史上最高のバツゲーム−8 ……カナリ疲れた。 私は自分の部屋に着くなり、服も着替えずに制服のままベッドへと倒れこむ。 あれから暫く、優哉と取り留めのない会話を交わしてから、ヤツに送られて家に帰ってきた。 それでまた少し分かった優哉の事。 ヤツの父親は海外赴任で、母親もそれについて行ったらしく、父親の赴任期間が終わるまではあのワンルーム型マンションに一人で暮らしているそうだ。 しかもあのマンション、母方の祖父の持ち物らしく、その他にもマンションや店舗などを幾つも持っていると言う話だった。 カナリ資産家なのだろうか。 両親が帰って来た時の住まいは別にきちんとあるらしいのに、ヤツはそこには住まずにお気楽な一人暮らしを満喫しているようだった。 必要最低限の生活費はバイト等で稼いでいるものの、家賃は祖父持ち、親のうるさい監視の目もない、なんとも贅沢な暮らしをしていると言うわけだ。 羨ましすぎるじゃないか。 私なんて家族3人、狭い狭い一軒家で、帰りが遅いたら勉強しろたら小言を言われながら生活しているというのに。 なんとも不平等な世の中だと思う。 はぁ。と一つため息を漏らし、私はベッドの上でゴロンと寝返りを打つ。 普段は全然やる気のない暗ダサキモ男。 寝癖に猫背に服装の乱れ、一日中教壇のまん前の席で机に突っ伏せて眠れるほどの無神経者。 だけど、密かに記憶力は抜群で。 夜になると、明るく気さくで冗談なんかも交える面白いヤツに変わる。 特にあの声には驚きだ。 学校ではボソボソっと小さく呟くことしかしないくせに、実はカナリの美声の持ち主。 ギターも巧いし、ついでに言うと歌唱力も抜群。 しかも体臭も全然脂臭くなくて、私の欲しかった香水なんぞをほのかに漂わせてるし…って、コレは関係ないだろ。 意外な姿を見せられるたびに、ヤツの本当の姿が分からなくなってくる。 岡崎優哉…益々謎な男だ。 …ティラリラリ〜ン♪ そんな事を考えながら、もう一度寝返りを打とうとしたら、不意にカバンの中から携帯の着信音が漏れてくる。 誰だろ? カバンから携帯を取り出し、ディスプレイ部に名前の表示されない番号に首を傾げながら、通話ボタンを押す。 「もしもし?」 『もしもし?僕…優哉だけど…』 あ゛…コイツの携帯、登録し忘れてるよ… 『その出方…まだ捺の携帯に僕の番号登録してないでしょ』 な、何故分かる!? そんなズバリ言い当てられたら、返答に困る。 「いやっ…携帯出る時、いつもこんな感じよ?私。それより何?…今、帰り道でしょ?」 何故かいい訳紛いな返事をしつつ、私は話しを逸らす。 なんで私はこんなに焦っていい訳してんだ。 『ホントにぃ?まあ、いいや…うん、今電車降りて駅前の商店街を歩いてるところ』 「そ、そう。ワザワザ電車に乗ってまで送ってくれなくてよかったのに」 『いいじゃん。僕がそうしたかったんだし。まぁ…でも、正直言ったら今朝迎えに行くって言ったのはちょっぴり後悔した。朝弱いからさ、僕。実は目覚まし3つと携帯と、テレビとコンポで頑張って起きたんだ』 「なにも…」 そこまで必死になって迎えに来なくてもいいのに。 私の家から学校までは電車移動も含め、1時間程度かかってしまう。 夜中過ぎまでバイトし、学校まで歩いて行ける距離に住む優哉には、カナリ厳しいものだっただろう。 だからか。 だから、今朝はいつも以上に寝癖が酷く、制服の乱れも見るに耐えないものだったんだ。 妙に納得。 『でも、今日はバイトもないし早めに寝れるだろうから、明日は結構楽に起きれると思うよ』 ………はい? って事は? 『明日も今日と同じくらいの時間に行くね』 あ…やっぱり来るのか。 この断定的な言葉を聞くと、諦めの域に達した私。 意外に学習能力があるのかもしれない。 と、自分で言ってみたりする。 『ところでさ、捺。どこか行きたいところとかある?』 優哉は突然、思い出したように話題を変えてくる。 「え…行きたいところって…別にないけど」 『そう。じゃあ、したい事とかは?』 