史上最高のバツゲーム−2 「キモイっ…ウザイっ…ありえなぁ〜〜っい!!!」 あれから暫くの放心状態の後、私は校舎の影から覗き見ていた真紀たちと一緒に教室に戻ってくるなり、大声を張り上げる。 それを聞いた真紀たちは、揃いも揃ってバカ笑い。 …笑ってんじゃないわよ、まったく。 「あははっ!これで、捺は正式に『暗ダサキモ男』の彼女になったのねぇ。おめでとぉ〜♪」 なにが、おめでとぉ〜♪よ。ちっともめでたくなんかないっての。 「殺されたいの?真紀…」 「ぐふふっ。おてて繋いで一緒に帰る?」 おてて繋いでランランラン?仲良くスキップでも踏めってか? 「夜道に気をつけなさいよね、里子」 「優哉ぁ〜…捺ぅ〜…って呼び合っちゃう?」 憎しみを込めてなら呼べそうだけどね! 「ホント、ぶん殴るわよ…真理子」 どいつもこいつも他人事だと思って好き勝手言ってくれて…。 ホント、友達思いの優しい友人達だこと。 覚えてらっしゃいよ? …って、負け犬の遠吠えにしか聞こえない。 ひぃひぃ、と目に涙まで浮かべて笑い転げる彼女達を睨みつつ、私はため息を漏らしながら自分の席の机の上に座る。 だけど真紀が言うように、あの時点から私は、暗ダサキモ男の彼女になってしまったという事になる。 明日から「暗ダサキモ男の女」と呼ばれるこの私。 人生最大の汚点となることだろう。 ――――綾瀬さんは僕の彼女ってことだから…捺(なつ)って呼び捨てで構わないよね? じょーだんじゃないわよ。何が嬉しくてあんな男に名前を呼び捨てされなきゃいけないわけ? 鬱陶しいくらい被さった前髪の隙間から瞳を覗かせて、気持ち悪いくらい赤くポテッとした唇が私の名前を呼ぶ…。 ……考えただけで、鳥肌が立ってくる。 「うふふふ。これで第一段階はオッケーね。次は…第二段階突入までどれぐらいかかるか」 「なによ、第二段階って。とりあえずのバツゲームは暗ダサキモ男と付き合うことでしょう?一応果たしたじゃない…これ以上は無理!」 「なにシケたこと言ってんのよ、捺ぅ。ここまできたら、やっぱチュ〜♪もしなきゃでしょう」 「はぁぁあ!?じょーだんは止めてよ。無理無理、絶対に無理!キスはおろか、あいつと手だって繋げないわよ」 「やだぁ。そんなの面白くないじゃん…やっぱキスまでしてくんなきゃ」 面白くなくて結構! あんなヤツとキスなんてした日にゃ…私の唇が腐る。 「ねえねえ、捺。知ってる?」 「なにをよ…真紀」 「血色のいい男の唇ってさぁ、すんごい柔らかくて気持ちいいんだってぇ。ホレ、暗ダサキモ男もすごい唇血色いいじゃん?キスしたら超気持ちいいんじゃないの?」 想像しただけで…超気持ち悪い。 「そんなこと聞いたことないわよ。あー、もう!気持ち悪いから暗ダサキモ男に関連付けて話すのやめてよ」 「あ、それあたしも聞いたことあるよ?それにさぁ、暗ダサキモ男って鼻もどちらかと言うと高くて大きめじゃん?鼻がでかい男は、アッチもでかいって聞いたことあるし…もしかして、すごいの持ってんじゃない?あいつの確かめてみてよ、捺」 だから、関連付けるなっつってんでしょっ!! 「ちょっと!なんでそっち方面まで話が行ってんのよ、真理子!!」 「いいじゃん、いいじゃん。この際だし、ベッドインまで頑張れば?」 頑張れるか、コノヤロウ。 みんなして面白がって…なによ、もう! 「ちょっと…あんたたち完璧面白がってんでしょ…」 「「「完璧にね」」」 同時に3つのニヤリと笑った口から吐き出される同じ言葉に、深い深いため息が漏れる。 私もそっち側の人間になりたい…… 「ねぇ、そういえば暗ダサキモ男ってこれからバイトだって言って帰ったんでしょ?あいつ、なんのバイトしてんだろ」 「どーせ、オタッキーなバイトでもしてんじゃないの?」 「いやぁ、案外飲食店関係のバイトしてたりして?『いらっしゃいませ〜』とかって愛想よく笑顔で言ってたり……」 ……………それは… 「「「「ありえねぇぇ〜〜〜」」」」 今度は4人全員の声が揃う。 そんなの絶対あり得ない。 