史上最高のバツゲーム−番外編 ーYour smile−




金曜日、ライブ初日。

いつもなら武者震いを起こすほどテンションが高まるライブなのに、今回にいたっては逆にテンションが下がる一方で。

なんとか自分を駆り立てようと、無理矢理テンションを上げたらいつも以上に壊れた。

ファンの子達には喜んでもらえたけど、バンドメンバーには苦笑を漏らされてしまって。


お前、あれ悲痛の叫びだな……って。


それを聞いて、自分でも思わず苦笑が漏れた。

こんなにも一人の女の子のことで自分が振り回されてるって事に。

過去に付き合った彼女たちに、そのだらしなさに耐えられないって別れを告げられても、これほど落ち込んだことはなかった。

まあ…仕方ないよね。って感じで。

だけど、どうしても捺だけは失いたくないんだ。

僕の隣りで笑っていて欲しい。

僕が捺に本気で惚れたんだって、改めて実感した瞬間だった。


次の日のライブもそんな感じで無理矢理テンションを高めて壊れて。

終盤辺りは歌うことすら苦しくなった。


…情けないけど、今の僕は捺が傍にいないと音楽さえも楽しめない。


こんな状態で明日の最終日、無事に乗り越えられるだろうか…と、一抹の不安が心を過る。

ここ1ヶ月ほど、捺のあの可愛い声を毎日聞いてきた。

それがもう3日も聞けてない。

声はおろか姿さえも見れてない。

いや、もしかするとこの先永遠に僕の隣りで笑う捺の姿も直に話しかけてくれるあの声も聞けないかもしれない。

そう思うと急激に胸が締め付けられて苦しくなる。


もう末期症状だよね…これって。


明日のライブが終わったら、捺に電話しようかな。

最後になるかもしれない捺の声を聞くために――――。


最終日のライブ。

僕は自分の気持ちが捺に届くようにと、彼女が好きだと言ったあの曲を最後に歌う事をメンバーに告げ、ギターは健也に頼んだ。

捺の姿は見れないけれど、少しでも届けばと願って決めたこと。

まさかこのライブに捺が来ているとも知らずに。


一歩ずつゆっくりと竜たちに続いてステージに上がる。

僕やメンバーの名前を呼ぶ黄色い声を受けながら、僕は中央に設置されているマイクの前に立ち、ファンの子達を一周した。

そしてある場所で自分の視線が止まり、ドクン!と一つ心臓が高鳴った。


――――…捺っ!?


