<ご注意>こちらの作品は、性的描写が含まれております。
申し訳ございませんが、18歳未満の方、そういった表現が苦手な方は、ご遠慮ください。



史上最高のバツゲーム




私には今、付き合っている彼がいる。

彼の名前は岡崎優哉(おかざきゆうや)。同じ高校2年のクラスメイト。

彼はこのクラス…いや、学年内で結構有名だったりする。

こういう言い方をすると、大体が「超カッコいい・秀才・スポーツ万能」で有名だと思うでしょ?

ところがどっこい。

彼が有名なのは、その真逆。

「暗い・ダサい・キモイ」の三拍子揃い。

女子の間ではそれらを略して、暗ダサキモ男(くらださきもお)って呼んでいる…って、ただ連ねただけだけどさ。

黒くて太くて硬そうな髪の毛は、ワックス等で遊んでいるわけではなく、いつも寝癖であちこちが飛び跳ねているし、前髪は鬱陶しいくらい目に覆い被さっていて表情が読めない。

制服のシャツなんてお洒落に着崩してるわけじゃなく、だらしなく裾の部分がズボンからはみ出てるし。

いつも猫背だし、何喋ってんのか分からないくらいボソボソっと小さく喋るし。

肌は白いし、唇はポテッとしていてヤケに血色がよくて赤い…女の子だったらそれが魅力で思わずキスしたくなる唇なんだろうけど、彼に限ってはそこがまたキモイポイント。

これは私の予想だけど…成績だって中の下あたりで、きっとバカに違いない。

授業中に、教壇のまん前の席だというのに堂々と机に突っ伏せて眠れる神経の図太さは、何事にも無神経なところに繋がると思う。

そんな彼には彼女は当然のことながら、親しい男の友達も誰一人としてこのクラスにも学校にもいない。

いつも一人で自分の席で机に肘をついて掌で顎を支え、ボーっと眠そうに大あくびをかきながら空(くう)を眺めているか、突っ伏せて寝ているかのどちらかしか見たことがない。

部活にも入っていなくて、俗に言う「帰宅部」ってやつだし。

身長・体形は、まあ…ともに17歳男子の平均ぐらいで、そこは特に弄る必要なし。

では、そんな彼とどうして私が付き合う事になったのか…。

事の発端は1ヶ月ほど前にさかのぼる。



私はクラスの中でも学年でも、結構目立つグループに属していた。

そう、岡崎優哉とは真逆の正規の意味での目立つグループって事ね。

可愛くて、スタイルがよくて、弾けてる子が揃っていると言われるグループ。

いつもそのグループでバカなことばかりをやっていて、授業なんてろくすっぽ聞いてなかったりするから、成績はいつも中の下あたり。

頭に限っては岡崎優哉の事を言えない。

それでも毎日が楽しくて、意外に皆勤賞だったりもする。

そんな楽しい日々の中、とっても憂鬱な中間テストの時期がまた今回もやってきた。

揃いも揃って授業を聞いていなかった私達は、当然いい点数が取れるハズも取る自信もなく。

だったら、少しは楽しくテストが受けられるように、ちょっとしたゲームをしない?と、友達の中でも最も仲のいい真紀(まき)がそう口にした。

ゲームの内容はいたって単純。

このグループの中で、最下位の点数を取ったものが、バツゲームとしてあの「暗ダサキモ男」と付き合う事。

付き合う期間は最低1ヶ月、できればキスもしちゃう事。

彼氏をとっかえひっかえしていた私達は男にも慣れていたし、経験もカナリのものだった。

しかもタイミングよく全員がフリーだったもんだからこの提案に異様なほど盛り上がってしまって…あの男とキスなんて絶対無理ぃ。舌なんて入れられた日にはぶっ倒れそうだよね〜。なんて言いながら。

