史上最高のバツゲーム 番外編 ーYour Smileー




「優哉っ!テメー、やる気あんのかよっ!!」


僕たちバンドメンバー以外、誰もいないホールに竜の怒鳴り声が響いたのは、捺と公園であの話をした次の日だった。



――――こんな私を好きにならないで。別れたほうが…いい。



あの時は僕なりに虚勢を張って余裕のあるような素振りをしていたけれど、実際あの言葉にかなりの勢いで心臓を大きく抉られた気分だった。

どんな女の子から忌み嫌われようが、影で何を言われようが全く持って動じなかった僕だけど、捺のあの言葉はさすがに辛かった。

あのゲームのお陰で捺と付き合えるようになって、隣りに捺の存在を感じることができて。

彼女の態度から僕のことを他の女の子と同じように忌み嫌っているのも感じていたし、隣りにいる事は不本意なんだろうとわかっていたけど、僕はそれでも嬉しかった。

彼女から醸し出される温かい雰囲気。

仲間内でいる時はどうしてもそれに合わせるような態度を取っている捺だけど、本来の彼女は心の優しい子なんだって事を僕は知っている。

最初は不機嫌そうに隣を歩いていた彼女の顔から、徐々に自然な笑みを見られるようになって。

電話で話すときは本当に楽しそうに笑い声を立てて話してくれた。

捺と過ごせると思うだけで毎日にハリが出て、あんなに苦手だった朝も目覚ましの手を借りてだけど起きられた。

一度眠りに落ちたら携帯が鳴ろうが地震が起きようが眠りから覚める事がなかった僕には信じられない事だ。

音楽以外に興味が無くて、誰も自分の事を理解してくれなくてもいいやって思っていたけれど、捺を好きだと自覚してからは、捺にだけは本当の僕を知ってもらいたいとさえ思い始めていた。

日に日に増す捺への想い。

いつしか僕の中でも捺が僕と付き合ってるのは、バツゲームなんだってことが薄れてきていたんだ。


このままずっと関係が続くかもって思い始めた時だった。

このまま捺の本当の笑顔が手に入れられるって思い始めた時だった。

だから余計に…



「おい!優哉、聞いてんのかよっ!!」

「え…」

「え?じゃねーだろ。やる気あんのかって聞いてんだよ。なんなんだよ、今日のお前はよ!声に張りはねえし、コードは間違うし…ライブ、明日からなんだぞ?分かってんのか!!」


普段、僕の事がバレないように「ユウ」と呼んでいる竜が、「優哉」と呼ぶときは相当感情が高ぶってるときだけだ。

竜がそう声を荒げて怒るのも無理はない。

ライブは明日からだと言うのに、今の僕は全く持って上の空。

明日のライブの事はひとかけらも頭の中に無く、あるのはただ一人の存在…捺の事だけだ。


「分かってるよ…」

「分かってねえだろうがっ!」

「うひひっ。竜が本気で怒ってやがる」

ピキーンと緊張感のようなものが張り詰める中、一人だけ締まりのないニヤけた表情を浮かべた健也が、クスクス。と笑いながらそう呟く。


………この男だけは。


「おとといまでは、毎日毎日ウザイくらいにニヤけた面して、捺が捺がって言ってやがったクセに、今日は一変してシケタ面してよ。何かあればすぐにため息だ…こっちの気分まで萎えてくるっつうの」

「まあまあ、竜。そう怒るなって…青春真っ只中のユウのことだ、なんか彼女とあったんだろ」

このメンバーのリーダー格である大ちゃんが、おっとりとした口調でドラムのスティックを直しながら、この場を落ち着かせようとする。

「大ちゃん!ったく、大ちゃんは優しすぎるんだよ。青春真っ只中だろうが、女と何があろうが関係ねーだろ?みんなファンの子がお金を出して俺らのライブを見に来てくれんだぞ?んな中途半端なことでどうすんだよ」

「そう言うけど、お前だって半年ほどまえに音楽にのめり込みすぎて彼女に愛想尽かされてフラれたって泣きべそかいてたろ?」

「かいてねーって!いつの話してんだよ」

「平成18年4月25日」

「……リアルに言ってんじゃねーよ」

「あーっ、もう!ごめんって!!僕が悪いんだ…ちょっと、屋上で頭冷やしてくるよ」


このままでは新たなバトルに発展しそうな雰囲気に、僕は話を切って屋上へと向かった。

屋上の階段に腰を下ろし、夜風を頬に感じながら夜空を仰ぎ見る。


捺…今、何してる?

