史上最高のバツゲーム−5 「捺…帰るよ」 「………は?」 放課後の騒がしい教室。 今日一日を、私は真紀たちとふざけ合いながら、優哉は机に突っ伏せながら、共に授業など全く聞かずにいつも通りに過ごした。 そしていつもと違ったのは、小さな声でボソボソっと話すこの男が私に声をかけてきた事だ。 突然で、あまりにも聞き取りにくい小さな声に、私は眉間にシワを思いっきり寄せながら声の方へ顔を向ける。 「用意できたんなら、帰るよ」 もう一度聞こえた今度は少しハッキリした声。 帰ろう?でも、帰らない?でもなく、断定的な、帰るよ。という言葉。 つー事は何ですか? 私には拒否権は与えてもらえないんでしょうかね。 私は思いっきり不機嫌そうな表情を浮かべて、嫌よ、真紀たちと帰るから。そう言ってやろうと思ったけれど、それは瞬時に無駄な労力だという事を知る。 揃いも揃って…楽しそうだこと。 3人は共に、この様子を窺っていたのか私と視線が合うなり、ニンマリとしたいやらしい笑みを浮かべて、じゃあ捺ぅ、お先に〜♪と、手をヒラヒラさせながら教室を出て行ってしまった。 はぁ……もぅ。 きっと彼女達は、これから駅前のファーストフード店にでも寄って、この上ない極上の噂話に華を咲かせることだろう。 本来ならば私もそこに加わっているハズなのに…その話題提供者がこの私だなんて。 辛すぎる。 1ヶ月、早く経たないだろうか。 「ねぇ…今日は、バイトじゃないの?」 否応ナシに暗ダサキモ男と一緒に帰る事を余儀なくされ、私はカナリのご機嫌斜め。 発する言葉も自然につんけんどんな言い方になってしまう。 そんな様子の私にも一向に気にしないという風に隣りを歩く、暗ダサキモ男。 カナリの無神経者である。 「うん、今日は休みなんだ。毎週水曜日は休み…だから水曜は一緒に帰れるね?」 よかったね。とでも続きそうな声に、一瞬眩暈を覚える。 毎週水曜…月に換算すれば4回。 今日がその1回として、あとまだ3回も一緒に帰らなくちゃならないのか? 考えただけで…気が重い。 学校を出て暫く無言のまま2人して歩き、ちょうど商店街に差し掛かったところで優哉が声をかけてくる。 「ねえ、捺。ちょっと時間ある?そこのCDショップに寄って帰りたいんだけど…」 ない。 心で呟き、嫌々ながらも首は縦に振っている私。 中々の小心者らしい。 優哉は私の返答を確認してから、そのまま足をCDショップへと向けた。 ショップの中では、今月の新曲が結構な音量で流れている。 入ってすぐのレジ前の平台には、今流れている新曲のアルバムや、他のアーティストの売り出し中のCDが所狭しと並べられているのが視界に映る。 その中のどれかを買いに来たのかと思いきや、優哉はそこを素通りして奥の洋楽のコーナーへと一直線に向かう。 「なに…優哉って、洋楽聴くの?」 意外そうに呟く私の声に対し、クスクス。と小さく笑ってから、うん、洋楽しか聴かないんだ。と、返事を返してくる。 意外だ。 暗ダサキモ男レベルなら、今流行りの低年齢層のアイドル達を追っかけてるイメージなのに。 今、手に持っているCDは聞いた事があるようなないような、ロック系グループのものだった。 優哉がCDの会計を済ませている間、私はレジ前の平台に積まれた新曲のアルバムを視聴していた。 「何、聴いてるの?」 会計を済ませた優哉は、お釣を財布に戻しながら声をかけてくる。 「あぁ。今月発売された新曲…私、このアーティスト結構好きなのよね」 「へぇ。R&B系?捺はこういうアップテンポなのが好きなんだ?」 「R&Bが、ってワケじゃないけど…アップテンポなのは好きよ?でも、このアーティストは声が好きなの。すごく綺麗じゃない?この人の歌ってるバラードも好き…あ、ホラ。5番目に収録されてるヤツ」 「5番目?…ちょっと聴いてもいい?」 そう言われて、私は自分の持っていたヘッドホンを優哉に手渡す。 受け取った優哉は、ヘッドホンを耳にあて、私の言う5番目を選曲すると、暫くの間じっと黙ってそれに聞き入っていた。 「…うん、ホントだね。受け入れやすいメロディー。邦楽は滅多に聴かないんだけど…捺が好きって言うなら、僕も好きになれそう」 いや…無理して合わせていただかなくても結構ですが? 優哉のその言い方に少しばかり肌がゾゾッと震える。 