TAKE3:【気にしだすと気になる】

「まあ飲め!そしてオ○禁だッ!」
「そういう事を叫ぶな!」

ああそうかコイツ酔ってるんだ、と気付くのが少し遅かった。バカだバカだと思ってはいても一番仲のいい親友はコイツだし、真面目なときは真面目だからちゃんと相談に乗ってくれるんじゃないかと龍麻は珍しく期待していたのだが、そして京一は京一で真面目に相談に乗っているつもりなのだが、結果としておかしな事になっている。

「つーかさぁひーちゃーん」
「京一、お前もう飲むな」
「禁止ってことはさ、普段はやってるって事になるよなぁ…」
「もう寝てろ」
「あの如月もそういう事すんのかな、“龍麻…ッ”とか言ってよ、こう」
「寝てろ!」

ごん、と派手な音を立てて京一の頭部に龍麻の拳が決まると、きゅうとおかしな音をたてて京一が伸びていった。寝てろ寝てろ、と龍麻が呟き、横に置いたままだったビンが京一に押されて転がっていこうとするのをキャッチする。そういえばこのビンには見覚えがあるな、と、寝息を立てだした京一を余所に龍麻は記憶の糸を辿っていた。
そりゃ市販されてる物なんだし、どうせどこかの薬局で見たんだろうと最初見た時は思ったのだが、何かが引っ掛かる。

「……あ、あの野郎」

手にしていたビンがごとりと落ちて、京一が一瞬目を覚まし何事かと龍麻を見た。
怒りなのか何なのか、龍麻は赤くなったり青くなったりして震えている。

「ひーちゃん?」
「あ……いや、何でもない。もちっと寝てろ。な?」
「あ、あぁ……むにゃ」
「……はぁ」

龍麻は僅かに残っていたビールを飲み干し、大きな溜息をついた。

 

***

 

思い当たる事が、あった。
忘れかける程前の話だ。

「ひ…翡翠、なんか…なんか、へんだ」
頭が真っ白になるとは良く言ったもので、思考や理性がこれほど簡単に曖昧になるのだなと龍麻はどこか感心していた。
そうなるのは少し気分がいい。気持ちもいい。
決して如月本人には言わないが、こういう時の翡翠が一番好きだ、と龍麻は思う。
思うのだが、一番怖いとも一番嫌いだとも思う。

気付くとなんだか主導権を握られているようで、しかもそれが不快じゃないというのが不愉快だった。

「どう、変なんだい?」
揶揄するような声に。
打ち付けられる楔に、身体の奥が痺れそうになる。
別に答える義務は無いとどこかで思いながら、龍麻は搾り出すように声を発していた。なかなか言葉にならないのがもどかしい。
「だ、って…何度目、だ、これ…っ」
「龍麻」
「あ…」
大丈夫だよ、とでもいうように優しくさすられ、龍麻の僅かに残っていた理性の糸がぷつりと切れる。
背にかかる如月の体重がずしりと重くなったのは、龍麻の腕から力が抜けて地面に突っ伏したせいだ。
抱え込むように寄り添い、如月は龍麻の口に指を入れた。それを龍麻は乳飲み子のようにしゃぶり、如月はその頬に口を付ける。
頬にかかる息が熱かった。龍麻に与えられた休息はその僅かな間だけで、手を添えて持ち上げられた腰は再び高く上がり、躍動が始まる。

 

それとこれとが結びつくとは思っていなかった。記憶が正しければ、あの“へんな”日から大体一週間程前だ。

『何コレ?』
ざらざらと手に出された錠剤を見ながら、龍麻は眉を顰めていた。丈夫だからとろくに健康管理もしない、放っておけば好きなものしか食べない龍麻を心配しての事なのだろう。ここんとこ体力が落ちたなぁとか気楽に言ったの失敗だったかな、と龍麻は苦笑している。
『まあ、ビタミン剤だよ』
『にしたって何だよこの量は…』
『そういう物だからね。とりあえず一週間くらい試してみて……』
『めんど』
『龍麻』
『ったく、なんでそんな心配性なんだよ…』

「龍麻」
「……あ」
「随分、出…いたた、何するんだ」
「うるさい」

そういえばそんな事が、あったなと思い出す。

 

***

 

「油断した…」
龍麻は片手で顔を覆い、 テーブルに置いた薬品の瓶を指で弾いた。
ひょっとして。
ひょっとして気付かないうちにこうやって、あいつの好きにされてるのかも知れない、と龍麻は呆れつつ溜息をついた。今更問い詰めても、「嘘は言っていない」と言うに違いない。

龍麻は暫く黙っていたが、やがて思い出したようにプレゼントねえ?と呟き、平和そうに寝入る京一の額をぴん、と先程の瓶と同じように指で弾いた。

「っだ……あれ?ひーちゃん?」
「京一、次行くぞ次」
「え、あれ、さっきお前もう飲むなって…」
「いいから、今日は俺に付き合え」

一瞬何が何だかわからない、という顔をした京一だったが龍麻の誘いが嬉しくない筈もなく、すぐに笑顔になる。
何かを察したのか、まかせとけと言った表情だ。

「よっしゃ、今日はとことん行くぜ!」

な?と言って笑う京一に、龍麻は笑顔で返した。