法使いは、右手を顔の前に持ち上げた。
ただそれだけで、空気が鳴動する。
「な、なになになに?!」
ぶわりと、地面から馬車の床から光の粒が浮き上がり、空気中を舞い、
視界全てを白に埋め尽くすほどのそれが、魔法使いへと引き寄せられてゆく。
その異様さに、盗賊たちがざわめき、馬が嘶く。
だがそれももう遅い。
距離は詰まり、盗賊たちは捕らえられた。捕らえられてしまったのだ。
逃げられない距離と予感に、追い詰める側であったはずの彼らが、顔を引きつらせる。
その刹那、魔法使いが哄笑した。
「切り裂け」
なんでもない声だった。
その普通の声が切欠で、盗賊たちは皆死んだ。
魔法使いの伸ばした指先が、盗賊たちに向けられると同時に、光が暴れる。
風が揺れ、激しい刃となって、それは盗賊たちへと踊りかかった。
何の害も無いはずの空気が、殺意を乗せた凶器となって
手を足を腹を喉を頭を切り裂いてゆく。
声を立てる間もなく死に、馬鹿みたいな赤が、地面に広がって、茶色い色を消していった。
ぶしゃりと音を立てて、人も馬も関係なく切り裂かれる。
臓物が飛び散り、中身が全て遠慮なくぶちまけられるその様に
私は吐き気を覚えて、剣を杖のように支えにして、
たまらず馬車の中にしゃがみこんだ。
「ふ…ぐ、おぇぇ…」
「あ」
そこで、初めて気がついたような顔をして、魔法使いが私の目を覆う。
「何だよ、子供が見るようなもんじゃないぞ。馬鹿だな、お前」
あんたがやったんじゃないかと、言っても良かった。
でも私は、覆いかぶされた体温に安心して、言葉を飲み込んでしまう。
いつの間にか、馬車は止まっていた。
顔に触れる魔法使いの暖かな体温と、抱いた剣の固い感触で吐き気が治まってゆく。
はぁと息を吐くと、押し付けられた手が僅かに動いた。
「大丈夫か?」
「………まぁ、なんとか」
「吐かなかったのは、偉いな」
柔らかい口ぶりで落とされた褒め言葉に、かっと耳が熱くなる。
褒められるのなんて、慣れてない。
私は身をよじって、魔法使いの手から逃れた。
「あ」
「あぁもう本当、トスカ様は子供好きですねぇ」
残念そうな顔をした魔法使いの後ろから、声がかけられた。
御者の男だ。
ヨハンと同じ、赤い髪をした青年は人の良さそうな笑顔で笑っている。
しかし、その軍服の裾についた赤色に、私は反射的に身を強張らせた。
「あぁ、いやいや、すいません。参ったなぁ。
血の汚れとか落ちないから気をつけてたのに」
裾についた汚れを、袖口で御者の男は拭う。
…ん?
「あの、それさ、ひょっとして袖につくんじゃ」
「あ、あぁ!」
汚れきった袖口を見て、悲痛な声を上げる御者に、私は乾いた笑みを漏らした。
吐き気は完全に引っ込んだので、良かったのかもしれないが。
まぁ、わざとではないだろうな。
「それで、どうだった?」
「別に持っていた装備品だとかそういうものに怪しいものはありませんでしたよ。
ただの山賊って線が濃厚ですね」
「そうか」
魔法使いが腕を組んで、赤黒い色の塊があるほうへ険しい表情を向けた。
つられて目をやりかけて、慌てて逆方向へ顔をやる。
「まぁ、顔とか判別するにしては、ぐちゃぐちゃしすぎてましたけど。
酷いですよ。内臓踏みつけながら歩いちゃったじゃないですか」
「小腸?大腸?」
「いや、小腸だか大腸だか胃だか知りませんけど」
しかし努力もむなしく、軍人二人のえぐい会話で
脳裏にまざまざと蘇った光景に、私は無言で口元を押さえた。
「あ、すいません」
「…………いや…」
……ひょっとして、軍人ってデリカシーが無い人間で無いと勤まらないんだろうか。
手で謝罪を制しながら考えた事柄は、あながち間違ってないような気がした。
少なくとも、この二人を見る限りは。
「ところで、これからどうするんですか、トスカ様。
次の町で他の奴らと合流しますか」
「いや、次の町で、馬車を替えて王都にまっすぐ向かう。
馬を全力で走らせて、疲れたら替えていけば、三日もあればつく筈だ」
「うわぁ、金を惜しまない手段ですね」
示された手段に、御者が感嘆する。
私も正直そう思ったけれども、この御者、素直すぎやしないだろうか。
多分上官であろう魔法使いに向かってのこの態度に、
見ているこちらがひやりとするが、同じく自由人な魔法使いは気にした様子も無く頭をかいた。
「俺もそう思うけどな、もし国王が見つかったなら
そうしろっていう命令が出てんだよ。
大宰相のおっさんから」
「おっさん…相変わらず自由なんだから。
じゃあ陛下、そういうわけで出発しますから。また暫く不自由おかけします」
不遜すぎる魔法使いの言動にぼやきつつも、ひらりと手を振って、御者の男が席に戻る。
馬車から顔を出して見送っていると、指でつつかれて、席に着くよう促される。
席に大人しく座ると、魔法使いが壁をごんごんと叩いた。
すると、馬車はゆっくりと軋んだ音を立てて動き始める。
緩やかに動き始めた馬車は、先までとは違って扉がないせいで
風が入ってきて冷たい。
ぽっかりと空いてしまった扉の場所を見ていると、魔法使いが向かいの席から
こちら側にわざわざ移ってきて、扉側にどっかりと座り込む。
おまけに今まで座っていた向かい側に、どんっと足を置く行儀の悪い姿勢をとったので
私は仕方なく、反対側の窓の方から景色を眺めることにした。
そんなにしなくっても、『今は』逃げたりしないのに。
ねぇ?と心の中で話しかけながら、私は手に持った剣を抱えなおした。
神よりギルアルへ与えられた剣、エファイトス。
豊穣と勝利を約束する、神の力を降ろすための神器。
厄介なことになったなぁと思いながら、欠伸を漏らす。
やれることが無いと、眠たくなってくるのは人の性だ。
さっき吐きそうになっていたことを思うと、自分が異様に図太いように思えたが
まぁ、繊細でもう話も出来なくて、泣きっぱなしとか震えっぱなしとか
その辺りよりはよほど良い…はずだ。
ごみための中で寝れるような子供が、人の死骸を見た後で寝れないわけがない、そうだろ?
誰とも無く問いかけ、私は剣を抱えたまま目を閉じた。
隣でくすりと笑い声が響いたけれども、すぐに眠りの世界に誘われた私には
なんら関係の無いことだった。
〇剣の王様 王様始め5
2011年03月11日(金)01:34
「ま、町が遠い!髪が白い!なんでどうして!?」
「うるさい…」
うんざりした声音を無視して、私は馬車の窓へとへばりついた。
本当にいつの間にか、住み慣れた町は、全景を拝めるほどに遠く、私は天を振り仰いだ。
すると、見たことがないぐらい上等な木目が目に飛び込んできて、
本当に嫌な気持ちになる。
「あぁ、うっかりすぎた…うっかりすぎた…
最初に魔法使いなんかに声かけられたときに、逃げてれば良かったんだ…」
「そうすると、他の奴がお前の事を呼びに来たわけなんだが」
「………そしたら多分、頼まれた他の誰かはお金もって逃げて、
剣なんか、抜くことなかったのに」
「そうすると、連れてった奴ら総出で、お前らのことを捕まえて
強制的に剣を抜かせてたわけだな」
………ただの繰言に茶々を入れられると、もう腹が立つの立たないのって。
一瞬蹴ってやろうかとも思ったが、魔法使い相手にそんなことできる度胸などなく
私は眉間に皺を寄せ、髪をぐちゃぐちゃと掻き乱した。
すると、否が応にも変色した髪の毛が目に入ってきて、
それを視覚した瞬間、私は髪を触るのをやめた。
「綺麗に白くなったもんだな」
元々は、私の髪の毛は焦げ茶だったのに。
剣を抜いたことで、白く白く変色した、らしい。
気がついたのは、正気づいてからだったから、いつ変わったかなんて
私は教えてもらうまで分からなかったのだけど。
「………旦那……目の色は、変わってない?」
「元の色が分からん」
「青」
「変わってない」
「そう」
しげしげと覗き込まれた後の答えに、私は息を吐いて安堵する。
「そんなに嫌がらなくても、エルシュトーインと同じ髪の色なんだ。
より強く加護を受けてるってだけの話だろ」
剣が抜けただけでもどうして良いのか分からないのに
髪の色まで変わってしまうなんて、そんなの自分が違うものに変質していくようで酷く怖い。
それを喜べるのは、どんだけ頭がおめでたい人間なのか。
しかし、魔法使いは、本心から言っているようで、きょとんとした顔をしてこちらを見ている。
なんとなく、神に祈りたいような気持ちにもなったが、
その神様の剣が原因でこんなことになっているのを思い出して、げんなりとした。
「あんた、旦那さぁ。絶対もてないだろ。賭けてもいいね。
デリカシーがないって、振られるタイプだ」
「悪いが、女と付き合ったことがない」
「…………うん、振られるタイプだと思うよ」
皮肉というか、直接的な悪口を、明後日の方向に投げ返されて
私は肩を落とした。
それを勘違いしてか
「前例が無いわけじゃない」
と、魔法使いに言われて、なおさら泣けてくる。
お前のせいで、こうなんだよ。
全くと、首を振って窓の外を見る。
と、先ほどよりもますます遠くなった町並みが視界に入った。
「……これから、王都に行くの?」
「あぁ」
魔法使いの方は見ずに、窓の外だけ捉えて言うと、
魔法使いは短く頷いた。
「私、王様になるの?」
「まぁな」
「………ふぅん、そっか」
…答えなど、分かりきっている。
それでも問いかけるのは、確認のためであり、諦めのためでもあった。
人間、自分の意思ではどうしようも出来ないことはある。
これもそのうちの一つだ。
だから、離れてゆく、どんどんと、日常としていたものが。
それは町であったり、人であったりするけれども。
そこで私は、ようやくヨハンのことを思い出して、あっと声を上げた。
「どうした?」
「そうだ、旦那、銅貨五枚!」
「は…?」
「ほら、後払いの仕事の報酬」
「あぁ…。もう要らんと思うが…」
まぁ約束したしなぁと、ぼやきながら財布を捜して服をまさぐる魔法使いを
私は手で静止する。
「いやあのさ、旦那。もしよければの話なんだけど
その報酬は、あの町のヨハンってガキにやってくんないかな」
「ヨハン?」
「舎弟なんだ。広場に行かすの手伝ったら、半分やるって約束してて」
言いながら、慣れ親しんだ舎弟の顔を思い浮かべる。
剣を持つ手に力が篭もった。
別に、浮浪児なんて、苦労ばかりで全然楽しくもないしつらくって
ごみ箱の中から食べ物を漁って食べて、寝るところにも困るような暮らしになんて
全然未練なんて無いけれど、ヨハンを置いていくことにだけは躊躇いがあった。
だからといって、どうしようもないが。
だからこそせめての自己満足の言葉に、魔法使いは考え込む素振りも見せず、すぐに頷いた。
「ヨハンだな、分かった」
「いいの?そんな即答して」
「俺はお前を送っていくことになってる。俺じゃない奴が一人二人逆戻ろうが
面倒なのは俺じゃないからどうでもいい」
「あ、ありがとう」
その言い草には、礼を言ってもいいものか迷ったが、
彼がこちらの申し出を受けてくれたことには変わりなく、私は素直に頭を下げた。
あんまりにも簡単に受け入れられすぎて、なんとなく力が抜ける。
ぽんっと背もたれに背を預けると、馬車の激しい振動がじかに伝わってきて
すぐに私はそれを止めた。
「馬車は慣れてないか」
笑い混じりの揶揄に、私はむっと顔をしかめる。
「当たり前のこと聞かないでよ。初めて乗った」
小汚いとかそんなレベルの身なりをしてない餓鬼なんて、
町の乗合馬車にだって、乗せてくれるもんかよ。
それがこんな、立派なものならなおさらさぁと、
何とはなしに背もたれの方へ振り向いて、ぎょっとする。
黒い革張りの椅子には、灰色の粘っこい液体が、べっとりと付着していた。
「あぁー…」
額に手を当てて、顔を歪めた私は、すぐさま魔法使いの方へと身体を戻して
背もたれを指差す。
「ごめん、汚した。そういえば私、今日ごみ箱の中で寝てたんだった」
その瞬間、ごんっと魔法使いの後ろ側の壁が酷い音を立てる。
吃驚して身体を跳ねさせると、魔法使いが音を立てた辺りの壁をがんっと殴った。
「ダナト!」
「違いますよ!今の話を聞いて音を立てたわけじゃなくて。
いやちょっと吃驚しましたけど!」
「聞いてんじゃねぇか。御者席に居る人間が、中の話なんぞ聞くな!」
「分かってます、分かってますけどトスカ様!」
御者席に居るらしいダナトという男が悲鳴のような声を上げて、魔法使いを呼ぶ。
その声の迫る響きに、私と魔法使いが揃って見えない御者席に顔を向けると
御者席の男がけたたましく叫んだ。
「右側、大分後方ですが、山賊です!!」
〇剣の王様 王様始め4
2011年03月11日(金)01:33
「ところで、折角来たなら剣、抜いていくか?」
「いやいや…」
顎をしゃくって言われた言葉に、私は苦笑いで答えた。
のりがめちゃめちゃ軽い。
いっとく?いいねぇ。位のノリで言われても。
一応王様を決める神聖な儀式、のはずなんだけど。
まぁ、私じゃ剣に選ばれるわけはないだろうけどさ。
考えて、軽く肩をすくめると、魔法使いが、でもと続ける。
「一応、見物ぐらいはしておいたらどうだ?
台座に刺さったエファイトスなんぞ、滅多に見えるものじゃない」
魔法使いが、視線を広場の噴水の方へと向ける。
それにつられて、私もそちらを見て、それから息を呑んだ。
所々に埋め込まれた宝石と、柄から刃元まで美しく施された装飾。
沈み行く夕日を受けて、刀身を赤銀に光らせた剣が台座に突き刺さり
噴水の前に、強烈な存在感を放ちながら鎮座していた。
どくんっと、心臓が大きく跳ねる。
強烈に目が惹き付けられて、私は胸元を押さえた。
なおも見ていると、剣から薄っすらと光が立ち昇り、ぼやけた少女の姿を形どる。
剣を思わせる白銀色の髪をした少女は、おいでと私を手招いた。
「トスカ様!台帳と照らし合わせて、住民全員が儀式を行ったことを確認しました」
大きな声がして、私はびくりと身を震わせた。
「あぁ、ご苦労」
魔法使いが、それに応えて近づいてきた軍人の手から台帳を受け取る。
そこで軍人が、初めて気がついたかのような顔をして、こちらに向かいあからさまに顔をしかめた。
「トスカ様、その子供は?」
「あぁ、この子は浮浪者に儀を受けさせるのを手伝ってもらった…
そうだ。おい、どうする?儀式受けてくか?もうすぐ撤収するぞ」
「またそういう…子供を見たらすぐにかまうんですから」
鹿爪らしく言った部下に、面倒そうな顔をして、
それから魔法使いは私を見た。
私は、彼のほうを見ずに剣を見る。
するとすぐに、足元がなくなるような頼りなげな感覚が全身を支配して、
頭が朦朧とし始めた。
熱に浮かされたように、何も考えられなくなる。
考え浮かぶのは唯一つだけ。
「受ける」
受ける。だって、あそこで、あの子が、呼んでる。
「え、あぁ」
なぜだか自分が言い出したくせに、魔法使いが惑った気配がしたけれども
そんなものは関係が無かった。
剣に向かって、一歩踏み出す。
光で作られた少女が、笑った気配がした。
そのまま彼女が手を伸ばしたから、私は小走り気味に彼女に近寄った。
早く手を取ってあげなくっちゃ、いけない。
焦燥感に駆られて、小走りを通り過ぎ、もう完全に駆け出して、
私は彼女の元へと辿り着く。
伸ばした指先が触れ合って、彼女が破顔する。
『剣を抜いて』
か細い声が耳元でして、その通りに手を伸ばして、神剣の柄を掴む。
一瞬、激しい違和感が身体を襲った後、完全に剣は手に馴染んだ。
まるで剣の刃先までが指になったかのように、台座に埋まった感覚までもが
こちらに伝わってきて、私はぶるりと身を震わせた。
『抜いて、そのまま』
白銀色が目の前で揺れ、何も考えず、勢いに任せて台座から引き抜く。
誰も彼もが抜けなかったなんて嘘みたいに、あっけなく剣はその刀身を全て露にし
そしてその瞬間、刃と同じ色の光が広場全体を埋め尽くした。
その光は、何秒も続き、ようやく光が収まった頃、私の身体を支配していた熱も
同じように、収まり消えた。
「え、あれ?」
始めはぼんやりと、やがて徐々に手の重みが現実味を伴って感じられるようになると
私は引きつった笑みを浮かべた。
えぇと、剣が、抜けていて、台座は空。
その中身は、私が、抜いて、持っている。
周りを見ると、皆一様にぽかんとした顔をしてこちらを見ていて、いたたまれなくなる。
戻しちゃ、だめかな。
無かったことにしたいと、台座に戻す算段をしていると、ぽんと肩を叩かれた。
「戻します」
「戻すのは、駄目だな」
魔法使いの声だった。
がっちりと叩かれた肩が捉まれ、逃亡できないように拘束される。
それでも、なおも抗い、無理矢理身体を進めようとすると、一瞬の浮遊感の後
魔法使いの肩に軽々と担がれた。
「え、あ、ちょ?!」
「おい、国王陛下が見つかったんだ!撤収するぞ。
取り急ぎ馬車を用意しろ!」
魔法使いの怒号に、慌てたように軍人達がさざめき立ち、
一気に広場の中が慌しくなる。
それに動揺して、手の力が抜け、神剣が激しい金属音を立てながら地面に落ちた。
「あ」
「なにをやってんだ」
魔法使いが、私ごと屈んで、剣を拾い上げ握らせる。
ごめんなさい、と言おうとして顔を上げて、二本ほど奥の路地に居た
ユル婆たちと目が合った。
声をかけようとして、何を言ったらいいのか分からないことに気がつく。
剣抜けちゃったとか、王様になるんだとか?
そんな阿呆な。
唇を開きかけたまま固まっていると、呆然としていたユル婆たちの瞳が
正気を取り戻し顕著に変わる。
怒りと妬みと嫉みがない交ぜになった醜悪な感情を、
視線でぶつけられてうへぇと顔を歪めた。
自分が王になったらなったで、嫌なくせに。
貴族だとか、軍人だとか。
嫌なものだと位置づけてきた者達と、深く係わり合いにならなければいけないのを
考えて、尚、羨むというのか。
………うん、王様?
