史上最高のバツゲーム−14 3週目の水曜日…優哉と並んで歩く帰り道。 私の気分は暗く、重く沈んでいた。 授業中もずっと離れなかったあの言葉… ――――捺だって同罪。悪趣味じゃん。 確かに。私も同罪…いや、一番最低なのかもしれない。 実行したのは私なのだから。 いくら最近優哉の意外な一面を知って見方が変わってきているとはいえ、自分のしてきた事が帳消しにされるワケじゃない。 最低な人間には変わりないんだ。 それに気付いてしまった今、私は優哉とどう接すればいいのか分からなくなっていた。 …罪悪感に苛まれて。 「捺、どうしたの?元気がないみたいだけど…」 「え…」 隣を歩く優哉が心配そうに窺うように私の顔を覗きこんでくる。 私はそれに顔を伏せるように俯き、なんでもない。と小さく呟く。 「もしかして、体調悪い?そこの公園のベンチでちょっと休もうか」 私のこの様子に優哉が立ち止まり、そう言って優しく髪を撫でてくる。 髪に伝わる優哉の優しさ。 ズキン。と心が痛む。 こんな私に優しくしないで… こんな私を心配しないで… 私はその優しさを受ける資格なんてない。 促されるまま私は優哉と一緒に公園のベンチに並んで腰掛ける。 私の視線はずっと地面を向いたまま、あげることができなかった。 「ねぇ、捺。本当にどうしたの?気分でも悪い?」 優哉はずっと下を向いたままの私の顎に手を添えて、自分の方へと向けさせると、ん?と言うような感じで首を少し傾けてくる。 前髪の隙間から覗ける優哉の心配そうに私を見る瞳。 以前ならその僅かな隙間から覗ける瞳だけでは何を考えてるのか読み取れなかったけれど、今なら感じ取ることができる。 だから尚更今の私には辛い。 「気分なんて…悪くない…」 私はそれから逃れるように視線を外し、ボソッと小さく返事をしながら、彼の胸元辺りにそれを移す。 「そっか。気分が悪いわけじゃないんだね。ちょっとホッとした」 そう言って安心したように小さく笑う優哉に対して、私は堪らずに胸の内を少しずつ零し始める。 「……どうして?」 「え?」 「どうしてこんな私に優しくできるの?」 「……捺?」 「優哉…知ってたんでしょ?私がどうして優哉に告ったのかって…」 確信があったワケじゃない。 だけど、自分の行いに気付いた今、あの言葉の意味を考えればバカな私にだって分かることだ。 私の問いに対して優哉が無言なのは、やっぱり知っていたのだと取っていいのだろう。 だから私は言葉を繋げた。 「知っていたのにどうして?何でこんな私に優しくできるの?ふざけんな、バカにすんじゃねえ!って、どうして怒らないのよ」 その言葉に対して、優哉はフッっ。と小さく笑みを漏らすと、顎に添えていた手を下ろし穏やかな口調で返事を返してくる。 「怒ったほうがよかった?」 「よかった?って、普通怒るでしょう?バカにされてるのよ、ゲームのネタにされてるのよ?普通ならあり得ない事でしょう?」 「まあ…普通ならね」 その優哉の返してきた言葉に、ふと視線を優哉に戻す。 そこには前髪の隙間から真っ直ぐに私を見る瞳があった。 「僕が捺たち女の子からどんな風に思われてどう呼ばれてるのかって知ってるよ。暗くて、ダサくて、キモイ男…暗ダサキモ男ってね」 優哉はまるで他人事のように、クスクス。と笑いながらそう言う。 わ、笑うところか? 「だからって僕は別に気にならない。女の子が何を言おうがどんなに嫌いになろうが、何も見ようとしない彼女たちの言う事なんて単なる戯言(ざれごと)にしか聞こえないんだよね」 優哉は一旦そこで話を区切って、私の頬に指の背をあてると、優しく撫でてくる。 そして少し顔を近づけてきて、耳元に囁くように呟いた。 「ねえ…今の捺には僕はどういう風に映ってる?」 「……え」 「暗い?ダサい?それとも気持ち悪いかな」 私はそれに対して大きく首を横に振る。 だって、今まで見せてもらえた優哉の姿はそうじゃなかったから。 「だったらそれで充分」 「優哉…」 「捺は今、外見のなりだけで僕を見たりなんかしていないんだよね?