* 天使のかけら *






無駄な事だけど、出来る限りみんなの顔を忘れないようにと、私はクラスメイト全員の顔を一人一人見てきた。

帰り際、一番の友人だった友子に向かって、

「元気でね。」

なんて手を振ったら、不思議そうに、何言ってんのって笑われてしまった。

家に帰ってからもなるべくリビングで過ごし、沢山の話を両親とした。

ここでも不思議そうに首を傾げられちゃったけど。

お風呂に入ってさっぱりして、自分の部屋に戻り辺りを見渡す。

この部屋とも今日でお別れかぁ。

ベッドの上に座り、ボーっと窓を暫く見てから、そのまま後ろに倒れこむ…

ふわっとしたベッドの感触を感じる前に、トンと背中に違う感触が伝わる。


「あれ?」

「よぉ、遙。風呂でさっぱりしたか?」

「……うっうわぁぁっ!!せっセナっ…だから、どうしてそう急に出てくるのって!!」

「だから、急に出て来ねぇとびっくりした顔が見れねぇからだっつってんだろ?」

「だからって…心臓に悪い!!」


ドクドクと脈を打つ心臓を押さえると、背後のセナがクスクス。と笑って私の体を抱きしめてくる。


「ひゃっ?!せっセナ?」

「遙……もう、覚悟できたか?」

「え……あ…ぅん。」

「思い残す事はねぇか?」

「……ぅん。」

「お前さ、嘘つけねぇタイプだな。」

「え?」

「未練たらたらの顔してる。」

「そりゃっ…」


望んで死ぬわけじゃないもん。

未練だってありありに決まってるじゃない。


「遙はそんなに俺と離れたくねぇのかぁ。」

「え?」

「俺が好きで好きで堪んないってか。」

「え、は?」


何、言って…?


「なぁ、遙。俺と一緒に地獄に落ちる覚悟ある?」

「え……えぇぇ?!」


ちょっちょっと待って。

え、何。地獄って?

わ、私は天国じゃなくて地獄に送られちゃうの??

へっ……私、地獄に落ちるような事何かしましたか?


セナの言葉にパニクってると、後ろからクスクスと笑うセナの声。


「ちょっ、何笑ってるの?地獄って何?私、地獄に落ちちゃうの?」

「あぁ、確実に落ちるね。」

「うっ嘘、嘘、嘘ぉん。やだぁ、私地獄に落ちるような悪い事何にもしてないよ?」

「まぁ、今のお前だったらな。」

「え…どういう意味?」

「地獄に落ちるのは…俺と共に生きるなら、だ。」


――――…え?



――――地獄に落ちるのは…俺と共に生きるなら、だ。



セナの言葉が大きく私の脳に響く。

セナと共に生きる?

それはセナと一緒にいられるって事?


私は手で胸を押さえたまま、後ろのセナを見上げる。

「どういう…意味?」

「言葉通り。俺と共に生きるって言う事は自然の摂理を大きく外す事になる。天使と人間が掟を破って一緒に生きていくっつぅんだからな。並の地獄じゃねぇぞ?辛いかもしれないし、苦しいかもしれない。けど、それでも俺と一緒に生きて行きたい、俺の傍にいたいって遙が言うなら……俺はお前と共に生きて行く。」

「……セナ」

「お前にその覚悟があるなら、俺は俺の全てをかけてお前の傍にいてお前を護ってやるよ。」

「セナは…セナはそれでもいいって言うの?私が、うん。って頷いたら、セナも一緒に地獄に行くって言うの?」

「あぁ。」


どうして、どうしてそこまで?


「どうしてそこまでしてくれるの?セナは私だけの天使じゃないんだよ?沢山の人の天使なのに…」

「愛してるから、遙の事。俺は沢山の人間の為に作られたけど、天使は俺だけじゃねぇし?遙が覚悟を決めてくれるなら、俺はお前の為だけの天使になってやるよ。」

「愛してるって…セナの言う『愛してる』は、きっと私達が使う意味とは違う。セナの愛してるは……」


――――天使として万人を愛するって言う意味。


「あぁ。お前の言ってる意味は分かってるよ。俺は神の申し子だからな、全ての人間を愛するって言う意味と同じだって言ってんだろ?」

「……うん。」

「俺もお前に対して初めて愛してるって言葉を出した時はきっとそういう意味で使ってたよ。でも、今のは違う。お前…朝倉遙と言う一人の女に対して言った言葉だ。」


……私に対して?


