「姫子は何食いたい?」 「ん〜…美味しいモノ…って言うか…緊張しないところがいい」 私は新一と連れ立って部屋を出ると、手を繋ぎながらホテル内を歩く。 その間中、田舎モノのようにあたりをキョロキョロと見渡しながら歩く私。 それにクスクスと笑いながら、新一は私の手を強く握ってくる。 「姫子…キョロキョロしすぎだって」 「だって…こんな所来たことないねんもん。緊張するやん?」 「そうか?別に堂々としてりゃいいじゃん」 「新一は何度か来たことあるからそう言えるんやって!もう、今も心臓ドキドキしてるよ?」 「あははっ!そういうの姫子らしくねーな?」 「そ、そうかな」 「おぉ何となく。まあ、そう言うかなーとも思ったから、晩飯の予約取ってねーんだよな…つーか、本音を言えば、ここの晩飯は高校生の俺の財布じゃ出せねーって事なんだけど…だからさ、ホテルじゃなく外に食いに行くこうぜ」 ニッコリと新一は笑って振り返ると、私の顔を覗きこんでくる。 その新一の言葉にホッと胸を撫で下ろして大きく頷く。 よかった…こんなホテルで食べる食事なんて…きっと食べた気がしない。 ………緊張しすぎて。 私は新一と共にホテルを出ると、夜の静まり返った道を一緒に歩く。 点々と、もの悲しげに灯る外灯。 だけど、それも今日は幻想的に見えてしまうから不思議。 これで雪でも降ればロマンチックなのになぁ。 なんて。 自分から吐き出される息を視界に映しながら、夜空を仰ぎ見る。 「どうした?姫子」 「ん〜?雪が降らないかなぁって思って」 「どうだろうな。雪が降ったらホワイトクリスマスか…空見る限りじゃ雪が降りそうにねーな」 「だよねぇ」 同じように夜空を仰ぎ見てから、私の肩に腕をまわすと、行こーぜ。と、新一が囁く。 うん。と、私は返事を返して、新一の腰に腕をまわす。 「ねえ、新一?こんなクリスマスイブに予約もなしでどこかのお店に入れるのかしら…どこもいっぱいだと思うけど?」 「まあいいじゃん。いっぱいなら待ってりゃいいしさ…そう言えば、親父の幼馴染のおっさん…あのホテルのオーナーだけど、そのおっさんがこの先に可愛らしいお店があるっつってたなぁ…行ってみる?」 「おっさんって…。うん、行ってみようか?この近くなの?」 「多分ね」 「多分って…頼りないなぁ」 新一の言葉に苦笑を漏らしながら、あてどもなく夜道を新一と共に歩く。 こんなアバウトで大丈夫なのかしら…無事に着けるの?私たち。 しかも…予約もナシに行くだなんて無謀すぎない? 今日はクリスマスイブよ? 何時間も待たされる事だけは覚悟しとかなくちゃ。 私は自分の中でそう覚悟を決めて、出てくる時に何か摘んでおけばよかったと少しの後悔が頭を過った。 あてどもなく歩いてきたように思えて、実は知ってたんじゃないかと思うくらいにすんなりと辿り着くことが出来た。 そこのお店は新一が言ってた通り、こじんまりしているけど本当に可愛らしいお店で、一目で心を奪われる。 だけど、案の定店の外には順番を待っているであろうカップルが数組店の前で座っていた。 私は、やっぱりかぁ。と落胆のため息を漏らしつつ、新一と一緒ならどれだけ待っても平気だよね。と思い返す。 新一はお店を見た時の私の満面の笑みに満足したように微笑み返し、私の肩を抱いたまま店の中に入って行く。 「いらっしゃいませ。本日は大変混み合っておりまして、ご予約いただいた方でなければ随分お待ち頂く事になりますが…」 一応順番を確認する為だろうと思っていたのに、店に入ると新一はそう言って出てきたウエイトレスさんに声をかける。 「7時半に予約してた藤原ですが…」 ……………え? 予約してたって…… 「えっと藤原様…藤原新一様ですね?…はい、お伺いしております。では、こちらへどうぞ」 ウエイトレスさんに続いて歩き出す新一。 私は、へ?へ??と、声を漏らしたまま新一に手を引かれて奥へと進む。 案内された窓際の席のテーブルにはきちんと『Reservation seat』と書かれたプレートが置かれていて、ワケが分からぬまま私は席に着く。 「ね…ねえ、新一。予約席って?」 「クスクス。姫子をびっくりさせてやろうと思って?びっくりしただろー」 「びっくり…した。予約してくれてたんだ?」 「おう。今日はクリスマスイブだからな?こんな時に予約もせずに外でずっと待ってんのなんて時間の無駄じゃん。だから予約しといたんだよ。7時半の予約で7時25分到着…俺ってすげー段取りよくねぇ?」 そう言って悪戯が成功した時のような笑顔を浮かべて新一は私の顔を見る。 そこで納得。 だからあの時新一にしては素直にキスの先に進もうと言うのを諦めてくれたワケだ。 って、新一に言ったら拗ねられそうだけど? 「いやでも、おっさんに道順を聞いただけで実際来れるかちょっと内心心配だったんだけどな?無事に来れてよかったよ…気に入った?」 「うん!すっごい可愛いお店だもん、気に入らない方がおかしいよ。それに…クリスマスのイルミネーションが凄く綺麗」 窓際からガラス越しに見える中庭に設置されたイルミネーションの数々。 宝石が散りばめられたように、キラキラと存在を誇示するかのように輝く。 その真ん中には大きな白いクリスマスツリーが淡いブルーのスポットライトに照らされて、何とも幻想的な空間を造りだしていた。 私がそれらに目を奪われていると、ウエイトレスさんの声が現実に引き戻す。 「この度は当店をご利用いただき、誠にありがとうございます。ご予約時に承りました藤原様から小暮様への花束の贈り物でございます」 そう言って手渡された真っ赤なバラとカスミソウで作られた大きな大きな花束。 バラと同じように真っ赤に染まる頬と共にそれを受け取り、私の顔からは何とも言えない表情が浮かび上がる。 「新一…コレ…」 「おぉ…ほら、クリスマスプレゼントは勘弁なっつったけどさ…やっぱほら、折角だし…してやりたかったっつーか?なんかアレだな…こうして見ると、すげーキザ?」 照れくさそうに頭をかきながら笑みを浮かべる新一に、この上なく幸せな気分に包まれる。 何もしなくていいって言ったのに…。 新一と過ごせるだけで満足なのに…。 こんなにまでしてくれるなんて…。 「ホンマ…キザやわ」 そう言った私の顔には満面の笑みと一筋の涙が零れ落ちていた。 ←Back Home Next→ |