史上最高のバツゲーム−9




優哉と付き合いはじめて1週間が過ぎていた。

相変わらず、ヤツは学校がある日は毎日家の前まで不審者と化しながら迎えにきて、夜は大体10時半前後にバイト先から電話をよこしてきていた。

慣れというのは恐ろしいものである。

1週間経った今、暗ダサキモ男が朝、家の前で不審者のなりで待っていようが、夜、電話をしてこようが取り立てて気にならなくなっていた。

はぁ…やっぱり今日もか。ぐらいな感じで。

逆に、電話に限っては楽しみ出している自分もいて。

そんな自分が恐ろしかったりもする。

だからと言って、暗ダサキモ男に気持ちが傾いたかと言うと確実にそうではないことだけは付け足しておく。



そして、今日は待ちに待った水曜日。

私が喉から手が出るほど欲しかった服が手に入る日だ。

いや、正確に言うならば、暗ダサキモ男がボウリングで3ゲームのアベレージが220以上出せなければの話だが。

そんなもの、絶対ヤツには出せないと私は確信している。

たまに男子と同じ場所で、体育の授業を受ける時に見かけるその姿。

最後尾をチンタラ走ったり、ハードルを軒並み倒して躓いたり、バスケにおいては見当違いな方向にボールをパスしたりと、トロくささ満載なのだから。

そんな運動神経ゼロのアイツが、コントロールを要するボウリングなど得意なワケがない。

よって、必然的にこの勝負は私の勝ちで、服が手に入る…と。

ヤツの言う、「アベレージ220を超えたらキスをさせてもらう」などというバカげた案は、とうの昔に私の頭から消え去っていた。


ルンルン気分で優哉について教室に入り、自分の席にカバンを置く。


「捺ぅ〜。おはよう…えらく今日はご機嫌じゃない?暗ダサキモ男と何か進展でもあった?」

席に着くなり隣りに座る真紀がニヤリとした笑みを浮かべながらそんな挨拶をかましてくる。


進展などあったら、こんなにご機嫌なワケがないだろ。


「あるワケないでしょ?朝から変なこと言わないでよ」

「そぉ?ヤケに嬉しそうだから、遂に暗ダサキモ男とチュ〜でもしたのかと思って?」

「死んでもしない」


軽く真紀を睨みつつ席に座ると、や〜んキスがなんだってぇ?と、同じように笑みを浮かべた噂好き2人が加わってきた。


地獄耳か、お前達は。


「何々、捺。遂にポッテリ唇を奪ったの?」

ポッテリ唇ってなんだ…里子。

「やるねぇ、捺!おっとこまえ!!」

いや、だから…先走るな真理子。

「もーっ!だからぁ、そういうのはあり得ないから。嬉しそうに見えるのは、欲しかった服が手に入りそうだからよ」

「え、何?もしかして、前々から言ってたあのブランドの服?」

真紀は途端に目を輝かせて身を乗り出してくる。

一緒に雑誌を開いては、欲しいよねぇ。とぼやいていた仲だ。

この話に飛びついてくるのは当然だろう。

「そうそう、それそれ!」

「うっそ、マジで?あ!もしかして暗ダサキモ男に買ってもらうとか?」

真紀が少し声のトーンを落として内緒話のように言ってくるもんだから、思わず同じように、そんな感じ。と、私も返す。

蚊帳の外になった残りの2人は、私達にも教えてよーっ!と騒ぎ立てている。

が、無視。

「やーん、すごい羨ましい。そんなの買ってもらえるんだったら、私がバツゲーム受けてもよかったかも」


実際なったら嫌がるクセに。



そんなこんなで待ちわびた放課後。


「捺…帰るよ」


と言う優哉の言葉を待ってましたと言わんばかりに私はカバンを手にする。

1週間前とはえらい違いだ。


「クスクス。捺…えらく今日はご機嫌なんだね」

学校を出て、暫く歩いた所で優哉が振り返りながらそう呟いてくる。

そりゃそうでしょう、あなた。

だって…


「そんなに僕とキスするのが嬉しい?」


………はぁ?んなワケねーだろ。


優哉から放たれたその言葉に思いっきり訝しげに眉を寄せてしまう。

「バカ言ってもらっちゃ困るわよ。今日は欲しかった服が手に入るからご機嫌なの!」

「ふぅん。信じてないんだ?僕が言ったアベレージ220超えって言うの」

「モチのロンよ!あり得ないもん、そんなこと」

ツンとそっぽを向きながらそう答えると、優哉はクスクス。と小さく笑う。


なによ…


「僕ってよっぽどトロくさいイメージ持たれてるんだね。他には、風俗の呼び込みのイメージだったり…まぁ、仕方ないか。普段はこんななりでやる気も殆どゼロだもんね。ま、その方が都合がよかったりするけど」

優哉のその意味深な言葉に首を傾げると、また小さく笑ってからヤツは言葉を付け足す。

「きっと驚くよ?学校じゃない場所での僕を見たら…と、言うか。気付かないかもしれないね」

「は?なによ、それ…どういう意味?」

「ん?それはまだ、ないしょ〜。時期が来たら、捺にだけ教えてあげる」

「なんかムカつくその言い方。今、教えなさいよ」

「ヤダ」


ヤダ?…ヤダだと??