ふと、頭を過ぎった単語に、今一まだ理解が追いつかなくて
ぷすんと音を立てて脳の回転が止まる。
それを見計らったかのようなタイミングで、突然にがくん!と体が上下に揺さぶられた。
叫び声を喉の奥で噛み殺していると、短く、来たぞ。と声がかけられた。
何かと思っていると、けたたましく馬車が広場に現れ
ガラガラという音を立てながら、噴水の目の前で止まる。
すると横から軍人が現れて、馬車の扉を開けて恭しく礼をし
その横を魔法使いが通り馬車に乗り込む。
ついでに抱えられたままなので、私も。
あっという間すぎて、抵抗する間もなく
はっと気がついたときには、もう扉は外から閂がされていて
逃げ出せるような状態には無かった。
「あ、ヨハン」
そういうわけで、私が正気づいてヨハンのことを思い出したときには既に
馬車は町を出てしまっていたのだった。
〇剣の王様 王様始め3
2011年03月11日(金)01:33
「なんだいこれっぽち」
落とされた銅貨に、目の前のユル婆が不満そうな声を漏らした。
「なんだいなんだい、軍の連中の真ん中を通って
剣なんぞわざわざ抜きに行かなきゃいけないのに、
銅貨一枚なのかい、チャイリー」
「銅貨一枚だよ、ユル婆」
さっきから何度も繰り返したやり取りに、いい加減うんざりしながら
私は答えを返した。
「いいじゃないか、別に。
捕まえないって言ってるんだし、剣を抜く真似をするだけで
銅貨一枚だよ。こんなぼろい話を前にして、それはないよ」
「だって、あんた、そのポッケの中にはまだ銅貨入ってんだろ」
伸ばされた乾いた手を叩き落として、ため息を漏らす。
「これは、他の人に配る分。私のは後で軍の魔法使いから貰うの。
………そうだ、ユル婆も貰えばいいじゃない。
水色の髪をしているから一発で分かるよ。
行って、せがんできなよ。これっぽっちで足りると思ってんのか!って」
「そんなことできんのは、あんたぐらいのもんだよ」
言うと、うらめしそうな目で見られる。
落ち窪んだ目をした老婆に、そんな目で見られると祟られそうで、思わず身を引く。
ユル婆は、なにか言いたそうに口をもごつかせたが
結局口を開くことなく、私に背を向け、広場の方へと歩き始めた。
腰が曲がっている割に、機敏なその動きを暫く眺めた後、
私はふむと腰に手を当て、指折り数える。
「ひのふのみの…」
片手の指を折って、広げて、繰り返し、なんとなくこの辺り分の人間には
声をかけたことを確認する。
私が声をかけて金をつかませても来ないなら、きっと誰が声をかけてもその人は来ない。
それこそ無理矢理ひっつかまえて、剣を抜かせるしかないだろう。
それならば、仕事は果たした。
私は、辺りに誰か居ないか一応確認しながら、広場へ向かい始める。
なんとなく、空を見上げると、直視できないぐらい、抜けるように青く眩しかった。
「来たか」
広場に着くと、まず、水色の魔法使いに声をかけられる。
……のは、手間が省けていいが、彼はみっともなく鼻を両手で覆っていて
かけられた声は、酷い鼻声だった。
その理由は、すぐに知れた。
「…………」
ごみための匂いに慣れている私でさえも、顔をしかめるような、酷い匂い。
ごみの集積場の、一番奥の、もう何ヶ月も何年も放置されたところに
水をかけて匂いを撒き散らせたような、鼻がひん曲がりそうな匂いがする。
まぁ、それを発しているのは、私や、私と同じ浮浪者だが。
ここのところ、雨が降らなくて、皆、汚れてるからと、寒々しい笑いを浮かべかけたところで
油断して息をなんの気無く吸い込んで、思い切りむせた。
ひゅうひゅうと息をしていると、苦しすぎて匂いがしないのは良いが、まぁ、苦しい。
しかし、不幸の中にも幸いは隠れていると言ったのは誰だったか
そうこうしているうちに、一人二人と私のお仲間達は広場から姿を消し
残ったのは物見高い、ほんの僅かな人数となった。
普通の町の市民は居ない。
そりゃあ、居ないだろう。こんな匂い、耐え切れない。
軍人でさえも、最初に広場に来たときよりも、いくらか減っているように見えた。
げほっと、残りかすのような咳をして、口元と目元を拭うと
視線を感じて上を向く。
「……何か?」
「いいや。よく集まった。礼を言う」
何の話しかと思ったが、すぐに頼まれた仕事のことだと思って
あぁと、声を漏らした。
「結構来たの?旦那。金渡して広場行けって言っただけだから」
「来た。これだけ来れば、申し訳も立つ」
どことなく満足そうな顔で、魔法使いが言った。
…相変わらず、鼻を手で覆っていたが。
〇剣の王様 王様始め2
2011年03月11日(金)01:32
雲が途切れて、光が差し込み、夜のようだった路地裏が
薄ぼんやりと明るくなった。
そこで初めて知れた軍人の髪の色に、私は絶句する。
男の髪は、綺麗な水色をしていた。
………こいつ、魔法使いだ。
神より祝福を賜りし奇跡の使い手。
その印として、世にも鮮やかな髪の色を持つという、魔法使い。
軍人の中でも特権階級の。
じわりと汗がにじんだ。
特権階級にいる人間にとって、浮浪児なんてゴミ屑みたいなもので
もしあちらが何かするつもりなら、抵抗のしようもない。
どうしよう、何しに捕まえたの。
殴られたりとか、するのかな。
その前に、逃げられたらいいんだけど。
軍人の様子を伺うと、ばっちりと目が合う。
青くなる私を余所に、彼は私を見下ろしながら、薄い唇を開いた。
「国民全員に、剣を抜かせてみるよう、触れが出た。
……知ってる?」
問われて、しばらく呆然と男の顔を見ていたが、
我に帰って慌てて首を振って否定する。
「そうか。…国民全員に、剣を抜かせてみるよう、触れが出たんだ」
………聞いた。それはさっきあんたが言った。
なんとも言いようがない気持ちになる。
しかしながらあちらさまは、私のこの微妙な気持ちには気づいてくれないようで
気にせず話を進める。
「触れが出た。触れが出たって事は、俺はそれを実行しないといけない。
なにしろ軍属なので。
でも、国民全員って事は、あれだ。お前らみたいのも、抜かせなきゃいけないってことだ」
「そりゃあ、…そういうことになるでしょうね」
「しかし、ほらさ、さっきのあの子見たろ。ていうか、お前も。
お前らみたいのって、俺ら軍人見ると逃げるだろ。
でも、剣の警護上俺らは離れられないし、国民全員って、難しくない?と、思うわけだ。俺は」
「そうですね」
正直今も逃げたいし。
素直に頷ける内容だったので、心からの同意を示す。
さっきヨハンが剣を抜こうかみたいな話をしていたけれど、
ああは言ってもあいつも、軍人が警護している中に突っ込んでいって
剣を抜くような真似は絶対にしないし出来ないだろう。
なにせ我々浮浪者と来たら、かっぱらいだのすりだの、
やましいことばかりしているので。
そんなところにのこのこ行って、捕まったら目も当てられない。
男はだろ。とやる気の無さげな相槌を打ち、こちらの肩をぽんと叩いた。
「ってことで、お前、銅貨五枚で、仲間かき集めてきてくれないか」
男の目を見る。
やる気のなさそうな目だった。
「つかまえたりしない?」
「それは俺らの仕事じゃない」
即座に否定される。
いかにもお役所仕事的な物言いに、安心して私は手のひらを広げて相手に差し出す。
「後払いだ」
「賃金は後でいいから、他のに渡すお金頂戴、旦那。物でもいいけど。
何かないと、皆動かないよ」
「…お前の人望とかそういうものにはまからんのか」
「まかんないよ」
まかるわけないじゃん。
浮浪のことは浮浪に。
一人捕まえて全体を呼び集めようっていう考えはいいけどさ
考えがなっちゃいないよ。
損得抜きで集まるわけ無いだろ、皆、夕方食うものを夜拾い漁ってるような奴らなのに。
「どうすんのさ。他の奴に聞いたって、多分おんなじこと言うよ。
お金がないと、動かないってさぁ」
命令なんだろ、あんたも。
なおも、指先をちょいちょいと動かしながら手のひらを差し出していると
男は仕方なさそうにため息をついて、懐から皮袋を取り出した。
皮袋はどっしりと中身が詰まっていて、思わず掠め取ってやりたくなったけれども我慢する。
そうしていると、男が無造作に袋に手を入れ、手のひらいっぱいに銅貨が乗せられた。
「足りるか」
「待って」
ひぃふぅみぃの…。
十枚にまとめながら数えていると、手のひら一杯分の銅貨で
なんとか足りそうだった。
「…もうちょっと足んないかな」
「いくらだ」
「あと…そうだな、五枚ぐらいかな」
素直に、銅貨が五枚、手のひらに落とされる。
うんうん、いいねいいね、この人、良い人。
私はポケットの中にもらった銅貨をねじ込むと、精一杯愛想良く微笑んだ。
「じゃあ旦那、集めてくるから、剣のとこまで行ったらお金頂戴よ」
「あぁ」
こっくりと、男が頷く。
水色の髪を、もう一度見てから私はもっと奥まった通りの方へと走り出した。
とりあえず、まず私はヨハンを探すことにした。
一人きりでやってたんじゃ、日が暮れて、明日になっても終わりゃしない。
幸いにも、ヨハンはすぐに見つかった。
三つはなれた路地で、蜂蜜を前にしたクマのように奴はうろうろとしていた。
「ヨハン!」
「チャイリー!無事だったんだな!!」
「何が無事だ!逃げんなお前!!」
声をかけると、満面の笑みで駆けて来たので、とりあえず頬をぶん殴っておく。
よろけたヨハンの胸元に銅貨を放ってやると、それでも奴はすかさずそれを掴み取った。
「何これチャイリー。お前ほんとにすったのか?!」
「スってない」
手の中のお金に目を丸くするヨハンに即座に否定して、
私はポケットの中の銅貨を半分彼に分けてやる。
じゃらじゃらと掌の中に零れてくるお金に、ヨハンは声も出ないようだった。
「国民全員に剣を抜かせたいから、私たちみたいなのにも選びの儀をやって欲しいんだと。
お前それもって、北側行って、ヨル爺とかに声かけてきな。
そしたら半分分け前分けてやる」
「え、これパクらないの?!」
手の中の銅貨と、私の顔を見比べるヨハンに、私は首を振った。
全くこいつは。
「魔法使い相手にそんなことする度胸があるなら、お前はどこ行ったって大丈夫だねぇ、ヨハン」
「え、いや、だってさぁ。ていうか、え、あの軍人、魔法使いだったの?!」
上ずった声に、またため息をつきそうになる。
まったく、ヨハン。お前って奴は。
それでもそれを噛み殺して、私はヨハンに重々しく頷いてやる。
これでもこいつは私の可愛い舎弟なのだ。
面倒を見てやらねばなるまい。例えどんなに馬鹿でも、だ。
「綺麗な水色の髪だった。ありゃあもう、魔法使い以外の何者でもないよ。
ていうことで、ヨハン。北側に行って、ヨル爺どもに声かけてきな」
「わ、分かった」
三度目は無いぞと睨みつけると、ヨハンは何度も頷きながら北側へ走り去る。
それを見送ってから、私もこの辺りの奴らに声をかけるべく、
ねぐらにしている方へと足を向けた。
〇剣の王様 王様始め1
2011年03月11日(金)01:31
目が覚めると、ゴミ箱の中で寝ていたと言うのは、中々斬新だった。
どうも、ゴミ漁りをしていて、そのまま眠ってしまったらしい。
間違っても、ゴミ屑のような人間です、どうぞこのままお捨てになって。
とぃう意思表示ではない。
私は、あふっと欠伸を漏らすと、ゴミ箱の中から這い出る。
そのまま、朝飯代わりにゴミ箱の中に一緒に入っていた
ぐずぐずになったパンだったらしきものを口に入れると
苦いともすっぱいともいえないような味がした。
長い間口の中に留めておくと吐きそうになるので、
塊のまま飲み込んで、唾で味を洗い流す。
こんなものでも、食べられるだけましだった。
近頃は、どこのゴミ箱も、残飯の量が減ってきてやがる。
宿屋も、食堂も、どこもそうだ。
「それもこれも、みんな国王が死んだせい」
独りごちて、私はべたべたする服で口元を拭った。
雨、ふらないかな。
最近見回りが厳しくて、噴水で身体を洗うことも出来やしないから
髪も身体もべたついて仕方が無かった。
「匂いすると、物盗り難いんだよなぁ」
そうじゃなくても、みんなぴりぴりしてるってのにさぁ。
ため息をつくと、向こうの方であぁ!!と誰かが大声で叫んだ。
「チャイリー!お前そんなところで何やってんだよ!」
「あー…ヨハン。ゴミ漁ったまま寝てた」
答えると、向こうから駆けて来たヨハンが呆れた顔をする。
「気持ちは分かる」
肩を叩いて、同情の意を示すと、無言で目をそらされた。
……気持ちは分かるよ。
たとい浮浪児仲間といえども、ゴミ箱の中で寝るような女に
そのことで気持ちは分かるといわれたくはあるまい。
その気持ちは分かる。
「でもお前、もうちょっと優しくしてくれてもいいんじゃないの」
言うと、ヨハンははっとしたような顔でこちらを見て
「それどころじゃなかった!」
と叫んだ。
そのあまりの様に、目を瞬かせていると、彼は私の肩を掴んで激しく揺さぶる。
「ちょ、っと、よ、ヨハ」
「ちょっとじゃないよ!それどころじゃないんだって、チャイリー!」
「なにが!!!」
「剣が来るぞ!!」
剣が来る。
それの意味するところは一つで、私は目を見開いて抵抗を止めた。
しかしそれも数秒のことで、私は重々しくため息を漏らすと、
首を振ってヨハンの肩を叩く。
「なにを慌ててるの、ヨハン。剣が来るからって、私たちに銅貨がもらえるわけでも
ご飯がもらえるわけでもなし。
そりゃあ、ちょっとは驚くけど」
「何言ってんだよ、剣が来るって事はこの町でも選びの儀があるってことだぜ。
選びの儀があるって言うことは、俺が国王になれるかも知んないってことだって」
「ない。ないない。そりゃあ、エファイトスは誰だって抜く挑戦はさせてもらえるけど
抜けるわけない」
夢見る少年の瞳はキラキラとしていて、そりゃあ私だってそっとしておいてやりたかったけれども
年上として、ぽんと肩を叩いて叶わぬ夢を否定してやる。
まぁ、夢を見るのも仕方ないけれども。
なにせ、剣が抜ければ一国の王になれるってんだから。
この国ギルアルでは、王は剣が選ぶことになっている。
誰が一番偉くとも、誰が慕われていても、人に戴く王を決める権利はない。
その権利は、ギルアルの祖たるエトドが、神より賜りし神剣エファイトスのみが有している。
剣は、抜く者を選ぶ。
国王が死した後、ただ一人だけが、エファイトスに選ばれ、剣を抜き、この国の王として戴かれるのだ。
…まぁ、逆の言い方をすれば、剣が抜ければ誰でもいいって事なんだけれども。
歴代国王は、貴族から農民から、果ては他国の間諜まで揃っていらっしゃる。
だから浮浪者も顔ぶれの中には居て、まったく望みがないってわけじゃないんだろうけど。
でも、そんなものは目を瞑って、水底に落ちた針を摘もうとするようなものだ。
無理、不可能。
「大体、国王が死んで半年たつってのに、まだ見つかんないんだから
国内に居ないんじゃないの、新国王陛下はさぁ」
肩をすくめると、そりゃそうかもしんないけどさぁと
ヨハンがふてくされたように言う。
それを横目で見ながら、私は空を見上げた。
半年、半年かぁ。
前の国王が死んでから、もうそんなに経つんだっけ。
これがもしお隣のエスカロンドだったりタタドリーチェだったりしたなら
そりゃあ大問題になるんだろうけど、うちの国では
国王陛下という地位は、形骸化して久しい。
剣で選ばれるという国王に相応しく、誰がなっても良い様に、
ただのお飾り、お人形で、実権は大宰相様が握っていらっしゃる。
まぁ、見つからなかったら見つからなかったで問題があるんだけど…。
なにせエファイトスは、神剣だけあって、自らを抜いた国王に災害を退ける力を与える。
おかげでこの国は、台風地震津波の脅威に晒されること無く
安定した豊かな実りを毎年育んでいるのだ。
………だから、早いとこ国王に見つかってもらわないと、
災害を不安がった奴らが、残飯捨ててくんないんだけどさぁ。
「しかし、こんな片田舎まで選びの儀をしに来るなんて、
そうとう国王見つかんないんだなぁ」
どうでも良い事を呟きつつ、私は顎に手をやって別の考えを巡らせる。
剣が来る。
選びの儀が行われる。
ということは、剣の守り役だの書記だのが、わんさかこの町にくるってことで。
…そいつら、金持ちかな。
「金持ち、だよね。財布すれないかな」
呟いて、顎に手をやった私に、ヨハンがぎえっという情けない悲鳴を上げる。
「ちょ、お前!」
「すれないかなぁ。すれたら、一生食うに困らなさそうなんだけど」
「いやいやいやいや!お前前にも、町に来た軍人にそれやって
部下に捕まりかけてたじゃないか!」
即座に指摘された事実は、三年ほど前のこと。
町に視察に来た軍人の胸元に、ちょっと手を入れてやったのだが
あの頃は、まだ手管が未熟で、軍人の部下にやったのがばれてしまったのだ。
思い出すと、悔しさが蘇る苦い記憶だ。
「でも、まぁ、金貨全部やったら誤魔化されてくれたし」
「…どうやって逃れたのかと思えば」
呆れたようにヨハンが目を伏せた。
そうして、しきりにそれにしても金貨全部って…と呟いている。
「いやでもヨハン、金貨なんて、もってても使えないし」
「そりゃあ、そうだろうけど」
「足がつくようなものいらないよ。どのみち、池にでも沈めようかと思ってたんだし」
「ぎえ!?」
かえるが潰れたような悲鳴をヨハンが上げる。
そりゃあ、金貨を池に沈めるだなんて、私も勿体無いと思うけど。
でも捕まるよりは良くないかな。
「まぁ、でも、いいじゃない。もうすんだことだし。
で、剣が来るんだっけ。それも、別にいいじゃない。
関係ないよ。それよりかは、剣に皆かまけてる間に、ご飯を調達した方が良いと思うな。
露天とか取り放題なんじゃないの」
言って、ヨハンの方に同意を求めると、彼は私をすり抜け私の背後を呆然とした顔で見ていた。
つられて、振り向く。
すると、いつから居たのか、そこには無表情の大柄な男が、私たちに影を落とすように立っていた。
いや、それだけなら、いい。
だけど。
日が翳り、夜のように薄暗い路地で、僅かに差し込む光を頼りに
男の首から下を見る。
軍服だ。
紛うことなく軍服を着ている。こいつ、軍人で、いつから話を。
ていうか。
「ぎ、ぎやあああああああ!!!」
「あ、ヨハン!」
悲鳴を上げて、ヨハンが逃亡した。
なにせ浮浪児だから、軍人なんかに見つかったら碌な事にはならないのは分かるけど。
思いっきり置いてくなよ!!