あんな風貌の男を雇う店があるなら、その店の神経を疑ってしまう。 大体、ただでさえ前髪が目を覆って表情が読めないんだし、普段感情を表に出した所を見た事がないから、愛想よくお客に対して何かをするなんてことは想像し難い。 あの男がするバイトは、客商売とは無縁のものだろうと私は思う。 しかも私と一緒でバカっぽいから、単純作業の仕事に違いない。 って、認めてしまった…自分がバカだって事を。 っていうか…認めざるを得ないこの現状。 「暗ダサキモ男ってトロそうだからさぁ、どのバイトでも失敗ばっかしてそうだよねぇ?」 「あー、言えてるそれぇ。あ!あたし、思うんだけどさ。あいついっつも眠そうに大あくびかましてるじゃない?もしかして夜のイカガワシイバイトしてんじゃない?」 「うっそ、マジで?や〜ん、キモイ〜〜〜」 「捺ぅ〜。変な病気うつされないように気をつけなよ?ゴムはきちんと着けましょう」 いや、だから……あり得ないから、そういうの。 でも、不思議とこういう変な噂話は尽きる事がないよね。 実際に誰も見たことがないのに、次から次へと色々な憶測が飛び交い、笑いが起きる。 そのたびに、私の中で暗ダサキモ男が更に超暗ダサキモ男に変化して、本当に私はそんなヤツと付き合って大丈夫なのだろうか、と不安が募ってくる。 「でもさ、でもさぁ。今日の暗ダサキモ男、妙に余裕かましてたじゃない?もしかして、前から捺の事狙ってたとか」 「うわっ、やめてよ真紀。どんな男に狙われても、あいつだけには狙われたくない」 「いや、でもあり得る話だよソレ。捺ってあたしらの中でも特に人気あるじゃない?密かに暗ダサキモ男も機会を狙ってたけど、都合よく捺から告られたからさぁ。ちょっといい所見せようと思って余裕あるフリしたんだってきっと」 「そうそう。あたしもそう思う〜。内心は心臓バクバクもんだったと思うよ?今頃心臓発作でも起こしてんじゃない?」 「もしかして、密かに捺のストーカーとかだったりして…」 はまり役すぎて、笑えない冗談。 どうしよう、ホントにそういう系のヤツだったら。 1ヶ月後、あんたと付き合ってたのはバツゲームだったの。と、打ち明けた時点で逆上して刺されたりするんじゃないだろうか。 あの、前髪の隙間から覗かせる気味悪い視線。 赤い唇でニヤリと笑う顔。 キモイと言うより、段々恐ろしく思えてきたのは気のせいだろうか。 いいのか?私。アイツとこんな遊びの為に付き合って本当に大丈夫なのか? 引き返すなら今の内じゃないだろうか。 そんな不安と、色々な憶測で盛り上がっている時だった。 ティラリラティラリ〜ン♪… と、私のカバンの中から不意にメールの着信音が漏れてくる。 「あ、メールだ。誰からだろ…」 特定の人間以外に鳴る、通常のメール着信音に首を傾げながら、カバンから携帯を取り出し内容を確認する。 「え…暗ダサキモ男?」 その私の声に一斉にみんなが携帯を覗き込む。 『僕のメルアドはコレだから、登録しといてね(^ー^)また夜に電話するよ。 一応携帯番号も入れとくね。090−XXXX−XXXXなのでヨロシク(o^-')b 岡崎優哉』 一瞬固まる私の時間。 一斉に盛り上がる私の周り。 「うわーっホントだ、暗ダサキモ男からメール来てるぅ!!」 「何々?僕のメルアドこれだから、登録しといてね…だってぇ。また夜に電話するよ… だってぇ!きゃ〜、なんかすご〜い!!」 「うわうわ、見てみて?暗ダサキモ男が絵文字使ってる!ありえな〜いっ!!」 そう…あり得ない。 一度しか言っていない私のメルアド。 誕生日でも名前でもなく、色々なモノを組み合わせて複雑に配置した10個以上の英数字。 設置した自分でさえ中々覚えられずに変えようかと本気で悩んだほどなのに…。 メモも取らず、携帯さえも取り出さなかったあの男。 ただ、私の教えた番号とアドレスを小さく一度だけ復唱しただけ。 それだけで暗ダサキモ男は暗記したって言うの?一度口にしただけで?? ……あり得ないそんなこと。 だってだって、私にはそんなこと不可能だもの。 |