史上最高のバツゲーム−13 あんなに嫌だと思っていたこのバツゲーム。 だけど、日を追うごとに、優哉の意外な一面を見せられるたびに、私の中からそんな思いが一つずつかき消されていった。 付き合いたては、並んで歩く優哉との距離が30cm。 2週間経った時は15cm。 そして、3週間経った今は…約5cm。 その距離が近づくように、私自身が優哉自身に近づいているのかもしれない。 いつの間にか当たり前になった玄関先に不審者のなりで待つ姿。 いつの間にか待ちわびている午後10時半の優哉からの電話。 いつの間にか素直に笑えるようになり、自然に傍にいられるようになった。 そしていつの間にか、この優哉との付き合いがバツゲームなんだってことが自分の中で薄れつつあった。 噂好き2人がたまにからかう様に優哉との仲を聞いてきたけれど、一番の言いだしっぺの真紀がその事について触れなくなった事も原因かもしれない。 だから私は、あんなにも待ちわびたバツゲームが終わる1ヶ月という期限を忘れてしまっていた。 そう、期限は1ヶ月。 あと1週間でその日が来る。 「ねぇねぇ、捺!ビッグニュース、ビッグニュース!!」 いつものように朝、優哉と連れ立って教室に入ると待ってましたと言わんばかりに、私の隣の席の真紀がこちらに向かって大声を張り上げながら手招きをしてくる。 私は真紀のその様子に挨拶もそこそこに席に着くと、どうしたのよ。と、カバンを机の横に引っ掛けながら彼女を見た。 「エヘヘ。遂にゲッチュ♪」 だから、なにをだ。 要領を得ない真紀からの言葉に眉を寄せると、彼女は細長い紙切れを手に、ヒラヒラっと振って見せる。 「なに…何かのチケット?」 「うん、そう。これ、最近あたしがハマってるインディーズバンドのライブチケットなんだけどさぁ、超プレミアもの!中々手に入んないんだよ」 「へぇ…そうなんだ」 ニコニコっと嬉しそうに笑う真紀に対し、全く興味を示さない私。 真紀は軽く、もぅ。とため息を吐きながら、ちゃんと聞いてよ!と、私の机を軽く叩いてくる。 「はいはい。聞いてるってば。プレミアもんなんでしょ?滅多に手に入らないんでしょ?よかったわね、手に入って」 「あんたさ…全然興味ないでしょ」 あるように見えるのか? 「だって、インディーズになんて興味ないもん。もっとメジャーどころなら喜んであげるけどさ」 「甘く見てるわね、捺。このバンド、結構業界では有名なのよ?もしかしたらメジャーで頑張ってる今の有名どころのバンドよりも凄いかもしれない」 「へーえ…」 「ほら、有名な『METORON』って言う大きなCLUBがあるじゃない?」 「あぁ、私の家の近くにある?」 確か雑誌やテレビで紹介されてた、国内で最も有名なCLUBだ。 高校生の私たちは当然の事ながら行くことは出来ないけれど、週末の夜には沢山の人が踊りに来ていて、いずれは行ってみたいね。って真紀と話していた。 平日の夜はお酒を楽しめるBARとして、週末の夜は踊る為のCLUBとして、その他のあいている時間にはイベントやライブなどに場所を提供しているっていう話を聞いた事がある。 「ん、そうそう。あそこでしかこのバンド、ライブしないんだけどさ…何ともう既に全国にファンクラブがあって、ライブのチケットなんて販売開始5分で完売だよ?CDにしたって自主販売なんだけど、これもすぐに売り切れちゃうの。そんな彼らのライブチケットをだよ?ゲッチューできたあたしってすごくない?」 「あー…すごいすごい…」 「ちょっと、捺?ちゃんと聞いてる?!」 興奮しながら話していた真紀が、私の気のない様子に怒り出す。 「聞いてるって…そんな怒り出さないでよ。でも、なんでそんな凄いバンドならメジャーじゃないワケ?ファンクラブもあってCDも売れてるならすぐにでもメジャーになれそうじゃない」 「あたしの聞いた話によると、そのバンドのボーカルだったかギターだったか忘れたけど、その子がどうもメジャー行きを拒んでるみたいなんだよね。あと1・2年後がいいとか言って。メジャーデビューしたら即有名になるのは間違いないんだけどね。あ、ちなみにあたしはベースの RYUが一番のお気に入りなんだ♪」 「ふ〜ん、そうなんだ」 「ちょっと…聞いといてその気のない返事は何?」 また怒りだした… そんなもの興味がないんだから仕方ないでしょうが。 「ったく。捺もあれだよ、このバンドのライブ見たら絶対に惚れるから。何てったって、美形揃い!しかも、ボーカルの歌唱力は抜群ときてる。ちょっと歌詞は英語ばっかだからワケ分かんないかもだけど、絶対見る価値アリ!あたしの持ってるCD貸しちゃる。金・土・日の3日間のライブで最終日ゲッチューできたから。だからさぁ、このライブに一緒に行こうよ」 「はぁっ?!」 「はぁ?じゃなくて。