地団太を踏みたい気持ちをこらえながら、待てと叫んで後を追おうとする。
しかし、ぐっと腕を引かれる感覚があって、それは適わなかった。
…無言で、振り返る。
軍人が、私の腕を掴んで、こちらを見下ろしていた。
〇番外
2011年03月07日(月)09:47
これは、いつかのお話。
………。
暖かな陽光が空から降る日のことであった。
真田久子は、縁側でほぅと息を吐く。
その横に座っているのはいつものように夫、真田幸村………ではなく
その上司の武田信玄公だ。
彼の横に並びながら、出された茶菓子をつまみつつ談笑する。
躑躅ヶ崎館では特に珍しい光景ではない。
彼女の夫である真田幸村が鍛錬にいそしんでいる間
信玄が空いている時間には、彼女とのんびりとした時間を過ごす。
もう日常の中に組み込まれつつある「いつも通り」。
その時間にまったりとしながら久子が出された茶を飲んでいると
信玄が久子をちらりと見た。
その視線に、こちら側も信玄の方を見ると、彼はのう、と久子に向かって口を開く。
「幸村とはうまくやっておるか」
「はい。良くしていただいてます」
「そうか、それは良かった。…にしても、あの幸村がのう…」
「………」
久子は遠い目をし始めた信玄に、ただ微笑んで言葉は返さない。
なぜならこのやりとりは久子がこちら側に来てからずぅっと繰り返されているものであり
おそらく通算すれば、三桁は優に超えているものだからだ。
…幸村さん…!!
そりゃあ、あの人はとんでもなく女が苦手な人であったけれども…。
上司がここまで繰り返すほどというのも。
なんとなく夫への周囲の評価に目頭を押さえて、無意味に夫に優しくしたい気持ちになっていると
上司は久子を上から下まで見て、よう捕まえたものよ…と
感慨深げにつぶやく。
その呟きにこめられた万感の感情に、久子は幸村さん…!ともう一度幸村の名前を脳内で呼んだ。
どれだけ心配を周囲にかけていたのだろう、あの人は。
久子がいたたまれないような気持で信玄から目をそらすと
彼はするどく久子の感情を理解したようで
「あやつの城に若いおなごが居らぬのは、あやつが女を苦手だからよ。
上田城の採用基準には、あやつのせいで暗黙の年齢制限があった」
「……そうですか…」
思わず遠い目をしてしまう。
そういえば、若い女性をあの城では見かけないなぁと思ったのだ。
そういう理由なのか。
妙齢足すことの二十、三十があたりまえの、しかも恰幅の良い女性ばかりがいる
上田の城の女中たちを思い出し、これまたどうしようもない気分になる久子。
けれども。
「久子殿!」
訓練を終えてきたらしい幸村が、まず久子の名を呼んでいつものように駆けてくる。
立ちあがって久子がそれを迎えれば、彼は、はにかんだ表情で笑う。
その表情に信玄が微笑ましげな顔をして、久子は少し気恥ずかしさを覚えるが
これも、いつものことだ。
「お館様!久子殿の相手をしていただきありがとうございます!」
「………成長したのう、幸村」
「…………は、お館様?」
「…子とは、一瞬で成長するものであったな。
わしも耄碌したものよ」
「お、お館様!何のことだかは分かりませぬが
お館様がそのような物言い、らしくありませぬ!
お館様がお館様であるかぎり、耄碌などと言うことはあり得な」
ふっと、成長した我が子を見守る親の様な、温かな眼差しで
幸村を見ていた信玄だったが、幸村のいつも通りの絶対的お館様信仰めいた言葉に
カッと目を見開き拳を飛ばす。
「馬鹿を言うでないわあああ幸村ああああ!!」
「ぐはっ」
怒号と共に幸村が空を舞った。
久子の躾けなおしで幾分かはましになっているとはいえ
真田幸村は真田幸村。
お館様は凄い!強い!の精神で発言をして、こうして信玄に殴り倒されるのは
変わってはいない。
そうして、殴り飛ばされてしまうと始まるのが、武田名物殴り愛で
幸村は起き上がりこぼしのようにすぐに立ち上がると
お館さまああああ!と叫びながら信玄に向かって突っ込む。
その様子に、久子は後退をしようとして、
「じゃ、いつも通り久子ちゃんは俺様と屋根の上ってことで」
「…本当に、いつも通り、ですねぇ」
移動は一瞬だった。
本当にいつも通り、佐助に抱きかかえ上げられ
屋根の上に移動させられた久子は
微笑みながら眼下の光景を見下ろす。
そこには、殴り合いを始めた夫と、その上司の姿があって
久子は隣に立つ人が、あぁ…修理代…という世知辛い呟きを洩らすのも
いつも通りだと思いながら、屋根の上に座る。
運動神経の鈍い自分では、屋根の上に立っていたのでは
いつ転げ落ちるか分からないからだ。
「今日は、良い天気ですねぇ、佐助さん」
「…うん、良い天気だけど。けど」
けど。
その後に続くのは、久子ちゃん馴染み過ぎじゃない?だろうか。
それとも受け入れすぎじゃない?、か。
どちらにしろ、いちいち反応をしてしまう佐助が
慣れなさすぎなのだと、久子は思う。
さすがに目の前のこれが最初に始まった時には、びっくりして動転してしまったけれども
二度三度、四度目あたりになってくると、もはや驚く気にもなれなかった。
だって、日常なのでしょう、これは。
これが、武田にとって当たり前ならば、久子はただそれを受け止めて
日常にするだけだ。
それに幸村さんも楽しそうだし。
敬愛する師に構ってもらえて、散歩前の犬ばりに喜んでいることが分かる
幸村をみて久子は幸せそうに目を細めると
佐助に視線を移して自分の横をぽんぽんと、叩く。
座りませんか?
そういう誘いをかけて佐助を誘えば、彼はちらっと眼下を見て
それから大人しく久子の横に体操座りをした。
そうして気が重たそうに、がっしゃんがっしゃん
何かが壊れる音を聞く彼に、久子は言うのだ。
「あきらめましょう、佐助さん。私も一緒に片づけますから。ね?」
「…………あはー…俺様久子ちゃん大好きー…」
小さな子供が、お母さん大好きーというノリでいう彼は
今まで一人でこの騒ぎの後始末をしていたのだという。
それが、久子と言う手伝いを得たことが、本当に嬉しいのだろう。
滅多と好き嫌いを口にしない青年が、ここまで言うのが可哀そうで
同情しながらその背をぽんぽんと叩いてやって
久子はそれでも夫が嬉しげなのは良いなぁと
殴りあいの隙間にこちらを見て笑った幸村の顔にそう思うのだった。
…まぁ、その直後に夫は「何を余所見をしておる幸村ああああ」と
天高く跳ねあげられてしまったのだけれども。
〇拝啓、戦終結ぼつねた
2011年03月05日(土)23:30
「痛い……痛いぃ…」
義子の負った傷は、本陣に帰還してすぐ、先ほど受けた従軍医の診断によれば
両腕の骨にひび、肋骨骨折、腹部刺傷。
全治一カ月、だそうである。
満身創痍だ。
それでも続々と集まってくる負傷者の中では、義子の傷は中ぐらい、と言ったところだろうか。
そうしてその傷の半分程度、真田幸村の槍の一合を受けただけで負ったのだから
あの若武者の力がいかほどであったか知れるというものだろう。
「………」
…そう、一合だ。
義子は忙しなく怒号の飛び交う本陣で、自らの手のひらを見た。
ただの一合しか、真田幸村の槍を受けられなかった、手。
ただの一人に戦況をひっくり返された、手。
「…個人の武勇によって、戦況がひっくり返る、か」
それは味方であれば、この上なく頼もしいのであろうけれど
敵であるなら、この上なく鬱陶しい。
そして、その鬱陶しいものを殺す手段が、義子には欠けている。
「私じゃ、あれは、殺せない」
一合うけただけで、骨が砕けるような義子の柔な体では
どれほど鍛えた所であの赤い武士を倒すには至らないだろう。
ではどうすればいいのか。
刀を見る。
そして、周りに置かれた武器を見る。
槍、弓、刀、長刀。
けれど、どれもこれもまだ足りない。
義子が真田幸村を殺すには、一つも二つも足りていない。
あの戦場を思い出す。
兵を紙屑のように屠って行ったあの槍。あの武。
心の底から湧きあがってくる悔しいという気持ちのまま
義子はぎゅっと拳を握る。
体が痛んだが知るものか。
「……あいつ、むかつく」
心底そう思って、義子は小さくつぶやいた。
気にいらない気にいらない。
ああいうのがいたのでは、義子がどれほどに知略を磨き
足りずを補ったところで意味がない。
集団を個人でひっくり返されるのも、嫌だ。
なによりも志と言いながら思考停止しているのがむかつく。
…けれど、今の義子じゃあ、繰り返すがあれには敵わない。
あぁいうのを殺せる方法、と必死で考えていた義子の頭に
ぴんっと閃くものがあった。
「あ」
「なにが、あ、なのだい、義子」
その閃きに小さく声を漏らした義子の背後から、彼女に向かって声がかかる。
その声にハッと目を見開き振り向くと、そこには杖をついた今川氏真の姿があった。
「兄上、生きてらっしゃったのですか!?」
「………お前………お前が逃がしたのだろうに…よりにもよって生きていたは無いだろう」
「いえ…あの、甲斐姫より救援を頼みに来た時には内臓がはみ出ていたと聞きまして」
「あぁ、そのようなこともあったね。今は医師に押し込められたのだけど」
「………はぁ。そりゃあ良かった?……というか、歩けるんですか」
「痛いけれども仕方ないね。皆忙しいようだから」
肩をすくめる彼の表情はまったく平生通りだが、よく見れば額には脂汗が出てきている。
義子は急いで駆け寄ると、義兄に肩を貸して彼を座らせた。
…実のところ、義子の方もかなりの重体で、結構痛かったのだが仕方がない。
さらに重症の氏真の横に腰かけつつ、義子ははぁとため息を吐いた。
「重苦しいため息をするね」
「ため息もつきたくなります。武田信玄は逃げ、今川の軍は僅かしか残らず。
我々にとってはほぼ敗戦ですよ、これ。
しかもそれをなしたのが、真田幸村ほぼ一人と言うのだから」
「…まあ、ねぇ。お前の言うことも分からなくはないけれども。
………我々が生きているのが不思議、と言うところかな、今の状況は」
「はい、全くその通りです」
完膚なきまでの敗北。
間違いなしの負け戦だった。
連れてきた兵たちのうち、義子と氏真に従わせていたものの殆どは
幸村との戦いで、死ぬか逃げるかしてしまった。
この状態で、生きていたとて、まさか勝ちだとは誰も言えまい。
もう一度はぁとため息をつくと、義兄はその義子の様子を横目で見て
「それで、なにが、あ。だったのだい?」
もう一度問いかけられ、ぱちりと義子は眼を瞬かせる。
そうして氏真の顔を見れば、彼はその表情の中に、苦さをしのばせてこちらを見ている。
その表情に、そうか、この人もやはり悔しく
だからこの話題を続けたくないのだと義子は感づく。
そうして感づいてしまえば、振られた話題に乗るしかなく
彼女はきりっと表情を改め氏真と向き合った。
「兄上」
「なんだい、義子。そのように改まって」
「私、此度の戦で思い知りました。私は、弱い」
ぎりっと拳を握って義子は言う。
今までの山賊退治などで調子に乗っていたが、義子は弱い。
いままでのあれこれは、ただ単に運がついていたのと、自分よりも弱いものを取り囲み
一方的に数の暴力で嬲り殺していたにすぎなかった。
それをはぎ取って、純粋な力だけでみれば、義子は途方もなく弱かった。
一般兵よりかは、さすがに強いけれど名のある武将と戦えるほどではない。
それに対して氏真は、お前の歳ならば、と反論しようとしたが
戦場に出る以上はそれは関係のないことだと気がついて、飲み込む。
そうして飲み込んだ言葉を再び口に上らせることなく、それで、と彼は先を促した。
「はい、それで、だから思いました。私は真田幸村には手も足も出なかった。
お館さまの王道を布く手伝いをすると耳障りの良いことを言い
そのくせ武士の世では無くなると兄上が言えば、それでも私はお館さまを信じて戦うのみ
としか言えなかったあれに、勝てなかった。
それは私の限界なのでしょう。いくら鍛えたとしても、私はあの人には勝てない」
「そうだろうね。お前は女だ。それにこう言っては何だが、お前は武芸に関してそんなに才能は無いよ。
甲斐姫を見ていれば分かるだろう。あの子は女だが、私と同じ程度に強い。
そうして、お前よりもいくらも強い私でも
あれ相手には、どれほどの努力をしたところで勝てないだろうね。
天賦の才、だよ。あの武勇」
どことなく悔しさをにじませた声で、氏真が義子の言葉に同意する。
その内容はいくらも義子に厳しい物であったけれど
義子はそれを素直に肯定して
「はい、兄上。同じ土俵に立っていたのでは、私はあれに絶対に勝てません。
だから、私、武器を銃に持ち替え、遠距離より射撃して射殺することにします」
「…………」
「…………」
「え?」
「だから、銃で射殺します。遠くから」
ちょっとよくわからないという表情をする氏真相手に
銃を撃つしぐさをしながら、義子はきっぱりとそう言った。
思ったのだ。
槍も、長刀も、弓も、一朝一夕にそうそう素晴らしい腕になるものではない。
だが、銃ならどうだ。
あれは弾を込め、狙いを定めて引き金を引くだけで人が殺せる。
そうして、引き金を引いて撃ちだした弾丸は、頭に当たれば脳みそを散らさせ
腕に当たれば腕を使いものにならなくし、足に当たれば歩行不能に追い込むだろう。
そして何より鎧が貫ける。
戦国の世において、未だ合戦で銃が一般的でないのは
火縄が弾込めに時間がかかること、高いこと、そうして武士の矜持が原因としてあげられた。
しかし、武士の矜持は義子にはない。
だから、目をきらっきらさせて、個人にて戦況をひっくり返すような無双者突破の
糸口をつかんだ義子は言うのだ。
「私、刀はやめて。銃にします」
「……いやね、燧石銃(フリントロック式)もあることだ。
それは良いと思うよ、良いと思うけれど、敗戦直後に、お前、お前」
そうして義兄は暫く複雑な顔をしていたかと思えば
いきなりに表情を一変させて、ぶはっと吹き出し爆笑しだす。
「あ、ははははは!今泣いた烏がもう笑うとはこのことだよ
あっははは、い、いた、傷が、傷が痛いっ」
「あ、兄上、傷に障るほど笑わないで下さい。
というか、私は何かおかしなことを言いましたか」
「言った。ものすごく。それはもう…
そりゃあ、お前が望むなら、燧石銃だとて用意するけれど…あ、い、た、たたたた」
「………何をやってやがる、このド阿呆ども」
腹を抱えて笑う氏真に慌てる義子。
とても先ほどまで戦をしていたとは思えぬほどの和やかさで過ごす兄妹に
割って入るのは、北条氏康だ。
「あ、叔父上……いたっ………」
そうして、声をかけてきた叔父に挨拶をしようとして
袈裟切りにされた傷が痛んでうずくまる氏真に。
「…全く何をやっておいでですか、兄上。
氏康叔父上、援軍として駆け付けたにもかかわらず
お役に立てずに申し訳ありませんでした…たった…」
立ち上がり、謝罪の言葉を述べて頭を下げた所で
貫かれた腹の傷に障って、痛みに苦しむ義子。
二人のド阿呆に、キセルを咥えながら、しょっぱい顔をしていた氏康だが
彼は兄妹の満身創痍ぶりを見て、ばりばりと頭をかいて、安堵の息を吐いた。
「……生きてやがるな?二人とも」
「あ、はい。それは」
頷く義子の腹には包帯。
氏真は全身がぐるぐる巻き。
かろうじて、生き延びた。
そういう様相であるが、生は生だ。
生きている、と、きっぱりと首を縦に振れば
「そうか。まぁ、こっちに援軍に来て、おっ死なれたんじゃあ
俺があの義兄に申し訳がたたねぇよ。…真田幸村相手に、良く生き残った」
氏康は微かに笑い、まぁ、しばらくは北条でゆっくりしていけ。
と傷だらけの彼らに向かって静養を勧めた。
ぼつねたになったりゆうは、あんまりあかるいからです。
〇拝啓、お試し混合編
2011年03月05日(土)23:30
「兵など所詮捨て駒よ」
…毛利元就がそう言った途端に起きたのは、一人の男の爆笑だった。
「あはははははは!!こ、これ!!俺、元就公はこういう人だと思ってたんだよ!!
