史上最高のバツゲーム−17 「あのさぁ。盛り上がんのは自由だけど…邪魔なんスけど、そこ」 突然頭上から降りかかってきた声に、ビクッと体が震えて慌てて唇を離す。 目の前の優哉は、小さくため息を漏らしてから視線を私を通り越して上へと向けた。 「邪魔すんなよ…」 「邪魔して欲しくなけりゃ他所でやれよ、そういう事はよ」 「竜たちが気を利かせてくれたらいいじゃんか」 「気ぃ利かせて暫く放っておいてやったろうが。長過ぎんだよ、お前はよ!」 「僕には全然短すぎるくらいだけどね」 優哉と自分の背後に立っている人物らとの会話を聞きながら、瞬く間に自分の頬が紅く染まっていくのが分かる。 声や名前からして、先ほどまで優哉と一緒にステージに立っていたバンドのメンバーなんだろう。 ちょっと…もしかして見られてた? すっごい…すっごい恥ずかしいんですけどっ!! 私は恥ずかしさのあまり顔を上げることが出来ずに、ただただ俯いているだけだった。 そんな私の耳に、カツン、カツンと音を立てて階段を下りてくる音が複数聞こえてくる。 うわうわうわっ。 おっ下りてこないでよ…顔見られちゃうじゃない。 「なあ、ユウ…この子が前から言ってた噂のなっちゃんか?」 え…ウワサのナッチャン? 「健也…気安くそう呼ばないでくれる?」 「ぶははっ!なに独占欲丸出しにしてんだよ、ユウ。いいじゃん名前ぐらいどう呼んだってさ」 「ダメ…女ッタラシの健也には特に呼ばれたくない」 「んでだよ」 「品が落ちる」 「このガキ…」 すぐ傍まで聞こえてきた足音は、私の横を通りすぎ優哉の背後へとまわる。 目の前に、優哉を加え更に3つの整いすぎた顔がずらりと並んだ。 カナリの迫力である。 その3つの顔から向けられる視線は私の事を品定めするかのように、好奇なもので。 …今すぐ帰りたい。 視線をどこへ向けていいのか分からずに近場をウロウロと泳がせていると、へぇ。と言う声が聞こえてきた。 「お前、カナリ面食いだな。すんげー可愛いじゃん」 「うるさいよ、竜」 「ユウには勿体ねえよ。俺にしとかない?なっちゃん」 「殺すよ、健也」 「なるほど。これならあんなに1年の時はサボりまくってた学校も毎日行きたくなるわな?」 「だから、うるさいって!大ちゃん!!」 3人にそれぞれツッコミを入れ、早く行けよ。と悪態をつく優哉。 やっぱり全員優哉より年上なだけに、弄られてる?優哉。 またちょっと意外な一面に、思わず、クスっ。と小さく笑みが漏れる。 「そうかぁ、この子がユウを溺れさせた子か。大いに納得」 うんうん。と腕組しながら頷く、真紀お気に入りの凛々しい顔を持つ竜。 そしてその隣に立つ健也と呼ばれたフェミニン系の顔を持つ彼がニヤリと口の端をあげた。 「この子が相手ならメジャー行きを渋るのも仕方ない…ってか?」 え……なにそれ。 「健也!余計な事を言わなくていいから」 「え、何。優哉どういうこと?」 「別になんでもないよ。捺は気にしなくていいから…」 気にしなくていいって…気になるだろ。 「なにカッコつけてんだよ、ユウ。正直に言えばいいじゃん、なっちゃんの傍にいたいから少なくとも同じクラスの間はメジャーになりたくないんだってさ」 「健也っ!!」 なに…それ… ――――そのバンドのボーカルだったかギターだったか忘れたけど、その子がどうもメジャー行きを拒んでるみたいなんだよね。あと1・2年後がいいとか言って。 そう言えば、確か真紀がそんな事を言ってた気がする。 優哉…だったの?しかも原因は私…? 「本当なの?優哉」 そう、優哉の服の裾を引っ張ると、彼は観念したように一つ息を吐いてから、そうだよ。と呟く。 なんで?どうしてそんな… 「だからって捺が気にすることじゃないから。これは僕の意思で決めた事で、そこの3人だってそれを承諾してくれたんだ。