「したい事?んー…強いていうならショッピング?この間、雑誌で可愛いスカート見つけたからさ、それを買いたいかも」 『んー…ショッピングかぁ…人の多いところ苦手だしなぁ、僕』 何が言いたいんだ、コイツは。 優哉の意としてる事が理解できずに、訝しげに自分の眉が寄る。 『来週の水曜に捺の行きたいところへ連れて行ってあげようと思ったんだけど。ショッピングは苦手だから却下。と、いう事で映画にでも行こうか。あ、ボウリングでもいいかな』 一つ聞くけど、それって私に聞いてきた事に意味はあったのか? 「え、ボウリングって…優哉、ボウリングなんてできんの?」 最後に聞こえた意外な単語に即座に反応してしまう。 超トロくさそうな暗ダサキモ男がボウリング? これもまた想像できない。 いや…ガーターばかりを叩き出すイメージは容易くできるが。 『失礼だなぁ…ボウリングは得意な方だよ?僕。アベレージ大体220超えだもん』 「にっ…にひゃく!?」 驚きのあまり、思わず大きな声を出してしまう。 プロか、お前は。 絶対嘘だ。暗ダサキモ男如きがそんなに凄いワケがないじゃないか。 私が知らないからそんな大法螺(おおぼら)を吹くに違いない。 「嘘でしょ」 『ホントだって』 「嘘だったら?」 『じゃあ、ホントだったら?』 「それが本当だとしたら、優哉の望む事なんだってしてあげるわよ」 『へ〜ぇ。なんだってしてくれるんだ?』 あぁ、してやるさ。 それが本当ならば、の話だけどね。 『じゃあ、今日出来なかったキスでもさせてもらおうかな』 「えぇ、いいわよ?ただし、3ゲームしてそのアベレージが220以上じゃないとダメだからね。それ以下なら優哉の負け、いい訳も一切聞かないから。そうね…優哉が負けたら、私の欲しい服を買ってもらう。それでどう?」 『クスクス。いいよ?捺は服なんかでいいの?』 「いいわよ。ちょうど欲しかった服、私のお小遣いでは到底手の出せるモノじゃなかったから。言っとくけど高いわよ?その服」 『うん、いいよ。だって、220超えちゃうから。捺の方こそ言い逃げはナシだからね?』 「逃げるわけないでしょ」 だって、220なんて超えるわけないから。この暗ダサキモ男が。 ボウリング場でズタボロになる姿を思い浮かべると、自然と自分の口元が上がる。 あー、あの洋服すごく欲しかったんだけど、結構高くて中々手を出せなかったのよね。 雑誌で見つけたスカートを我慢してそっちにあてるか、正直迷っていたところだ。 意外なところから手に入るなんて…超ラッキー。 あんなに憂鬱に思った来週の水曜が待ち遠しいくらいだ。 「ねえ、ところで電話してきたのってその件?」 私はもう既に欲しかった服が手に入った気になって、優哉の気持ちが変わらぬうちにと話題を変えた。 調子のいいヤツ。 『ううん、違うよ?それは思い出したから聞いただけ』 「じゃあ、何?」 『捺の可愛い声を聞きたかったから』 ……微妙に返答に困る。 暗ダサキモ男の容姿を持っているくせに、その声でそういう事を言うのは卑怯ではないだろうか。 思わずグラッと………来ない、来ない。 『ついさっきまで会ってたのに、無性に声が聞きたくなる事ってない?』 「いや…私は…」 今までそんな事を思った事は、一度もない。 そんな私は、案外冷めてるのかもしれない。 『捺の声がそう。ついさっきまで聞いてたのに、無性にまたその可愛い声が聞きたくなる。話の内容なんて何でもいいんだ…捺の声を聞きたかったから。そんな理由で電話しちゃダメ?』 ダメ。 と、目の当たりにしながらの言葉なら、即座にそう胸の内で思っていただろう。 だけど、私は何も思わず自然に返事を返していた。 「ダメじゃないけど」 その言葉を受けて、優哉は嬉しそうに笑うと、暫く取り留めのない話をしてから、じゃあまた明日。と言葉を残して電話を切った。 優哉との電話を切って、ふぅ。と一息ついてから気付いた事。 優哉との電話は、私の思考回路を麻痺させる魔物が棲んでいるに違いない。 |