史上最高のバツゲーム−15




公園で話したあの日の夜、優哉は本当に電話をしてこなかった。

そして次の日もその次の日も、電話も玄関先で待つ彼の姿も見られることはなかった。

学校にも休む事は連絡済みだったようで、担任が朝のSHRで、岡崎は家の用事で今日と明日の金曜は休みだ。と、告げているのを聞いた。

他のクラスメイトはその言葉に全くと言っていいほど反応を見せず、ただ私一人だけが深いため息を漏らしていた。


なんだろう、この空虚感。

いつもの光景のはずなのに、いままでと同じ日常のはずなのに、何かが欠けてるように自分の中の何かが違う。

気付けばいつも教壇のまん前の空っぽの席を見ている私。

夜の10時半近くになると、何故かソワソワしだす私。

授業なんて全く聞かないのはいつもの事だけど、それに加えて真紀たちとの会話にさえ身が入らなかった私。

全てにおいて上の空で、何一つ頭に入ってこない。


更にバカになるかもしれない。



――――ゆっくり考えてみて?僕との事を



優哉はそう言っていたけれど…

自分ひとりで考えても答えが出てこない。

どうすればいいの?私はどうしたらいいの…


そんな感じで優哉の存在が見れぬまま金曜までを過ごし、土曜日にいたっては一日中家の中でボーっと過ごしていた。

そして日曜の今日は真紀とライブに行く約束の日だ。

重い腰を上げつつ、心のどこかで行きたくないと思ってる私。

いつもなら約束の10分前には着いてるハズなのに、今日に限っては「捺、遅い!」と、真紀から携帯へ電話が入ってくる始末。

ダメダメ人間である。

真紀と合流してからも、無気力極まりない私の姿に、真紀は大きなため息と共に近くの花壇の縁に座るように促してくる。


「ちょっと、捺。どうしたのよ」

「え、別に…どうもしないけど」

「じゃあ、その抜け殻みたいな今のあんたは何?」

「クスクス。抜け殻って…」


真紀のその言い方に思わず笑ってしまったけれど、意外に真面目な顔つきの真紀にその笑みが引っ込む。


「ねぇ。もしかして暗ダサキモ男クンが原因?」

「えっ…なっなに…違うって」

「捺?あんた、大親友にまで嘘つくつもり?」

「真紀…」


私は真紀のその真っ直ぐな瞳に観念したように一つ息を小さく吐き出す。

さすが真紀。嘘はつけないな…

私は少しの沈黙のあと、ポツリポツリと今迄の優哉との事を話し始めた。

本当はヤツは私たちが思ってるようなヤツじゃないって事。

私たちが色んな陰口を叩いて笑い合ってたのを知ってるのにも関わらず、私の告白を受け、更にはこんな私と付き合いたいと言ってくれてる事。

だけど、自分はどうしたらいいのか分からない、とまで。

最後まで聞き終わった真紀は、そっかぁ。と、一つ声を漏らしてから更に言葉を続ける。


「って言うかさ。捺って変なところですごい真面目よね?」

「へ?」

真紀からの予想外の言葉に私の首がきょとんと傾く。

「授業なんて全く聞いてないクセにサボるのは嫌だって言って絶対フケようとしないしさ。何気に皆勤賞だったりするし?今の暗ダサキモ男クンの話だってそうだよ。罪悪感が先に立って、自分の気持ち見失ってんじゃん」

「私の…気持ち?」

「そうよ、捺の気持ち。あんたさぁ、自分で気付いてないっしょ?暗ダサキモ男クンに惚れ始めてたこと」

「えっ!?わ、私が?いっ…いつから…」

「いつから…そうさねぇ、あたしが気付いたのは競技場で、だったかな」

「競技場?」


競技場って言ったら私が生理痛で倒れて優哉に保健室まで運んでもらったときのこと?


「あたしが、暗ダサキモ男クンと進展アリ?って聞いたら、あんたナシって答えたよね?」

「あ〜…うん…」

実はあったけど。

「いつもなら、あるわけないじゃん!気持ち悪い!!ぐらいの勢いで言い返してくるのにさぁ、返してきた言葉は「ナシ」ってだけ。オマケにほんのり頬をピンク色に染めちゃってたし?あ〜、こりゃなんか変化があったなぁって思ったワケさ」


だからか。

だからあの時真紀は意味ありげな表情を見せたワケだ。

それにしても頬をピンク色に染めてたって…意外に乙女なのか私は。


「それぐらいからかな。あたし達と話してる間も暗ダサキモ男クンに視線が行く回数が増えたし、朝一緒に来るときなんて捺、本当に楽しそうだったよ?」

「そ…そうかな…」

「うん。それに、この前里子たちに啖呵切ったのも、彼をバカにされた気分になったからでしょ?そんなヤツじゃない、知らないクセに変なこと言わないでってさ。あれを聞いた時に、あたしは確信したね…捺は岡崎優哉に惚れてるってさ」


なんだコイツは、超能力者か?