これ、これこれ!!あはははははは!!」
「酷いな、半兵衛…私はこのような外道は、昔から言ってはいないよ」
「…半兵衛の言は、二段でけなす卿ほどではない」
言いきったのは、黒田官兵衛。
その視線の先に居るのは、先ほど発言したのと同じく、毛利元就である。
遠呂智と言う名の化け物によって、世界が混ざってしまったがため
似て非なる近しい世界の同一人物が、同じ場に存在しているという珍事が
この世界では起こっている。
目の前の光景が、まさにそれだと思いながら、義子は横に居る義兄の腹をつついた。
「…兄上、半兵衛殿が面白そうにしているのは良いのですが
同じ部屋に同じ安芸の大名たる毛利元就公が二人もいるのは、少し分かりにくいかと思います」
「それは、思うけどねぇ。いいのでないかな、面倒だし」
さらりと答えた義兄の返答は、常となんら変わりない。
この事態に至ってもこれなのだから、この人のこの性格は死んでも直らないなと
諦念を抱きつつ、義子はぱんぱんと手を叩いて、皆の注目を集める。
「すいませんが、一つご提案を。
魏・呉・蜀の三国の方はともかくとして
重なり合った我らの日の本は、二つ同時に世界に存在することとなりました。
それにともない、異なる同一人物が同時に存在するという珍事の発生が起こり
例えば、今であるなら、毛利元就公と呼んでも、両人どちらを指すのか分からない。
そのような事態であることを考え、私はこの場で、戦場にて強さを讃える時の単語
無双者、婆娑羅者を名前の前につけることをご提案いたします。
いかがか」
くるりと見渡して問えば、場に居る者は皆、それぞれそうだな、という顔をして頷いていた。
遠呂智の城で、自分の意思かどうかはさておき、ひとまず遠呂智に従うという選択をした幾名かで
寄り集まって開いた会議だが、この分だと、議長は務めた方が良いのだろうか。
収拾のつかぬ顔ぶれに、義子は内心ため息をつきたい気分であった。
この場に居るのは、まず婆娑羅者の毛利元就。先ほど兵を捨て駒扱いした彼は、酷薄そうな表情をして
椅子にふんぞり返っている。…性格は、見たままそうだ。
次にその隣に居るのは、婆娑羅者の竹中半兵衛。
秀麗な顔を仮面で隠した彼は、義子と目が合うと、微かに微笑んだ。
あぁ、こいつも油断ならなそう。
足元をすくわれないよう注意したいと、その表情に義子は思う。
その他については、無双者の竹中半兵衛、黒田官兵衛、毛利元就。
そして義兄氏真に、義子の計七名が、この部屋で円卓を囲んでいるのだが。
さて、その目的はといえば、当座の国土の運営をどうするかである。
本来ならば、制圧した遠呂智がやるべき事柄であるが、彼にそのような意思は無い。
「まったく、治める気もないのなら、滅ぼさなければ良いでしょうに」
「仕方がないね、遠呂智にその意思がないのだから。面倒だけれども。
……義子、よしなに頼んだよ」
仕方がないねと言いながら、氏真は席を立ってじゃあ、と義子に片手を上げて部屋を出ていく。
……おそらく、昼寝でもするつもりなのだろう。
あの人は…。
自分の仕事がない時には、とことんまでさぼりたがるのだから。
呆れた気分で机に肘をついて指を組み合わせると、婆娑羅者の毛利と目が合った。
「貴様、あれを許すか」
「許すも何も、兄上はああだから、兄上なのです。
兄上が面倒くさいと言わなくなったら、世界がひっくり…がえっても駄目だったからには
打つ手がありませぬ」
世界がひっくり返ったらと言おうとして、現状がまさにそれであることに気がついた義子は
ふっと哀愁の混じった笑いを浮かべて、机に視線を落とした。
別に、甘やかしているわけじゃなくて、あの人、人の話、聞かないから。
「…別に、婆娑羅者の毛利元就公。あなたがいって、兄上を連れてきてくださっても構わないのですよ。
面倒の前には死も厭わぬあの人を連れてこられるというのならね…!!」
「…そんなに重たい話だったかい、これ」
やれるもんならやってみたらいいわ!という気分で義子が机をたたくと
婆娑羅者の竹中が呆れ混じりの突っ込みを入れてくれる。
その何も知らぬ者たちの反応に、これ、新鮮だなぁと思いつつ、こほんと義子は咳払いをして場をごまかす。
「まぁ、兄上については、どうせおっても役に立たぬので放っておくとして。
此度集まったのは、内政について話し合わなければならぬが故のことです。
残念ながら、残党討伐部隊に属する方々は、妲己に所用を申しつけられ
このような会議には参加できぬような忙しさで在るということ。
かつ、妲己たち妖怪は国を治めることには興味がないという理由にて
私たちに、内政が一任されたわけです、けれ、ども!」
「ども、だよねぇ。俺たちに任されてもっていうか、下手に動くと後が怖いよーこれ」
あははーと笑いながらい言う無双者の半兵衛に、一同揃って頷く。
…遠呂智は全ての国、全ての地域、なんら例外なく襲ったため
現在遠呂智の支配地域は、この大陸全土にわたる。
そうしたならば、無双者の日の本、中の中国、婆娑羅者の日の本全てが
遠呂智の手の中にあるということだ。
その内政をするということは、本来自分が治めるべきでない地域に口出しをするということ。
…確実に、後で文句が出る。
出ないわけがない。
やりたくねー。
という気持ちで、この場に居る人間の心が一つとなった。
「………提案します」
「なんだ、義子姫」
「…我ら日の本組だけでやってもらちあきません。
生贄として、中の魏・呉・蜀の人間を調達する必要があるかと思われます。
話は、またその後かと」
「…………そうだね、うん。それはそうだ………。……言うなら妲己かな?」
「妲己であろうな」
無双者の元就に、婆娑羅者の毛利が頷く。
偉そうな態度で頷く彼に、年嵩の元就は微妙そうな顔をしたが
これも自分であることを思い出したのか、諦めた態度ではぁとため息をつく。
その表情を見ながら、義子は自分が二人いるのは大変そうだなぁと暢気に物思う。
けれど、そうやっていつまでもいるわけにはいかない。
義子主導のもと、とりあえずの解散が言い渡され
そうして一同は、一旦解散をしたのだった。
「どうして我らかと言えば、確実に。外に出せないからでしょうね」
「あぁ、やはりね。私もそうではないかと思うよ。
私たちの側の、半兵衛、官兵衛、私には枷がない。
君たち二人だとて、そうだ。
婆娑羅者の……毛利元就公もそうだね。
婆娑羅者の竹中半兵衛は、それとはまた違うのだけど、彼はどちらかと言えば」
「監視役として置かれているのでしょうね。いざとなれば、豊臣の将兵が人質として使えます」
「うん。人選としては、間違っていないと思うよ。
外に出せば戻ってこなくなる可能性の高い人員を
城に縛り付け、逃がさないようにする。
良い策だ。ただ、我々としては都合が悪いのだけど」
「色々な意味で、ですね。元就様」
「そうなんだよね………私は、そろそろ安穏とした老後がほしいんだけど」
「あぁ…………私も安定した生活がしたいです。
今川がひとまず安心だと思ったらこれです。やってられません」
「遠呂智は気にいりませんか、官兵衛殿」
「…あれで、治めようという意思があれば、考えなくもなかった、が」
「ありませんからね、見事に。あなたの思想とは相容れぬでしょう。
分かり切ったことでした」
「何故、質問をした」
「確かめたかっただけですよ。あなたのことは嫌いではありませんので」
「…今川は未だ、親織田だ。………卿らの在り方は私の望むところでもある。
そのまま突き進んでくれると、ありがたいのだがな」
「蝙蝠のように、ではありませんね。蝙蝠には信念はありませんので」
「信念とは執着にすぎない」
「はい。でも人間は、執着によって生きます。
生きるということは、執着の行動によって在る。
食べることも寝ることも子を作ることも
全て、生きるということへの執着によって引き起こされること」
「……だから、草を食んで生きると」
「………はっはっはっ………まだ出会いがしらのあれ、覚えてらっしゃるんですか」
「忘れるわけが無かろう」
「…侮蔑の目で見ないで頂けると助かりますね。
仕方がないではないですか、財布をすられたのです」
「………………見た目は」
「はい?」
「悪くないのにその性格が残念すぎて、嫁の貰い手がないんじゃない?って
官兵衛殿は言いたいんだよ、お姫様」
「あぁ、半兵衛殿。良いのですよ、嫁の貰い手など」
「あれ。良いの?」
「はい。性格は直りませんので」
「…嫁より性格を取るんだ。さっすがーって、俺言えば良いの?」
「いえ、特に」
「…………愚かだな」
「だから、侮蔑の目で見ないでください」
「………ここの地域のこの川は、淡水から汽水に変わっている可能性があります」
「あぁ…ここのところから流れ込んできて」
「はい。ここの隙間より………早急に調べて対策を取る必要があるかと」
「なるほどね………それにしても、救いは農閑期であったことかな」
「えぇ、そうですね。農繁期に起こっていたら、対策も立てる間がないところでした」
「…真田幸村」
「あなたは…義子殿」
「…………………武田信玄公は野に潜っているようですが」
「えぇ、今は蜀の皆様と共に」
「そうですか」
「義子殿は、いずこの勢力に」
「遠呂智のところで内政を」
「…………」
「そう睨まないで頂けますか。誰かがやらねばならぬことです」
「すいません、つい」
「…まぁ、そうそう長くいるつもりも」
「やはり無いのですね」
「無かったのですけど、皆さま良く離反されるので、本当に、離れるに離れられなくなってきて…」
「…………えぇと」
「…仕事の山がね、………あぁ、すいません。…そういうことなので帰りますが
見逃していただけると助かります」
「あ、えぇ、はい…」
「では、またいずれどこかで」
「はい、また………」
〇なりかわりっていうか、いれかわりだよね、これ。
2011年03月05日(土)22:03
型月なのはを下げるために考えてみたんですけど
大谷なり変わりっぽい何かってどうですかね(聞かれても)
いや、なり変わりって、結局キャラクターが一人いなくなるってことじゃないですか。
そりゃ寂しいと思っておったのですけど
あれだ。
古今東西先人たちは良いシチュエーションを残してくれていましたよ。
なりかわった人間が、現代での自分になりかわってりゃいいんじゃね?
そして精神で繋がっていて、夢で指針とか教えてくれればいいよ。
…ということで、大谷なり変わりなのに、大谷オチの夢ってどうでしょう。
主人公は現代で暮らす普通の女子高生。
なのにある朝気がついたら大谷吉継でした。
…あっれなにこれ。
思ってもう一度寝なおすと、自分が夢の中でヒヒッと奇妙な引き笑いを漏らして
こちらをみているではありませんか。
あっれ、なにこれ。
思いながら呆然としていると
「やれ、ぬしは随分とぼうっとしておる。我も随分な者にとって代わられたものよ」
「………えぇと、あっれ。私はあなた、あなたは私…」
「……………なにやらぬしが全く別のことを考えておるような気がするが?」
「あ、えぇと、頑張ります」
「本当に、どういうものに変わられたというのか。
まぁ良いわ。ぬしは我が何なのかの確認はもう済ませておるのか」
「いえ、ふっつーに現実逃避に寝ました」
「…………………」
「…すんません」
「良い…。これも降り注ぐ不幸あってのことよ。
良いか、よく聞け。我の名は大谷吉継。我は西軍の武将よ」
「………はぁ、そうですか。それはご丁寧に。
せーぐんのぶしょーがなんなのか分からないですけど」
「……………はぁ…」
いまいち頭の悪い女子高生と、いまいちついてない男の
夢での邂逅、そしてそのまま続く悪夢のような生活。
石田三成に事情を話して、優しい顔をして「休め、刑部」と言われて
疲れてる呼ばわりされてみたり
はたまた納得してもらって絶望に叩き込んでみたり
大谷が現代だと病気の治療法が確立されているのを知って
猛勉強してみたり、裏らしくエロっちいことを夢の中でしてみたりしながら過ごす
大谷吉継としての地道な日々。
「すいません大谷さーん、私がこれしないといかんのですかねー」
「いけるいけない以前に、ぬししか居なかろう。
それとも三成にそれができるとでも?」
「さーせん。あの短気な人には無理です」
「ヒヒっで、あろう。まぁ我になり切って上手くやることだ」
「はーい」
夢の中で指示される作戦。
繋ぐのは大谷吉継の体(主人公)が寝ている時ならいつでも。
主人公の体(大谷吉継)の睡眠は関係なし。
なので便所の中とかいろんなところで寝つつも、上手くやって
そして最後には大谷オチが君を待っている。
…え、エロ?
夢の中で主人公(外身大谷)が、大谷(外身主人公)に抜かれたりいじめられたりいびられたり。
「元気なことよなぁ」
「ちょ、ま、そ、あ、じ、自分の体にそれやって
何笑ってんですかー!?やめ、やめて…っ」
「ぬしこそ我の声でそのような情けない声を上げるでないわ。
ヒヒっ中身が変われば変わるものよなぁ。
自慰程度、自分で行わねばどうしようもなかろう。
我の体では女は抱けぬぞ」
「ば、ばかぁあああ!やめ、そこ触んないでぇえええ!ひぅっ」
「ヒヒッハハハ、ハッハハハハハハ!」
…よっし、誰得が過ぎる。
でもエロが無いと、大谷さんが落とせない気がするんですわね。
体から入んないと落とせなさそうなイメージがある人っていますよね←
まぁ…どうしようかな。
需要があるなら考えます。
書いて欲しい人が一名様でも居たら書きますとも。
いないでしょうがwwwwww
ていうか、表でラブは微妙に要らなくね?と言ってる通りに
あんまりこう段階を踏んでラブにならないというか
うっかりラブ?いつもの通りに結局、
いくとこないならお嫁さんになっとく?
いーねー。
(プロミスCM)
みたいなノリです。
駄目だこれ。
あとこれ、よく考えたらTS系入れ替わりモノじゃんよ…。
趣味だ。
実はこれ趣味だった…。
あうあうあー…。
〇型月なのは嘘予告
2011年03月05日(土)21:20
星は。
血まみれの少女が、居た。
茶色の綺麗な髪を朱に染めて、手も足もぼろぼろに傷ついて
バリアジャケットと呼ばれる防具は切り刻まれて、やはり赤く。
地面に倒れて、ぴくりとも少女は動かない。
「他愛も無い。この程度で我の前に立つとはとんだ思い上がりよ。
王たるこの我の前に立つのなら」
「もっと…頑張れってことだよね…?」
少女の背後には街があった。
様々な騒ぎのせいで、ひっそりと静まり返ってはいるが
それでもあそこには人が居る。
煌煌と夜に明るい人口の光が、少女にそれを教えていた。
だから、負けられない。
負けない。
絶対。
ぐぐっと少女は体に力をいれ、杖を使って立ち上がる。
足は震え、値が大量に流れ出した顔は青白く
杖を握る手も痙攣をしていたけれども、それでも。
「そこから起き上がるか、雑種。寝ていれば良いものを」
「雑種じゃ、ないよ」
男は強い。
男は怖い。
男は王だ。
けれども、なのはは。
高町なのはは。
悲しみを打ち抜くものと、自らの力をそう定めた少女は
きりりとした表情で王を、ギルガメッシュを見つめて
そして、告げるのだ。
「私、なのは。高町なのは、だよ」
空に。
管理外世界にて、ジュエルシードの反応あり。
その報を受けた管理局には戦慄が走った。
庭園で狭間に飲まれて消えたと思われていたジュエルシード。
それが管轄外世界で暴走すればどうなるか。
想像はたやすい。
そうして、彼らは一人の少女を差し向ける。
ジュエルシード事件で、時空管理局所属の魔導師となった
その少女の名は。
「魔法使い?」
「えぇと、はい。そうです」
「魔法使い…その意味分かってていってるのよね?」
「えっと、魔法が使えたら魔法使いですよね?」
険しい表情のツインテールの黒髪の少女に、
同じくとしてツインテールの栗色をした髪の少女は
きょとんとして首をかしげた。
彼らはすれ違いにはまだ気づかない。
槍が目の前を通り抜ける。
「っ!!」
それを紙一重で交わし、なのははその速度に戦慄を覚えた。
早い。
早すぎる。
新たに友人になったフェイト・テスタロッサよりも、断然に攻撃が早い。
ぞっとする気持ちでなのはは杖を握りなおす。
自分は、フェイトに勝つのも紙一重だった。
それが、彼女より早いこの槍使いに勝てるの、か?
浮かび上がる疑問。
けれどもそれを押しつぶし、なのはは目の前のランサーへと
愛杖を向ける。
「いくよ、ランサーさん」
「おう。来てみな、異世界の魔術師」
進む時。
巻き戻らない。
だから、人は死ぬ。
死んだまま元には戻らない。
聖杯を巡る戦争に巻き込まれて死ぬ人。
人人人。
目の前で人が死んだのは初めてか。
赤い弓兵に問われて白の少女は呆然と頷く。
けれども時は待ってくれない。
ただ駆け抜けていくだけ。
だけれどだけれど、あぁ。
ごく普通の少女が、助けたいという気持ちだけで
人を助けるために死ぬような状況に、頭から突っ込んでいけるか?
いけるものか。
だから少女は壊れている。
赤い髪の少年のように、彼と同一である白い髪の青年のように
何という切欠があったわけでもない。
高町なのはにあった切欠の出来事は、寂しいという気持ちを知るものだけ。
助けたいは、違う。
それだから、彼女の歪みは果てしない。
その歪んだまま空を飛び、光を打ち出す少女は
―壊れて歪んでいるからこそ美しい。
輝いて。
桃色の光が空を満たす。
星が落ちてくるように瞬きながら、空に星は輝いて。
そこには力があった。
宝具が使用された魔力、固有結界の魔力。
その一切合財を巻き込みながら、なのはは星を作り出す。
たとい、魔力が強大すぎて指から血を吹こうとも
そんなものは関係がない。
管理局が全力で結界を張るという事は、全力で、ぶちのめせということだ!!
「受けてみて!」
なのはが杖を振りかぶる。
その先にある『力』の塊がぶつりと明滅をした。
「これが、私の全力全開!スターライトっっ」
視界にそれを捉えながら、なのはが杖を振り下ろす。
すると水風船でもわるように、ぶっと、塊に穴が開いて
―辺りは真昼のように明るくなった。
核の光とは、かのようなものであったかも知れぬと。
遠坂凛の脳裏に意味のない考えがちらついたが
それも致し方ないと思えるほどに、少女の力は強大だ。
英霊と呼ばれるものに、一方的に嬲られるばかりでなく
やり返せている時点で(しかもあの年で)おかしいが
しかし、あまりにこの魔術は出鱈目がすぎる。
ぞっとするような心持で光を見上げる彼女の隣に
一人の少女が降り立った。
金色の髪をした愁いを帯びた瞳の少女は
凛にちらりと視線を向けた後
「なのは」
と小さく呟き、心配げに空を見上げる。
発射の魔力だけで撃てるスターライトブレイカー。
けれどもそのコントロールには、すさまじい体力・精神力を消耗する
これで、もし倒せなければ。
ぶっつりと意識がブラックアウトするほどの威力を
身をもって味わっていながらも、フェイトはどうしてもそう考えてしまう。
英霊は、そんなに簡単なものではないと、分かって、いるから。
そして光が収まった後、男はそこに立っていた。
鎧は傷ついている―でも体は?
