史上最高のバツゲーム−12




「捺…大丈夫?」

保健室に着いてすぐ、先生から薬をもらいそれを飲んで暫く眠ってしまっていたらしい私。

薄っすらと開かれた視界に、心配そうな声と共に私を覗き込んでくる優哉の姿が映る。


「ん…ピークは過ぎたみたい。でも、まだちょっと…」

薬を飲んでも未だ気だるい自分の体を感じつつ、軽く優哉に頬を指先で撫でられてビクッと体が小さく反応する。

「そっか…今朝、体調が悪そうに見えたのはこれのせいだったんだね。どうしてそう言わなかったの?」

「だって…」


生理痛だ、なんて言えるか?


「別にあの時は本当に大丈夫だったし…それに敢えて言う事じゃないじゃない。病気でもないんだから」

「病気じゃないけど、女の子にとったら辛い事でしょ?僕は男だからそう言った辛さは分からないけど、捺のあんなに苦しむ姿は見たくないから…今度からちゃんと言って」

「ん…分かった」


そう、素直に返事をする私。

おぃ、と自分でツッコミを入れてしまう。

なに素直に返事してんだ、お前は。


そうは思ったけど…


「ありがと…」


小さく私の口から漏れた言葉。

優しく私の頬を撫でていた優哉の指先が一瞬止まる。

いつも抱いている優哉への感情はどうであれ、あの時の行動には素直に感謝している。

誰よりも早く駆けつけてくれた事、私をここへ運んできてくれた事。

カッコイイと思ってしまった事については…敢えて触れないでおくが。

だから声は小さかったけど素直に出てきた感謝の言葉。

それを聞いて、優哉はフッと小さく笑みを漏らすと、また指先で私の頬を撫でてくる。


「付き合ってるんだから、僕がそうするのは当たり前の事でしょ?」

「付き合ってる…から?」

「そう。捺は僕の大切な彼女だから、僕がこうして捺の為に動くのは当然ってこと」


――――大切な彼女だから…


その言葉にトクン。と一つ鼓動が高鳴る。

私はこれまでに数人の男と付き合ってきた。

それは学校の先輩だったり他校の生徒だったり、大学生だった事もある。

だけどそれら全てが中途半端な付き合い方で、遊びだったと言っても過言ではない。

当然男側もそんなノリだったから、付き合い方も軽い。

「好きだ」「愛してる」という言葉は体を重ねる時に聞くことはあるものの、優哉が言ったような類(たぐい)の言葉を言われた事はなかった。

だから余計なのかもしれない。

今まで言われてそうで言われた事がなかった言葉に、何故か急激に心臓が激しく動き始める。


ヤバ……私の中が妙な雰囲気モードだ。

ヤバイヤバイ…なんかこのままじゃヤバイ気がする!

理由は分からないけど、話題を変えなきゃいけない気がする。


そう思った私は、何の前ぶれもなしに突如として話題を変えた。

「あ、ね…保健の先生は?」

不自然極まりない話題替え。

優哉はそれにクスっと小さく笑ってから、撫でていた指を引っ込めつつ、一旦保健室のドアを振り返ってから再び私に向き直る。

「あぁ、さっき職員室から呼び出しがあって出て行ったよ。捺が落ち着いたら家に帰してあげてって…どうする?落ち着いたなら帰る?」

「え…んー。薬が効いてるような効いてないような状態だし、いつまたあの激痛が来るかも分からないから…マシな今のうちに帰った方がいいんだろうけど、一人で電車に乗る自信ない」