見間違うハズがない。

ずっとずっと想いを寄せて、先日まで自分の隣りにいた存在。

この3日間会えなかっただけで腑抜けになってしまうほど追い求めてる存在。

彼女の言葉で一喜一憂してしまうほど惚れぬいた…存在。

その存在を視界に捉えて、瞬く間に自分の鼓動が激しく動きまわる。

僕は今すぐにでもこのステージを飛び降りて、捺を思いっきり抱きしめたい衝動を何とかグッと堪えた。

あの捺の表情からすると、まだ僕だって事に気付いていない。

だけどもう、今の捺なら気付けるハズ。

僕があの暗ダサキモ男だってこと…僕が岡崎優哉だってことに。


捺?…君に最高のステージを見せてあげる。

僕の思いのたけを全てぶち込んで、捺の為に歌ってあげる。

だから見てて……捺。


『えっと、今日はボクたちのライブに来てくれてどうもありがとう。みんなが楽しんで帰ってもらえるように最高のステージにするから、盛り上がってこうゼ!』


マイクを通して言葉を発した瞬間、捺の表情が俄かに変わった。

それを見た途端に薄れていた自信が僕の中から驚くほどの勢いで漲り出す。


大丈夫…捺は必ず僕の元へ戻ってくる。


昨日までの沈んだ気分が嘘のように晴れ渡っていた。

体の中から溢れるぐらいにテンションが上がり出す。

捺が僕の歌を聴いている、捺が歌っている僕を見ている。

捺が僕の歌を楽しんでくれてる。

そう思うとヤバイくらい歌うことが楽しくて、腹の底からいつも以上に声が出る。

この僕の様子に、竜たちが目を見開いて驚いていた。


遂に崩壊しちまったんじゃないか?コイツ。とでも言うような眼差しで。


それでもお構いナシに僕のテンションは上がり続けていた。

それこそ、本当に崩壊する勢いで。

昨日までとは打って変わって、ハリのある声が自分でも感じられる。

どんな音域でも出せそうな勢いだった。


あっという間に過ぎた1時間のライブで、少しあがる息を整える為に、ペットボトルの水を口に含む。

そして僕は笑みを浮かべて会場を見渡した。


『今日は来てくれて本当にありがと。満足してくれた?』


イエーイ!と、みんなと同じように笑顔で飛び跳ねてくれた捺の姿を見て、僕の顔に更に笑みが浮かんだ。

そして僕は、最後に。と、声を改めて呟き、一つ息を吐く。



捺…僕からのメッセージ、受け取って。



『今日は最終日だから、特別にボクのお気に入りの曲を歌おうかなって思って』


その言葉に先ほどより大きな歓声が上がる。


『ボクにしては珍しく、日本語の曲なんだけどね。有名な女性アーティストの曲。ボクの大切な人がね、好きだって言った曲なんだ。ちょっと今のボクの気持ちと重なるかも。けど、みんなも知ってると思うから一緒に歌ってよ』


僕は真っ直ぐに捺を捉え、彼女に伝えるように言葉を発してから、ざわめく会場が落ち着くのを待つように暫くの間を置いて、ふぅ。と、また一息吐いた。

静かに流れるギターの音に瞳を閉じる。

今、僕を見てくれている捺に想いが届くように。

そしてまた、捺の気持ちも僕に向いてくれるようにと祈りを込めて。

僕は静かに歌いだす。

シーンと静まる会場に、僕の歌声が静かに響く。

僕の視線は捺に向いたまま動かすことが出来なかった。


捺……


彼女の瞳から溢れ出す大粒の涙。

拭っても拭っても溢れ出す涙に、僕を見つめる捺の眼差し。

その眼差しは、僕自身…岡崎優哉として向けられてるようで。

急激に捺への愛しさが込み上げてくる。


捺…受け取ってくれた?僕からのメッセージ。

その涙は、僕に対する気持ちだって思ってもいい?

僕はずっと待ってるから…君が僕の元に戻ってきてくれるのを。


捺は最後まで聞き終わらないうちに、涙を拭いながらこの場を抜けて行った。

それを視線で追いながら、すぐにでも追いかけたい衝動に駆られつつも何とか最後まで歌い上げ、ラストのMCを竜たちに任せて、適当に誤魔化して僕だけ先にステージから降りた。