血は流れている―ごく少量
………。
男が何らかの宝具を展開したのは明らかだ。
いかにギルガメッシュといえど、あの魔力をまともに喰らったならば
こんなものですんでいるはずもない。
だが、いるはずもなかった所でどうだというのだ。
ギルガメッシュは、最古の英霊は今そこに立っていて
口の端を吊り上げ、高町なのはを見上げているのに。
「降りて来い、雑種。不愉快だ」
その言葉とともに、十本の剣が発射された。
まともに腹に喰らい、その後腕に足に傷を負いながら
なのはが血を零し、夜の空を落ちていく。
どすんっと、鈍い音がした。
なのはの純白のバリアジャケットが、見る見る間に朱に染まる。
茶色の綺麗な髪も朱に染めり、手も足もぼろぼろに傷ついて
…地面に倒れて、ぴくりとも少女は動かない。
それでも、星は空に輝く。
そこに、星が存在をする限り。
「守ります。守ってみせる。
レイジングハートが私と一緒に行ってくれるっていってるから。
だから一人じゃない。
一人じゃないなら、どこまでだって、飛んでみせる」
「不愉快だ、来るが良い雑種。王の前で頭を垂れぬ者など不要だ。
ましてや頭上を蠅のように飛ぶなど。鬱陶しくてかなわぬ」
「…始めよう、レイジングハート。
いつもと同じように、全力、全開で!」
「All right, my master.stand by ready.」
そして星は空を飛ぶ。
地上の王をひれ伏させるために。
―星は空に輝いて―
2011年夏、始まり…ません。
型月×なのはクロス。
…嘘予告を書きつつ、あれこれ何のサイトだっけと。
まぁいいじゃない。
頑張って書かないようにするから、許してよ。
ガンダムなのはも好きですよっと。
むしろなのはさんが好きです。
2011年03月04日(金)22:11
舞台裏でも見せようかと思ったので
どうもどうもの構想メモでものっけてみます。
これを見ながらあれは書きました。
ということで、ネタばれますのでまだ全部読んでいない人は
回れ右をした方がよろしいかと。
あと、展開的に変わったところもあります。
というか、一番最初からはかわりすぎててなにがなにやらさっぱりぽん。
縮めようと思って、色々削ったらああなった。
でも結局百話超えてて(^q^)wwwwwwwwwとしか言いようがない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
車中で会話
外に出る。
電話
迷子
捜索
発見
言ってたまるかそんなこと。
傷口を抉って回るような真似をしろというのか。
手を繋ぐ
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
幕間佐助視点
信用してない
幸村怒鳴る
今後このようなことはしないようにしろ
するなと言っているのではない、表立って行うな。
それがせめてもの礼だ。
必ず来る。
信用したものだね。
一つの城を預かるものとして、見れば分かる。
それに佐助に少し似ているだろう。
どこが?!
…自分で自分のことは良く見えぬと、お館様も仰っていらっしゃった。
旦那の癖に。
政宗に浅井を扇動したことを話すという幸村
豊臣方にも情報を流し、混戦状態にさせる。
現状上杉、武田、伊達の三国同盟状態
それに徳川・ちょうそかべを加えて、織田包囲網を築こうとしている。
いずれ敵になる可能性を秘めているものに対して、
そういうことを行うのはいかがか。
それでも、見捨てては置けぬ。
お館様には帰ってから後報告する。
やれやれ、昔から情に熱い。
そういえば、昔こういう具合にわざとはぐれて
佐助を試したことがあったな。
え、いつ、どこ、どれ。
………佐助、久子殿だ。
誤魔化しやがった。
飛び込んでくる久子
怖いこと無いって、あんたは一体俺をいくつでなんだと思ってるんだ。
………あ、似てるってこういうこと?
このお馬鹿
手を繋がれる。
お母さん気取りか。
思いながらも、少しだけくすぐったい佐助。
年上ぶってばかりで、年下扱いされるのに慣れていない。
18
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
電話
夕ご飯
甘いものについて盛り上がる
げろげろという顔をしている佐助。
甘いものを本当に食べたいときには、ご飯を食べなければ良い。
ちゃんと食べて、お願いだから
19
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
試着
ご飯の準備
ご飯
20
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
部屋割り
お風呂
政宗に医療用眼帯を渡す。
変えもないし、不衛生になるでしょうからと。
夜寝る準備
命の危険があるときに、そんな低俗なこと言わないでください。
ぴしゃり。
就寝
21
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
一人でパソコンを弄る久子
帰してやりたいと思っている久子。
が、同時に最悪の事態を見据えている。
とりあえず、国語算数理科について教える気満々。
戦国時代のことを調べてゆくうちに
真田幸村は、武田信玄に仕えていないことに行き当たる。
どういうことだと眉を寄せる久子。
時間移動ではなく、並行世界移動なのかと気がつく。
更に重たくなった事態に、机に突っ伏す久子。
そこに入ってくる幸村。
22
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
幕間幸村
政宗と会話をする幸村。
借りは返すといわれて、それよりもただ、某との決着をつけてくださればと返す。
そういう言い方をされると、踏み倒すつもりでも返さなきゃいけなくなると
顔をしかめる政宗。
そういうつもりではござらんと幸村。
ほっとした様子の伊達主従に、安堵の息を漏らす。
佐助は周囲の把握をしてくるといって裏山へ。
玄関から帰ると、二階から明かりが漏れているのに気がつく。
上がっていってみると、久子がなにやら金属の塊をつついている。
気配に気がついて振り向く久子。
上がってくる?といわれて頷く幸村。
まぁお座りよと席を勧められ、上座では無いかと躊躇する幸村。
あんまり気にしないなぁと久子。
お茶を入れてもらいながら、沈んだ様子の久子を見る。
お茶を毒見しようとする久子をせいして、直接飲む幸村。
して、何を沈んでおられたのだ?と問うと
ちょっと纏めてから話すと久子。
今回の件に関しては、すべて推論でしかないけれども
上手く纏っていないことを人に喋るのは嫌いと。
お茶を啜りながら、横目で見るとそういえばと久子が話しかける。
籐子の傍には行かないけれど、籐子苦手?
直球でくる久子に、おおげさにむせる。
女子が苦手だと喋る幸村。
でも私は平気よね?といわれて
女子のにおいがせぬ…と力なく返す幸村。
目を瞬かせた後あははそっかーと笑う久子に申し訳ないと謝ると
まぁ、よく言われるから。と久子。
そっか、女の子苦手か、付き合ったこととかないのかと言われて
破廉恥なと返すと、そっかーと言われる。
私も無いから大丈夫、おそろいね、と言われて微笑む。
いずれ嫁は娶らねばならないのだろうが
夢のまた夢だなと思いつつも、今娶るのであれば
久子のような気がまえなく話せる御仁が良いと幸村。
23
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
朝日の昇り始める頃に、
もえたぎるわぁああああで起こされる久子。
鶏だっておきてないわよ!と切れる籐子。
………眠い。
控えめにね、と注意をすると
甘やかす、そうやってすぐ人を甘やかすと
籐子に拗ねられる久子。
次出かけてきなさいと言われて、午後からお出かけする籐子。
朝ごはんを作って、洗濯物を回して、
全員に洗濯機の回し方を教える。
(最初は籐子で、埒が明かなくなったので
選手交代で久子)
で、終わったら干しますからと言われて
…誰が干すの?と問われて籐子を指差す久子。
あたしの当番だから、と言われて、
お願いだから分けさせてくれと頼まれる二人。
水道代勿体無いと思いながら、了承する久子。
掃除機の使い方を教えて
それから籐子にお使いを頼む。
24
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
竹林までは家の敷地だけど、山は違うから入ったら駄目よ。
しかも今の時分は猪狩りしてるから。
危ないよと注意をしつつ、鍛錬するならそこでやれと言う久子。
頷く政宗たち。
握り飯と鮭のハラスを出した後、
政宗と小十郎と籐子を送り出して、一休憩。
その後、佐助と一緒にお布団干し。
明日からどうしようかなぁと思いつつ、家の中に入る。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お出かけ籐子。
興味本位でふらふらしたがる政宗と、ふらふらしたがる籐子をひっ捕まえる小十郎。
政宗様が二人になった気分だと漏らす小十郎に、
苦労人だねと籐子。
飴あげる。で、小十郎に飴を渡す籐子。
俺には?といわれて、苦労人の証だよと言うと
Oh…じゃあ遠慮しとくぜと言われて、ちょっとは反省しなよ
お前もだろ、へっへっへっへっと仲の良い様子を見せる。
ノリが一緒なのか、そうなのかと思いつつも、小十郎に頭をなでられる。
えへへと、笑うとにやにやとする政宗。
小十郎みたいなのがタイプ化といわれて
タイプとかそういうんじゃないけど、でも格好いいよねとさらり。
良くも悪くも素直。
にやにやと政宗が笑うと、政宗様と、ぎろり。
それから、何を頼まれたんだと籐子に聞いて
シャンプーとリンスとボディーソープの替え。
それから教科書。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ナンパされて、人がいるんでと冷たくあしらう籐子。
いいじゃんと言われて、みっともないとあしらう籐子。
撃退したところを見られて、すげぇなと褒められてにこにこする籐子。
強いなと言われると嬉しいらしい。
畑のことを言われて、
じゃあ、ホームセンターよる?
と首を傾げてホームセンターへ
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
会社に出かける久子。
見送った後、幸村に挨拶。
どうにも固いなぁと頭をかきつつ外へ。
小十郎と話をしつつ、畑弄り。
政宗と眼帯の話。
変えようとしない政宗に
幅が狭いの?と聞いて、ビンゴ。
じゃ、眼帯買いに行こうかと言うことで、外へ。
三日目
ゲーム
お風呂はいれといた
ごはんをおまけしてあげよう!
…え、素なの、それ。子供扱い…?
ゲーム
最強の座
平行世界のせつめい
でも結局帰還が化け物頼りなのには変わりなし。
で、最悪の事態をみこしてあれこれしようかなっと。
家は、どうにかして残せる手段が無いか探してみて
遺言状かいときますので。法人名義にして
架空の会社を興してそこから貸すってことにしたら何とかならないかな
いや、ちょっと調べてみないとなんともわかんないけど
…良く思いつくね、それ。
どういう育ち方をするとそういう風になるのかなぁ
えぇと、育児放棄されたらかな!
今流行のツンデレなんだよ。
つん、でれ?
言葉がつんで行動がデレか!器用だなおい。ちげーよばか。
会って三日の人たちにそんなことは喋りはしませんが!!
で、これ読めます?
読めなかないけど。読みにくいし、書きにくい。
…戦国時代は崩し字だったね。さーせん。
四日目
あ、プリンが食べたい
朝もはよからプリンの仕込み
……………甘いもの、ホント好きだね…
やわらかい方が好きだけど、今日は生クリームが無いので
かためぷりーん
毎日一日一時間楽しいお勉強タイム。
まずはカタカナのお勉強から。
書き取りドリルをがんばってね!
で、終わったら甘いもの。
今日はーそんなに材料がなかったので
また今度作りますねー。わーい。(おえ…)
五日目
ご飯食べつつ
そういえば、あれっすわ。
四十九日の法要があるから、その日は外出ててくらはい。
OKOK。
あとこれ生活費ね。
買いにくいものもあるでしょうから、まぁまぁ。
あ、お風呂は沸かしといたから。
わーい。
じゃあ、あれよ。誰か先入って。ドラマ見るから。
おー。
………なんか、慣れたなぁ、だいぶ。
個別ルート
一週間ずつ(5+7で12日)
姉
1日目木6
さすけ
2日目金7
ゆきむら
3日目土8
さすけ・ゆきむら
4日目日9
さすけ・ゆきむら
事件ですよ
5日目月10
避けられる
6日目火11
おかんと相談
7日目水12
なかなおり
妹
メインシナリオ(13日)木
化け物再登場
手がかりも無いまま、とりあえず探す
犯人死亡(14日目)金
事故現場へ(15日目)土
収穫は特になし
手を合わせないのかといわれて、
微妙そうな顔をする
16日日曜
17・月
18・火
四十九日(19日目)水
特に何も進展が無いまま四十九日を迎える
ほこらについてうわさを聞く
とりあえず、土日に行こうということで、話し合い終わり
20・木
21・金
寺へ(22日)土
おうまがときには行かぬ方が良いでしょうな
忠告は聞くべき
事故現場へ(23日)日
昼間行ってほこらをみつけて
帰ってご相談
犯人の頭がふってきて、あなにすいこまれる
とりあえず、就寝
中盤へ
ここまでは、それどころじゃないので
序盤までの関係を引き続き続行
姉→むずむずもどもど
妹→ひよこ
おかんが風邪引いたり
もぞもぞしたりもぞもぞしたりもぞもぞしたり
あとはメインシナリオなく、
構成通りに進む。
たまに別れの気配がしたり色々ですよ。
で、エンディング
書くことも決まったし、一二月あったらかけるかなぁ。
…甘いだろうか。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
大体逗留期間は二ヶ月ぐらいで。
冬の間居て、春になると帰る感じ。
一二月といて、三月帰る感じ。
幸村→弟→良く分からない→……好き?→好き
佐助→幸村のお兄さん→保護者仲間→息子
政宗→籐子の友達→料理友達
小十郎→籐子がなついている→保護者仲間→…あれ、ひょっとして→……義兄さん…ですか、ひょっとして
幸村→女子とは思えぬ(良い意味)→やはり女子であった…→前と同じようにと言われても…やはり女子だ→好き
佐助→信用しない→……保護者仲間→年上ぶられるのも悪くない
政宗→籐子の姉→姉
久子…くっつく相手、幸村
最初の一週間はほのぼのと兄弟のように。
一緒にお菓子を作ったり、トランプしたり
勉強教えたり。
二週目の半ば
恋い始め
最初は兄弟のようにしながら、
叫んだ久子の声に慌てて駆けつけて素っ裸を見るというお約束のハプニング
しかも鼻血出しすぎて指の間から鼻血ダラダラ。
タオルを差し出して背中をさすろうとするも、早く服を着てくれと懇願される。
しかもその後、久子は気にしないけれども
幸村は女の子だということを認識して避けるように→
……なんだかしょんぼり。
弟みたいに思ってたんだけどなぁとしょんぼり。
佐助とお話。
やっぱりしょんぼり。
畑を見ながらぼーっとしていると、幸村が現れて
畑を見ながらぼーっとする。
寂しかったといったところで、なんだか胸をさする幸村。
どうかしたのか、というと、いや…と言葉を濁す。
仲直り。
しかし手を引こうとすると、赤くなって照れる。
その後は、政宗とほのぼの話をしていると
幸村がなんだか物悲しくなったりとか
そういうにぶちんな展開。
恋いの途中
久子が誰かと話をしていると、なんだか面白くないという幸村に、佐助はやっと目覚め!
と目を見開くが、異世界の人間であることに気がついて絶望を覚える。
次に女の子に興味示すのはいつなのかなぁと思いつつ
久子に、武田に来ない?と勧誘。
久子は純粋に仕事の話だと思って、え、あはは、冗談ばっかりと。
で、寒い中帰ってくると幸村が出迎えてくれて
手をあっためてくれる。
(この間に、小十郎に籐子が寒かったでしょと手をさすってあげて
それを幸村が目撃する場面が入る。)
なんだか気恥ずかしくてちょっと赤くなると(一時接触をしたため。この場面ではまだ幸村は弟)
…かわゆいと言われる。
その顔に、なんだか幸村が男に見えてどぎまぎする久子。
え、あ、なんで?と混乱するも、年上の威厳にかけて冷静を保とうとする。
で、着替えるために自室にかえって居間に戻ると佐助が居て
なんだかにやにやしながらこっちを見てくる。
で、旦那格好いいでしょと一押しされて、佐助退場。
なんなの、と思いながら一階に降りると政宗が居て
なんだか政宗もにやにや。
若いなといわれて、お前のほうが年下だろと思いながらも
なんだか反論できない久子。
うぎぎぎぎと思いつつも、部屋に戻ると籐子になんだかにこにこされる。
………なんなの。
そのあとお団子を買ってきたので一緒に食べていると
なんだか幸村が食べ零していて、ふいてあげていると
佐助が現れて久子ちゃんが居てくれたら俺様すごく楽になるのに発言をして
旦那も、居てくれたらいいと思うよねぇと幸村に問うと
武田に久子殿が?それは良いなと真剣に頷く幸村。
あははと笑うと、久子殿が居てくれると俺は嬉しいという幸村。
(このぐらいから、久子の前だと一人称が俺になってくる)
にこーと笑われて、破廉恥はどこに行ったのと思う久子。
えぇとと思いながら、じりじり距離を詰めて
破廉恥!と叫ばれて安心する。
だよねー。
それを見て普通その距離だったらみんなびっくりするでしょという佐助に
無防備に近寄ろうとする久子の首を掴む幸村。
え?
あ。
で、によによする佐助。
そうこうしている内に、妹と小十郎の仲が発展してゆく。
その上で籐子に相談事をされて
複雑な気持ちになりながらも誠意を持って答えてやると
たまには真剣に、戦が終わったあとのことを考えたりする幸村。
平和な世を見ると、どこに行って何をすればよいのか考えるという幸村を励ます久子。
平和は保つ方が難しいと思うのよ。
一緒に作物を増やす方法だとか、そういうこと探そうかと、誘いをかける。
よく気が付かれると褒められる久子。
信玄の事を話し始めてきらきらする幸村。
吼えてうるさい。
が、なんとなく怒る気にならずに声を落として叫べと無茶を言う。
お館様ーと叫ぶ幸村。
昼だしねぇと放っておいていると政宗から苦情が来て怒られる。
あんたが居て何してたんだ!
いや…昼だしいいかなって。
…この、くそ甘いっっ!
えっと、ごめん。
帰ってきて、勉強をする二人。
横に並んで勉強していると、どうしてこんなに良くしてくれるのだと聞かれる。
だって大事にしたいんだものと思うものの、なんだか違う気がして一時保留。
で、そうかと和やかに笑う幸村の体温が近くてどぎまぎする久子。
買ってきた本をとろうとして、手が触れ合ってわぁ!っと叫ぶ。
で、ひたすら幸村にどうして他の人よりも優しくしたいのか考える久子。
小十郎に零して、愕然とした顔をされる。
だって分からないんだもの。
で、幸村のほうはどうかといえば、きちんと自覚はしている模様。
ご飯を食べつつ
あ、私幸村のこと好きだな。
俺も久子殿の事をお慕い申し上げておる。
あーそっかー。
そうでござるか。
……え?
……あ?
