* 天使のかけら *






恨めしいくらい、日が経つのが早い。

いかに今まで自分が時間を無駄にしてきたのかがよく分かる。

どうあがいても運命は変えられないんだって事を理解してきて、私は少しずつだけど身辺整理をしているの。

アルバムの整理をしたり、こまめに部屋の掃除をしたり。

だけど、自分の死が近づいて来ているって言うのに、不思議なくらい落ち着いている自分がいて。

でも多分それは、セナがずっと傍にいてくれるお陰なんだって事も分かってる。

セナは一瞬消える事があるけれど(それは未だに慣れない私)それ以外の時間は全て私と一緒にいてくれる。

色んな話をしてくれて、私が不安にならないようにと、寝る時はいつも抱きしめてくれる。

皮肉にも、私の時間が少なくなるほど、私の中のセナへの想いが多くなる。


忘れたくない、セナの事。

ずっとセナと一緒にいたい。


そんな気持ちばかりが私を覆い、心を締め付ける。



「……眠れねぇのか?」

薄暗い部屋のベッドの上。

私はセナに抱きしめられながら、眠れない夜を過ごしていた。

「ん…なんか、目が冴えちゃって」

「子守唄、唄ってやろうか?」

「……子供じゃないもん!」

ぶぅ。と、頬を膨らませると、あはは。とおかしそうにセナが笑う。

「すげぇ、変な顔。」

「失礼なっ!可愛い顔って言ってよね。」

「普通にしてたら可愛いぞ?」

「ぅ。」

そう、サラっと恥ずかしくなるような事を言わないで欲しい。

「じょっ冗談言わないでよ。」

「あ、俺冗談嫌いだし。」

「嘘付きぃ。」

「天使は嘘つかねぇし。」

クスクス。と笑っているセナを少し睨みながら、一つ息を吐く。

「ねぇ、セナ。」

「なんだ?」

「記憶って残す事はできない?」

「さぁー。神次第って言っただろ?遙は何か特別に忘れたくねぇもんでもあるのか?」

「……セナの事」

「え?」

「セナの事…忘れたくない。次の私もセナの事だけは覚えていたい…ううん、本当はこのままセナと一緒にいたい…」

「はる…か」

「ごめんねセナ…私、本気でセナの事…」




――――好きになっちゃった。




***** ***** ***** ***** *****





……言ってしまった、自分の気持ち。

私は朝、セナのいないベッドの上で、はぁ。と一つため息を付く。

昨日セナは私の気持ちを聞いて、驚いたような素振りを見せた。

驚いたと言うより戸惑ってるっていう方が合っているかもしれない。

そうだよね、戸惑うよね?

だって、セナにしたら失恋したままあの世に行くのがかわいそうだからって言って付き合ってくれていただけだもん。

いわばボランティアのようなもの。

それなのに、私ってば本気で天使に恋しちゃって。

バカだなぁ。

最後の最後で失恋しちゃうなんて。

折角セナがいい気分のままあの世に連れて行ってくれようとしたのに。

でも…うん、後悔はしていない。

この6日間と言う短い間だったけど、素敵な彼氏がいたんだから。

それだけで充分。

セナに自分の気持ちも伝えられたし。

思い残す事はないよね?

明日が来れば、私は何らかの形で最期を迎える。

きっと気持ちよくセナに連れて行ってもらえるよ。

だけど、何故だろう…涙が止まらない。

後から後から溢れ出す涙。

私はベッドの上で膝を抱えて蹲り、涙が止まるまでの時間を過ごす。


本当は……


思い残す事はないなんて、嘘。

気持ちよくセナになんて連れて行ってもらえない。

だって、私はセナが好きだから。

忘れたくないの、離れたくないの。

ずっと傍にいて欲しい。

ずっとずっと傍に……



+++ +++ +++

涙が落ち着くまでまって、学校へ行く準備を済ませて家を出る。

玄関先にはいつものように、セナの姿があった。

ドキン。と一つ心臓が高鳴り、引き寄せられるようにセナに近づく。


「おせーぞ、遙。」

「……セナ」


セナは私の顔を見ると、ニッコリと笑いかけてきて、いつものように手を繋ぐ。


「お前とこうやって登校すんのも最後か。」

「……ん。」


その言葉がズシンと心に響く。

もう最後…なんだよね。


「まぁ。生まれ変わったら、またこうやって一緒に学校に行ってやるから。」

「その時はセナの事忘れてるよ?」

「それはどうだろうな。」

「え?」


セナのその意味ありげな言葉に首を傾げると、クス。と小さく笑うだけで、私の手を引き歩き出した。

……………どういう意味?






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