「主様」
名取と夏目が学校へと向う道を走っている途中、柊が眼の前に姿を現した。
「柊!」
「笹後から連絡が。奴を見つけたと」
「どこだ?!」
「学校とやらの近くに」
「た、田沼は!? いたのか?!」
「無事だがやつに追われている。ブタ猫と、それから娘が一人一緒に逃げている」
「先生が一緒なのか?! 娘って、タキか?!」
「名は知らんが、妖の存在を理解しているようだ」
「タキだ!」
「その子も友達かい?」
「はい、タキもわかってて……でも、二人ともちゃんと見えないし、妖と戦う力なんてない!」
「夏目、手を貸して」
ぐっと手を引っ張られ、焦る夏目は名取に引きずられるようにして止まった。名取はポケットからペンを取り出すと、捕まえた夏目の手のひらにさらさらと手早く文様を書き込んだ。ペンが手を走る感覚がむず痒かったが、それよりも今は気が急いている。
「名取さん、何してんですか、急がないと!」
「闇雲に走るより紙人形に追わせた方が早い。夏目、田沼くんとタキさんを思い浮かべろ」
文様を描き終わると、名取は紙人形を一枚夏目の手に乗せた。夏目はすぐに眼を閉じ、必死で田沼とタキの無事を祈りながら姿を思い浮かべる。
紙人形がふわりと舞い上がり、手から離れるのを感じた。
「行け!」
夏目の声と共に紙人形が空を飛んだ。
急く夏目の気持ちを理解しているかのように、紙は人には追いつけない程の速さで飛んで行く。二人もまた速度を上げて走り出した。
「柊、先に行け!」
「はい」
柊が紙人形を追って素早く走る。後を走る夏目の眼に学校の門が見えた。紙人形は正門を回り、裏門へと飛んで行く。
息が切れていた。上り坂を走り続ける足がもつれそうになる。ぐらりと傾いた瞬間、名取が夏目の腕を掴んだ。そのまま引きずり上げられ、引っ張られながら走る。
「すいま、せん」
「謝るのは後だ、急いで」
腕を引かれたまま走り続けると裏門に出る。紙人形は学校を通り過ぎ、バス停に続く道を下りて行く。幸いにも、そこには人気はなかった。
「いたぞ!」
人のいない道の真ん中を塞ぐように、巨大な黒い固まりのような妖が見えた。その先に走って行く制服姿の少年少女と猫がいる。
「田沼! タキ! 先生!!」
夏目の叫び声に二人が振り返る。息を切らした蒼白な表情が見えて夏目もまた青褪めた。腕を掴む名取に縋るように、夏目は懸命に息を繋ぎながら訴えた。
「名取さん、何とか、逃がしてやって、ください! 二人は見えないんだ、おれたちで何とか……」
夏目の悲痛な声に、名取はぎっと唇を噛み締めた。
逃がしてやりたいのは山々だ。だが、現状では到底無理な注文だ。眼前に立ちふさがる妖は田沼を狙っている。目標を見付けてしまった今、その狙いを名取に変更させるのは難しい。二人を何とか逃したところで田沼を捜してまたこの町中を這いずり回るのは眼に見えている。人のいる所などに行ってしまったら被害が大きくなるだろう。
選択の余地は無い。後で夏目に責められるだろうが仕方ない。名取は腹を括った。
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2009/03/11