「マジで?」
「マジで」
「マジか…」
なんて頭の悪い問答をしてるんだこいつらは、と皆守甲太郎は頭を抱えた。客用にと買った食器類を初めて使う事に僅かな喜びを感じないでもないが、半ば予想していた事とは言え相手がこの男とは、とも思う。
「生憎ベッドは一つしか無いんだが?まァ、床やソファで良いってんなら泊めてやらないこともないが……」
「あぁ、甲太郎お前床な」
「な…ッ」
荷物といえば、粗い布地で出来たショルダーバッグひとつ。中国やエジプトに行くときすらそんな格好だったのかと思うと少しぞっとするが、彼らしくもあった。
殆ど連絡を寄越さない癖に、急に訪れては“泊めて”ときた。住所を教えた記憶は無いので恐らく年に半分もいない同居人の仕業だろう。
「九ちゃん、お前の家系には遠慮ってもんがないのか?」
「え?」
「え?ってお前な…おいひーちゃん、俺は床じゃ寝ないからな」
皆守は淹れたコーヒーを配りつつ、対面に座る龍麻を睨み付けた。隣の九龍はカップになみなみと牛乳を注ぐのに忙しい。
「えぇ?何そんなに九龍と離れて寝んのが嫌な訳?」
「そういう問題じゃねぇ!」
甲太郎の剣幕に龍麻はけらけらと笑い、じゃあ何俺と寝たいの?と相変わらずの軽口だ。
「駄目だって龍麻兄、甲ちゃんは素直じゃないからさ」
「あぁ?」
コーヒーと呼ぶよりは牛乳に近い物を一気に飲み干して、九龍はにか、と笑う。
「久しぶりに会えて嬉しいんだけど、さっきから如月さんの話ばっかりしてるから拗ねてるんだって。な?」
「何言ってんだよ九ちゃん…そりゃ、お前の方だろ」
「そうかなー、オレは龍麻兄が来てくれただけで嬉しいよ」
「ああそうかよ…」
二人のやり取りにむず痒さを感じつつも、龍麻は九龍の頭をぽんぽんと撫で満足そうに微笑んだ。
こいつにばかりいい顔しやがって、とどちらに対しても甲太郎は思い舌打ちする。
「んで?愚痴を言いに泊まりに来たのか?」
「別に愚痴言ってるわけじゃないけどさぁ…あいつ一度キレるとしつこいんだよな、お陰で居心地悪いったら」
「それが愚痴だって言うんだよ……」
口を開けば“あのバカが”としか言わないも同然な龍麻に、甲太郎はずっと呆れ気味だった。九龍はどちらかといえば龍麻側についているが、双方を面白そうに眺めている。
「何だ?九龍、ご機嫌だな」
「へへへ」
「何なんだお前は…んで、ひーちゃんはただ泊まりに来たんだな?何か他に面倒事を持ち込んで来たわけじゃない、よな」
「信用ねぇなぁ……」
そう言って龍麻は溜息をつきながら肩をすくめ、九龍の髪をわしゃわしゃと掻き乱した。甲太郎はそれを横目で見、眉間に皺を寄せている。
「信用なんてあるとでも思ってんのか?」
「お前な、それが年上に対する口の利き方か」
「悪いがひーちゃん、お前を年上だなんて思った事は一度も無い」
初対面があんな格好だしな?と言い、甲太郎はにやりと笑った。ずっと同級生だと思っていた物を今更変えられるか、と付け加えたが龍麻はきょとんとした顔だ。
「あぁ…」
「何だよ」
「いや?別に。じゃあこっちの“親友”にも一応訊いておくか」
「…何だよ」
意味深な笑みを浮かべる龍麻に、甲太郎は僅かにたじろぐが龍麻は特にそれをからかうと言った調子は無かった。甲太郎は訝しげに、もう一度「何だよ」と問う。
「……笑うなよ?」
龍麻の笑みが、ただの照れ隠しだとはまだ誰も気付いていなかった。
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