で、くっつく。
恋い慕う
その後は鍛錬光景を見たり、ぼんやりしつつも
別れの気配に寂しく思う。
で、デート。
手を繋いで街中を歩いてみる二人。
限りがあることを分かっているので、見て回る二人。
夕日を見ながら口付けをする二人。
別れについては何も言わない。
痕跡を知ることも出来ない場所に帰る人に、
鉢巻に刺繍をさせて欲しいと切り出す。
代わりに六文銭を一枚貰う。
その後、佐助に一文を見咎められて、貰ったのと笑うと
来てくれないんだと言われる。
それに対して、化け物を抑える人が必要なのに、それは無理でしょうと笑う久子。
もう会えない、絶対的な別れが横たわっても
やるべきことがある人を、返さないわけにはいかないのだ。
祠も直せないしね。
その後、化け物を引きずり出した瞬間に、ぱっと目が眩む。
気がつくと幸村たちの姿は部屋の中にはなく
小さく開いた穴から、赤い飾りをつけた大男に駆け寄って行く幸村と佐助の姿
そして帰還中の軍の中で馬に乗って走る政宗と小十郎の姿が見えて
ふつりと消える。
化け物は、いつのまにか消えていた。
帰還後、花を手向けに行く久子と籐子。
最近立ちくらみがすごいのだと言いながら、
事故現場へと足を伸ばし、手を合わせたところで籐子が言う。
あれ、谷底が何か光らなかった?
その言葉に二人でガードレールから身を乗り出すと
何もなかったはずの空間から、赤い赤い、赤い筋肉のむき出しになった手が伸びてきて
抵抗する間もなく二人を穴に引きずりこむ。
そして、かさりと花が音を立てて、一枚花弁が飛ぶ。
次にテレビニュースで、姉妹が行方不明になったことを知らせるニュース番組が流れる。
場面切り替わって、ぼうぜんとする久子。
目の前にはおなじくぼうぜんとする幸村。
久子の足の下にはぐしゃぐしゃになったご飯があって
…夕餉だったのだとぽつりという幸村。
あぁ、そうなんだと返す久子。
…佐助もこうやって降って来たのよ。
ぽつりと言うと、幸村が立ち上がって久子を抱きしめて
終わり
同じく籐子。
彼女については野菜畑にどかんっと。
呆然としながら立ち上がると、小十郎が慌てて駆け寄ってきて
土を払ってくれる。
土まみれなんだけど、抱きついてもいい?と聞いて
先に抱きしめられて終わり。
佐助とのエピソード
佐助の苦労を見て、ちょっとはフォローしようと誓う久子。
かぜっぴき佐助
甘やかしまくり久子。
年上ぶられると調子狂うという佐助の頭をなでる久子。
なんとなくこう…甘やかしたい。
苦労をしている人を見ると甘やかしたくなる性癖を持つ久子。
甘やかし上手である。
さりげなくお茶を入れてあげたりねぎらってあげたり
段々と甘えてくる佐助。
関係が、お姉ちゃんと弟…というよりかはお母さんと子供になってくる。
なんか篭絡されてるなぁと思いながらも居心地の良い佐助。
どうして甘やかすのですか、甘やかしたいからです。
政宗とのエピソード
一日目
暴走しがちな籐子と政宗をセットで叱る籐子。
お母さんみたいという籐子に、普通の母親はこんな感じなのかと思う政宗。
化け物登場後
政宗の飛んだ眼帯を拾って駆けてやる久子。
…怪我は無い?と聞いて、良かったと笑ってやる。
お料理教室開催。
なんとなく料理友ぐらいの感覚に。
で、小十郎と籐子関連で会話をしつつお友達関係に
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
進みが速い籐子さん。
ということで、彼女視点の話。
相手は小十郎。
政宗ではない。
懐く小鳥
小十郎とのエピソード
畑を耕す小十郎と、なつく籐子
どうしてくっつくのかといわれて、なんとなく居心地がいいからと答える籐子。
好きに理由は要らないと思うのよね!というと、簡単でいいなと笑われる。
その後もちょろちょろくっついてゆく籐子。
刷り込みの入った小鳥のようだと評される行動である。
しかもまんざらでもない小十郎。
あれは春っていうよりかは、なんか別の代物だよなという政宗に
あれは違うでしょうねという久子。
(幸村のしょんぼりと仲直りがこの辺り)
この関係が変わるのは、次に化け物が現れたとき
飛び出しかける政宗と小十郎を足元にタックル食らわせて
引き倒した籐子ががん泣きし始めて
胸を貸して抱きしめる小十郎。
震えながら良かったと繰り返す籐子に、なにか感じるものがあった模様。
小鳥の恋
どうも空気が変わってきたなという政宗。
それを薄々感じながらも、微妙だ…と思う久子。
なにせ帰すつもりで居るので。(この辺りで幸村が面白くなく思う)
まあ邪魔はしませんけど。なるようになるし
ならないならならないでそれはそれで良いでしょう。と。
そのついでに、いいのかと政宗に問うと、そりゃああいつの選択だと返す政宗。
保護者的な空気を漂わせながら、見守ることにする二人。
それを知ってか知らずか。
ほのぼのとした空気で触れ合う二人。
籐子がすぐ手を伸ばす子なので、一時接触大目。
玄関口で寒さで青白くなってる小十郎の手をさすったり
(ここで幸村に目撃されて破廉恥呼ばわりされる)
ただいま!と家に飛び込んできたり。
それでも子供のようだと思っていると、外ではそうでもないようで
一緒にお出かけしたときに上司に会うと
全く違った顔を見せる籐子。
家ではあれでああだけれども、外ではしっかりしているらしい。
家では押さえが利かないのよね、という籐子。
その頭を一瞬、親の顔が掠める。
姉がだれかれ構わず優しくしたいのも、
籐子が家で感情の押さえが利かないのも、全てそれが原因である。
そういえば、もうすぐ四十九日があるのだと思い出した籐子。
それにしてはやけに落ち着いているなと思う小十郎相手に
あんまり好きじゃないと打ち明ける籐子。
好きになってくれない人を好きでいるのは難しいという籐子に
小十郎は政宗を思い出しながら、ひっそりと頷く。
黙ったまま歩いていると、籐子から飴を貰う。
その後お買い物をしていると、籐子の友達に会って
彼氏呼ばわりされて、否定もせずに籐子は頷く。
否定するのも面倒だから、ごめんねと謝られて
嫌じゃねぇと返す小十郎。
嬉しくなって手を繋いで買い物をする二人。
で、帰ってみるとなんだか幸村に久子がアタックをかけられていて
にやにやとする籐子。
しかし興奮が冷めてみると面白くない。
うぎぎぎぎぎと思っている籐子だったが
小十郎に「俺がいるだろう」といわれて、ん?となる。
本人も無意識だったようで、今のは忘れろといわれる。
そこで忘れたくないなぁと言うと、
どういう意味で言っているのか分からんと言われる。
ボソッと言ったその様子が困っているようだったので口を噤む籐子。
分からんって言ってたぞと政宗に言われて
いや、こうこうこれでと話すと、惚気は余所でやれといわれる。
でも分からんでもない、という政宗。
お前の好きは、小さい子供の好きに似てるという彼の言葉に首を捻る籐子。
仕方が無いので姉に相談すると非常に複雑そうな顔をする姉。
付き合ったこともないのにそんな相談をされてもと零しつつも
プリンが好きとかと同じレベルで好きって言われてるんじゃないかってことじゃないの?
という返答が返ってくる。
うーん違うんだけどなぁと思って、鍬を片付ける小十郎を見ていると
穴が開くといわれる。
で、それを無視して近寄って、触りたいなぁと思う好きならいいの、忘れなくて。
というと、こういう触り方をしてもいいのかと小十郎が言って手が伸びてくる。
それに抵抗せずにいると、したがはいってくる。
最後に唇を舐めて遠ざかる顔を見てエロい、えろい、破廉恥!と叫ぶと
くくくと笑われて、もう!と怒る籐子。
その後政宗にもしも小十郎と結婚する気があるなら、
伊達の分家でもどこでも良いが、
養女としてとらせて、身分を作って結婚させてやる。
と言われる。
話が大きい!と思いながらも、妹みたいなもんだと言われて
年上だってと返す。
仲良し。
小鳥の愛
あとは久子の恋の行方を追いながら、籐子は小十郎といちゃいちゃ。
けれども、別れの気配は近づいてくる。
化け物を取り押さえる人はどうしても必要で、
籐子も久子も、小十郎たちについてはいけない。
それをわかりながら、口には出さない二人。
お前をくれといわれて、いくらでもと差し出す籐子。
傷口をなぞりながら、死なないでと願う。
と、ここで遅れて幸村たちがくっつく。
そのほのぼのした様子に、あの年頃だったらもっとこう…と複雑な顔をする籐子に
そうなったらそうなったで複雑なくせにと甘やかす小十郎。
なにかものは必要かといわれて、覚えておくからいいのと
キスをする籐子。
その後はメインシナリオに合流。
政宗
政宗とは色々と対戦をしたり、無二の親友チックに。
しかし政宗兄、籐子妹ポジション。
籐子のほうが年上なのだが…残念
政宗の目には触れる。が、母親の愛情というものが良く分からないので
お姉ちゃんしか良く分からないといって、同病相哀れむという関係に落ち着く。
この時点で恋フラグクラッシュ
ちなみに姉の場合は、佐助の恋フラグは看病時に母親した時点で
クラッシュされております。
その後は良いお友達ポジションで色々と話をしたりとか。
幸村。
お姉ちゃんの恋の相手と認識してから喋るように。
あんまり喋らないけれども、応援はしている。
佐助
気がつくとそこに居るので、
ちょっと興味はある。
犬みたいだねぇと生暖かい目で見られている。
何だかんだいって面倒は見てもらえるので、可愛がってもらっているのだろう。
…何分主君があれでああであるので、
妹のほうは真田主従との接触は少なめ
メインシナリオ
政宗と小十郎のすぐ目の前に、穴が開く。
行軍中の伊達軍が見えたところで、一歩踏み出し
いやな予感がした籐子がタックルをかまして横倒しにする。
と、その瞬間に穴が閉じる。
そのまま進んでいればまっぷたつというタイミングであったそれに
顔を青ざめさせていると、穴の現れたそこから
化け物が顔を出しずぶんっと音を立てて消える。
少なくとも時間が止まっているっぽいと言うのは分かる。
し、化け物は二つの空間をつなげられるらしいというのが分かる。
化け物がどうして出てきたかは、四十九日のときの
噂話で、祠が壊れたという話から。
四十九日の前に、どうして両親が死んだのかも話をする。
その後、神社に話を聞きにいったり
図書館で物を調べたり。
祠を直すと、化け物が出てこなくなりかねないという結論になって
四人が帰ったら、祠を直す。
次に化け物が出てきたら、脅して穴を開かせる。
という結論に。
推論だけれども、時間が止まっているということが分かって
来訪者達はほっとした様子。
その後も、小指が無駄に落ちてきて悲鳴を上げたり色々あるものの
あとはまったり個別シナリオベースに。
佐助
自分のことは好きじゃないがどうでもいい(おそろい)
幸村の面倒を見ることで、バランスをとっている部分がある(おそろい)
自分に許されていることは少ないと思っている。
ふざけているふりをしながら、職務に忠実。
自分は忍びであるのだから、仕方が無いともう諦めている部分が多々あり。(おそろい)
帰宅→籐子に相談を受ける→複雑な気分になりながらご返答→
彼氏いたことないんだって→
籐子ちゃんついていくの、いっても→
いかないお?(あっさり)→
……はい?→
後の憂いがないならともかく、お姉ちゃんだけに後の子とおわすつもりないよ
→
いや、心配は→
しちゃだめなの?→
だったら何で告白を→
しないと後悔→
思い出も残らないじゃない。やだよ、つたえられなかったなって
先々で思い出すのはさぁ。
ちゃんと納得したいじゃない→
そうかぁ→
自身の中からは出てこない回答だけれども、そういうのもあるなぁと納得→
それにしても、何処に行ったのかと思っていると
びしょぬれでかえってくるふたり→
めがてんなのもつかのま、ご飯より先にふろばにいってこいと切れ(初怒り)→
幕間
なぜ、びしょぬれになったかの説明
視点はまるさ。
68.花
69.夕食
70.だんご→
71.いもうとに相談
72.まるさ視点
ぶっちゃけどうにかなるようなきがしてた
おごりたかぶり
→
73.かぜ→
74.なんでびしょぬれなのか まるなげ→
75.まるゆき視点 残らないし無理やりについてこさせるのもまた違う。ただ、後悔しないようにするだけ→
76.とくになにかいわれたわけじゃない。けっていてきなひとことはいわれていない。ただ、少しせっしょくがふえただけ
わらうかいすうがふえただけ
だからなにもいえない。ずるずるしている。
てをにぎられる(よていどおり)
かたいてのかんしょくとかちかいかおとかにちょうしがくるう
うえにあがるとにやにやされる
いつもそのぐらいならいいのに
おことわりします→
77.かざいどうぐはこびだし
こんぽうざいをもってかえってきて
てれびとかじゃまなものはぜんぶはこびだし
たんすもぜんぶ
きもんにあたるばしょにはもりじお
あちこちにじんじゃのみずがはいったぺっとぼとる
おきゃくさんにはみせられないねぇというまるさに
もともときゃくこないからいいとこたえるまるひ
かーてんぜんしめ、そとからみえないようにして
じゅんびOK
78.
まるこにねぎをもらって、まるとはいいのかといわれる
そちらこそいいのかといいたくなったが
ひとのあれにくちばしつっこむのはしゅみじゃないのでやめる
ごはんをつくろうかとおもうがだれにこえをかけようかとまよって
まるゆきにしてみる
だれでもいいのになんでわざわざまるゆきとおもった
→
79.ひさしぶりのおべんきょうたいむ
りかのおべんきょうをしていると
ちしきはふえたがつかえるだろうかといわれる
しんこくそうなそのかおにおもわずなまえをよぶと
おなやみそうだんしつかいし
だんだんとーんあっぷしてうるしあー
せいりょうおとしてさけべ、しょうち
まるまさにうるせぇとおこられる
80.
なおもべんきょうしているとどうしてここまでしてくれるのかきかれる
まるさみたいなとおもうが、うたがうんじゃなくて
なにかをきたいしてるめ
けれどもまるひがすなおにやさしくしたいからといえるわけもなく
ただりこてきなりゆうをのべる。
こわい。
つぎにではほかのものでもたのまれればしましたかときかれて
いっしゅんとまる
した、したはず。うん、した。
でもあれ、なんか、ちがうような
はぎれわるく、した、とおもうというと
きずついたかおをされる
わかりやすいとおもったけどそれいじょうにいたくて
おもわずちがうという
なにがちがうのかよくわからない
ほりゅうということで
わぁっていう
81.
こういうのってうつるんですか?
わんくっしょんツークッション
とんだ初恋だ。
82.
認めよう、私は真田幸村が好きだ。
いつからかはしらないけれど。
言葉は言わない。
だけれど特別だから。
83.
鍛錬光景を見たりなんたりしながら別れの気配に寂しく思う。
もうすぐおわかれですねそうですね。
最後にデート、しませんか
84.
手をつないで見て回って、夕陽を見ながらすこしだけ、近づく。
別れについてはなにもいわない。
痕跡を知ることもできない場所へ帰る人へ、
詩集をさせてもらえませんかとおねだり。
代わりにろくもんせんを一枚もらう。
85
その後、佐助に一文を見咎められて、貰ったのと笑うと
来てくれないんだと言われる。
それに対して、化け物を抑える人が必要なのに、それは無理でしょうと笑う久子。
もう会えない、絶対的な別れが横たわっても
やるべきことがある人を、返さないわけにはいかないのだ。
祠も直せないし
とうこへん
86
空気が変わったなぁと思う籐子。
久子よりも大分敏感。
帰ってきたらそとの見回りを終えた小十郎と遭遇
小十郎の手を触ってさむ、つめた!という。
軍手していないせいで、小十郎の手は青白い。
もう、お湯で手を洗わないとだめだよ、と怒ると
向こうにない物は使わないという小十郎。
それはそうなのだけどと思って、ぎゅっと手を握って温めていると
幸村に見られて破廉恥呼ばわり。
破廉恥っていう奴がはれんちなんだよーだ。
87
たっだいまーと家に飛び込んできてぶつかりかけて怒られる。
タイミングが合うなぁと思ったが、良く良く考えると
時間が一緒なのだ。
上司からの電話を受けて出ると、普段からそれで居たらどうだと言われる。
失礼。
政宗にも見られていたようで同じことを言われる。
失礼。
とりあえず、本日も体温確認。
ぎょっとした顔をする小十郎に、今日は温いね!と笑うと
どういう反応をしたものか、という表情をされる。
のち、苦笑。
88
眼帯が切れたので買いに行く籐子政宗小十郎
政宗が眼帯を見ている間に、籐子は他の場所へ。
小十郎が呼びに来たところで友達と遭遇。
彼氏?と聞かれてまぁ、と答える。
否定が面倒くさいから、という久子にいやじゃないからいいと答える小十郎。
他の場所を見て言る、早くしろよという小十郎の姿を見送って
照れる籐子。
89
どうにも眠たいので小十郎の部屋で居眠りする籐子
甘やかされているなぁと思う。
おきて猫毛かけていると、破廉恥!という声が。
幸村だな、と思う籐子だったが、小十郎が仲がいいことだ、と呟いたのに反応。
おねえちゃんと幸村が?
以外にいるか?
いないけど。
不満そうだな。
大体今は俺がいるだろう
あぁ、そうだね。そうだった、ごめ…ん?
二人して流しかけて、いやいやという反応。
あれ、なに。うん。
小十郎に「俺がいるだろう」といわれて、ん?となる。
本人も無意識だったようで、今のは忘れろといわれる。
90
そこで忘れたくないなぁと言うと、
どういう意味で言っているのか分からんと言われる。
ボソッと言ったその様子が困っているようだったので口を噤む籐子。
分からんって言ってたぞと政宗に言われて
いや、こうこうこれでと話すと、惚気は余所でやれといわれる。
でも分からんでもない、という政宗。
お前の好きは、小さい子供の好きに似てるという彼の言葉に首を捻る籐子。
仕方が無いので姉に相談すると非常に複雑そうな顔をする姉。
付き合ったこともないのにそんな相談をされてもと零しつつも
プリンが好きとかと同じレベルで好きって言われてるんじゃないかってことじゃないの?
