「田沼くん、そのまま走れ!」
「な、名取さん?!」
「柊、二人に付け! 猫ちゃん、柊が案内する! 二人を連れて行ってくれ!」
「わかりました、主様」
「ふん、今回だけだぞ、名取の小僧!」
命を受けた柊が走ってタキと田沼の横に着く。その姿は二人には見えない筈だが、どうしてか二人とも柊の方を見て決意の表情をした。
それを見た猫が眼を細める。すっと隣を走る柊に顔を向けた。
「おい、どっちだ!」
「右だ、ねこまんじゅう。そのまま山を登れ」
「田沼の小僧、小娘、右に曲がれ! 山を登るぞ!」
「はい!」
「わかった!」
猫と柊、田沼とタキが揃って走る後には黒い固まりのような妖の影が間近に迫っている。その後ろで名取は懐から紙の束を取り出した。
「名取さん、どうして……!」
「そんな事言ってられないだろう、夏目! これをあの妖に当てろ!」
朱色の文字が書かれた紙の束の半分を押し付けられ、夏目はぐっと手を結んだ。
確かに名取に文句をつけている場合じゃない。紙の束を握り締めると一枚引き抜き、当れと念じながら投げる。
隣を走る名取も同様の仕草で紙を投げた。すると紙はふわりと風に乗り黒い影にゆっくりと近付いた。
田沼に向けて走り続ける妖はその紙には気付かない。ふっと風に乗った紙が妖に触れた。
ぱしんと光が走る。紙から発せられた光が妖に食い込み、妖の動きが止まる。
「止まった?」
「夏目、次!」
名取の叫び声にはっとした夏目は次の紙を投げた。先に名取が投げた紙は空に浮かんでいる。それが風に乗るのと同時に、先ほど投げた紙が光をなくす。一瞬だけ動きを止めた妖がまだ動き出した。
「これ、ちょっとしか効かないんですか?!」
「ああ、一瞬動きを止めるだけだ。どんどん投げろ!」
「はい!」
走りながら名取と夏目が紙を投げる。ぱしんぱしんと光が何度も瞬き、その度に妖の動きは僅かに止まる。その隙をついて前を走る二人と二匹は妖から距離を引き伸ばし、名取と夏目は逆に妖に近付いた。
妖との距離が縮まる。背中を捉えられる距離まで近付いた時、名取が叫んだ。
「夏目、横を抜ける時に紙を全部投げつけろ!」
そう叫んでから名取は走る速度を上げた。動きの鈍った妖の脇をすり抜け、そのままばさりと残りの紙を全て妖に押し付ける。光が走り、妖の動きが完全に止まった。
そのすぐ後ろを夏目が走り抜ける。同じように紙を投げつけると光が明滅した。数多の紙からの光は一瞬で失せるが、幾度となく続く明滅に妖はもがいている。足が止まり動けなくなった妖を置いて、二人は前方を走る田沼たちを追いかけた。
「そっちだ、その藪を抜けろ!」
名取が叫ぶ声に合わせて二人と二匹が藪に入り込む。すぐ後に名取と夏目も続いた。葉をかき分け、枝を折りながら高く生えた草をかいくぐって抜ける。走る人間たちの手足には引っかいたような傷がつくが、僅かな痛みなど気にしてはいられない。
抜けた先には木々に囲まれた自然の広場があった。そこに見たことのある陣が描かれている。
「これ……」
「なん、だ?」
「名取さん、の、陣?」
息を切らしながら呆然とする子どもたちの背を押し、名取は庇うように彼らを引っ張る。全員ひどく足が重くこれ以上は走れないほどくたくたになっていたが、ふらふらしながらも何とか名取に押され陣の後方に促された。
「君たちはそっちに! 猫ちゃん、一緒にいてやってくれ! 笹後、瓜姫、柊、あいつをこっちに追い込め!」
名取の声と共に煙が立ち、式たちが揃って空を舞って飛び出した。式が姿を消すと、子どもたちは一瞬で気が抜けたようにばたりと地面に座り込む。猫も疲れ果てたように地面に転がってしまった。ぜえぜえと肩で息をする音ばかりが響いている。
苦笑する名取の声がした。
「まだ終わってないよ。もう少しがんばれ」
「は、はい」
「わかり、ました」
息を切らしながらも素直に頷く田沼とタキとは違い、夏目は苛立ちを隠せない。引きつったように痛む喉を押さえ、声を絞り出して叫んだ。
「名取、さん!」
「夏目、怒るのはわかってる」
「だったら、何で、巻き込むんですか!」
「仕方ないだろう。あの状況で二人だけ逃がすのは難しい。第一狙われてるのは田沼くんだ。一緒に居てくれた方が守れる」
「だからって、二人は違うんですよ! おれやあんたとは違う! きちんと見えるわけじゃないんだ!」
名取は怒ったようにばんと地面を叩く夏目を見ない。神経を研ぎ澄ませ、緊張した表情で式たちが去った方向を睨んでいる。
もどかしく、ふらつきながら夏目は立ち上がった。
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2009/03/13