なのになんでそれを今言うかな」 あり得ないとでも言うように、優哉は深いため息を吐きながら健也を睨む。 すると健也はシレっとした様子で、言葉を返してきた。 「ん?そりゃお前、ユウがどれだけなっちゃんに入れ込んでるかってのを教えてあげようという優しい親心だろうが」 「余計なお世話だし。それに、健也が僕の父親だった覚えはないけれど?」 「俺もこんなクソ生意気なガキの父親になった覚えはねぇな」 「だったら黙っててよ。余計な事を言うと、捺に変な気を遣わせてしまうじゃないか」 優哉は、更に健也を睨み、私の髪を優しく撫でながら、本当に気にしなくていいから。と、小声で囁いてくる。 いや、気にするだろ普通。 バンドを組んでいる者なら、誰しも夢見るメジャーへの道。 その切符を手にする事が出来たはずなのに、私が望んだことではないにしろ、私の存在によってそれが阻まれていたとなると。 視線を床に落とし黙り込む私の様子に、健也が慌てた様子で訂正してくる。 「あ、いや。マジでユウの言う通りだから…俺ら別にメジャーになりたくてバンドやってんじゃないし。なんつーの?シャレよ、シャレ」 なにがシャレだ。 お陰で気分がガタ落ちじゃないか。 優哉も健也に、それ見てみろ。と言った意味合いの視線を送っている。 そんな中、このバンドの中でも最年長だと聞かされた大ちゃんと呼ばれた名前とは正反対の細身で落ち着いた雰囲気の彼がニッコリと私に微笑みかけてくる。 白馬に跨る王子様…と言う感じだろうか。 「ごめんね、捺ちゃん。ちょっと健也って頭弱いから、後先考えずに言っちゃうんだよね。ホントに、俺らは別にメジャーに向けてバンド活動してるわけじゃないんだ。どっちかって言うと、自分たちの音楽をやって行きたいからアマチュアでやっていたいんだよね」 「そうそう。メジャーデビュー、メジャーデビューってうるさいのは周りだけ。当の本人らは全然眼中にないってワケ。健也のバカが言うことなんて気にしなくていいから」 大ちゃんの言葉に付け加えるように、竜がその大ちゃんの肩に腕を置きながらそういう。 「そう…ですか」 なんだか2人にそう言われても腑に落ちない感じがして、自然と返事も気の抜けたようなものになる。 優哉がそこまで私の事を想ってくれてたんだって知れたことは、今の私には嬉しい事だ。 だけどなぜかモヤモヤする。 4人ともそう言うけれど、本当はみんなメジャーになりたいんじゃないだろうか。 浮かない表情の私に、優哉が優しく頬を撫でてきた。 「あのね、捺。メジャーに行くと、どうしても万人受けするように型にはめられちゃったりするんだ。やりたくもない事をやらされたり、思い通りにさせてもらえなかったりする。だから、メジャー行きの話があって、それを断ったのは事実。その理由の一つが捺だったのも本当。だけど、みんなそれぞれに音楽に思い入れがあるから僕の意見を呑んでくれたんだよ?」 「だけど…」 「僕はこうしてギターを弾けて歌が歌えればそれで充分。今のところメジャーにも全く興味がない。今の僕に必要なのは、自分のやりたい音楽と…やっと手に入れた捺だけだから」 優哉のその言葉に後ろのメンバーが、ヒュ〜♪と小さく囃し立てた。 「優哉…」 それに対して優哉は、うるさい外野。と呟き、目を細めて軽く彼らを流し見てから、視線を私に戻す。 「彼らだってそう、みんな自分たちの音楽がやりたいからこうして活動をしてるんだ。今の環境で充分僕たちは楽しめてる。それにね、みんな一流の腕を持ってるからメジャーに行こうと思えばいつだっていける。現に個々に引き抜きの話が来てたりするんだから。だから捺は何も気にしなくていい」 分かった?と、優哉から諭されるように言われ、コクン。と一つ頷く私。 何故かこの時の優哉がとても大きく見えた気がした。 「さて、と。