史上最高のバツゲーム−3 学校からの帰り道、真紀たちに散々あのメールの事で冷やかされて帰って来た。 気分は最悪。すこぶるよろしくない。 家に帰ってきてからもこの気分が晴れることはなく、只今の時刻は午後10時半をまわったところ。 私は自分の部屋でテレビを眺めながら、はぁ。とひとつため息を漏らす。 そりゃそうなるでしょう? こんな気分でこの先1ヶ月も過ごさなくちゃならないのかと思うと、ため息だって漏れてくる。 今日は何回こんなため息を漏らしたことか。。。 この先、私に幸せが訪れなかったら、きっとこの時のため息のせいだと思う。 そう、あの暗ダサキモ男のせいだ。 あー、もうやだ! こんな事になるなら、前の男と別れるんじゃなかった… いや…あの男は最悪だったから、アレは別れて正解だったか。 だとすれば、この前告られた胡散臭(うさんくさ)い男と付き合っておくべきだっただろうか。 いづれにせよあのバツゲーム発案の時点で、彼氏という存在さえいれば今回の事は回避できたかもしれないのに… こうなった今、どんな男も暗ダサキモ男よりマシに思えてくるから怖い。 でも。 あれこれ悩んだところで、今回の件がなくなるワケじゃない。 少なくともこの先1ヶ月はこの現状が続くわけだから。 私はもう一度深いため息を口から吐き出すと、気分を変える為にお風呂に入ってさっぱりしてこよう。と立ち上がりかけた。 …ティラリラリ〜ン♪ 立ち上がったと同時に、タイミングよく鳴り出す携帯。 今は電話をする気分じゃないんだけど… そう思いながらもう一度ベッドに腰を下ろし、ディスプレイ部に表示されている番号を確かめて、見知らぬその番号に首を傾げながら通話ボタンを押す。 「…もしもし?」 『あ、もしもし捺?僕…優哉だけど…』 …げ。 そういえば夕方のメールに夜電話するとか何とか書いてあったっけ…どうせ番号まで覚えてないだろうからかかってこないだろうと登録すらしていなかったのに。 本当にしてきたのかコノヤロウ。 電話口の相手が誰か判明すると、途端に私の声のトーンが落ちる。 「あぁ…何?」 素っ気無く返事をする私にも関わらず、優哉は上機嫌のようで、気にする様子もなく話しかけてくる。 『今、何してたの?もう寝るところだった?』 「お風呂に入って気分すっきりしようと思ったけど、たった今邪魔された」 『あははっ!そかそか…ごめんごめん。ちょうど今、バイトの休憩をもらえたから捺に電話しなきゃ、と思って。ちゃんと約束通り出てくれたね』 あははっ!って、笑ってるよ…暗ダサキモ男が。 って言うか…私は約束なんぞした覚えは一ミリもないんだけど。 今まで笑い声など一度たりとも聞いた事がなかっただけに、妙な違和感を覚える。 しかもいつものように、ボソボソっと小さく話しているのではなく、しっかりとした口調。 そのハッキリと聞こえる優哉の声は、とても綺麗で穏やかで、そして妙に色っぽい。 コイツ…ホントにあの暗ダサキモ男? そんな疑念を頭に浮かべつつ、彼の背後がヤケに騒がしいのが耳につく。 「ねえ…ヤケに騒がしいけど、どこにいるの?」 『え?あぁ、ごめん。うるさいよね…今、休憩室にいるんだけどどうしても音が漏れてくるから、ちょっと騒がしいかもしれない』 いや、私が聞きたいのはソコじゃないんだけど。 「じゃ、なくて!休憩室はどうだっていいのよ。あんたがどこでバイトをしてるのかって聞いてるの!!」 『あー、そっちね。ん〜…どこでバイトねぇ…今はまだ言えない…かなぁ』 怪しい…まさか、マジでイカガワシイバイトしてるんじゃ… 「言えないっていうの?正直に言いなさいよ…怪しいバイトしてるんでしょ?」 『あはははっ!怪しいバイトって、風俗の呼び込みとか?』 「そうそう。あり得そうだもん…そういうの」 『また凄いイメージ持たれてるんだ、僕って。まあ、別にいいけどね…。でも、僕の彼女である捺の名誉の為に少しだけ教えてあげる…』 なによ、私の名誉の為にって… 言っておくけど、好き好んで暗ダサキモ男の彼女になったワケじゃないんだからね? と、私の名誉の為に付け加えとく。 『僕のバイト先は、捺たちが考えるようなイカガワシイ店でも怪しい店でもないよ?ただ、高校生が働いてもいい店ではないって事だけ』 「それって…」 やっぱ怪しいんじゃないの!? 『いづれ捺もココに連れて来てあげるよ。きっと惚れると思うよ?僕に』 「……………は?」 