私自身でさえ気付いていないのに、真紀が先に気付くって…あり得ない。


「だからあたしは、暗ダサキモ男クンの事を話題にしなくなったの。捺が惚れた男だもん、悪口は言いたくないじゃん?まあ…散々それまでに言っちゃってるけどさ」

「真紀…」

「里子たちにそれがバレるとまたうるさいから、あたしなりに気を使って、『暗ダサキモ男』に、ちゃんと『クン』付けして呼んであげてるでしょ?」


あぁ…そう言われればそうだっけ?

いやしかし…また分かりにくい変化を。


「ここまで言ってもまだ気付かないか?自分の気持ちに」

「そう言われても…」

「はぁ、もう…あんたも過去に彼氏結構いたくせに、本物の恋愛となるとテンでダメね?」

「なによ…」


仕方ないじゃないか…人を好きになった事なんてないんだから。


「木曜から今日まで4日間のあんたの抜け殻具合を見れば一目瞭然だと思うけど…早く気付いてあげなよ、暗ダサキモ男クンの為にも」

「優哉の…為?」

「そうよ?待ってるって言ってくれたんでしょ?嫌われてるって分かってても自分の全てを捺に見せてくれて、真っ向から勝負を挑んできたんじゃない。あんたも気付いてるんでしょ?彼のいい所や凄いところ」

「ん…」


確かに。

私の見せてもらった優哉の姿は想像とは正反対のものだった。

明るくて優しくて頼りになる存在…


「ねえ、捺。彼の声を聞きたいなぁって思わない?」

「え?あ…と、思う…かもしれない」


あれからずっと聞けてない優哉の綺麗で色っぽい声。


「彼に傍にいて欲しいって思わない?」

「思う…ような気が…」


寝癖バッチリで猫背でだらしない恰好だけど、何故か隣りにいると安心できた。


「じゃあ、目を閉じて一番に浮かんでくる顔は?」

「優哉…かなぁ…」


前髪が目を覆って表情が読み取れなかったけど、最近では僅かに見える瞳でも感じることが出来た。

優しくて温かい優哉の眼差し。


「捺?それが人を好きになるってことだよ」

「そう…なの?」

「まあ、感じ方は人によってそれぞれだけど、誰かを好きになった事がない捺にとってそれが一番分かりやすいんじゃない?これから先、もっともっとそういう気持ちになるよ?さっきまで会ってたのにすぐに会いたくなる、さっきまで声を聞いてたけどまた聞きたくなる…ってね」


なんか前にも聞いた事があるような台詞。


――――ついさっきまで会ってたのに、無性に声が聞きたくなる事ってない?


そうだ…優哉が言っていた言葉だ。

優哉は、ずっと私に対してそういう気持ちを抱いてくれてたって事だよね。

あの時は全然分からなかったことだけど、今なら優哉がいったその言葉、ちょっとだけ分かる気がするよ。


私も優哉の声が聞きたい…優哉に傍にいて欲しい。

そう思ったらどこにいても会いにきてくれるって言ったよね?

もっと強く念じたら、今すぐここに現れたりしてくれる?


真紀にそこまで言われて初めて感じた自分の優哉に対する気持ち。

そっか…こういう気持ちが人を好きになるって気持ちなんだ…


優哉…ごめんね。

私、ようやく自分の気持ちに気付けたみたい。


優哉に会いたい…優哉の声が今すぐ聞きたいよ…



――――僕にとって捺は大切な子なんだって事、僕にとって捺は必要な存在なんだ


そう、優哉は言ってくれた。

きっと私も同じ。

いつの間にか優哉は私にとって大切で必要な存在になってる。


少し涙ぐむ私の肩をポンポンと優しく叩く真紀の姿。

自分の指先でそれを拭いながら、えへへ。と照れ笑いをしながらチョロッと舌を出してみる。


「鈍感だね、私。真紀に言われてようやく自分の気持ちに気がつけた」

「そっか…よかった…」


そう言ってニッコリと綺麗な笑みを見せてくれる真紀。

持つべきものは親友かな。そんな事を思いながら同じように笑って返した私。

けれど、彼女は次の瞬間そんな雰囲気をぶち壊す一言を付け加えてきた。


「でもとりあえず、彼に会いたいって電話するのはライブが終わってからにしてね」


あ…そうですか。

さすがは真紀だ。

世界は自分中心でまわってやがる…




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