お店も、食事も、新一からの思わぬプレゼントも、全て大満足で私は新一と共にホテルの部屋に戻って来た。

洗面所で水を張って、花束をそこに浸けると私も新一へプレゼントを渡す為にカバンを開く。

「ねえ、新一?私もプレゼントがあるの…」

「嘘!マジで?!何々??」

窓辺に立って夜景を見ていた新一がそれに反応して、去年同様心の底から嬉しそうに微笑んでくれるから、どうしても出しづらくなってしまう…。

そこまで期待されると困るんだけど。

「新一にしてもらった物に比べると全然見劣りしちゃうんだけど…美菜ちゃん達に教えてもらいながら編んだの…セーター」

「うーわ、マジで?手編みのセーター??すげーじゃん!!なあなあ、着てみていい?」

窓辺に近づき包みを新一に手渡すと、包装紙を丁寧に破って中身を取り出し、満面の笑みを浮かべながら新一がセーターを手にする。

「いいけど…部屋着にしてね。それも持って来ようかどうしようか迷ったんだけど…やっぱりこの時に渡したかったから。ごめんね、帰る時荷物になっちゃうけど」

「バーカ。荷物になんてなるわけねーだろ?すげー!セーターだ。姫子の手編みだからこの世に一つしかねーよな?」

「ん。まあ…そうだけど」

「すっげぇ暖かい。サンキュー姫子。俺、明日コレ着て帰ろぉっと」

「げっ?!そ、それ着て帰るの?や、止めた方がええって!!」

「あんでだよ」

「そんなブサイクなヤツ…恥ずかしいじゃない」

「俺は恥ずかしくねぇ」

そう言って新一はセーターを着たまま私を抱き寄せると、ギュッと腕の中に閉じ込める。

「ありがとう…姫子」

「ううん。私の方がありがとうだよ。ありがとう、新一…素敵なクリスマスをしてくれて」

「おぅ。俺、大切にするよ、このセーター。去年編んでくれたマフラーもずっとしてっからな。俺の宝物がまた増えたよ」

「クスクス。宝物だなんて…大袈裟すぎるって」

腕の中から新一を見上げると、彼はチュッと一つ唇にキスを送ってくる。

そして、暫く黙り込んでから急に真顔になると、なあ姫子?と私の瞳を真っ直ぐ見つめたまま問いかけてくる。

「なあに?」

「俺…姫子に言わなきゃなんねー事があるんだ…」

「な…に、突然」

心なしか震えているような新一の呼吸。

言葉を選んでいるかのように思える言葉と言葉の合間。

そのらしくない新一の態度に、幸せだった私の気分が急激に不安なものへと変わっていく。



何を言おうとしてるの?

聞きたいけど…聞きたくないような胸のざわめき。



「色々考えて…決めた事があって…」

「しん…いち?」

「俺、高校卒業したら……プロになる」




――――俺、高校卒業したら……プロになる



プロになる…すなわちサッカーの道を選ぶと言う意味。

私とは住む世界が違う人間になってしまうという意味。

不安に思っていた事を現実に自分の耳で受け止めてしまって、反射的に私は自分の耳を塞ぐ。

聞きたくない…そんな事。

言って欲しくない…そんな決意。

「嫌っ!そんなの…聞きたくない!!」

「姫子っ…な、ちゃんと俺の話を聞いてくれって…」

「いややっ!そんなん…そんなん聞きたくない!!なんで?なんでこんな時に言うの?折角、幸せな気持ちになってるのに…なんでそんな悲しい事言うのよ!!」

私は耳を塞いだまま新一の腕の中で必死にもがいてその手を離れようと暴れる。

それを新一は逃すまいと必死に腕の中に閉じ込めて、片手で私の耳を塞いだ手を避けようとする。

「姫子!頼む…頼むから聞いてくれ。俺もこんな時にって思うけど…こんな時だからこそ聞いてもらいたいんだって!!」

「聞きたくないってば!!プロになるって事は別々の道を歩くって事なんやで?離れ離れになるって事なんやで?新一は…ずっと傍にいるって言うたやん!いてくれるって言うたやん!!嘘なん?あれは嘘やったん?今日は最後のつもりで…こんなに豪華なクリスマスをしてくれたん?」

言いながら自分の目からどんどん溢れ出す涙。

新一はそんな私を宥めるように、ギュッと腕に力を込めて抱きしめる。



どうして急にそんな事を言うの?

幸せな気分に浸っていたのに…どうして急に…



「最後だなんてあるわけねーだろ!絶対お前だけは離さないって言ってるだろ?だから泣くなよ、姫子。頼むから泣かないでくれ…悩みに悩みまくって出した結論だから…姫子に泣かれると決心が折れそうになる」

泣いて新一の決心が揺らぐなら…いくらだって泣くよ。

だってプロになんてなって欲しくないから。

離れ離れになるのなんて嫌だから…

「姫子…最後まで俺の話を聞いてくれねーか?」

「イヤや」

「あのさ……俺、姫子の親父さんと約束したんだ」

一向に耳を貸そうとしない私に、新一は少し辛そうなため息を漏らしてから、急にそんな事を口走る。

それに僅かながら反応をした私を見て、ニッコリと綺麗な笑みを浮かべて新一は続ける。

「ほら、お前が入院した時に親父さんと話した事…前に言ったよな?」

「……ん」

「俺が姫子を護れる男になったら、お前と一緒に挨拶しに行くってさ…」

落ち着いてきた私を、新一はしっかりと抱きしめたまま視線を合わせて時折頬にキスを落とす。

「どうしたら早くお前を護れる男になるだろうってずっと考えてた。このままどっかの大学受けて社会人になって…って事も考えたけど。色々将来の事とか、昔夢に描いた事を思い返していて、思い出したんだ…」