何を寝ぼけた事をいってらっしゃるのでしょうか、この方は。 この私が誰に惚れるですって? 一体全体その自信はどこからやってくるのか不思議で仕方ない。 果たして暗ダサキモ男の家に鏡はあるのだろうか、と、そんな疑問さえ浮かび上がってくる。 『まぁ、その話は置いといて…捺ってさ、やっぱりすごい可愛い声してるよね。ずっとこうして話してたい気分』 …私は嫌ですけど? すぐにでも電話を切ってしまいたい衝動に駆られながら、私は素っ気無く返事を返す。 「そっちこそ随分普段と声が違うじゃない。いつもボソボソっとしか喋らないクセに…」 『あははっ!まあね…夜の方が僕にとってはメインだから、昼間の学校はどっちかって言うとどうでもいいんだ。だからついつい話すのも面倒くさくてあんな喋り方になっちゃうんだよね』 「ねえ、だから何よ!そのバイトってのは。教えなさいよ」 『ん〜?それは、ヒ・ミ・ツ〜』 …ムカツク。 それにしても、この電話を通して、暗ダサキモ男はよく喋るヤツだと気付く。 よく喋るし、よく笑う。 普段の彼からして想像できない姿。 真紀たちが聞いたらさぞかし驚くだろう…いや、逆に信じないかもしれない。 実際耳にしている私でさえ半信半疑なのだから。 でも、確実に私が今話しているのは岡崎優哉。通称暗ダサキモ男に間違いはない。 だけど、こうして顔を見ずに話をしていると、そこら辺の男より数段いい男なんじゃないかと錯覚を起こすほど綺麗な声だから不思議だ。 しかも話す内容がカナリ面白い…いや、内容的にはどってことない内容なんだけど、話し方がうまいのかもしれない。 いつの間にかその話に引き込まれている私がいて、いつの間にか優哉につられて笑っている私がいる。 それもまた不思議で仕方ない。 一体全体どういう男なんだ…岡崎優哉ってヤツは。 『あ〜。なんか久し振りだなぁ、こうして女の子と電話で話すのって』 「え゛!?なに…もしかして彼女とかいたっていうの?」 『え?うん、いたよ?捺と付き合う随分前に、う〜んと…過去に2、3人かなぁ。学校の子じゃないんだけどね』 うっそ… あり得ない…そんな事あり得ないってば!! 『けど、結局みーんなフラれちゃったけどね。どうも僕の普段のだらしなさに耐えられなかったみたいで。結局外見しか見てもらえてないんだってちょっと悲しかったりするんだけど…』 外見!? え…どの外見?? 私には全く理解不能な言葉だった。 だらしないという部分は大いに納得できる。けど、その後に続いた言葉が理解できない。 目を鬱陶しいほどに覆う前髪。 面白いくらいに跳ね上がっている寝癖。 だらしなくはみ出たシャツに、究極の猫背。 ツッコミどころ満載で、数えあげればキリがない。 それらを持って、外見しか見てもらえてないとはどういう意味だろうか。 普通そういう流れの言葉は、男前な子が使う言葉だ。 決して暗ダサキモ男が使う言葉ではないハズ。 なんなの…この自惚れようは… 私が思わずため息を漏らした時、優哉が思い出したように急に大きな声を出す。 『あっ!もうこんな時間…1時間の休憩があっという間に終わっちゃった』 「え!?嘘…1時間も喋ってたの?私」 優哉のその声に慌てて時計を確認すると、時刻は午後11時半過ぎ。 彼が言うようにあっという間の1時間だった。 し…信じられない。 あの暗ダサキモ男と1時間も電話で喋ってしまった… 『あ〜ぁ。もうバイトに戻らなくちゃ…やだなぁ。もっと捺と喋ってたいのに…』 少し甘えるような声で優哉はそんな事を言ってくる。 きっと彼を目の当たりにしながらの言葉だったら、ぞぞぞ〜。と、一瞬にして鳥肌が立ったことだろう。 だけど、声だけを聞いてる分には、もうちょっと話してもいいかも。と思っている自分がいたりする。 話は面白いし、綺麗で穏やかで、ちょっと色っぽくそれでいて可愛らしい声だし。 これがあの『暗ダサキモ男』でなければ、と悔やむところだ。 『ねえ、捺?明日の朝一緒に学校に行きたいから、迎えに行ってもいい?』 「え…あ、あぁ…うん」 『ホントに?やった!じゃあ、明日の朝迎えに行くね。捺の声聞けたし、あと2時間バイト頑張るよ。じゃあね、捺…』 また、明日。と、優哉は言葉を残して電話を切った。 プープープー…という機会音を聞きながら、私は暫しその場で固まる。 ちょっと待って? 考え事しながら適当に相槌打っちゃったけど…。 あの男、明日迎えに来るって言わなかったかい? |