僕の好きな子がそう見てくれるだけで充分だから」 ――――僕の好きな子 ……え 今、そう言った? 優哉からのその言葉に、心臓がトクンと波打つ。 「私のこと…を?」 「うん、そうだよ?じゃなきゃ、バツゲームのネタにされてるって分かってるのにOKなんてしないよ」 優哉は私の頬を撫でたまま、気付いてると思ってたけど。と、クスクス。と小さく笑う。 いや…そうだったら怖いねぇ。とは話してたけど…。 ビンゴ。だったワケだ。 「え、じゃあ私じゃなかったら?」 「無論、即答でお断り。僕にだって選ぶ権利はあるでしょ?学校では暗ダサキモ男って呼ばれてる僕にもね」 「それって、私…だったから?」 「そう、捺だったから。テスト前に捺たちがその話題で盛り上がってるのを耳にしてね。僕なりにチャンスだって思ってたんだ。学校でのこんななりじゃ、捺と会話する機会さえないからね。だから、ムカツクどころかずっと捺が最下位になりますようにって祈ってた」 なんかそれって微妙に複雑。 最下位になる事を祈るって…どうよ、それ。 まあ、見事に一番おバカだったけれどさ。 クスクス。と意地悪っぽく笑う優哉に対し、ちょっと目を細めて睨んでみる。 でも… 「…いつから?いつから優哉は私の事を…」 「ん?いつから…捺を知ったキッカケは去年の文化祭だったかな…」 「去年と言うと、1年の時の文化祭?」 「そうそう。あの時さ、体育館で希望者が色々な出し物をするやつに捺は参加したでしょ?」 「あぁ…」 そういえば去年の文化祭の時、真紀と一緒にそんなものに参加してたっけ。 他の参加者が漫才や踊りなどを披露する中、私は真紀とデュエット組んで歌ったんだ。 それが意外にも好評で、私たちだけがアンコールを貰って気分がよかったのを覚えている。 それを優哉も見てたんだ。 「たまたま何の気なしに体育館に立ち寄った時にちょうど捺たちが歌ってて、早坂さんの声も綺麗だと思ったけど、それ以上にその捺の歌声がすごく心地よくってね。可愛い声の子だなって思ったのが捺を知ったキッカケ」 「そう…だったんだ」 「それからちょっと用事で捺と同じ帰りの電車に乗る事が度々あったんだけど、その時に見かけた捺の姿が好きになった原点…かな」 で、電車の中の私の姿って? え…化粧直したり? ヨダレを垂れそうになりながら眠ってた姿? …どんな姿だよ、それ。 特別目に留まるようなことがないように思える自分の姿に首が傾く。 その私の様子にクスクスと優哉は笑いながら、私の頬を両手で挟む。 「え…ゆ、優哉?」 「満員電車で誰もお年寄りに席を譲ろうとしない中、すぐに立ち上がって席を譲ってあげる捺。車椅子の人が駅員さんに助けられながら乗り込もうとしてる時にも真っ先に手伝ってあげられる捺。目の不自由な人が歩いていると、危なくないようにって出っ張ってる自転車を脇に避けてあげたり、小さな子供が横断歩道を渡ろうとしていたら、危ないから一緒に手を繋いで渡ろうか。って笑顔で声をかけてあげられる捺。そんな姿を見た時に、すごく心の優しい子なんだなって思ったんだ」 「そんな…」 優哉に思ってもらえるほど、私は優しくなんてない。 だって現に私は優哉の事をあんなにも… 「それからずっと捺の事が気になって、同じクラスになってからはずっと視線で追うようになって。そうなった時には捺の事が好きになってた。捺が隣りで笑ってくれたらどんなに幸せだろうって。どんなに楽しいだろうって思ってて、実際付き合ったら想像した通りだった。幸せな気分になれたし、隣りで捺が笑ってくれるだけで僕も楽しい気分になれた」 そう言って微笑みかけてくれる優哉の笑顔に、私は涙が溢れそうなくらいに胸が締め付けられる。 そんな風に私を見てくれてた間も、そんな風に私の隣で感じてくれてた間も、私は…私は… ごめんね…優哉。 私って本当に最低な人間だよ… 「私は…優哉にそんな風に思ってもらえるほどいい子じゃない」 「……捺?」 「私、本当は酷い人間なの。優哉の事を何も知らないくせに忌み嫌って、こんなヤツだって決め付けて。