「ご無沙汰してます、如月さん」
黒衣の男は、そう言ってにこと笑った。昔に比べて随分と柔らかく笑うようになったな、と思うがお互い様だろう。
如月は手土産の菓子折りを受け取りながら、同じように笑みを浮かべた。
「そんなにご無沙汰でもないだろう?」
「この間は注文品を受け取っただけでしたし」
それに、と男は言葉を続けた。
「龍麻が来てからは、ゆっくり話す機会も無かったから…如月さん?」
「あ、あぁ。そうだね、龍麻がいるとどうしても会話が彼中心になってしまうからな…特に、僕達は」
龍麻の名が出た瞬間如月は僅かに狼狽し、それとはわからぬように苦笑した。居ても居なくてもどちらにしても話題の中心にいるのは変わらないか、と男も苦笑する。
如月は壁掛け時計をちらりと見、すぐに目線を戻した。
「それで、どうしたんだい?」
苛立ちを悟られぬよう出来るだけ穏やかな声で言う。
勿論隠し通せるとは思っていないが、ありのまま表情に出すような事でもない。
「今月は…その、如月さんの誕生日、でしょう」
男が少し言いよどんだのは、気恥ずかしさもあった。他人のそういった物事を祝うという事で相手が喜び、それによって自分も満たされるという事実に彼はまだ少し戸惑いを覚えているようだ。
そしてそれは立場は違えど、如月も似たようなものだ。
「……それで、わざわざ?」
眉を顰めてはいるが、機嫌を損ねたわけではない。どんな顔をしたらいいのかわからないというのが本音だ。
「ええ、当日に訪れるなんて野暮な事は出来ないので」
そんな如月に動じる事も無く、男は肩を竦めた。野暮な事とさらりと言うがつまりそれは当日の如月の動向を予想済みだと言う事だ。
隠す事でもない。少なくとも、彼に対しては隠した事も無い。
出会う順番がもしひとつでも違っていたら、と思う事はある。
「という事で少し早いですが、プレゼントです」
どうぞ、と言って手にしていた紙袋を突きつける男の顔を不思議そうに如月は眺めていた。そのせいか一瞬間が空き、慌てたように受け取る。
「…どうもありがとう」
「いえ」
男は、はにかむように微笑んだ。
「壬生」
ふと如月は男の名を呼んだ。壬生は表情だけで返事をする。
「龍麻には会って行かなくていいのかい?」
「いないんでしょう?どうせ。それに元気なのはわかるから、いいんです」
「……まあ、そうなんだけど…ね。成る程やっぱり君たちは表裏なんだな」
そう言って、如月は苦笑した。
羨ましい等とは間違っても言えない。言ったとしてその言葉はそっくりそのまま返ってくるだろうが、理由はそれではなく、ただ言えない。
「違いますよ」
どちらにせよ言わなくてもある程度の事は伝わってしまう。お互い闇の世界に身を置き過ぎて、無意識に行う腹の探り合いも結果としてただのコミュニケーションの一つだ。
「龍麻が居ないのがわかったのは、如月さんが時計や玄関をひたすら気にしていたからで」
「…っ」
一瞬言葉を詰まらせた如月に、壬生は少し勝ち誇ったように微笑んだ。
「龍麻が元気じゃなかったら、今頃ここでただ待ってるなんて事はしてないだろうな、と思って。それだけですよ」
そう言って、如月の反応を待つかのように首をかしげている。
如月はひとつ溜息をつき、やられたと苦笑いした。
「全く、どこをほっつき歩いてるんだか……」
「行き先は知ってるんでしょう?」
「……だから、心配なんだよ」
如月が眉を顰めると、壬生は笑いを堪えるように口を押さえた。それにより更に眉間の皺が深くなるが、壬生は機嫌良さそうに肩を震わせている。
「何を笑っているんだ……」
「すみません」
「謝るような事なのかい?」
「いえただ、如月さんも嫉妬とかするんですね」
壬生の「面白いものを見た」とでも言う風な口ぶりに、如月は苦笑いを隠せなかった。自分でもそう思う、と以前ならば答えたが。
「するよ、龍麻の目に映る自分の姿にすらね」
「それは…また、情熱的ですね」
それどころの騒ぎじゃない、と一瞬洗いざらい吐いてしまおうかとも思ったが如月はそれを自制した。
もし、と仮定しただけでも全身の毛が総毛立つ。
本当にそんな事になったら何をしでかすかわかったものじゃないな、と他人事のように思う。
「そんないい物じゃないよ」
その呟きは、どこか空虚な響きが含まれていた。
龍麻が帰って来たのは、夜も大分更けてからだった。
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