ドクドクっと高鳴る鼓動を感じつつ、捺が向かった方面へ足を向ける。

彼女の姿を探しながらトイレの前を過ぎ、その奥の少し下った位置にある社員通用口へと繋がる階段の中腹に捺の姿を見つけた。

トイレより先にあるこの場所は、本来関係者以外立ち入り禁止となっていて、滅多に人は通らない。

今日はこのライブの為に夜のバーとしての営業は休みだから、バイトも来ないから尚更で。

そこで背中を向けて携帯を握り締めている捺に声をかけようとして、彼女の弱弱しく呟かれた声が耳に届く。


「会いたい…声が聞きたいよ…優哉…」


捺……


その言葉だけで充分だった。

今すぐ捺を思いっきり抱きしめたい。

自分の中から込み上げてくる熱いものをグッと堪えながら、僕は捺に声をかけた。


「……どうして泣いてるの?」


僕の声にビクッと体を震わせて、ハッと振り返る捺。

彼女は僕の姿を確認して、…ぁ。と小さく声を漏らした。

…優哉じゃなかった。そんなニュアンスが含まれてそうなその声に、自然と自分の口からフッと小さく笑みが漏れる。

この姿じゃあまりにも違いすぎるから、すぐには気づけないかな。

でも、気付いてくれるよね…捺。


僕は階段を下りて捺の前に回りこんでしゃがむと、覗き込むように彼女を見上げる。

綺麗な白い肌、少し小さめのスッと筋の通った鼻、グロスが塗られて艶のある形の良い唇、くっきりとした二重の吸い込まれそうなほど大きくて透き通った茶色い瞳。

その瞳は今は真っ赤になって涙の粒が浮かんでいる。


「どうして泣くの…可愛い顔が台無しだよ?」


逸る気持ちを抑えつつ、そう言いながら捺の頬をやんわりと掌で挟み、両手の親指で目元を拭う。

すると更に捺の瞳から溢れ出す大粒の涙。

そして、ポツリと漏れた捺の言葉に、また、グッと胸を締め付けられる。


「…会いたい人が…いるの…」


うん。…そう呟くのが精一杯だった。


「声を聞きたい人がいるの…」

「うん」


ドクドクと痛いくらいに高鳴る僕の鼓動。


「私、ようやく自分の気持ちに気付けたの…優哉のことが好きなんだって。だから…優哉に会いたいの…優哉の声が聞きたいの…そう思ったら会いに来てくれるって…」


もう、抑えられそうになかった。


「ん…会いにきたよ」

「え…」


――――ようやく自分の気持ちに気付けたの…優哉のことが好きなんだって


何度も何度もリプレイする捺の言葉。

自分の心に温かいものが広がり、捺への気持ちが溢れ出す。


僕も…捺が大好きだよ。


「ゆう…や?」

じっと視線を絡ませたまま、ポツリと漏れた捺の言葉に、嬉しくて笑みが思わず漏れる。

「やっぱり気付いてくれたね、捺」

「本当に…優哉…なの?」


もう、限界だった。

すぐにでも捺を感じたくて、僕は捺の頬に手を添えたまま親指で唇をそっと撫でた。


「本当かどうか、確かめてみて?」


そう呟くと同時に重ねた唇。

捺の唇を挟むように啄ばむように繰り返すキス。

それに少し戸惑いを見せた捺だったけれど、僕だと確信を得られたのかすぐに彼女の腕が僕の首にまわり、そしてそのまま引き寄せられた。


もう…止められない。


次第に深くなるキス。

貪るように、お互いの存在を確かめるように、舌を絡ませ唇を吸いあう。

捺の口から漏れ出した甘い声に自分の脳が刺激され、更に深くキスを求める。


「本当は…不安だった…捺が僕から離れるんじゃないかって…もう2度と隣りで笑う姿を見られないんじゃないかって…」

僕は捺の頬に添えていた手を彼女の体にまわして強く強く抱きしめる。

腕の中にすっぽりと納まってしまうほど華奢な捺の体。

もう絶対離さないと伝えるように強く抱きしめ更にキスを深くする。

「ステージから捺の姿を見つけた時、本当はすぐにでも駆け寄ってこうして抱きしめたかった…もう、離さないから…捺の気持ちも手に入った今、絶対に離さない。離れることも許さない…だから、覚悟して…捺」


あり得ないくらい不安だった。

音楽さえも楽しめないほど不安で不安で溜まらなかった。

だけどこうして今、自分の腕の中に捺を感じられて、唇から彼女の温もりと柔らかさが伝わると、不思議なくらい気持ちが落ち着き満たされている自分がいる。

きっと僕は捺が傍にいないと歌うことさえ出来なくなる。

捺は僕にとって必要不可欠な大切な存在だから…。


「優哉…私ね…優哉が傍にいないと、私の全てがダメになるほど…私は優哉が好き」

「僕もそうだよ…捺」


きっと僕は捺以上に、捺が傍にいないとダメになるよ。




←back top next→