子供みたいな言い方をしてからに…ちっとも可愛くねぇっつうの!


「じゃあ何?時期が来たらっていう、その時期はいつくるのよ」

「ん〜?それは…」


――――本気で捺が僕に惚れてくれたらね?


一生あり得ませんけど??



* * * * * * *





「……捺?言った事には責任持ってよね」

ボウリング場の受付を済ませ、先にボウルを選んでレーンに設置されている椅子に座って待っていると、優哉がそんな事を言いながらボウルを台にドンと置く。

「そっちこそ。ちゃんと持ってきたんでしょうね、服代」

「ん?持ってきてないよ」

「はぁ?持ってきてなきゃ、今日買えないじゃない!」

「だって、必要ないもん」


んなっ!?

どっから来るんだ、その自信は!

猫背のクセに!寝癖満開のクセに!!暗ダサキモ男クセに生意気だぁぁっ!!!


「決めた。220超えなかったら、ワンピも一緒に買ってもらうことにする」

「なにそれ」

「優哉が生意気だから。バツとして一枚増やす」

「あははっ!生意気って…あ、っそ?そう来るなら僕も加算させてもらうけど?」

「どうぞ〜?なんなりと…叶わないことだと思うけど?」

「クスクス。後で後悔しても知らないからね?初めだから、軽いキスで許してあげようと思ってたけど、ディープキスに変更する」


だはーーーっ!ありえねーっ…暗ダサキモ男とディープキスなんてぇ〜

でもする事ないからいいけれど〜。


「エッチさせてー。じゃないんだ?別にそれでもいいけれど?」

「最初からそんな酷なことは言わないよ?気持ちがついて来てないのに抱かれるのって、捺も嫌でしょ?」

「へぇ、意外に気が利くんだ?そう思うなら、キスじゃない何かにしなさいよ」

「キスからはじまる恋もあるかもでしょ?それに一応僕たちは付き合ってるワケだし、そういう楽しみもなきゃね」


キスからはじまる恋?

何を少女漫画のような事を言ってるんだ、この男は。

あんたとならこれも一生あり得ませんけど。

私にとって、暗ダサキモ男とするキスなんて、バツゲーム以外のなにものでもない。


そうやって、会話を交わしながら余裕をぶっこいていた私はすぐに後悔することになる。


先にボウルを持ってレーンに立った優哉の姿。

後姿だけでも、明らかに今までの姿とは異なっているのが分かる。

シャンと伸びた背中、ボウルを構える姿勢、投げる時のフォーム。

それら全てが結構…いや、かなりサマになっている。

カランッ!と音を立てて弾かれるピンは、ものの見事に綺麗に倒れてしまった。


うそ…のっけからストライク?

しかも、何?背中…伸びてたんですけど…


私はその驚愕な姿と光景に、あんぐりと口をあけてしまう。

しかも、驚きはそれだけでは終わらなかった。

その後もストライクを連続、外してもスペアで確実に点数に繋げ、ガーターなどは一度も出さずに1ゲームめ終了。

ミスをしたのなんてほんの少し。私からしたら、アレはミスの内に入らない。

第1ゲーム終了後、スコアボードには、226という数字が表示されていた。


……マジで?


2ゲーム目もそんな調子でスコアは242。


次第に私の顔からニヤリとした笑みが消えていく。


3ゲーム目。さすがに落ちるだろうと思いきや、最高得点の247を叩き出しやがった。

平均にして238だ。


一体何者なんだ…コイツ。

私なんて、3ゲーム平均58なのに…って、下手すぎだろお前は。


最後、投げ終わったヤツは振り返ると、前髪の隙間から私を見て、あの血色のよい唇をニヤリと押し上げ、少し首を傾けながら胸元辺りで小さく裏ピースサインを作る。

どうだ、参ったか。とでも言いたげなその唇。

愕然とうな垂れる私は、言い返す言葉が見つからなかった。


見事に完敗。


――――後で後悔しても知らないからね?


不意に横切る優哉の言葉。


思いっきり後悔しちゃってますけど?




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