史上最高のバツゲーム−10




来た時とは打って変わって重い重い私の足取り。

気分はまるで死刑台に向かっている死刑囚のようだ。


はぁ、もう。

なんで私はこんなバカげた事に乗ってしまったんだ。

いや…元を辿れば、言いだしっぺは他でもないこの私。


――――それが本当だとしたら、優哉の望む事なんだってしてあげるわよ


だって、確実に出来ないって思ったんだもん。

こんな普段の暗ダサキモ男の姿を見てたら、誰だってそう思うに決まってるでしょう?

詐欺だ…こんなの絶対詐欺だ。


「捺?さっきまでの勢いはどうしたの?」

クスクス。と、小さく笑いながら、前を歩く優哉が振り返る。

「うるさい」

再び猫背に戻っている背中を若干睨みつけながら、ふんっ。と、私は鼻を鳴らす。

この詐欺師め。

「あははっ!自分の思い通りにならなかったから拗ねてるんだ…子供みたい」

「なっ?!だっ…大体ね、あんたが普段キチンとしてないからこうなったんでしょう?出来るなら出来るってそう最初から言いなさいよ!」

「言ったよ?」

「……………ぅ」


……………確かに。

コイツは最初からボウリングは得意だと言ってやがった。

それを信じなかったのは私だ。

だけど、それでも、認めたくないじゃないかっ!!


ぶすっと表情を歪めて歩いている私に対して、ヤツは前に向き直りつつ呟く。

「捺も往生際が悪いね。言い出したのは捺の方だよ?」

「だって、絶対無理だって思ったんだもん」

「僕の言う事を信じない捺が悪い」


お前のその姿を見て、どう信じろっつうんだ。


「詐欺師め」


ボソッと呟いた私のその一言に、優哉は一旦足を止めて振り返ってから、少しの間を置いて、あははっ!とおかしそうに笑い出す。

「詐欺師って…なにそれ」

「だってそうじゃない。普段から、そんなトロくさそうな姿見せられててよ?どう信じろって言うのよ。大体ね、信じろって言うんなら、それなりにそういう姿を見せなさいよね!」

「見せてるつもりだけど?」

「は?」


……いつだよ。


「少しずつ色んな僕を知ってもらう為に小出しにしてるつもりなんだけどな。捺にもそれが分かってるハズだけど?」

「はぁ…?」

と、反射的に言葉にしつつ、幾分か思い当たる節もある。


お喋りで明るい性格、綺麗で色っぽい声、優れた音感に記憶力。

そして先ほどの、シャンと背中が伸びた姿勢に抜群のコントロールの良さ…


言われてみればそうかもしれない。

少しずつだけど、コイツの意外な一面を私だけが垣間見れてるような気がする。

ワザと小出しにしてやがったのか、コイツは。

どうせなら一気に出せっての、まどろっこしい。


「あのさ、なんで小出しなワケ?どうせ出すつもりなら一気に出しなさいよ」

「一気に出したら面白くないじゃん。少しずつ僕の事を知って、それによって僕に対する捺の見方が変わっていく様(さま)を見てるのが楽しいんだから」

「なにそれ…私の反応を見て楽しんでるってワケ?悪趣味!」

「悪趣味?そうかな。僕は純粋に、捺に僕の事を知ってもらいたいって思ってるだけ。キッカケはどうであれ、僕たちは今付き合っているわけだから、捺に自分の事を知ってもらいたいって思うのは普通なんじゃないの?それより僕からしたら、捺の方がよっぽど悪趣味だと思うけど」

「は?なんで私が悪趣味なのよ」

「自分の胸に聞いてみれば?捺がそれに気付かないうちは、僕が本当はどんな男かなんて分からないよ、きっと」

そう意味深な言葉を投げかけてくる優哉の口調が、何故か少し悲しそうに聞こえて、思わず押し黙ってしまう。


なによ…自分の胸に聞いてみれば?なんてさ。

私がいつ悪趣味だと言われるような事をしたよ。

言ってる意味が分かんないっつうの!



「さて、と。無駄話もそれぐらいにして、そろそろ本題に入らせてもらおうかな。今更言い逃れなんてさせないよ?約束は守ってもらうからね?」

夕方の薄暗くなった人気のない公園まで辿り着くと、優哉はそんな恐ろしい事を言いながらゆっくりと振り返る。

そう、あの血色の良い唇の端をニヤリと上げて。


うぎゃーっ。やだぁっ!!