みんなで優哉の事を噂しあって笑ってた…最低でしょ?こんな私」 そう言って自嘲気味に笑うと、頬に触れていた優哉の手がスッと離れる。 「私は優哉が思ってくれるほど優しい子なんかじゃない。本当は優哉の隣にいる資格なんてないの…今更気付くなんて、ホント私ってバカだよね…」 徐々に零れだす涙。 私はそれを拭う事無く言葉を繋ぐ。 「だから、私は優哉に好きになってもらう資格なんてないの、優哉に優しくしてもらっちゃダメなの。私は優哉の隣にいるべきじゃない…こんな私を好きにならないで。別れたほうが…いい」 自分の言った言葉に、大粒の涙が溢れ出す。 それは懺悔からなのか…別れを切り出した切なさからなのか… 優哉と私の間に暫くの重い沈黙が流れる。 どんな男との別れ話だって、こんなに切ない気持ちになんてなったことはなかった。 引きちぎれそうな胸の痛みに、思わずギュッと自分の胸元を掴んでしまう。 「別にいいよ…捺が別れたいんなら…」 沈黙を破ったのは、優哉のそんな言葉だった。 一番初めに告った時の返事のように、その声は小さく、そして素っ気無いモノ。 その言葉に大きく心臓を抉られた気分だった。 何よりも深く突き刺さった言葉。 私は何を期待していたんだろう。 自分から切り出したことなのに、引き止められるとでも思っていたのだろうか。 あれだけ優哉の事を傷つけたクセに… どれだけ自分勝手なんだ。 私は両手で顔を覆い、声を殺して涙を流す。 そしてそのまま、ごめんね、優哉。そう言おうと口を開きかけたところで、突然、ギュッと力強く体を抱きしめられた。 「…なんて、僕が言うと思う?」 「えっ…ゆっ…」 「言ったよね、僕が捺たちにどう思われてるか知ってるって。でも全然気にならないって、捺さえ僕の事をわかってくれていればそれで充分だって…そう言ったよね?」 「優哉…」 「やっと隣りで素直に笑ってくれる捺が手に入ったって言うのに、僕が手放すと思う?別れるなんて承諾すると思う?うん、分かったって納得できると思うの?」 「でも…」 「捺なら気付いてくれるって信じてた。外見で僕を判断せずに、僕の色んな面に気付いてくれるって信じてた。今までの事を思ってそう言ってくるなら返事はノー。別れる気は毛頭ない…それとも、捺は僕の事が嫌いなの?」 ギュッと強く体を抱きしめられながらそう囁かれて、私は大袈裟なほどに首を横に振る。 嫌いだなんてあるハズがない。 こんなにも優しくて色んな自分を曝け出してくれる優哉を嫌いなハズがない。 でも、自分の気持ちに自信がないのも事実だ。 ハッキリ言って、彼氏をとっかえひっかえしてきた私だけど、本当に相手を好きになった事は一度もない。 自分のこの数日の気持ちの揺れが優哉に対してのどういう気持ちなのかって言うのが自分では分からないのだ。 こんな中途半端な気持ちなのに、優哉を傷つけるような事をいっぱい思ってきたのに。 それでも優哉は私と付き合いたいって…そう思ってくれるの? そう思った事を優哉は察したのか、ギュッと抱きしめたまま耳元に囁いてくる。 「捺は今、色んな事が頭の中でまわってて自分の気持ちが整理できていないだけ。ゆっくり落ち着いたら自ずと答えは出てくるハズだから…」 「ゆう…や…」 「僕は明日からちょっと用事があって学校を休むんだ。今日から暫く夜に電話するのも止めるよ。だから、ゆっくり考えてみて?僕との事を」 優哉は私から体を離すと、両手の親指で優しく私の目元を拭いそしてニッコリと笑いかけてくれる。 「待ってる。捺が僕の声を聞きたいって、僕に会いたいって思ってくれるのを。そう思ってくれたら僕は捺に会いに行くよ…どこにいようとも絶対に。捺はもう、僕がどんな姿でも気付くことができるから」 「優哉」 「だから、忘れないで。僕にとって捺は大切な子なんだって事、僕にとって捺は必要な存在なんだって事をね…」 最後優哉は両手でやんわりと頬を挟むと、優しく微笑んでから私の額に軽く口付けた。 ――――僕は捺が大好きだよ。 そう囁きながら。 |