史上最高のバツゲーム−11




あぁぁぁぁ…遂にやってしまった…暗ダサキモ男とキスを。

キスだよ?キス…普通のヘボい男とならまだしも、あの、女子から忌み嫌われている暗ダサキモ男とだなんて。

あり得ないハズだったのに…あり得ちゃってるじゃん?!

サイアクだ。

あんな男になんぞ私の唇なんてくれてやるつもりはなかったのに。

あんな男とキスなんてした日にゃ、唇が腐って鳥肌が立つと思ってたのに。

昨日のあの公園でされたキスは意外にも心地よいもので、最終的には自らヤツの舌に絡ませてる始末。


なにやってんだ、私は。


あのキスの後、マトモにヤツの顔が見れなかった。

心臓が、バクバクと痛いくらいに高鳴って…

どうして?何故?って考えても答えは見いだせなくて、妙な気分だけが私を取り巻いた。


はぁぁ。今日は優哉と顔を合わせたくない気分。

それが何故なのか、自分でもよく分からなかったけど、とにかく嫌だ。

都合良く、今日は月に一度必ずくる、女の子には憂鬱なモノがやってきた。

それを理由に休んでしまおうか。

結構私は生理痛が酷くて、学校には踏ん張って行くものの、必ず教室で死んでいる。

放課後、痛さのあまり動けなくて、保健室で休ませてもらった事もしばしば。

今まで一度もその理由で休んだことはないけれど、生理痛で死にかけの状態を見せていたのだから、休んだところで真紀たちに疑われはしないだろう。


どうしよう…マジで休もうかな。

今日は、学年別の体力テストの日で授業はない。

いや、でも…学校をサボるのは自分の中のモラルに反するし。


出席していても、授業など全く聞いてもいやしないのに、大したモラルだな。


散々迷った挙句、私は家庭用の鎮痛剤を規定量飲み、重い足取りで玄関を出た。

家を出ると、いつも通り電信柱の影にしゃがみ込み、不審者と化している優哉の姿が視界に映る。

ドクン。と、一つ高鳴る私の鼓動。

妙な気分は昨日だけじゃなかったらしい。

今までとは全く違った自分の反応が理解できず、やっぱり休めばよかったと後悔した瞬間。


「おはよう、捺…どうしたの?」


いつものように、ぬぅっと私の前に姿を現した優哉は、そんな言葉と共に、突然私の顔を覗きこんでくる。

その声は、私が妙な気分に戸惑っている事に気付いて、からかってきた声ではなく、どこか何かを心配するように窺っているような声だった。


「え…なにが?」

戸惑いつつも、そう返事を返す私の頬に、優哉は掌をそっと添わせてくる。

トクン。と、また一つ、私の胸が高鳴った。


………やっぱり休みたい。


「体調…悪いんじゃない?風邪でも引いた?」

「え、別に…風邪なんて引いてないけど…」

「そっか。ちょっと体調が悪そうに思えたから。特に異常はないんだね?」

「ない…」

と、言えばない。でも、異常があると言えばある。

自分の中の妙な気分に、月に一度の生理痛。

でもどちらも敢えて口にするような事ではないから、ナシという事で…


私の返事を聞いて、ホッとしたように一つ息を吐くと、じゃあ行く?と、先に歩き出す優哉の猫背を見ながら、ふと思う。

ちょっと体調が悪そうに思えたから――――…確かに生理痛で幾分か体はダルイ。

だけど、今のところそれはほんの少しで、気付かれるほど表面に出てはいないと思う。


なんで優哉はそう思ったんだろう。



* * * * *




体力テストは学年で2組に別れ、軽いものは体育館で、持久走や短距離などは学校近くにある市が運営する競技場を借りて順次行われる事になっている。

午前中は薬のお陰か何事もなく、無事に体育館で前屈や握力等の測定を終える事ができた私。

昼食を終え、薬の効き目が切れる時間になっても然程痛みを感じなかった事から、競技場へ移動する前にそれを飲み忘れている事に気付かなかった。


「ねぇー。捺ぅ…暗ダサキモ男とその後どうよ?進展アリ?」

50M走のタイムを計るために順番待ちをしている間、真紀がニヤリとした笑みを浮かべながら、そんな事を聞いてくる。

その言葉に、どっきーん!としたけれど、出来る限りの平静を装い、ナシ。とだけ答えた。


絶対口が裂けても暗ダサキモ男とキスしたなんて言わない…


「ふーん、そうなんだ?」

真紀は私の返事に、そう答えると、チラッとコチラを流し見て、ニヤッとまた笑った。


なんだ…その気持ち悪い笑みは。


「何その顔…何か言いたげね」

