史上最高のバツゲーム−4 次の日の朝。 私はなるべく音を立てないように、そぉ〜っと玄関のドアを開き、門の所までコソコソっと足早に移動する。 昨日、電話を切る際に優哉が言ってきた言葉。 『――――明日の朝迎えに行くね』 アレは本気で言った言葉なんだろうか。 いや…メールといい、携帯への電話といい、すると言ったからには必ずしてくるような気がするあの男。 だとすると、迎えに行くと言ったからには家の前で待ってたりするんじゃないだろうか。 私は門の影から少しだけ顔を出し、恐る恐る前の通りに視線を流す。 つーっと移動させる先にソレを見つけると、反射的にサッと門の影に身を隠す。 どわぁぁぁ!いる…いるよ。 私の家から少し先にある電信柱のところにしゃがみ込んでいる黒い塊。 どっからどう見ても不審者極まりない。 いつも以上に飛び跳ねている髪の毛。 どうやったらそこまで着崩せるんだと思えるような制服の乱れよう。 前を通り過ぎる通行人が、不審がって振り返っていく様子にも動じる事無く、ヤツは頭を掻き毟りながら大きなあくびを一つかます。 やだやだ!あんなのと一緒に学校へなんて行きたくぬぁい!! なんで私は昨日、うん。なんて返事をしたんだっ!! 前言撤回!ナシにして、お願い!!出来ないなら…今日は休む。 軽く眩暈を覚えつつ、今日は私は珍しく腹痛になったのだ。と、自分に言い聞かせ、家に戻ろうとした。 「…捺?なにか、忘れ物でもしたの?」 突然脇からぬぅっと黒い塊が現れたかと思ったら、小さな声でボソボソっと呟く声が聞こえてくる。 「ぬわぁぁぁっ!なっ…なによ、突然!!」 「突然って…さっき僕のこと確認したよね?だからこうして来たんだけど…家に戻るところ?忘れ物でもしたの?」 昨日とは打って変わって普段通りの優哉の声。 前髪で覆われた隙間から覗く目がニタっと細くなり、血色のよい赤い唇が私の名を呼ぶ。 ぞぞぞぞぞ〜っ…と瞬く間に自分の肌に鳥肌が立ってくる。 その顔で…その声で…私の名前を気安く呼ぶな。 「べ、別に…忘れ物じゃないけど…」 「そ?だったら何?」 前髪の隙間からほんの一部分しか見えないけれど、射抜くような視線。 なぜか分からないけど、この男を前にすると威圧感のようなものに押されて何もいえなくなってしまうのだから、きっとこの不気味な視線のせいに違いない。 「別に…なんでもない」 ふてくされたように返事をする私に対して、別段気にする風でもなく、じゃあ行く?と、優哉は呟く。 優哉が先に歩きだし、その後を渋々私がついて歩く。 あ〜もう…やだぁ。 こんな所を真紀たちにでも見られたら何て言って笑われるか… 私の前を大あくびをしながら歩く存在に対し、大きなため息が口から漏れる。 それにしても随分と昨日の態度と違う。 これが私の知っている本来の暗ダサキモ男の姿だと分かってはいるけれど、昨日知ってしまった真逆のような態度と比べて正直戸惑ってしまう。 昨日の電話では、明るくて気さくで楽しいヤツだった。 冗談も言うし、甘い言葉だってサラッと言ってのけた。 自分に自信があるのだと言うような言葉さえ聞けたのだけど。 今、自分の前をあるく存在は、そんな自信など微塵も感じられず、何事にも興味がないし、やる気もないとその猫背が語っているようだ。 本当に昨日話したのは、私の前を歩くこの男だったんだろうか。 もしかして別人…って事はないだろうか。 「ねえ…昨日はバイト何時までだったの?」 試しにこんな質問をしてみる。 「ん〜?昨日…は、何時までだったかなぁ…捺と電話を切ったのが11時半頃で、それから2時間働いたから…1時半くらい?」 「で?そんな時間までなんのバイトしてるっての?」 「ヒ・ミ・ツ〜って言ったでしょ」 チッ。この言い方…やっぱり昨日のヤツに間違いないのか。 別人ならよかったのに。と言う儚い願いも空しく、昨日の電話はやっぱりヤツだったのだと改めて認識させられてしまう。 「昨日の対応と随分違うじゃない…電話みたいにハッキリ喋れないの?」 「あー、それよく言われる。昼と夜とじゃ全く別人に思えるって…そんなに違うかな、僕」 「ぜんっ然、違う!」 そう力強く言う私の言葉に対して、クスクス。と小さく笑ってから、やっぱり?と、呟く。 「なんかねぇ、昼間はやる気が起きないんだよね。朝なんて特に。