折角いいムードだったのに、一気にぶち壊してくれたこの落とし前、どう取ってくれるの?健也」 優哉は、パン。と軽く自分の両膝を叩いてから立ち上がると、冷たい視線と低い声を後ろに立つ健也に向ける。 すると健也は、げ。と言うような表情で気まずそうに視線を逸らせた。 「悪かったって…ここまで深刻になるなんて思わなかったんだからさぁ。分かった…今日のライブの片付けはユウの分も俺がする…これでどうだ?」 「足りない」 「んな事言うなよ…」 「向こう一週間、僕はここのバイト休むから健也が僕の分まで働いてよね。それからその1週間分のバイト代、僕が半分もらうから」 「はぁっ!?なんでそこまでしなきゃなんねんだよ!!」 「捺を不快にさせた慰謝料」 「ぅ……」 「それとも、全額請求しようか?」 「え゛…全額はちょっと…新しいギターが欲しいし。わかった…半分で手を打つ」 この優哉の無茶苦茶な提案に、渋々ながらも承諾した健也。 先ほど大ちゃんが言ったように、中々のおバカさんなのかもしれない。 と、私から思われるなんて…。 「さて。ライブの後片付けもまだ残ってっし、いつまでもお邪魔虫をしてるワケにもいかないからな。そろそろ行くか?」 そう話を切り上げたのは最年長の大ちゃん。 「だな。俺、馬に蹴られて死にたくねえし。一旦休憩室戻って一服してから片付けようぜ。捺ちゃん、また遊びにおいでよ。夜には大抵俺らはここでバイトしてっからさ」 そう言って、ニッコリと白い歯を見せる竜は、真紀が惚れるのも頷ける。 大ちゃんと竜がそう言って私に手を振ってから階段を下りていくのを追うように、ごめんね、なっちゃん。と掌を合わせてから健也は一歩踏み出し、思い出したように振り返る。 「あ、そうそう。なっちゃんにムードを壊したお詫びに一ついい事を教えてあげるよ。コイツ、去年なっちゃんに惚れてからここ1年ほど女っけナシだから、ベッドの上ではきっと激しいよ?特に惚れに惚れこんだなっちゃん相手だからね。ユウの満足いくまで相手してやってね」 健也はそう言ってこの上なく綺麗なウインクを残し扉の向こうへと消えて行った。 「え゛……」 「前言撤回…全額請求してやる」 みんなが扉の向こうへと消えるのを見届けてから、優哉は、ふぅ。と息を吐いて私の隣りに腰を下ろす。 先ほどまで優哉の体に浮かんでいた汗はいつの間にか渇いていた。 「ねえ…本当にメジャー目指さないの?私のせいなんだったら…っ」 隣りの優哉を見上げて言うつもりが、全てを言い終わらないうちに肩を引き寄せられて優哉の唇に続きを奪われる。 チュッと軽い音を立てて離れる、短いキス。 優哉は唇を離すと、私の視線に合わせて優しく見つめてくる。 「まだ言ってるの?僕はそんなものに全く興味がないっていったよね。捺を理由に断ったのも僕の勝手でやった事なんだから、気にしなくていいって言ってるのに。まあ、でも…捺が気にしてくれるって言うなら責任とってもらおうかな」 「………え?」 「僕を虜にしたんだから、責任を持って全部受け止めてよね?嫌だなんて言わせないから」 ニヤッとした笑みが見えたかと思ったら、すぐに目の前に影が差した。 再び重なる優哉の唇。 今度は軽いものではなく、最初から深い深い優哉の気持ちが伝わってくる熱いキス。 それを受けて、私の体は一瞬にして熱く火照り出す。 それは優哉も同じだったようで… 「捺…今日、このまま僕の家に泊まりに来れる?」 「んっ…大丈夫…真紀の家に…泊まりに行く事になってるから…」 「よかった。じゃあ…待ってて?すぐに支度してくるから、一緒に帰ろう」 「ん…待ってる」 優哉は名残惜しそうに唇を離して、ちょっとここで待っててね。と、言葉を残して足早に扉の向こうに消えていった。 私はと言うと…暫くの放心状態のあと、ハッ。とある事を思い出す。 しまった…すっかり真紀の存在を忘れてた。 |