「ん〜…日本語の歌詞かぁ。それもいいかもなぁ」 突然優哉はそんな事をボソッと呟く。 言っている意味が分からずに首を傾げると、なんでもない。という風に優哉はヘッドホンを所定の位置に戻す。 ショップを出てから再び並んで歩き出す私達。 傍から見たら、この光景はカップルに見えるのだろうか。 ふと、そんな疑問が頭に浮かぶ。 方や寝癖バッチリ、猫背丸出しのだらしない格好の男と、方や髪の毛を茶色く染めて、ヘアースタイル・化粧ともにバッチリで、超ミニスカートの今風の女。 なんとも不釣合い極まりない。 いや、私としてはカップルなんぞに見られては困るのだけど。 今まで付き合ったとされる彼女達は、どんな気持ちでこの男の横を歩いていたんだろう。 寝癖を直せ!とか、猫背で歩くな!と、文句は言わなかったんだろうか。 もっとしっかり喋らんかい!などとも。 「付き合う」と言うからには、お互いに気持ちがあったわけでしょう?私の場合は例外として。 認めたくはないけれど、あの電話の声だけならば分からなくもない。だけどこの男を前にして、どこに惚れたんだ?と、彼女達に聞いてまわりたくなる。 気色悪いとしか表現のしようがないのだから。 この男のどこに女性(ひと)を惹き付ける魅力があるのか…さっぱりもって分からん。 痘痕もエクボ…なのだろうか。 そんな事を考えながら、私の隣りを歩く存在を横目でチラチラと観察しながら歩いていると、優哉が思い出したように口を開く。 「あ、捺?時間あるならさ、僕の家に寄って帰らない?すぐそこなんだけど」 「え…いや…それは…」 突然の優哉からの申し出。 それは危険すぎる誘い文句。 ホイホイと暗ダサキモ男の家に行った日にゃあなた…先を考えるだけでも恐ろしくなる。 私の考えてる事が分かったのか、はたまた顔に思いっきり出ていたのか、優哉はクスクス。と、小さく笑う。 「そんな、変に構えないでよ。別に部屋に連れ込んで取って食おうってワケじゃないんだから…」 いや…思いっきり考えてるだろう。 男が部屋に誘う=(イコール)エッチのお誘いって事なんだから。 少なくとも今まで付き合ってきた男はみんなそうだった…だから、きっと暗ダサキモ男も例外ではないだろう。 でも、怖いもの見たさと言うモノもある。 この暗ダサキモ男がどんな塒(ねぐら)で生活しているのかと言うのを。 真紀たちが知らない、コイツの裏情報をまた一つ私だけが垣間見れるという特典は捨て難い気もする。 どうしたものか…。 「約束する。今日は捺に手はださない。だから、おいでよ家に」 今日は。と言ったな? 次もあると思っているのか、コイツは。 「少しでも怪しい行動を取ったら、その時点でぶん殴る…」 「クスクス。ぶん殴るって…まあ、いいや。うん、それでいいよ?少しでも怪しい行動を取ったと思ったら、その時点でそこら辺にあるものを使って僕を殴ってくれて構わないよ」 「おーけー。それならいいわ…近くに殴れるもの用意してよね」 「あははっ!まぁ、殴れるものならいっぱい転がってると思うよ…心配しなくても」 少し引っかかる言い方に、私の首が少し傾く。 優哉は私が渋々ながらも了承した事に気をよくしたのか、再び歩きはじめると共に小さな鼻歌を口ずさみはじめる。 微かに届くその声は、あの電話で聞いたのと同じように綺麗で色っぽい声だった。 その声に暫し聞き入っている私がいて、意外にもコイツは歌がうまいのか?と驚いてしまう。 ん…?でも、この曲… どこかで聴いたようなメロディーに歌詞… あ…さっきCDショップで聴いた曲? え、でも。さっき初めて優哉は聞いたのよね? もう覚えたって言うの??嘘…でしょう。 「ねえ…その曲って…」 「え?あぁ、うん。さっき捺が好きだって言った曲…女性ボーカルだけど、意外に歌いやすいね。僕も気に入ったよ」 「覚え…たの?」 「うん。まあ、少しうろ覚えな部分はあるけどね…こんな感じだったかなぁ、って」 いやいや、完璧に覚えられてるって。 一回聴いただけなのに…メロディーだけならまだしも、歌詞までちゃんと覚えてる。 そういえば、私の携帯番号とアドレスの時もそうだった。 一度聞いただけで、ヤツの頭にはインプットされていた。 驚きだ。もしかして学校ではやる気がないだけで、本当はコイツ… …いや、まさかね。 |