折角捺も一緒にって思って、頑張って2枚ゲッチューしたんだからさぁ、付き合ってよ」 誰も頼んでねぇし。 「やぁよ、そんな知らないバンドのライブなんて。しかも、それって何時スタート?」 「スタート?んーと、夜の7時。だし、7時から1時間ほどのライブだから、その後一緒にご飯食べて久々カラオケ行って、あたしん家泊まりにきなよ。んで、いつもみたいに家から学校行けばいいじゃん」 「え…それは…」 「なに、都合悪い?」 「いや…悪くはないけど…」 優哉から電話かかってくるし。 できれば会話を聞かれたくないし、ゆっくり自分の部屋で話したい気もする。 それに、優哉が朝迎えに来るのも日課のようになってるし… 真紀の誘いに言葉を濁していると、真紀がニヤリと口元を上げる。 「なによ、暗ダサキモ男クンに気を遣ってんの?」 「なっ…そ、そんなワケないじゃない。どうしてあたしがヤツに気を遣うのよ…い、行く…行くわよ?カラオケに泊まりね…あと、ライブと」 真紀の言葉にシドロモドロになりながら返事をしつつ、優哉になんて言おうか考えていた私。 私らしくない気もする。 私たちがそんな事を話していると、暗ダサキモ男が何だって〜?と、嬉しそうに声をかけてくる人物が2人寄ってきた。 また鬱陶しいヤツらが来たよ… 「ねえねえ、何の話?暗ダサキモ男と何かあった?」 「何もないって。そういう話の時だけ寄ってこないでよ」 「やん、もー。冷たい捺ぅ。だって、なんも話してくれないんだもん。面白くないじゃーん」 「そうだよ。いっつも真紀とばっか話してさぁ、あたしらだってゲームに参加してたワケだから知る権利はあるでしょ?」 「別に真紀とも何も話してないわよ。大体、知る権利って何を知りたいワケ?」 なんだか妙に苛立ちを覚える。 ニヤニヤと笑って、人をバカにしたようなこの態度が。 「何を知りたいって…ねぇ?」 「そりゃ色々あるでしょ。暗ダサキモ男とキスしちゃったのか、とか、進展はあったのかとか」 なんでそんな事をお前達に言わなきゃなんないんだ。 更に私の中にイライラが募る。 「そんなの…聞いて楽しい?」 「そりゃ楽しいでしょう?ねえ、里子」 「うんうん。だって、あの暗ダサキモ男だよ?暗いしさぁ、ダサいし?気持ち悪いし…」 優哉は暗くもないし、ダサくもないし、気持ち悪くなんかない。 「トロくさそうだし、鈍(にぶ)そうだし、なんか体臭クサそうだし?」 トロくもないし、鈍くもない!体臭なんて匂ったことあんのか、お前は。 「女になんて超縁のなさそうなアイツとだよ?あたしらグループの中でもダントツ可愛い捺と付き合っててさぁ、キスとかした時のオロオロする様子とか聞きたいじゃんか。あと、あの唇は心地いいのか、それともやっぱりキモイだけなのかとか」 「そうそう、笑えるよね〜」 その言葉に私の中の何かがプツンと切れる。 「何が笑える?何が楽しいの?なんにも知らないクセにヒトの事を笑いのネタにするなんて最低じゃない。悪趣味だと思わないワケ?」 里子と真理子を交互に睨みつけながら、そう冷やかに捲くし立てる私の様子に、2人は同時にぽかんと口を開ける。 そして暫くの沈黙のあと、2人は顔を見合わせてから、また私の方に顔を向けてくる。 「なに、捺…どうしたのよ急に。熱でもあんの?」 「はぁ?」 「うんうん。なんかまるで暗ダサキモ男の肩を持つような言い方をしてさ」 「別に…肩を持ってるワケじゃないけど」 「大体、あたしらの事を悪趣味って言うなら、捺だって同罪だよねぇ?」 え…… 「うん。だって、元々このゲームは捺も含めてこの4人ではじめたんじゃん。たまたま今回は捺が最下位だったから暗ダサキモ男と付き合う事になったワケでさ、捺だってアイツと面白半分で付き合ってるんでしょ?」 変な捺ぅ。と、顔を見合わせて笑い始める2人を前に、私の心臓は抉られたように痛かった。 そして同時に思い出される優哉からの言葉。 ――――僕からしたら、捺の方がよっぽど悪趣味だと思うけど ――――自分の胸に聞いてみれば? あの時、私は優哉の言ったこの言葉の意味がさっぱり理解できなかった。 だけど今なら理解できる。 バツゲームに、ヒトを使って面白おかしくしようとしてた事。 その人物の事を何も知らないで、気持ち悪いとかダサいとか…忌み嫌いながらも、バツゲームだからと渋々付き合った事。 何も知らないクセに、アレコレと変な噂で盛り上がって笑い合ってた事。 数え上げればキリがない。 ………サイテーだ。 すごく最低な人間じゃないか。 優哉があの言葉を言ってきたと言う事は、私がどうしてヤツと付き合う事になったのかという経緯を知っていたと言うこと? だとしたら… 優哉はそれを知った上であんなにも素直に自分自身を見せてくれたのに… こんな私に、優哉は優しく接してくれたのに… 私は、優哉の事を傷つけることしかしていない。 私の心は張り裂けそうなくらいに痛かった。 |