「お前の魂に初めて触れた時にすぐに気に入ったって言うのは前に言ったよな?」

「うん。」

「それからお前の魂を運ぶのはいつも俺の仕事だった。気に入って運んでいたけど、いつも何かが引っかかってた。お前の魂に触れるたび、生きてるお前の傍にいる時、俺の中で変なモノが蠢いていたんだ。」

「変な…モノ?」

「どう表現すりゃいいのか分かんねぇけど、なんつーか、ふわふわするような体中が温かくなるような。それが何なのかずっと分からなかった。けど、お前とこの1週間姿を見せて、一緒に過ごして気付いたんだ。」


セナはじっと私の目を逸らさずに見つめる。

私も心臓をドキドキ言わせながら見つめ返す。


「お前が昨日俺に言ってくれたように、俺も本気で遙を好きなんだって。遙は俺にとって特別な存在で…ずっと傍にいてやりたいし、ずっとお前だけを護っていきたい。」

セナのその言葉を聞いて、自分の目から涙が溢れだしてくる。

同じ気持ちだったんだ、って。

セナも私の事を好きでいてくれたんだ、って。

「遙っ…何、泣いてんだよ。」

「ごめっ…嬉しくて。セナが私と同じ気持ちだったって事が。」

「……遙」

「私、セナと一緒に生きて行きたい。どんな地獄に落ちたってかまわない。セナと一緒なら…セナの傍にいられるなら…」

セナは私のその言葉を聞いて安心したような笑みを浮かべる。


「サンキュー、遙。お前のその言葉を聞いて、俺は心置きなく天使を捨てられる。」

「え?天使を捨てるって…どういう意味?!」

「罰を受けるのは俺一人で十分だ。」

「ちょっちょっと待って。罰を受けるのはって…どういう事?一緒に地獄に落ちるんじゃないの?」

「バーカ。一緒に地獄に落ちちゃ意味ねぇだろーが。」

「だって、だって。さっきセナがそう言ったんじゃない!!」

「あれはお前の気持ちを確かめる為についた嘘だ。」


………嘘?


「嘘って…天使は嘘は付かないんじゃないの?」

「天使だってたまには嘘を付く事だってあらーな。」

「ちょっ……」


何、それ。

全然意味が分からない。

セナがどうしたいのか、私はどうなるのか全然分からないよ。


「遙の運命を俺が変えてやる。俺の持ってる能力全てを使って。」

「運命を変えるって…でもでも、それは大罪なんでしょ?そんな事したらセナはどうなっちゃうの?」

「俺は罰として、天使の称号を剥奪される。」

「それはセナが天使じゃなくなっちゃうって事?」

「あぁ、そうだ。天使としての能力も奪われる。それから記憶を消去されて、新しい記憶を与えられ、限られた命を科せられて下界に送られる。」


……それって?


「俺が人間になるって事だ。」

「そんな、そんなっ!!」

「それしか方法はねぇんだよ。天使の俺とお前が共に生きていける道は。」

「だけど、記憶を消去されるんだったら…セナは私の事を忘れちゃうって事?」


そんなの嫌だ。何の為に運命を変えてもらうのかが分からなくなる。


「心配すんな。例え記憶を消去されたとしても、俺は必ず遙の事を思い出す。」

「そんな…」

何の根拠もない事を…

「俺がどれだけ長い間、遙の事を見てたと思ってるんだ?俺の事を信じろ…絶対俺はお前の元に帰ってきて、ずっとお前の傍にいてやるから。」

「セナ…」

セナは優しく微笑むと、私の唇に自分の唇を重ねてきた。






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