史上最高のバツゲーム−6




――――少し散らかってるけど。


そう言われて連れてこられたワンルーム型のマンションの一室。

なんでこの男は一人暮らしなんだと真っ先に突っ込むところだけど、それをも上回るツッコミどころがドアを開けた途端、私に襲い掛かってきた。

前フリで散らかってるとは聞いた。

そう、それは少しという言葉がついて。

でも、今目の前に広がる光景…どこをどう取って少しなのか。

大いに突っ込ませてもらおうじゃないか。


「ちょっと!なによ、コレ。散らかってるどころの騒ぎじゃないじゃない!!なに、ここはゴミ置き場?」


目の前に広がる無残極まりない光景に唖然と口が開いてしまう。

玄関には靴が散乱し、狭いキッチンを通して覗ける6帖ほどの部屋は、足の踏み場もないほどに色々なモノが転がっている。

こんな部屋によくもまあ、女を連れて来ようなんて思うわね。

無神経にも程がある、と呆れてモノも言えない状態。

確かあの電話の時、彼女にフラれた原因は普段のだらしなさに耐えられなかったらしいって言ってたよね。

大いに納得。

私が玄関先で絶句していると、ほらね。殴るものなら沢山転がっているでしょ?と、悪びれる様子もなく、逆にクスクス。と笑ってのけるこの男。


コイツだけは…


「昨日ゴミの日だったから、生ゴミとかはちゃんと捨てたし、いらない物も結構捨てたつもりなんだけどなぁ…これでもマシな方だよ?」


これでマシ?

……これで?……あり得ねえ。


「まあ、玄関先で突っ立ってるのもなんだから、あがって?」

そう言って優哉は、転がっている靴を足先で脇に避けてから靴を脱ぎ、先に中に入って行く。

「ねえ、ちょっと…スリッパとかは?」

「スリッパ?んー…必要ないから買ってないなぁ。そこら辺に転がってるものだったら踏みつけてくれても構わないよ?」


いや、そういう問題じゃあないでしょう?

この様子なら、掃除なんてしてないだろうし、そこをスリッパも履かずに歩いたりしたら私のお気に入りの靴下が汚れちゃうじゃない。

…っとに。どういう神経してるのかしら。


私は興味本位で暗ダサキモ男の家にやって来た事を大いに後悔しつつ、彼のあとをついて靴を脱ぎ、なるべく靴下が汚れないように爪先立ちでトントンっと歩いた。

部屋に入ってから更に絶句。

玄関から覗けた部分から、さらに視界が開けたそこは想像以上に物が散乱しつくしている。

CDのケースや何かの雑誌、脱ぎ捨てた衣服等々、それこそ本当に足の踏み場がない。

私の苛立ちはマックスに達しようとしていた。

こう見えても几帳面な私は、綺麗に整理整頓されていなければ気がすまないタイプ。

こうして目の前に広がる散らかった部屋を見ると、むしょうに片付けたくなってくる。


「ちょっと、女を部屋に呼ぶつもりなら、もっと綺麗に部屋を片付けなさいよ!こういう汚い部屋、だいっ嫌いなの!!」

私はそう言って息巻くと、自分が踏みつけてしまっている服を親指と人差し指で摘み上げて、優哉の胸元に押し付ける。

もう我慢も限界だった。

生まれ持っての性質が、私に予想外な行動を起こさせた。


ぬわぁぁぁっ!もう、鳥肌が立ってきた!!

床に散らばってるもの全てを捨ててしまいたい。

こんなだらしない事してるから、暗ダサキモ男なんて呼ばれるのよ。


私はこの有様と、私の押し付けた服を持ったまま、落ち着いてよ捺、紅茶でも入れようか?などと能天気に言ってくる優哉に憤慨しながらも、無意識にテキパキと片付けはじめていた。