「……思い出した?」

「あぁ。プロのサッカー選手になるって言う夢をな」

その言葉を聞いて、また私の心にズシンと重く陰りが落ちる。

「ガキの頃はサッカー選手になりたくて、がむしゃらにサッカーばっかりやってたのにさ、連れとバカやってる内にいつの間にか忘れてたんだよ、その夢の事を。まあ、根本的にサッカーが好きだから趣味程度に出来りゃいいかとも思ってたし、それにお前と一緒になる為なら、そのまま忘れたままでいいとさえ思った」

「だったら…」

「だけど、あるチームから声がかかってさ。条件聞いて報酬聞いて…それならって思えてさ。俺って欲張りだから?目の前にチラついてるプロの道も、姫子と言う大切な存在も全部手に入れようって決めたんだ」

「新一…」

「姫子はK短大を志望だって言ってたよな?今、住んでる所から電車で通えるところの」

「うん…私は働くって言ったけど、お父さんが短大ぐらいは出ておけって言ったから…それに甘えて…」

それに小さく頷くと、新一は顔を寄せて耳元に囁いてくる。

「だから、俺もK短大近くにある地元のチームに籍を置く事に決めた」

「………へ?」

涙声のまま新一を見上げると、また一つ唇にキスをしてニコッと可愛らしい笑みを見せられる。

「それなら少しでもお前の近くにいられるだろ?でさ、姫子が短大に通ってる2年間で、俺はそのチームで確固たる地位を築いて姫子を護れるだけの基盤を作るから…お前は信じて、俺についてきて欲しい。いや…ついて来い。俺が幸せにしてやるから」

「しん…いち…」

「姫子…今より会える時間が少なくなるかもしれない。だけど、俺は姫子の為にむしゃらに頑張るから…2年後、姫子の親父さんの所へ挨拶に行く為に頑張るから…」

「けどっ!そう言って有名になったら色んな女性(ひと)が来るよ?私よりも綺麗な人、いっぱいいっぱい新一に来るよ?」

そこが一番のネックだったのかもしれない。

今でさえ注目を浴びる新一なのに、プロになって確固たる地位を築けたとしたら…それこそ色んな人が言い寄ってくるだろう。

だから私は…

「バーカ。そういう顔や名声に寄って来る女が大っ嫌いな事、お前が一番よく知ってんだろ?」

「でも…」

「信じろって言ったろ?俺が初めて本気で惚れた女なんだよ、姫子は。絶対お前だけは離さないって言ったよな?愛しているのは今もこの先も姫子だけだから…だから、プロになること許してくれないか?俺は夢も姫子もどちらも手に入れたいから」

新一の強い意志が伺えるハッキリとした芯のある声。



私と新一の間に長い沈黙が流れる。



新一が私との将来の事を考えながら、凄く悩んで出した結論。

だったら私が新一の為に出さなきゃいけない答えは…



私はその間、じっと新一の瞳を見つめ、一度目を閉じ再び開けると新一の綺麗な顔立ちを視界に映しながら、小さな笑みを浮かべてみる。

「浮気しても許さへんし、人気が出たからって自惚れたらどつきまわすからな?覚悟しいや?」

「お前さ…マジこえーから、そういう言い方止めてくんない?」

「マジやもん。それに、うちのお父さんも温厚だけど、怒ったら怖いからね?新一の事、あれで凄い気に入ってるんだから…裏切るような事があったら知らないよ〜?」

「俺は男と男の約束は絶対に守る主義なんだよ!お前の親父さんが待ってるって言ってくれた以上、俺は絶対姫子を連れて挨拶しに行くって決めてんだからな?姫子こそ、短大行ってからの2年間で覚悟決めとけよな。それに短大に行って合コンとかに行こうもんなら、ぜってー許さねえから!!」

「そんな…まだ短大も受かってないのに、そんな心配せんかても」

「いーや。俺がそのチームに行くって決めたんだから、姫子も絶対にK短受かってもらわにゃ困る。知ってるか?そのチームのグラウンドからK短まで走って5分くらいの所にあるっての」

「嘘、そうなの?じゃあ、毎日帰りに新一の練習している姿を見られるって事?」

「あぁ。逆に言えば俺がコッソリとお前の短大に忍び込めるって言う事だ。ヘタな事はできねーからな?」

「あのね…」

コッソリ忍び込むって…K短って女子短大なんですけど?

だけど、こうして先の事をちゃんと真剣に考えてくれて、私を想っての進路を出してくれた事に心から嬉しくなってくる。

新一がプロになるという事に、まだ若干の不安はあるけれど、新一が信じろと言うなら、私はそれを信じようと思った。

新一とずっと一緒に歩いて行きたいから……

「姫子…許してくれるか?」

「ん…。浮気しないと言う事と、2年後に護れる男になると言う条件付きで…許してあげる」

「あぁ…絶対約束する。ごめんな、姫子…クリスマスにこんな話をしてお前を泣かせるような事を言って」

「ううん。まだ不安はあるけれど…新一が信じろって言ってくれたから。ついて来いって言ってくれたから…私は信じて新一について行く。それでいいんだよね?不安にならなくても大丈夫なんだよね?」

「愛してるのは姫子だけだから。信じてついて来い」

「クスクス。うん…ついてく。何だかカッコイイね?今日の新一」

「あのなぁ〜…そういう言い方はねーだろ?」

「そう?」

そう、お互いに顔を見合わせてクスクス。と笑い合い、どちらからともなく唇を重ねた。




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