「それは、大丈夫。僕も一緒に帰ってあげるから」

「一緒に帰るって…早退するってちゃんと言ったの?」

「言ってないけど、捺が心配だから一緒に帰るよ。待ってて…荷物取って来てあげるから」

「いや、あの…待っ…」


――――待って、まだ帰るって言ってない。

そう私の口から出る前に、優哉は保健室を出て行ってしまった。


最後まで人の話をちゃんと聞け、コノヤロウ。




* * * * *





やっぱりもう少し保健室で休んでおけばよかったと後悔した。

優哉が、取ってきてくれた制服に着替え、カバンは優哉に持ってもらいながら、駅へ向かって暫く歩いたところで、再び下腹部に重い痛みを感じ始める。

「いっ…たぁ…」

私は一旦立ち止まり、血の気が引いて倒れてしまいそうになる自分の体を、隣に歩いていた優哉の袖をギュッと掴んでそれを食い止める。

「捺、痛むの?大丈夫??」

優哉はそう言って私の腰に腕をまわして引き寄せると、そのまま腰の辺りを優しく擦(さす)る。


大丈夫…じゃないかも。


再びあの痛みが、ぶり返してきそうな予感に私は首を横に振る。

「もうちょっと保健室で休んだ方がよかったか…。ここから学校まで戻るより僕の家の方が近いから…捺、そこまで歩ける?」

「なん…とか。でも、優哉…今日、バイト…でしょ?私が行ったら…」

「バイトは休む。だから、捺はそんな心配しなくていいから」

「でも…」

渋りを見せる私に、優哉は、大丈夫。と言って私の体を支えながら歩き出す。

徐々に痛み出す下腹部。四の五の言っていられる状況じゃない事は確かだ。

今は少しでも早く横になりたい。

だから私は、優哉の好意に甘えるようにヤツに支えられながら歩いた。



久々に訪れる優哉の部屋。

もう二度と来る事はないと思っていたのに、こんな形で再び訪れることになるとは。

そんな事を思いながら玄関をあがって部屋に通された途端、クラッと一瞬眩暈に襲われる。


コノヤロウ…私に今ここで倒れて欲しいのか。


目の前に広がる光景は、初めて来た時ほどではないにしろ、それを彷彿させるように床に物が散らばっている。

体が正常な状態ならば、即座にツッコミを入れてるところだけど…今日は大目に見といてやる。

私はため息を漏らしつつ、促されるままに優哉の使っているベッドに横たわり、お腹を抱えて体をくの字に曲げる。

時間を追うごとに酷くなる痛み。

優哉にかけてもらった布団の中で蹲りながら、なんとか痛みが去るのを耐えていた。

すると何を思ったか、ベッド脇で心配そうに様子を窺っていた優哉が、もぞもぞっと私の隣りに潜り込んでくる。


「えっ…な、何?」


お腹が痛くてもこれぐらいの反応はできる。

優哉の突然のその行動に戸惑っていると、ヤツは潜り込んですぐに私の体をギュッと強く抱きしめてきた。

ドクン!と高鳴る胸の鼓動。生理痛など吹き飛んでしまうんじゃないかと思えるくらいに私の心臓がドキドキと高鳴る。


「も…見てらんない。捺があまりにも辛そうで…僕じゃどうしてあげる事もできないけど、早く
治まるようにってこうしといてあげる」


そう優哉は耳元で囁き、ギュッと抱きしめたまま優しく背中から腰にかけて擦(さす)り出す。


「ゆぅ…や?」

「大丈夫。さっき薬も飲んだし、直に効いてくるから…暫く眠ったら治ってるよ」


体全体に感じる優哉の存在、背中に感じる優哉の掌の温もり。

捺、大丈夫?すぐに治まるからね。と、何度も耳元で囁かれる心地よい穏やかな優哉の声。

私の体はその全てに癒されるように、次第に落ち着き、薬のお陰からかそれとも優哉から醸し出される雰囲気からか、深い眠りへと落ちていった。


また垣間見てしまった優哉の姿。

たくましくて、頼りになって…優しい姿。

恐ろしい速度で自分の中の優哉に対する見方が変わってくる。

もう、この時既に私の中ではヤツは「暗ダサキモ男」と呼ばれる男ではなく、「岡崎優哉」と言う一人の男として映っていたのかもしれない。

それはまだ自分自身では気付けなかった事だけど。


深い眠りから呼び起こされて、薄っすらと開いた視界。

どーん。と目の前に優哉の制服の白いシャツが映って、一気に目が覚める。


どわっ!な…なに。私、こんな恰好でずっと寝てたワケ?