お陰で異常なほどに楽しく試験勉強が出来たし、当然のことながら今までにない頑張りようだった。

だけど、結果は見事に惨敗。

努力も空しく、私は最下位を取ってしまって。

結果、自ずとバツゲームを受けるのは私に決定!という事になってしまった。

みんながニヤニヤとした笑みを浮かべて遠巻きに見守る中、仕方なく放課後に彼を校舎裏に呼び出した私。

目の前に立つ男は、やっぱりどこからどう見てもキモかった。

背が私よりも格段に高いくせに、猫背のせいで同じくらいに思えるし、地面に視線を落としたままコチラを見ようともしない。

寝癖でいたるところが飛び跳ねている髪を、無造作にかくもんだから、フケでも飛び散ってるんじゃないだろうか、と自然とコチラの顔が歪む。

シャツの裾は相変わらずズボンから大幅にはみ出していて、そういうだらしない部分にもため息が飛び出してくる。

そんな彼を前にして、こんなゲームに乗るんじゃなかった。と、後悔してみても遅いわけで。

だけど、どうしても告らなきゃダメ?前に立つだけで鳥肌が立ってくるんだけどぉ…って真紀達に泣きつくのもなんだかシャクに障る。

どうせ泣きついたところで聞き入れてくれる連中じゃない事は私が一番よく分かってるし。

だって逆の立場なら、いいじゃん別に。これも経験のうちだって。なんて無責任なことを言って無理矢理にでも付き合わせようとするから。


まあ、いいや。1ヶ月我慢すればいい話でしょ?

いやでも一ヶ月かぁ…私、我慢できるかしら。

長くない?バツゲームに1ヶ月もかけるなんてさ。


真紀の提案に賛同しておきながら、実際自分がなると怖気づく。

私は一つ息を吐き出してから、意を決して重たい口を開いた。


「ねぇ…私と付き合って欲しいんだけど」


こんな男に私から告るなんて…この上ない屈辱だわ。

ホント、史上最悪なバツゲーム。


真紀をはじめ他の友人のほくそえんでいる顔を思い浮かべながら、この時ほど自分の頭の悪さを呪ったことはない。

どう考えても愛の告白とは到底思えないほどの、低い低い声で呟く私のこの言葉を受けて、岡崎優哉は驚く様子もなくいたって平然と言葉を返してきた。


「別にいいよ…綾瀬(あやせ)さんが付き合いたいんなら…」


相変わらず口先だけを動かしてごにょごにょと言ってくるもんだから、思わず大きな声で、「は?なんて?」と、聞き返してしまう。

だけど、微かに拾えた言葉の端っこ。


…私が付き合いたいんなら?


ちょっと、なに言ってんのこの人。

どっからどう見て私があなたと付き合いたいですムードを出してると思うの?

信じらんない。


岡崎優哉の何気に上から目線でモノを言ってきた様(さま)に、カチンと頭を小突かれる。

こんなバツゲームでもなければ、私みたいな女が彼のような『暗ダサキモ男』を相手にするワケがない。

そんなニュアンスの事を言ってやろうと口を開きかけたとき、少し大きめの彼の声が返ってきた。


「じゃあ今から綾瀬さんは僕の彼女ってことだから…捺(なつ)って呼び捨てで構わないよね?」

「…はぁ?!」

「僕のことも優哉って呼び捨てで構わないから。で、用件はそれだけ?」

「え?…ま、まぁ…そうだけど…」


それだけ?って…そっちこそ反応はそれだけ?

通常じゃあり得ない女が告ってるのよ?


あまりにも素っ気無い優哉の対応に面食らってしまう。

予想では女とは無縁の彼は私みたいな女から告られて、シドロモドロになってあたふたとたじろぐものだとばかり思っていたのに。

目の前に立つ彼は、そんな様子は微塵も見せずに、ここから覗ける校庭に建てられた大きな時計の柱に視線を向けていた。


「そう?じゃあ、僕はこのあと4時からバイトだから帰るよ。これから宜しく…捺」


そう言って優哉は、不気味に前髪の隙間から覗かせた目を少しだけ細めて笑顔らしきものを作ると、じゃあ。と、片手をあげながら私の横を通り過ぎようとする。


「え…ちょっ…待っ…」


私が声をかけたのと同時ぐらいに優哉の方も何かを思い出したようで、あ。と、声を漏らしてその場で一旦立ち止まった。


「そう言えば、付き合うんだったら連絡先も聞かなきゃダメだよな…携帯番号教えて?」

「え…番号って……090ーXXXX−XXXX…だけど」


なぜか言わなきゃダメなような威圧感に押されて、私は優哉のようにボソボソっと小さく呟く。

優哉は私の番号を小さな声で復唱すると、更に言葉を繋ぐ。


「あとメルアドは?」

「私のメルアドってややこしいけど…」

「いいよ」


メモもなく携帯さえも取り出さずに、どうやって覚えるつもりだろう。と思いながら、英数字を複雑に並べて作った自分のアドレスを彼に告げる。

すると優哉は、また小さく復唱をしてから、了解。と短く呟く。


「じゃあ、また今晩にでも連絡するから必ず出てよね」


聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で、ボソボソっとそう告げてから、優哉は私をその場に残して帰って行った。

私はと言うと…

この短時間に起きた出来事を、自分からふっかけたくせにイマイチ理解できていなくて、暫くその場に立ち尽くしていた。




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