という返答が返ってくる。
91
うーん違うんだけどなぁと思って、鍬を片付ける小十郎を見ていると
穴が開くといわれる。
で、それを無視して近寄って、触りたいなぁと思う好きならいいの、忘れなくて。
というと、こういう触り方をしてもいいのかと小十郎が言って手が伸びてくる。
それに抵抗せずにいると、したがはいってくる。
最後に唇を舐めて遠ざかる顔を見てエロい、えろい、破廉恥!と叫ぶと
くくくと笑われて、もう!と怒る籐子。
その後政宗にもしも小十郎と結婚する気があるなら、
伊達の分家でもどこでも良いが、
養女としてとらせて、身分を作って結婚させてやる。
と言われる。
話が大きい!と思いながらも、妹みたいなもんだと言われて
年上だってと返す。
92
少しの時間を惜しむように、いちゃついてみる二人。
政宗が入ってきて口笛を吹かれる。
いやいや、そこは閉めようよ。
来るの?と聞かれて行かないよ、と返す。
93
あとは久子の恋の行方を追いながら、籐子は小十郎といちゃいちゃ。
けれども、別れの気配は近づいてくる。
化け物を取り押さえる人はどうしても必要で、
籐子も久子も、小十郎たちについてはいけない。
それをわかりながら、口には出さない二人。
お前をくれといわれて、いくらでもと差し出す籐子。
傷口をなぞりながら、死なないでと願う。
93
と、ここで遅れて幸村たちがくっつく。
そのほのぼのした様子に、あの年頃だったらもっとこう…と複雑な顔をする籐子に
そうなったらそうなったで複雑なくせにと甘やかす小十郎。
なにかものは必要かといわれて、覚えておくからいいのと
キスをする籐子。
94
メインシナリオ1
95
メインシナリオ2
96
メインシナリオ3
97
エピローグ
外伝的な何か。第二部ともいう。
ハローハロー
現実実際問題あれですよ、死んじゃいますよね。
っていう。
穴に落ちてしまったお嬢さんと、ツンとデレの比率の合わない夫婦と、それから恋を叫ぶ男の話。
〇変態が書きたかっただけです(一次)
2011年03月04日(金)20:37
「高野、俺はお前の性格を高く評価している」
「…そりゃあどうも」
「好ましいと思っているのだ。愛しているといっても間違いではない」
「そりゃあ、ますますどうも」
「お前は薄汚いのが良い。馬鹿で愚かでどうしようもないが
その薄汚い根性が俺の好みだ」
「どうもどうも、そりゃどうも」
「手折って自分の物にしてしまいたい衝動が、お前を見ているとこみあげてくるんだ高野。
どうか俺の物になってくれないか」
「うん、だから前々から言ってるよね。
私に勝てたらどうぞって」
首を傾げながら高野は、吉田の手の中からトランプを一枚取り
そうして揃った手札を場にと放り投げた。
しゅうりょーう。
ババ抜きで勝負を挑まれた以上、手札が全くなくなった高野の勝利である。
手を上方向にあげて万歳の姿勢をとり、勝敗がついたことを
教えてやると、目の前の吉田はがっくりとうなだれて床に伏せた。
「…また、負けた」
「通算千四十四敗目、おっめでとうございます、吉田」
「めでたくない、何故俺の愛を拒む」
万歳と手を上にあげたまま手をたたき、惜しみない賛辞を送ってやったのに
吉田は床に伏せたまま顔だけ上げて、高野をぎろりとねめつける。
それに高野は当たり前だろうと、吉田の顔を見て
「…ていうか、吉田まず悪魔じゃん」
「…いやそれは…いいじゃないか、俺はどこからどう見ても人間だろう」
言う吉田の言葉は正しいが、高野の言葉も正しい。
この目の前の吉田と言う男、人間にしか見えないが
その正体は高野が面白半分に呼び出した悪魔である。
それが、高野が吉田を拒む理由の一点であり、もう一点は。
「ていうかさ、悪魔なうえに、吉田変態じゃん?
カニバリズムのネクロフィリアで、俺の物になった暁には
確実に二重の意味で命が無いような相手を、はいどうぞって受け入れるわけ無いし」
「なっ俺が変態だと?!
命が無いのは本当だが、俺を受け入れてくれた暁には
綺麗に殺して血を抜き剥製にし、家の俺の寝室に綺麗に飾り立て、夜毎に犯し
その上で、千年万年かけて大切に食らうと言っているのに何が変態だお前!
大体他の誰かならまだしも俺が行うのだ。俺だぞ?!何処に不満があると」
「…よし、俺だぞの意味がわからんな。とりあえずお黙り下さい」
言いながら高野は散らばったトランプの山を吉田に向かって投げつけた。
いやこの日本人らしい吉田と言う名前、本名だというのだから
悪魔も謎なものだ。
カニバのネクロは悪魔らしいと言えなくもないのだけれども。
しかし、投げつけられたトランプにまともにあたり
うわっだのと叫んでいる男は到底悪魔には見えない。
…でもまぁ、悪魔だ。
魔法陣を書いて魔法の言葉を唱えたならば
いきなりに現れた男を、悪魔以外の何かだと疑うつもりはない。
なんか変なことしちゃったよなぁと、三か月前の自分の行動を
悔やみながら、高野はもう一度吉田に向かってトランプを投げつけた。
ゴミ箱だから、本当のごみもたまにおかれますよっと。
一次が書きたくなったのです。
2011年03月01日(火)23:21
明日名前変換かけれるようにして
裏にうpしたいと思うます。
ヘ(^o^)ヘ >>なんでこんなの書いたんだーwwwww
|∧
/ /
(^o^)/ 自分でも分からないwww
/( ) ただ頭の中にあふれたからだ!
(^o^) 三 / / >
\ (\\ 三
(/o^) < \ 三 そりゃあ仕方がないwwwwww
( /
/ く 荒いし言い訳のしようもないなwwwwwww
………え、あとがきになんでこんなAA使ったのかって?
趣味。
えぇと、まぁ、あらすじみたいな感じですけど
おおむね官兵衛ルートはこんな感じと言うことで。
…なんということでしょう。意味の分からない飛翔&着地。
得意技を存分に発揮して、意味の分からない展開を見せました。
なんで暗い展開からこんな飛翔の仕方をしたし。
いや、特技です。
どんな状況からでもハッピーエンドを作り出す才能です。
むしろこんなの序の口です。
はっはっはっ。我にBADENDを書かせたければ、不幸をこの三倍は持ってくるがよい。
この後は割と幸せなんじゃないですかね、この二人。
穏やかに暮らして、穏やかに死ぬと思います。
あと義子さんが駄目人間が好きなのは、兄上・父上見てたら
良く分かるでしょう。
おい、なんとかしろよ、お前の嫁・義兄・義父・婿だろ。って言われる方です。
〇まことに遺憾ながら7(完)
2011年03月01日(火)22:52
最後の変化は、一月後に訪れた。
毎夜毎夜の交わりが、いつのまにか怖くなった義子は
その理由を必死に考えていた。
この行為の始まりは、黒田官兵衛を自壊させない為のものだ。
そうして、その成果はきちんと上がっている。
彼は倒れるまで仕事をすることが無くなった。
きちんととはいかないものの、食事をするようになった。
睡眠をとるようになった。
ならば、この行為は続けなければならない。
それなのに義子が怖くてどうするのだという話だ。
だからせめても理由を知ろうと考えていた義子は
交わりの後も頭を悩ませ続け、ふと、先に寝た官兵衛の寝顔を見て
ふっと胸をよぎった感情に、目を見開いて
「あー!????」
「っ?!」
突然に義子が出した大声に、官兵衛がびくりとして
勢いよく起き上がった。
敵襲だとでも思ったのか、何事だ!と大声で言う彼に
義子も大声で最悪!と叫ぶ。
胸をよぎった感情が、答えだ。
義子が交わるのが恐ろしくなり始めた、答え。
けれど回答を見つけたというのに、義子は頭を抱えて
ぼすっと布団の中に埋まって死にたいと呟く。
「じ、自分の趣味の悪さにびっくりする…なにがどうしてこうなった!」
「…分かるように喋ったらどうだ」
すっかり目が覚めて、こちらを冷たい目で見下ろしながら言う官兵衛が
見えないのに見えるようだ。
長らくの付き合いで、かっちり想像しなくても良い所まで
つぶさに想像できる義子はげんなりとしながらため息をつく。
「…分かるようにって言ったって、男の趣味の悪さに
自分で気がついて驚いたというだけの話ですよ…ただそれだけです」
…もうなんだか、疲れてしまう。
官兵衛の寝顔を見て思ったのは、可愛い、という暖かな感情だった。
はっはっはっ。
官兵衛の寝顔を見て可愛いだとか、へそで茶が沸く。
けれども義子はそう思ってしまって、思ってしまったからには気がつくだけだ。
そうして切っ掛けはと聞かれれば、男が余りに愚かだったからとしか言いようがなく。
あぁ、あんまりだ。
義子は自分の男の趣味はまともだと思っていた。
いや、少なくとも現代に居た頃はまともだったのだ。
クラスの中堅どころに居たような男子と付き合い、それなりに平和にお付き合い、をしていた。
それなのに、それなのに。
どうして何が転がって、これ!
頭を抱えて死にかける義子だが、その彼女が言った言葉に
官兵衛はそうか。とだけ返す。
一見静かな声だ。
けれどもその静かさの中にあるのは確かな濁りで。
ただ、それには自分の感情に気がついて絶賛混乱中の義子は気がつかなかった。
その代わりに、勢いよく起き上がり、ばんっと布団を叩いて官兵衛を睨みつけ詰め寄る。
「そうかって、他人事のようなことを言わないでください。
渦中の人ですよ、あなたのことなんです、官兵衛殿!」
「…は?」
激する余りにうっかりと、昔の呼び方で彼を呼べば
返されるのは今度はは?である。
いや、義子にとってはは?とは何事だ。であるけれども
官兵衛にとっては行き成り起こされたと思ったら
男の趣味が悪いという話で、すわ自分ではない誰かへの恋心でも自覚したのかと思えばの話である。
青天の霹靂だ。
意味が分からないと言っていいのは実は官兵衛の方なのだが
そんなことはお構いなしに、義子は布団に突っ伏して顔を押し付ける。
「はって。はって。あなたみたいな泰平馬鹿で、もう人生の目的は果たして
あとは余生みたいな顔しながら寂しくて仕方がない人
好きになるとか馬鹿すぎる。叔父上の言葉を借りるならばド阿呆です。
あぁもう、意味が分からない!」
「…それはこちらの台詞だろう。卿は告白がしたいのか喧嘩を売りたいのかどちらだ」
「は?告白?」
思いのままに叫ぶ義子。
その義子の叫びの内容のあんまりさに、どうしていいのか
分からず眉間にしわを寄せる官兵衛。
そうして彼が戸惑いのままに発した問いかけに、
義子は思い切りはぁ?と言う表情で布団から顔を上げて…固まった。
………告白?は?あぁ、いまの。
告白といえば告白…だった?
あぁ、うん。
告白……想いを告げること。
想い。
…………。
「いや、違う。そう言う意味じゃなかった、違う」
思わぬ自分の行動に、反射的に義子がそう言うと
官兵衛はみるまに表情をゆがませ義子を見る。
けれども多分、官兵衛はそのことに気がついていない。
やはり愚かなのだ。
なんとなく直感的にそれに気がついて、ぼうっと彼のその表情の変化を見ていると
彼は勘違いか、と義子に聞いてくる。
「勘違いか、今のは」
「いや、いや。うん。勘違いというわけでもなく事実しか述べてはおりませんが
違うんです。勢いというか衝動というか」
そういうつもりではなかった。
だから、ちょっと混乱している。
いつもとは違って理路整然とは語れずに
普通の女のようにわたわたとした喋りをしていると
官兵衛はじっと義子の顔を見て、それから義子の前髪を触って
目を見つめて口を開く。
「卿は、私が好きか」
改めて答えるには躊躇われる問いだ。
けれども、これに否定してはならない。
引き留めたいならば。
察しながら、躊躇い。
けれどもやがて渋々と、義子はこっくり、官兵衛に頷いて見せた。
「まぁ…その…まことに遺憾ながら」
「愚かだな」
「まぁ」
そうして、認めた言葉に対して、官兵衛の反応はにべも無い。
いつも通り、標準仕様。
それが分かっていたから落胆もせず受け止めて
全くどうしてこれだったのかと義子が思っていると
官兵衛が大仰なため息をついた。
そこまで嫌がらなくても。
眉間に深い縦皺を刻み、嫌そうな表情を浮かべる官兵衛に
苦笑いを浮かべかけた義子だが
「だが悪い気がしない私も愚かだ」
官兵衛は全く義子の予想の範疇を超えたことを言って
座り込む義子の腰を掴んで引き寄せ、自らの横に置いた。
…察するにここで寝ろということらしい。
義子の意味のわからない喧嘩腰の告白と、悪い気はしないという官兵衛の言葉を合わせて考えると
どうにもそういうことであるようだ。
お互い意味が分からないなと思いながら、義子はふーと溜息をつく。
ある程度居心地の良かった仮面夫婦生活は、完全に終わった。
終わってしまった。
今義子たちが、終わらせた。
物事の移り変わりを感じながら、義子は眉間に皺を寄せつつ
隣の男へともう少し体を寄せる。
男の低い体温に、義子の体温が奪われて
冬は少し寒いだろうなと、彼女は詮無いことを思って
どうしようもないとただ苦笑を浮かべた。
〇まことに遺憾ながら6
2011年03月01日(火)22:38
そうして、義子が自分の変化に気もつかないまま
また、官兵衛の抱き方が変わった。
最初とは比べ物にならないような、普通の交わりに毎夜のそれはなった。
なって、しまった。
胸を舐める舌に、義子は唇に指を当て、声を押し殺す。
別に殺さなくても誰も聞くものは
官兵衛以外にはいないが、その彼に聞かれるのが、嫌だ。
嫌?
嫌ではないけど、ちがうけれど。
あぁ、分からない。
分からないけれども殺したくて、あちこちを舐められて
体をびくびくとさせるのに、義子は声を出さない。
「ふっ……ぅ」
漏れそうになる声を指を咥えて抑えるのに、
その指を舐められて義子はうるんだ目で官兵衛を見た。
「最後には千切れる」
涎にまみれた指をなぞられて言われる言葉に
彼女は動揺を覚える。
…意味が分からない。
抱くのならば、すぐに抱いて終わってくれればよいのに。
途中抱き方が切り替わった時には、痛くなくて済むと
喜んだくせになんたることだが、あまり優しくしないで欲しいと義子はただ思った。
理由は知らない。
ただ、あんまり優しくされると困ると思っただけだ。
けれども官兵衛はそれは許してくれなくて、
花弁をなぞり、指で豆を触り、義子の体をはねさせては
表情をいちいち確かめて、物言いたげに唇を開かせては、閉じる。
言いたいことがあるならば言ってくれればよいのに。
思いながら手を伸ばすと、彼の手が伸びて、掴まれる。
そうしてその掴んだ手に官兵衛は口づけて
義子をその剛直で貫いた。
だけれども、その後も今までとは違う。
乱暴に揺するのではなく、義子の良い所を探っては、そこを突いて反応させる。
それにたまらず義子が声を上げ始めると
官兵衛は、また、物言いたげな顔をしては、口を開いて、閉じる。
その行為に、何が言いたいの、と問いかけようと口を義子も開けたが
そこから出るのは切れ切れの嬌声だけで
結局その日にその問いかけを投げることは叶わなかった。
そうして、毎夜毎夜の交わりを、義子は微妙に恐れるようになったのである。
これが、三度目の彼彼女らの変化である。
〇まことに遺憾ながら5
2011年03月01日(火)22:07
そうやって抱かれ続けていれば、体も変わる。
二十も超えて久しいというのに、いっそ少年の様であった義子の体が
女らしい丸みを帯びるのに、そう時間はかからなかった。
そうして、義子が変われば周囲もまた変わる。
以前は町に出ると、よう坊主!と声をかけられたというのに
近頃はそうでなく、嫌な視線を投げかけられる。
「…………」
官兵衛と連れだって町に出た義子は、少し別方向に見たいものがあるからと
別れてからこっち投げかけられ続ける視線に辟易としていた。
…付けられている。
どうにも怪しい三人に、義子は付けられていた。
良からぬものかとも最初は思ったが、けれどそれにしては
歩き方からなにからなにまで素人すぎる。
どうということもない、ただの柄の悪い若者たちであると
義子が結論付けるのには、そう時間はかからなかった。
そうすると、構ってやる義理もない。
無視して買い物を続けていると、なぁ、と声をかけられる。
振り向いてそちらを見ると、そこには義子をずっと付けていた三人組が
にやついた笑みを浮かべて立っていた。
「何か」
「いや、何かじゃなくてさ。小さくて可愛いね、あんた。
さっき見かけた時からそう思ってて」
「それで、思ってつけていたと。卿が言いたいのはそう言うことか」
思っていてだからどうだというのだ。
冷たくそう義子が切り返す前に、義子が返そうとした声よりも尚冷えた声が背後からした。
…官兵衛だ。
丁度いい時に現れたものだと思いながら、背後に立った彼に
どうかしましたかと聞くと、見かけただけだと返される。
そうして、再び目の前の男たちへと視線を戻せば
彼らは酷薄そうな雰囲気の男の登場に気圧されているようであった。
三対一だというのに、不甲斐ないことだ。
本当は三対二なのだけれども、自分は確実に声をかけてきた男たちの中では
物の数に入っていないだろうことを考慮して思って
それから義子はふぅとため息をつく。
まったく背丈がもう少し伸びていればこういう輩にも
少しは声をかけられなかっただろうに。
どうにも幼児愛好家に声をかけられやすい自分の姿かたちは
義子の中でも最も不満な個所である。
それについて考えて、せめて甲斐姫ぐらい身長があったならばなぁと
考えているうちに、いつのまにか声をかけてきた男どもの姿は無かった。
「…あれ」
「あれではない。なにをぼうっとしていた。気を抜くな」
「あぁ、すいません。ちょっと自分の身長について悩んでいたものですから。
それで、あの人たちは?」
「見ていただけだというのに、いずこかへと消えた。
愚物も愚物過ぎれば物珍しいことだ」
既定的過ぎていっそ面白いと暗に言っている官兵衛は
義子を見下ろして「気をつけることだ」と一言言う。
「気をつける。なににですか」
「前と後では体が違うものだ。男にはそれが分かる。
そう言う話を卿にしている」
とんっと胸をつかれて、何のことを官兵衛が言っているのか
思い当った義子は眉間に思い切り皺を寄せた。
自分でやっておいてその言い草はどうなのだ、と思ったからだ。
まぁでもけれど、この黒田官兵衛がそういう忠告を寄こすということ自体が
物珍しいことであるから。
それだけでも十分な譲歩なのだろうと思っていると
官兵衛は先ほどと同じように義子を見下ろして、ふっと嫌な笑みを浮かべる。
「まぁ、せいぜい注意してもらいたいものだな。
私にしたように、簡単に体を開かれては困る」
皮肉気な物言い。