私は優哉の腕が体を覆って雁字搦(がんじがら)めの状態の中、身動きが取れずに一人慌てふためく。


「ちょっ…ちょっと、優哉…」

「ん〜…?」

「え…」


……寝てる。

優哉は私の体を抱きしめたまま、スー、スー。と気持ち良さそうな寝息を立てている。

私は拍子抜けしたように一つ息をついて、もぞもぞっと体の位置をずらすと、そっとその寝顔を盗み見た。

そういえば、こんなに近くでじっくりとコイツの顔って見たことないな。

白い肌に浮かび上がる、血色のよい形の整った厚めの唇は…カナリ心地よいものだと判明。

肌も意外にすごく綺麗だ。

里子が言っていたように、スッと筋の通った形の良い高い鼻は少し大きめで。

それに付随する噂は検証できないが。

男ならではの喉仏も綺麗にくっきり浮かび上がってるし、首のラインが妙に色っぽい…って、何を考えてんだ。

そして一番興味を惹かれたもの。

いつも鬱陶しく前髪が覆っているこの下には、どんな表情が隠されているのか。

以前に片方だけチラッと見えたその瞳はくっきりと二重で意外に大きかったのは覚えている。

それでもこの鬱陶しいものを無くして見てみたいという好奇心は大いにある。

私は息を潜めてそっと人差し指でその前髪を脇に避けてみた。


「うわ…」


半分枕に顔を伏せるように横を向いて寝ていた為に、またもや片方しかお目見えできなかったけれど、その閉じられた長い睫毛、凛々しく整った眉毛に思わず声が漏れてしまった。


え…ちょ。睫毛ながっ!!何コレ…ツケ睫毛ですか。

しかも眉毛もすごく形がいいし…。

あーもう!なんで半分しか見れないのよ!!


思わず叩き起こしたくなる衝動をなんとか抑えて、意外にも前髪を無くせば精悍な顔立ちに見えるその顔を、じぃっと観察していた。

もう少し見える範囲を広げてみようと手を伸ばしかけたところで、んー。と、優哉が声を漏らしながら薄っすらとだけ目を開ける。


起きんなよ…。


「ん…捺、お腹は?大丈夫?」

寝起きからか、掠れた声を聞かせながら優哉は再び私の体をギュッと抱き寄せる。

「わっ!…だ、大丈夫…もう治ったから…この体勢…」

突然の事にあたふたとしながらもがく私を、更に優哉は抱きしめる。

「ヤダ…離れたくないから…もうちょっとこの体勢で眠らせて…」


ヤダって…子供か、お前は。もしかして、寝ぼけてるのか?


「ちょっ…寝るの?だったら私、帰るけど…お腹も治まったみたいだし」

「ダメ。僕がちゃんと送ってくから…もう少しだけ…あと1時間だけこうして寝かせて…ダメ?」

「ダメ…じゃないけど…」

「1時間経ったら起きる…だから、傍に居て…捺」


掠れた声がいつも以上に色っぽかった。

私はそれにドキドキと胸を高鳴らせ、それでもなるべく平静さを装って、仕方ない、と言う様子で優哉の腕の中で大人しくした。

優哉はその様子に、ありがと。と、小さく呟いて、突然何を思ったか私の顎を捉えて上を向けさせると唇を塞いできた。


「………っ!?」


啄ばむような優しいキス。

うっとりするほどの心地よいキス。

何故かこのキスにも逆らえない私。

ディープなキスではなかったけれど、その優哉から与えられるキスに浸り始めた頃、唇を重ねたまま優哉は動かなくなった…

スーッ…と言う寝息と共に。


え…ちょっと…

キスしたまま寝るか?普通…

そりゃ、最近バイトが夜中まであるくせに私の家に迎えに来てて寝不足なのは知ってるけど

でも、だからってこの状況で寝るなんて…


あり得ねえだろ!!!




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