「別に?」


…気になるじゃないか。


「何々、バツゲームに進展アリ?」

「遂にあの唇をゲッチューか?」

私達の会話に割ってはいるように、たて続けに興味津々丸出しの声が後ろから2つ聞こえてくる。


特にお前達2人には、ぜってー教えたくねぇ。


「そういえば、その愛しの暗ダサキモ男クンはどこよ。見当たらないんだけど」

その真紀の言葉に若干引っかかりつつ、そういえば。と、自分も競技場を見渡す。

私達のクラスの男子は今、中央のトラックで持久走のタイムを測っている。

その中に優哉の姿はなく、私の視線は更に競技場を彷徨う。

あ…いた。

私のいる場所から直線上の競技場の端っこ。腰の高さほどあるフェンスに区切られた芝が敷き詰められたその場所。

そこは体調が悪いものや、訳あって持久走などを走れない生徒の為に指定された見学場。

そこで優哉は堂々と寝転がり、大あくびをかまして寝癖だらけの髪を掻き毟りながら、ボーっと空を眺めている。


なにやってんだ、お前…堂々とサボってんじゃねーよ。


優哉のその姿に呆れて、大きなため息を吐き出しつつ、突如として襲ってきた自分の体の異変に焦りを覚える。


ヤバ…急激にお腹が。

そう言えば、昼に薬飲み忘れてんじゃないの、私?


それからはもう、優哉の事になんて構ってられなかった。

徐々に痛み出す下腹部。

脂汗が額から滲み出し、掌には変な汗が浮かび出す。


「捺、次あたし達の番だよ。どうする?本気で走る、それとも抜く?」

「え…あぁ…適当に…」

異変に気付かない真紀は、私の返事に、了解。と、笑う。


どうしよ…すごい痛くなってきた。

走るのやめようかな…でも、もう次だし。

コレを走り終えてから、担任に言って教室に薬を飲みに帰ったらいいか。

次の走り幅跳びまでまた待たされるだろうし。真紀を連れて…


大丈夫だろうか。と、不安を抱きながらも、私はスタートラインに着く。

隣りでは真紀が、一緒にゴールしよっか。などと冗談を言っている。

私はそれに曖昧に笑いながら、ピッと笛が鳴るのと同時に走りだした。


こんなに50Mが長く感じたことはなかった。

恐ろしい速度で襲ってくる激痛。

額から溢れ出す脂汗。

見えてる景色が次第に霞み、陽炎のように歪みはじめる。

全身から血の気が引いていくように肌が痺れ、遂には途中で立ち止まり、私はその場にしゃがみ込んでしまった。

周りの目など気にしてられず、私は下腹部を抱えて、ぺしゃんと地面に腰を落とし、片腕をついて自分を支える。

荒く吐き出される私の息。

痛みで耳鳴りがして、何も聞こえてこなかった。


――――捺!


そう、自分の名前を呼ばれた気がして、痛さに顔を歪めながらゆっくりと顔を上げる。

意識が霞み行く中、おぼろげに見えたその光景。

先ほどまで、芝生の上でダルそうに寝転がっていた優哉が、目の前の腰の高さほどあるフェンスを、片手を軸に軽々と飛び越え、一直線に私の方へ向かって駆け寄ってくる。


バカじゃない?そんな猛スピードで駆け寄ってきたら、サボりだってバレるのに…


何故かそんな事を考えていた。

誰が駆けつけるよりも早く優哉は私の元へとやってくると、何も言わずに軽がると私の体を横向きに抱え上げ、近くにいた教師に向かって、保健室へ連れて行ってきます。と、告げると、学校に向かって走り出す。

教師はその俊敏な行動に、あ…あぁ、頼むわ。としか答えられなかったらしい。

この光景を見ていた周りの女子からチラホラと聞こえてくる、非難めいた、ひぇーっ。と言う小さな叫び声。


『うわー、サイアク。暗ダサキモ男にあんなことされて、綾瀬さん可哀想』

『あたしだったら、絶対嫌。死んでもあんなことされたくない。だってキモイじゃん』


そんな言葉がついていそうな声。

私もそう思う側の人間だったから分かる事だ。


だけど。

そう思えなかった。

フェンスを軽々と飛び越える姿も、猛ダッシュで駆け寄ってくる姿も、こうして軽々と私を抱き上げ保健室に向かって無言で走る姿も、何故かカッコイイって思ってしまった。

猫背だけど、寝癖いっぱいで前髪が鬱陶しくて表情が読み取れないけど、超がつくほどだらしないけど、今の優哉はカッコイイ。


そう思った私は、脳神経まで生理痛に犯されてしまっていたのだろうか…




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