ちょっとの間忘れかけてたのに、なんでお前は思い出させるような事を言うんだ。


死刑執行を勧告されたようで、急激に私の背中に妙な汗が流れ出す。

優哉は先に近くのベンチに腰をおろし、私に来るようにと促してくる。

しかも…


「捺の座る場所はココね?」


なんて言いながら、ポンポンと自分の太ももの片方を叩いてだ。


げぇぇぇっ。

そこに座れってか?私にそこに座れと??

絶対ヤダ…死んでも嫌だっ!

やだやだもう、帰りたい!逃げたい!!バックレたいっっ!!!


私が当然の如く座る事を渋っていると、優哉はすかさず声をかけてくる。

「捺?早く座って」


出た…言い切り。

なんで私はコイツにこういう言い方されると逆らえなくなってしまうのだろうか。

前髪の隙間から射抜くような視線を向けられて、渋々ながらもヤツに近づき、恐る恐る片側の膝の上に腰を下ろしている私。

そう、出来る限り距離を置いて、先端に。


うわっうわっうわっ…どうしよう、どうしよう。

暗ダサキモ男の膝の上に座ってるよ、私。

しかも、しかも。

顔がちけぇーーーーっ!!


私がこの状況にうろたえていると、優哉は更に私を追い込むような行動をしでかしてくる。

「捺…そんな端っこに座ったら落っこちちゃうよ?」

そんな言葉と共に、優哉は私の腰に腕をまわして、グイっと自分に引き寄せた。

「うわっ…」

不意打ちを突かれたような形で、私は上体が揺れてバランスを崩し、思わず優哉の肩に身を寄せてしまう。

それからはもう、ワケが分からなかった。

優哉の片腕は私の腰にまわったまま、もう片方の手が私の頬に触れ、親指を使って顎を上に押し上げられる。

ヤツとの顔の距離は数センチ。

ドクドクドクドクッ、と激しく打ち始める私の鼓動は、もはや誰にも止められそうになかった。



―――僕の持ってる中でも最高のキスを捺にだけ教えてあげる。また一つ、僕を知れるね?



そんな優哉の囁く声が耳に届いた時には、既に重なっていた唇。

ビクッと小さく身が震え、思わずヤツの胸元をキュッと掴んでシャツを握ってしまう。

あまりにも突然すぎて思考がついていかなかったけれど、唇に伝わる柔らかい感触と、色んな角度から啄ばむようなキスを与えられ、次第に自分の体から力が抜けていくのが分かる。


な…に、この感触。

今まで何人かとキスをしたことがあるけれど、こんなに触れ心地のいい唇は初めてだ。

柔らかくて、程よく弾力があって…


『血色のいい男の唇ってさぁ、すんごい柔らかくて気持ちいいんだってぇ。ホレ、暗ダサキモ男もすごい唇血色いいじゃん?キスしたら超気持ちいいんじゃないの?』


ヤバイよ、真紀。

真紀の言うように、超気持ちいいかもしれない。


ゆっくりと、時間をかけて繰り返されるキス。

チュッ、チュッ。と、時折私の唇を軽く吸う音が耳に届く。

私の体から力が抜けたのが伝わったのか、今度はまた角度を変えて僅かに開いたところから、優哉の舌が中に入ってくる。

ヤツの舌先が私のそれに触れ、撫でるように舌先をなぞる。

そして一旦それを引っ込め、また角度を変えて中に入ってくると、今度は奥まで滑り込んできた。


「んっ…」


私の口から漏れる甘い鼻から抜けるような声。

そんな声に、自分でも驚いてしまう。


こんな…暗ダサキモ男如きのキスで声を漏らしてしまうなんて。

でもでも、マジでヤバイかもしれない…意識がだんだん…


どれぐらい優哉と唇を重ねていたか分からない。

長いようにも思えるし、短いようにも思える。

でも、確実に私の脳は優哉のキスによって犯されていた。

いつしか自然と動く私の舌、絡み合うように絡ませるように、自分の舌が無意識に動き始める。

優哉はそれを待っていたかのように、頬に添えていた手を私の後頭部にまわすと、クイッと引き寄せて、更に奥へと舌を滑り込ませてきた。

もう、完全に私の脳内は真っ白だった。


コイツ…上手すぎ。


程よく口内をかき回され、最後チュッと音を立てて唇を軽く吸われながら優哉の唇が離れると、私はヤツに引き寄せられるがままに体を預け、暫くの間放心状態に陥った。

そんな私の体を優哉の腕が包み込み、掌が優しく髪を撫でる。


「クスクス。僕のキスを味わった感想は?」


耳元にダイレクトに届く、あの綺麗で色っぽい囁き声。


味わった感想はってあんた…。

この状態を見ても、まだそんな事を聞いてくるワケ?




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