その内容に、義子は男の顔を見ながら、ぱちぱちと目を瞬かせた。
…何を言っているんだこいつ。
「意味のわからないことを言わないで欲しいのですけれども。
なんで私が他の人間に体を開かねばならないのですか。
あなた以外にそれをする理由も、必要も、意味もないでしょう」
全くあきれることを言う男だ。
大体が、義子がそこいらの人間に、そういうことをされるとでも思っているのか。
自分の意思でない限りは、義子は一般人には決して負けない。
武器なしでも、だ。
だから、官兵衛以外に体を開くことは、絶対にないと断言できる。
そういう気持ちでもって彼にそう言うと、官兵衛は
僅かに目を開いた後、そうか。とぽつりと返した。
それに、そう。と頷く義子は気がついていない。
自分の言葉の意味も、理由も、それがすぐにするりとでることが
どういうことを示しているのかも。
そう言う意味で、彼女は官兵衛と似合いの愚か者で
けれども彼女自身は、全くそれに気がつかず
さて帰りますか?と官兵衛に向かって微笑みながら首をかしげて見せるのだった。
〇まことに遺憾ながら4
2011年03月01日(火)21:52
愚かだ。
官兵衛は愚かだ。
心の動きに鈍ければ、いくら頭が良くてもどうしようもない。
いや、彼は他者の心の動きには聡い。
であるのならば、自分のことは分からないということか。
座位で抱かれながら、義子は声を殺しつつ考える。
氏真が来て以来、官兵衛の抱き方が変わった。
僅かばかり前戯をするようになり、義子の表情を見ては
少し眉間にしわを寄せる。
なにが、気にいらないというのか。
自分の心の動きすら分かっていないだろうお前に、そういう顔をされるいわれはないと
義子は思ったが、彼女の方も以前とはこの行為に関して少し捉え方が変わってきている。
あっさりと言えば、以前よりも楽な気持ちになった。
どうでも良く許していたとはいえ、やはり乱暴に物のように抱かれていると
体が痛くて憂鬱ではあったのだ。
それが無くなったことと、後は目の前のこれが余りに愚かだという認識を
持てて、どうしようもないと思えたせいか
彼女は前よりかは、この行為に関して前向きになっていた。
いや、なってどうするという話でもあるのだけれど。
けれど、それも悪いことではない。
どうでも良く受け入れていただけの行為に
義子は官兵衛とのふれあいを追加した。
まぁ、逃げない、一緒に居るという意思表示である。
漫然と受け入れているから、官兵衛が不安になるのだ。
だから、今日も今日とて精を体の外に吐き出した男の
白と黒に分かれた髪を手にとって、さらさらと弄んでいると
官兵衛が奇妙な顔をして義子を見た。
「何をしている」
「いえ、特に」
「…………卿は訳が分からんな」
嫌そうに身をよじり、官兵衛が義子の手から
自分の髪の毛を引き離す。
その行動が面白くて、義子はくっと笑い声を洩らした。
2011年03月01日(火)21:38
お風呂入ってくるよ。
また続きをかくよ。今日中に終わらせるよ。
〇まことに遺憾ながら3
2011年03月01日(火)20:57
そういうどうしようもない二人に転機が訪れたのは
暫く立ってのことだった。
官兵衛は、いくら義子を抱いても、義子の中には出さなかった。
理由は、子だ。
義子は養子とは言え、今川の娘だ。
子供が男子だった場合、争いの火種になる可能性がある。
だから、子ができないよう、官兵衛は毎度律儀に外に出していた。
現代の知識がある義子としては、それでどれほど避妊ができるのか
怪しいものだとは思っていたが、彼にそういう理性があるのだということは
彼女をほっとさせた。
だったのに。
「兄上」
「やあ、元気をしているかい、義子。それに官兵衛も」
珍しくも義子たちの住まう屋敷を訪れて、手土産の酒を差し出しながら
笑う義兄に、義子は歓迎の笑みを浮かべた。
「兄上、今日はどうされたのですか、お珍しい」
「義子、お前は冷たいね。私が面倒くさいのに足を運んだというのに用事かね。
用事がなくては可愛い義妹に会ってはならぬのか」
そう言って笑う氏真だが、会ってはならぬでしょうな。と
厠を借りたいという彼に、許可を出して氏真が部屋を出た後
官兵衛はぽとりと言葉を落とした。
…そうだろうなと義子も思う。
だから、なんですけどね、兄上ですから。そう言って曖昧に誤魔化して
義子は出した茶を飲む。
それに、官兵衛が酷く気に入らなそうな顔をしたのには、彼女は気がつかなかった
。
更に、義子を構い倒し、からかって、昔の頃のようにしながら
氏真は一泊を義子たちの屋敷で過ごし、その後城へと帰っていった。
何をしに来たというわけでもない。
ごく普通に、義妹夫婦の所に遊びに来ただけ。
義兄として、ごくごく普通の行動だ。
義兄氏真が今川の当主でなく、義子が今川の娘で、かつ補佐役として活躍をした女でなくば。
…ようするに、官兵衛も窮地に追い込まれていたが
義子のほうも、今川義元亡き後、立場を微妙なものにしていたのである。
優秀すぎる補佐役、というのも考えものだ。
主を脅かす危険性がある。
それを、当人が望んでいようといまいと。
だから義子は身を引いた。
争いが起きる前に出過ぎたからと蟄居して、義兄からどうしてもと振られる
どうでもよい仕事をこなして暮らす。
(官兵衛のしていた仕事は、氏真に彼が頼んで山のように貰ったものだ)
それが、生きたいと望むのであれば、唯一、今川の義子、官兵衛夫婦に残された暮らし方だ。
それなのに、氏真はそれを嫌がって、義子に戻ってきてもらいたがっている。
そのことを、彼の訪問から鋭く察した義子と官兵衛は
揃って微かな溜息を零した。
「卿は、昔から思っていたが氏真殿に随分と可愛がられているな」
「…まぁ、何故かは知りませんけどね」
珍しくも夜になり、交わるのかと言う時になって
義子の服を脱がしながら、官兵衛がこちらに話しかけてくる。
それを素直に珍しいという表情で聞きながら
義子は正直に彼に答えた。
すると、彼は、機嫌悪げな顔をして義子の肋骨の辺りをすぅっと撫でる。
いつもならば、そのようなことはない。
いつもと違う官兵衛と、もたらされる行為にびくりとしながら
義子がじっとしていると、着物が脱がされ裸にされる。
そうしていつもどおりに床に引き倒され、その時官兵衛が、義子の首筋を噛んだ。
「っ」
いつもとは違う行動。
いつもと違う官兵衛。
けれどもやはり官兵衛からもたらされる行為を甘受していると
彼は義子の股の間をつぅと撫でる。
「…っ」
声を殺し耐えながら、いつもと違う行為に義子は混乱をした。
いつもと違いすぎる。
官兵衛の表情を見ると、彼は先ほどと同じ機嫌悪そうな表情をしながら
義子に刺激を与え続けていた。
訳が分からない。
けれど、違う所と言われて思いつくのは氏真のことだけで
義子はそこではっとして官兵衛の顔をもう一度見た。
もしやこの男、義子の方も戻りたがっていると思っているのではあるまいな。
いや、別に戻っても良い、戻っても良いのだ官兵衛としては。
けれどもその戻ることによって、残された唯一を失うことを彼は恐れている。
だからこその、いつもと違うこれだ。
なんとも言えない。
義子がいっそ愕然としている間に、官兵衛はいつもと違うけれども
いつもと同じように、義子の股の間に自らの男根を差し入れる。
いつまでたっても慣れない衝撃に、義子が歯を食いしばってそれに耐え
―その後は、いつも通りだった。
義子を乱暴に使って、官兵衛が感情を吐き出すように
彼女を揺すり、彼女はそれを受け入れて、男が壊れないことを喜ぶ。
けれど、いつもと違う交わりは、いつもと違う結果を彼らにもたらした。
義子の上で、官兵衛が眉間にしわを寄せる。
幾度も繰り返された交わりの中で、それが射精寸前の表情だと
知っていた義子は、彼がいつものように男根を引き抜くのを待った。
が。
抜かれない。
いつまで経っても抜かれない。
抜く気配さえない。
ただ、揺する運動が続くだけだ。
なかのモノの様子から、白いものが吐かれるのがもうすぐだと
確信した義子は、焦りながら官兵衛を呼んだ。
「か、官兵衛!」
「なんだ」
「なんだではなく、ぬ、抜いてください、早く!」
「何故」
きっぱりと官兵衛は何故と言う。
それの指し示す所を義子は悟って、顔をざっと青ざめさせる。
この男、今日は中で出す気だ。
意味が分からない。
何故、今日になってそういうことになるのだ。
十分に、射精前に出される先走りで妊娠の危険はある。
避妊に関して、そうたいした意味はないと分かっているはずなのに
義子は焦りながら体を引き、中に入っているものを抜こうとするけれども
官兵衛がそれを許さない。
ぞっとするほどの力で義子の体を掴んで、逃がさないようにする。
官兵衛の顔を見る。
その瞳は濁っていて、彼が真実そうする気なのだと義子に教えた。
馬鹿だ、愚かだ、この男は。
「官兵衛、離して、離して下さい!お願いだから!」
「何のためにだ」
「中で出されたら赤子ができます、そうしたら」
「そうすれば、今川にとっては良い火種となるだろうな」
冷静な声、けれどもその中の上ずりに義子は恐怖をして
そうして、ぐっと脈動する感触が体の中で、した。
それを絶望の中で受け止めながら、義子はぁ…という小さな声を漏らす。
射精された。
中で出された。
出しやがった、この阿呆。
どくどくと吐きだされる精液の感触を感じながら
義子は自分の中でそれをやっている者の持ち主を、見る。
「官兵衛、お前」
中は駄目だ、絶対に駄目だと分かっているはずなのに、こいつ。
「官兵衛、あなたは」
「中で出したが、さて卿は子を孕むかどうか。
まぁ、子ができたなら、今川にとっての良い火種になるだろう。
卿は拾われ子であるが、その有能さを見せつけた。
で、あるならば」
「かん、官兵衛っ!!」
激して男の名を呼べば、彼はそれが聞きたかったというように
満足げな色を瞳に宿す。
その色に、男がそれをなした理由を知って、自分の頭が痛むのを感じた。
………戻って失うことも、持っている唯一が他のものに目を向けるのも、嫌。
だから、自分の方を見ろと、嫌がることを好んでする。
というか、された。
だから、されたのだ、義子は。
嫌がると知っているから中で出されて、嫌がると知っているから
その結果、在り得るかもしれない未来を彼は言う。
それをやって、嫌われるかどうかは二の次なのだろうよ。
ただ、見られなくなるのが怖い。
黒田官兵衛という男の馬鹿さ加減を思いしって
義子は体から怒りが抜けていくのを感じた。
馬鹿だ、こいつ。馬鹿すぎる。
馬鹿に怒ったって無駄だ。だって馬鹿なんだから。
そうしてあんまりに官兵衛が馬鹿すぎるから
義子は鼻の奥がツンとしてやりきれないような気持になる。
馬鹿だ、ねぇ、この人馬鹿すぎるよ。
半兵衛と元就に託された理由を改めて思い知りながら
義子は男の肩を掴んで引き寄せ、己の額をそこにつけてふぅと息を吐いた。
「どうした、もう怒らないのか」
「…………怒るよりも先に呆れているだけで。
…官兵衛、あなた、頭は良いのに、本当に、愚か」
こちらをずっと向いていろというのなら、口で言え。
そうすれば聞いてやるのに。
思いながらも、義子はこの男が決してそれを口には出さないだろうことも
理解していた。
というよりも、自分の心の動きが分かっていなさげな気がする。
見ろと思ったことも、自覚してやいないだろう。
この人、大した泰平馬鹿であるから。
己は泰平をなすための駒。
周りは泰平をなすための道具。
そうして生きてきて、それが成り、そうしてその後手を引いてくれていた人二人を失って
この年のいった男は、良い歳のくせをして迷子なのだ。
そうして最後に残った道案内の出来ぬものを
自分の手のうちからなくすことを、自分でも気がついていないのに恐れている。
それを思えば、どうにも怒る気が失せた。
と同時に、義子の心のどこかが、音を立てて傾ぐ。
ここまで駄目なら、もういっそ仕方がないと、意味も分からず思う。
そうしてそれをそのまま口に出して
「…あなた、本当に馬鹿すぎてどうしようかと思いますよ」
「何を持って馬鹿愚かと言われているのか、思い当たる節が無いな」
「全部では?」
返して義子は肩から額をいったん離して、今度は頬をすりつける。
この男に残っているのは、もはや自分しか無いのだ。
…本当に、愚か。
〇まことに遺憾ながら2
2011年03月01日(火)20:37
二度目の破瓜は一度目よりも痛かった。
現代では良い歳をしていたから、経験がないわけではなかったけれども。
腹部を刀で貫かれるのとも、腕を斬られるのともまた違う痛み。
それを耐えようと、無意識に男の背中に爪をたてかけ
義子はぎゅっと拳を握ってそれを耐えた。
そうする気にはなれなかったからだ。
なんとなくの、意地というか。
さして深い理由はない。
そうして、乱暴に体を貪られ、揺すられ、対して弄られもせず行為は終わり
義子は久しぶりに現代のことを思い出して
ダッチワイフのようだったな、とどうでも良く思った。
その後、切っ掛けを得た官兵衛は
感情の発散のさせどころを、仕事から義子に幾分か切り替えた。
相変わらず仕事しかしないのは直らないが、
睡眠も食事も削ってというほどではない。
その代わり夜になれば、ただ思うままに嬲られる。
官兵衛との行為は、性交、交わりなどというものではなかった。
あれはただ、体を使って行き場のない感情をどこぞに捨てているだけだ。
義子は自分の体を使われているにも関わらず
そう、冷静に思う。
前戯もなにもなしにつっこまれ、揺すられかけられるだけの交わりを
毎夜毎夜繰り返されて、こうも冷静なのは義子が自ら選んだことだからである。
さて、ではなぜ体を与えて官兵衛を止めるまでのことを、彼女がしたのか。
偽りとはいえ、夫婦だからか。
長年の友だからか。
半兵衛と、元就が死んでああなったからか。
さぁ。
ただそれだけならば、許したかどうかは、義子自身にも分からなかった。
結局のところ、義子は官兵衛を失いたくはなかった。
彼女だとて、寂しい。
義元は既に没し、氏康もすでに無く、甲斐姫は嫁いで簡単には会えなくなり
氏康と甲斐姫が北条から居なくなってから、風魔もいずこかへと消えてしまった。
そうして、半兵衛・元就は、もうこの世には居ない。
氏真は存命だが、彼の子が生まれて以来、家臣たちが
義子と氏真が仲を良くするのに、良い顔をしないので
以前のようには会っていない。
だから、結局のところ官兵衛にもう義子しか残っていないように
義子にも官兵衛しか残っていないのである。
寂しい、だからあなたまで居なくならないで欲しい、か。
今夜とて、毎夜毎夜のように貫かれ
痛いという声も、なにも無視されたまま乱暴に揺すられて。
その後今日はもう良いのか、ずるりと男根が抜かれるのに
声が漏れそうになるのを抑えながら
義子は自分と官兵衛の愚かしさを、どうしようもないなと評した。
2011年03月01日(火)06:04
続きは帰ってから書くよ。
官兵衛って、泰平の世になったら死ぬんじゃね?
と思いついたら止まらなくなったのでいったん吐き出す。
〇まことに遺憾ながら1
2011年03月01日(火)05:49
「じゃあ、義子様。官兵衛殿の事頼んだよ」
これが、義子がきいた半兵衛の最後の言葉になった。
そうして、元就の最後の言葉も、こうだ。
「では、義子。官兵衛のことは君に任せることにするよ」
毛利元就、竹中半兵衛という己の理解者を立て続けに無くした
黒田官兵衛は、いつしか仕事のみしか執り行わぬ男となっていた。
食事もしないし、睡眠もとらない。
倒れることもしばしばであった。
けれど、彼はそれを止めようとはしない。
何かを思い出さないように、ひたすらに仕事に没頭する。
………これが。
これがまだ戦乱の時代であったならば。
このようにはならなかったと思う。
けれども、世は泰平の時代、なのだ。
彼が真剣に望んだ泰平こそが、彼を蝕む。
することが、無い。
だから仕事にすがるしかなく、官兵衛の目の前には仕事の山が積み上げられるのである。
…それを、義子が良しとしているかといえば、否だ。
いい加減諌めてはいたが、官兵衛が聞く様子がないだけ。
けれどもそれで諦めるということができるはずもなく
義子は今日も官兵衛の私室に向かい、官兵衛の肩を揺する。
「…官兵衛、あなたいい加減休んだらどうですか」
「断る。まだ仕事がある」
「それは、まだやらなくても良い仕事です。
期限は二カ月先です。休んでも構わない、そう思いませんか。
少しは休まねば能率が落ちますよ」
「私には必要ない」
「…ありますよ」
にべもない。
取りつくしまなく断る男に眉間にしわを寄せながらも
尚も手を伸ばすと鬱陶しそうにその手を払われた。
「…放っておいてはくれないか」
「そうもいきませんよ」
「何故」
「何故ってあなた。心配してはいけませんか」
「心配。お優しいことだ」
「友人を心配するのは当然でしょう。事実上夫なわけでもありますし。
…それに半兵衛殿にも、元就様にも頼まれました、あなたを」
…竹中半兵衛の名前と、毛利元就の名前を出すのは
彼らが死んで以来初めてのことであったが、それは劇的な変化を
官兵衛にもたらした。
いつもは文机から目を離しもせぬ彼が、こちらをゆっくりと向いたのである。
けれど、それは良い変化ではない。
彼の眼は淀み、鋭く細められ
それに気がついた義子が反射的に身を引こうとする前に
義子は床へと引き倒された。
「っ」
「頼まれた。相変わらず義子姫はお優しいことだ。
それで、頼まれた卿は私に何をしてくれるのだ。
慰めでもしてくれるのか、妻らしく」
陳腐な言葉とともに、体をなぞられる。
彼らしくもない。
けれどそこに混じる苛立ちの感情は本物で
義子はため息を押し殺して官兵衛の顔を見た。
理解者二人を亡くした人。
目的も果たした彼に、後に残るのは義子だけで
その義子に、どうしようもない気持ちをぶつけようとしている人。
これが有象無象であったのならば、義子も許さないが
これは義子にとって大事なものだ。
…ならば仕方ない。
ぶつけて解消できるならそれも良いだろう。
大したものでもないと、義子は決めて官兵衛の顔を見て口を開く。
「滅茶苦茶にしたいですか。
誰かにぶつけてどうしようもない気持ちを紛らわせたいですか、官兵衛」
「それで。是と言ったなら卿は付き合いでもしてくれるのか」
「そうですね。滅茶苦茶にしたいのなら、してください。
今脱ぎます」
「………正気か?」
「はい」
言って、義子は体を浮かして後ろ手に帯をほどく。
するりとほどけた帯を横において、義子は官兵衛にむかって
手を広げて首をかしげて見せた。
「じゃあ、はい、どうぞ」