散らばっているCDケースを纏めてラックに戻し、雑誌は重ねて本棚にしまう。

脱ぎ散らかされている服は…とりあえず優哉に出してもらった大きなゴミ袋の一つに突っ込んで口を縛る。

いらなさそうな小物は全て独断と偏見でゴミ袋行き。

自分の部屋を勝手に片付けはじめる私を、呆然と突っ立ったまま見ている優哉に、邪魔だからどいてよ!と、一喝している私。

どちらが部屋の主なのか。

床に散乱していたものはとりあえず片付き、仕上げに床拭きシートで床を拭き終わると、少しはマシな空間へと変わった。


「うわ…すごい。捺って片付けの天才だね?ほんの30分程度でこんなに綺麗に片付けられるなんて…」

「もう!優哉が最初から綺麗に掃除しとけば、私がこんな事せずに済んだんだからね!!」

そうため息混じりに零してから、はたと気付く。


……なんで私は暗ダサキモ男の部屋を掃除なんてしてんだ。

自分の性分を恨んだ瞬間。




優哉がキッチンに紅茶を入れに行っている間、私はガラステーブルを前に腰をおろし、改めてその部屋を見渡していた。

6帖ほどの洋室には、シングルタイプのローベット、全く使っていないと思われる勉強机、そして大きな本棚に背の高い幅広のCDラック。

そして、そこだけは別格のように、部屋の片隅にギターが2本、すっきりとした空間で飾るように立てかけられている。

その内の一本はアンプ・スピーカー内臓の結構高校生でもお手軽に買える、象の形をした赤色のギター。

そしてもう一本は、見るからに高そうな、真っ白でお洒落なデザインのギターだった。


「ねえ…ギターなんてあるけど、優哉ってギター弾けるの?」

「えー?…あぁ、うん。趣味程度にだけどね…一応弾けるよ?」

キッチンからひょこっと顔を出し、そう返事をしてから一旦顔を引っ込めると、すぐにティーカップが2つ乗ったトレイを持って優哉は戻ってきた。


ふーん…意外。優哉ってギター弾くんだ。


「じゃあ、なんか弾いてみてよ」

「えっ…今、ここで?」

「そうよ?一応、弾けるんでしょ?」

「でも…捺の前で弾くの恥ずかしいし…下手くそだよ?僕」


そんなものは百も承知。だから弾けって言ってんじゃない。

暗ダサキモ男のクセに一丁前にギターなんて持っちゃって。

どうせ持ってるだけで、形から入るタイプでしょ?

コイツは多分、ギターを持ってりゃカッコよく見えると勘違いしてるに違いない。

トロそうだもん、暗ダサキモ男。

きっと弾けると言っても、音を出せるという程度だろう。

ぎこちなく弾く姿が想像できるだけに、自然と笑いがこみ上げてくる。


私はティーカップが2つ乗っている小さめのガラステーブルに片肘をつき、その手の甲に顎を乗せて、早く。と促し、ニヤッと笑って見せる。

優哉は渋々といった様子で赤い方のギターを手に取ると、ギターの電源を入れながらベッドに腰掛けて、うーん。と唸る。


「…何、弾こう?」

「なんでもいいわよ?」


その私の言葉に再度、うーん。と考え込んでから、ジャララン♪と、一通りピックで絃を弾(はじ)く。


「ん〜…じゃあ、あの曲のアレンジで…」


そう、ボソっと呟き、指をコードにあわせて絃を押さえると、すぅっと小さく息を吸ってからギターを弾きつつ歌詞も同時に口ずさみ始めた。

マンションと言う事もあって、音量を絞って奏でられるメロディー。

囁くように、透き通るような色っぽい声が私の耳に心地よく届く。

一瞬オリジナルかと思ってしまうほど、原曲にかなりアレンジが加えられているけれど、この曲は私がCDショップで好きだと言ったあのバラードだ。

一回聴いただけで覚えてしまったのも驚きだったけれど、更にコイツは原曲をアレンジするなどという粋な事をやってきた。


……趣味の域を超えてる。


それが私の正直な感想だった。

しなやかに、正確に絃を押さえる長い指。

目元まで相変わらず前髪が覆っていて表情は読み取れないけれど、歌詞を口ずさむその血色のいい唇はとても楽しそうで。

不器用に弾く姿を笑ってやろうという思いは、いつしか私の中から完全に消えうせていた。

1番の歌詞を完璧に歌いきって音が止むまで、自分が真剣に聞き入っていた事に気付かなかった私。

優哉の声で、ハッと我に返る。


「クスクス。なんか…すごい恥ずかしいね。捺の前で歌うのって」

「あ、いや…正直びっくりした…すごいじゃん」


なんとも飾り気のない言葉だったけど、思ったままに私は正直にそう優哉に告げる。

優哉はそれを受けて嬉しそうに口元を上げた。


「そう?捺にそう言ってもらえるとすごく嬉しいよ…ありがと。あ、捺も弾いてみる?」

「え゛っ!?わ、私?む…無理に決まってるじゃない。ギターなんて触ったこともないのに」

「大丈夫だって。触ってみると案外簡単だよ?僕にだって弾けるんだから、捺にも弾ける」


だよねぇ?

このトロくさそうな暗ダサキモ男にも弾けちゃうんだから、私にだって簡単に弾けるでしょ。

……って、そんな単純なもんじゃねーだろお前。


「え、いいって…基本も全然分かんないし、弾けないって」

「基本なんて僕もあまり分かってないよ?殆ど自己流だし。ド・レ・ミとかの単音の場所さえ覚えれば簡単な曲はすぐに弾けるようになるから…」


ほら。と言ってギターを持ったまま立ち上がると、優哉は私の背後にまわり、後ろからそれを私の膝の上に置く。

突然のことで一瞬この事態が呑み込めなかったけれど、よくよく考えてみれば急激に私と優哉との距離が縮まったことになる。

私の膝の上に置かれたギター。

それを両サイドから支えている優哉の腕。


……つー事は?


そう。つまりは私の体を優哉の両腕が包み込んでいるという形。

背中、両腕に感じるヤツの存在に、途端にドクドクドクっと妙な速度で脈が打ち始める。


油断してた。

あの歌声を聴かされて、すっかり気が緩んでしまっていた私。

こんな両腕に挟まれてる形で、しかも脚の上にはギターが乗っていて、逃げようにも逃げらんないじゃない!?

何かあった時に殴るためのモノは、先ほど自分が綺麗さっぱり片付けてしまってるし。

何たる不覚…どうすんのよ、ちょっと!?




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