学校なんて授業も全然耳に入らないから、正直通ってる意味がないんだけどね…できればバイトの時間まで寝て、英気を養いたいって感じなんだけど…」 「じゃあ、何で学校に通ってんのよ」 「そんなの、理由は一個しかないでしょう?」 そう、意味ありげな言葉を投げかけながら、私の方を振り返る。 ………なによ。 その意味ありげな態度が理解できずに、口を噤んでいると、優哉は、フッと笑みのようなものを漏らして前を向き、再び歩き出す。 いやだから…理由を言いなさいよ、理由を。 腑に落ちないまま、優哉と一緒に教室までやってきた私。 教室に入った途端に目に飛び込んできたモノに大きな大きなため息が洩れる。 「な〜つ〜♪おはよぉぉ〜〜〜」 いやらしい程の満面の笑みを浮かべた顔が3つ。 私の席の周りに集まり、早く早くというように手招きをする。 嫌だ…そこに行きたくない。 思わず回れ右をして教室を出て行きたくなる衝動に駆られてしまう。 とりあえず、おはよう。と声をかけて自分の席に着いたけど。 「クスクス。仲良く揃ってご登校?捺も中々やるわねぇ〜」 と、真紀がいやらしく笑う。 「結構お似合いのカップル〜…なんつって?」 続けておどけた様子でそう言ってくる里子をギロっと睨むと、ぶふっ。と彼女が口を噤む。 とどめに真由子。 「いやー。まさか一緒に登校してくるとは思ってなかったけど…結構な進歩じゃない?」 なにが進歩だ。 私が進んであの男と一緒に来たと思ってるのか、お前たちは。 「ねえねえ、それでそれで?昨日、電話はかかってきたの?」 「かかってきたわよ?一応…」 「きゃーっ!マジでぇ〜。で、でっ?どんな事話したのよ、あの暗ダサキモ男と!」 「言わない」 「えーっ!なんでよぉーっ!!教えてよぉ」 私の事を笑い者にする奴らになんぞ教えてやらない。 暗ダサキモ男って、実はすっごく声が綺麗で色っぽくて、明るくてお喋りで面白いヤツだった。なんてオイシイネタは。 面白くなぁい。と、声を揃えて呟く3人に対して少しだけ優越感に浸れる。 そう。あの暗ダサキモ男の裏の顔を知り得たのはこの学校では私一人に違いない。 いや、裏の顔と言っても声と雰囲気だけなのだけど。 それでも、キモさに鳥肌が立つのは変わらずだけど、人の意外な一面を自分だけが知ると言う事は少なからずとも楽しいものだ。 席に着くなり机に突っ伏せて眠りこけている教壇のまん前の席の存在に視線をそっと移す。 よく笑い、よく喋る男。 冗談なんかも言うし、甘い言葉だってサラッと言ってのけてくる。 電話から通して聞こえてくるあの綺麗な声は、自信に満ち溢れていた。 この学校で見る限りのあの様子からでは決して想像はできない事。 一体、学校の外で見せるヤツの素顔はどんな顔なんだろうか。 「じゃあさ、アイツのバイトぐらい教えてよ。実はなんのバイトしてたの?アイツ」 「あ、それあたしも聞きたい!やっぱイカガワシイバイトだった?」 「ねえ、捺、聞いたんでしょう?それぐらい教えてよ〜」 「それは…」 私だって知りたかったわよ。 だけどヤツはヒ・ミ・ツ〜などとぬかして言おうとしなかった。 ――――いづれ捺も連れてきてあげるよ。 と言うことは、いづれは教えるつもりなんだろう。 だったらさっさと言えっての。 どうせ大したバイトでもないんでしょうに。 アイツと携帯で話すまでは、絶対に接客業なんてあり得ないと思ってたけど。 あの話し方からすると接客業はあり得なくも無い。 音楽と声とが混じったような騒がしい雑音が聞こえる場所。 夜中を過ぎてまで営業をしているらしいその店。 高校生が働いてもいい店ではないところ。 そしてそこへ行けば私はヤツに惚れると言った。 え…まさか。ホス…ト? いーやぁー。それこそあり得ない話。 百歩譲ってあの陽気さからレストラン等の接客業で雇ってもらえたとしても、顔が命のホストは死んでもあり得ない。 根暗を彷彿させるあの容姿を持ってだよ? 女から人気を得られるとは到底思えない。 いや、でも… あんな暗ダサキモ男でも、彼女が過去に2,3人いたと言う。 意外に外ではモテるのだろうか。 益々分からん…あの暗ダサキモ男、もとい、岡崎優哉という男は。 私は3人が暗ダサキモ男について、あーだこーだと憶測を並べてるのを耳にしつつ、視線はヤツに向いたままだった。 きっとあの携帯でのやり取りの時点から、私は自分では気付かぬうちにあの暗ダサキモ男に興味を持ち始めていたんだと思う。 その興味がいづれ違う形に変化していくとも気付かずに。 |