捺のあの可愛い声、また聞けるかな…

また僕の隣りで笑う姿を見られるかな…

いつもならこの時間は捺の声を聞けてるハズなのに…


「ヤバ…相当重症…」


自分の口からポツリと漏れた言葉に、思わず苦笑を漏らしてしまう。

そう…かなり手に負えないくらい捺にハマってる自分。

あんなに大好きだった音楽さえも出来なくなるほど、捺の事ばかりを考えている今の自分。

彼女が自分の隣りからいなくなってしまうかもしれないという現状に、女々しいくらいに不安が自分の中に渦巻いている。


「……なに一人でセンチメンタルしてんだよ」


そんな言葉と共に、突然頬にヒヤッとした感触が伝わってくる。

「うわっ!?なっ…なに、竜」

竜の姿を視界の隅に捉えながら、頬に押し付けられたジュースの缶を無意識に受け取る。

竜はため息を漏らしながら僕の隣りに腰を下ろすと、既に開いているビールの缶に口をつけてゴクゴクっと喉を鳴らしてそれを飲んだ。

「さっきは悪かったな…怒鳴ったりしてよ」

「あー…いや。悪いのは僕だから…怒鳴られて当然だよ」

手の中に納まるジュースの缶を眺めながらボソっと呟くと、竜が僕の頭をワシャワシャっと撫でた。

「珍しいよな、お前が女のことで振り回されてんのなんてよ。俺らとバンド組むようになって、ここのバイトするようになってから何人かと付き合ったのは知ってっけど、全部どっちかっつーと適当だったじゃん」

「適当って失礼な…一応あれでも真面目に付き合ってたつもりだけど?」

竜に対して若干睨むように視線を向けつつ、受け取ったジュースの缶の蓋を指先で開ける。

プシューっと音を立てて蓋が開き、中身の液体が若干飛び出してきて指を濡らした。

手についた雫を振り払うように手を振って更に竜を睨むと、ククク。とおかしそうに竜が笑う。


微炭酸…渡す前に振っただろ…


「真面目ねぇ。何があっても音楽優先、眠ってしまったら携帯鳴らしてもぜってー起きない、バイト以外はやる気がなくて、きちゃない恰好でも全然平気、マメに女と連絡を取ろうともしなかったヤツが言うセリフか?」

「それが僕のスタンスだったんだから仕方ないだろ?」

そんな僕が捺の為に、毎日毎日頑張って朝起きて彼女を迎えに行ったり、同じ時間に休憩を無理矢理取って、電話してるなんてね。

「そりゃ1ヶ月も経たないうちに女にフラれるわな」

「うるさいなぁ…同じような理由でフラれた竜に言われたくないね」

そう言い放ちコクコクっとジュースを飲むと、生意気なクソガキ!と、頭を小突かれる。


なにすんだ…口からジュースがこぼれたじゃないか。


「なぁ…そんなお前が振り回されるほど、今の女に溺れてんのか?」

「かなりの勢いで…」

「そんなにいい女?」

「ヤバイくらい」

「どこら辺が?」

「全部」

「くはーっ。言ってくれるね、ユウちゃん。そんなに今の女を繋ぎ止めたいならよ、YUの姿を見せてやりゃいいじゃん。アレならどんな女でもイチコロだろ?」

「いや…表面だけを気に入ってもらうのはファンの子達だけで充分。捺には本当の僕を知ってもらいたいから、あの姿は最後の最後に見せるつもりなんだ。って、言っても…それも叶うかどうか分からなくなったけど」

そう言って肩の力を落とす僕に、竜は大きなため息を漏らす。

「はぁ…お前、相当重症だな」

「言われなくても充分自覚してる」

「で、自分の気持ちは伝えたのかよ」

「ん…一応昨日ね…」

「反応は?」

「……どうだろ」

「勝算は?」

「……1割にも満たないかも」

「あ゛ーっ、もう!お前らしくねえな。YUの容姿に運動神経と頭の良さ、英語はペラペラ、歌唱力も抜群でおまけにギターも一流ときてる、学校での姿を除けば完璧だろうがよ。いつもの自信満々な態度はどこ行ったんだ?」

「自信ねぇ…」


ホント…どこ行ったんだろ。


こと捺に関しては、自信というモノが僕の中には全く存在しない。

いや、YUの姿で勝負を挑めば幾分か確率は上がる自信はある。

だけどそれでは意味がないんだ。

捺には僕のいい部分も悪い部分も全てを曝け出して挑んでいるんだから。

暗ダサキモ男と呼ばれる学校での姿も、部屋を片付けられないだらしない部分も、全部偽り無く僕の本当の姿だ。

それらをひっくるめて捺に好かれようなんて思ってるのは無謀なことなんだろうか。


だけど、信じたい…

あの公園で見た捺の涙。

僕のことが嫌いなのか、と聞いた時に、捺は大袈裟なほどに首を横に振ってくれた。

ちゃんと捺は暗ダサキモ男ではなく、岡崎優哉として僕を見てくれているハズ。


だから僕は信じて待ってるよ。

捺が笑顔で僕の元に帰ってきてくれるって。

捺の本当の笑顔が手に入るって信じて待ってる。


そんな事を思いながら、もう一度夜空を仰ぎ見たとき、視界に流れ星が映った気がした。




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