* 天使のかけら *
次の朝、目覚めた時にはセナの姿はなかった。 けれど、眠っている間もずっと感じていたセナの温もり。 すごく温かくて優しくて、安心できるセナの存在。 ずっとずっと遥か昔から、私の事を護っててくれたんだ。自分の中心となる魂をずっと……。 そう思うと自然とセナへの愛しい気持ちが生まれてきて。 セナは私の事を愛してるって言ってたけど……それはどういう意味なのかな? 私の思う「好き」かもしれないっていう感情とは別のものなのかな。 彼は口は悪いけど、元々は天使なんだから人を愛するって事は自然なんだよね? だったら私に対してもみんなと同じような愛情を持ってるって事なのかな。 それとも特別な感情なの? 危険を犯してまで私の前に姿を見せてくれて、慰めようとしてくれている。 それって特別って言う意味? ねぇ。セナ…どう解釈したらいいの? 私だけ特別って思ってもいいの? セナの愛してるって言葉は、どう取ったらいいのかな。 16年しか生きてない今の私には分からないよ。 ++ ++ ++ ++ 複雑な気持ちを抱えたまま、支度を済ませて玄関を出る。 ふと向けた視線の先。 門扉の向こう側に制服の肩の部分を少しだけ覗かせて誰かが立っているのが見えた。 セナ 瞬時にそう思った私は高鳴る鼓動と共にその存在に駆け寄る。 「おせーぞ、遥。」 私の姿を見た途端、おでこをピンと指先で弾いて、セナがニッコリと笑いかけてくる。 「あたっ…遅いって……」 「どれだけ待ってっと思ってんだ。もう少し遅かったら家の中まで入るとこだったぞ。」 誰も待ってなんて言ってませんが? そう思ったけれど、セナが待ってくれてたって事が嬉しくて弾かれたおでこを撫でながら、自分の顔から笑みが漏れる。 「遙、チンタラしてねぇでさっさと行くぞ」 「ち…チンタラって…」 もー、勝手なんだからぁ。 セナは少しぷくっと頬を膨らます私の前に、ほら。とでも言うように手を差し出してくる。 ……………? セナの仕草に私の脳がついていってないのが分かったのか、小さくため息をついて私の手を握ってくる。 「えっ…え?!」 「え?じゃねぇだろ。一緒に学校へ行く時は手を繋ぐんだよ。あ…文句ナシな。俺がそう決めたから。」 「え…あ、う、うん」 掌から伝わるセナの温もり。 すごい…ドキドキしちゃう。 こうしていると本当にセナは私の彼氏みたいで、すごく嬉しい気分になってくる。 あー、なんか。 本当にセナの事好きになっちゃったみたい。 「天野君ってさぁ、ホントすごいよね。」 体育の授業中、私の隣りに座る友子が感心したようにボソっと呟く。 今日は雨だったから、男子も女子も体育館で授業を受けているの。 隣りのコートでバスケの試合をしているセナを目で追いながら、友子に返事を返す。 「え…何がすごいの?」 「何がすごいって。勉強できちゃうでしょ?」 「あー…そう言えばそうだね。」 セナはどうやら頭がいいらしく、どの教科でもパーフェクトに答えてしまう。 特に英語なんて本当に外人さんが話してるんじゃないかってくらい綺麗な発音で、先生すらもびっくりしてたくらい。 「それに、ほら。スポーツも万能って感じだし」 確かに。コートでバスケの試合をしている人物の中で一際目立つセナの存在。 それはカッコイイからでもあるけれど、何て言うんだろ…動きがしなやかで、フォームも綺麗で、誰よりも活躍しているから。 「その彼がねぇ。遙の彼氏だなんて…世の中何があるか分からないわね。」 「なによ、それー。失礼しちゃう!」 友子の言葉にプクッと頬を膨らませるけど、少し悲しくもなってくる。 期間限定の私の彼氏。 数日後には私はこの世からいなくなっちゃって、セナによって天に連れて行かれて、記憶を消されてまた新しい人生が始まる。 友子の事も家族の事も…そしてセナの事も全て忘れて。 忘れなくちゃいけない? こうして私の為に危険を冒してまで姿を見せて、幸せにしてくれようとしているセナの事も、私は忘れて新しい人生を始めなきゃいけないの? ねぇ…運命は変えられないの? 私は目頭がジーンと熱くなるのを感じながら、少しでも脳裏に焼き付けておければと、じっとセナの姿を見つめ続けた。 ←back top next→ |